つぼ湯エステ

ひでシス

ツボ湯に浸かって全身エステ

『川湘楼』。街中で貰ったチラシのエステ店の名前だ。赤のチャイナドレスでビラ配りのお姉さん曰く、「体温と同じ温度のツボ湯に全身で浸かって楽しむ全身エステです」「ショウガ、お茶っ葉、ピーナッツなど、様々な薬効のお湯から選べますよ」このことだ。赤と黄色で縁取られた中国風のチラシを眺めると、『健胃养身』『益气瘦身』などの文字が踊る。最近私も少し体重が増えてきてて気になっていたところだった。足だけが1時間で6000円、全身コースは6時間で2万5000円……。いくら暇な私でもちょっと試してみようかなという気持ちには少し高かった。


「ちょっとお高いですね……。」


と去ろうとした私をチャイナドレスは引き止める。


「あっ ちょっと待って下さい! あの、今日はお試しデーなので割引があるんです!」


聞くと、全身コースは1万円に割り引くという。割引率60%だ。店員さんの口ぶりからするとどうも一日に入れなければならない店のノルマがあるようで、私を必死に勧誘してくる。


「6時間で1万円なら、一時間あたりいくらですか? 6時間も運動し続けるのは大変でしょう?」


「そりゃあ、割り算したらそうなりますけども……。」


一時間あたりに直すと私の時給より安い。


それに、一回のエステでこの贅肉が取れるのならそんなにお手軽なことはないし、なにより私は暇だ。問題があるお金の問題も割引で解決されるなら……。一度全身エステというものも試してみたかったし。


「わかりました。じゃあ『全身ショウガ・フルコース』をお願いしていいですか?」


「やった!! ありがとうございます! じゃあこちらです、付いて来てください。」


と、チャイナドレスのお姉さんに連れられて私は奥まった路地へ入って行った。


 *


路地の奥にあった店は立派な中華風の建物だった。キラキラと光るネオンサインが眩しい。


店の中へ入ると私は身に着けているものをすべて取り払い、私は生まれたままの姿になる。やっぱりお腹が摘める。う~ん。とそうこうしているうちに呼び出しがかかった。ドアを開けて次の部屋へ。


 *


「まず全身をクレンジングオイルで洗います。脂は油に溶けますし、石鹸で洗い流すよりもお肌にいいんですよ。」


私は言われるがままに台へ寝そべる。技師は首、肩、背中とコリを解しつつ、頭皮や身体の凹んでいる部分の汚れも洗い落としてくれる。まな板の上の鯉状態ながら、マッサージが気持ちいい。


30分後には私はつま先から頭までクレンジングオイルでツヤツヤの、まるで丸焼きにする前のブタさんのようになった。


 *


次はスクラブで物理的に古い角質層を落とされる。スクラブと言っても自然派のここで使っているのは『塩』らしい。全身にパッパッと塩が振られ、そして足の裏、膝、肘などを重点的にズリズリ撫でられる。これもさっぱりして心地が良いものだ。


最後にバジルの匂いのする緑の乾燥した薬草をまた全身にかけられた。なんなのかと聞くとバジルだと言う。角質を削ったあとの肌に抗菌作用があるらしい。


全身がしょっぱくなってハーブの匂いをさせながら第一段階は終了した。どうも食材っぽく扱われてるのが腑に落ちないけども。


 *


私は次の部屋へ招かれた。いよいよツボ湯体験だ。


ドアを開けるとそこには人一人の身長よりも高い大きな茶色いツボが置いてあり、もうもうと湯気が立っている。あと、ショウガの香りがものすごい。ツボ湯と言うのだからスーパー銭湯にあるようなものを想像していたのだけど、もっとそのままツボだった。


ツボの口にハシゴを立てかける店員さんに私は話しかける。


「あの、お湯に入る前に身体は洗い流さないんですか?」


この部屋の湿度も相まってしょっぱい汁が全身から垂れてくる。シャワーを浴びずにこの部屋へ来たので、オイルと塩とハーブでネトネトだ。


「ええ。いいんですよ。そのままでちょうどいい塩加減になるんです」


「?」


「あっ……、えっと。一番風呂に入ると早死するって言うでしょう。浸かるお湯も人間の浸透圧よりちょっと低いぐらいが一番いいんですよ」


「ああなるほど、そうなんですか。」


私はハシゴを登ってツボの口に腰掛けた。中はちょうどゆったり出来る程度の広さだ。お湯の中には大きな、ひとかけらがスイカよりも大きい、ショウガの切り身が転がっている。


「……あれってショウガですよね?」


「そうです。大きいでしょう」


「大きすぎて不気味というか。」


「GM(遺伝子組換)らしいですよ。こうやって使うんだったらコスト的に良いらしくて」


「はぁなるほど。」


店員さんに手伝ってもらってお湯の中にゆっくりとヌルリと入る。大きなショウガは近くで見てもやはり大きなショウガであった。お湯はショウガのエキスが染み出ていて辛い。なるほど、これは痩身に効果がありそうだ。


 *


よっこらせとツボの中で座って落ち着いて、このままあと5時間ちょいかしらと思っていたら、なんとツボのフタを閉めるという。人間と同じ体温の液体に真っ暗な中で浸かって丸まると、生まれる前の状態になって心が大変落ち着くらしい。それはおもしろい。


別の店員さんがやってきたらしくもう一つのハシゴを横にかける。そして、二人がかりで大きなフタを持ってくると、ガチャン!とツボの上に乗せてしまった。フタには空気用の穴はひとつあるもののもうこれでツボの中は真っ暗だ。私はショウガを抱えながら、人間の体温と同じ液体の中でゆっくりと意識が夢の中へ落ちていった。


 *


ガチャン


ゆらゆらゆら、\ガチャガッ/


大きな揺れとツボ全体から響く音で私は目を覚ました。なにか、ツボごこ移動させられたようか音だ。でも、人一人とツボとお湯の重さをそんなに軽々と運べるだろうか。


/ガチャンッ\


すると今度は同じような音が上から聞こえてきた。まるで別のツボを上から重ねたような、かなり質量のある音だ。


どういうことかしらとフタの空気穴から外を伺おうとするが、真っ暗で全く見えない。う~ん……。


シュウシュウシュウ……


何事かしらと思っていると、次はツボ全体が熱くなってきた。お湯もちょっとづつだが、しかし確実に温度が上がってきている。


「ちょっと! 暑いです! 店員さん!?」


両手で何とか届くフタを持ち上げようとするも女の力とはいえビクともしないのは何故だ。このままでは茹でダコになってしまう。ショウガやバジルの香りも相まって、これじゃツボ湯じゃなくて人間のツボスープだ。


「ねえ! 暑い、じゃなくて、熱い! だ、だれか、助けて!!!」


 *


『川湘楼』。街中で貰ったチラシの中華料理屋の名前だ。赤のチャイナドレスでビラ配りのお姉さん曰く、「小女子という食材を一匹まるごと使ったスープです」「ショウガ、お茶っ葉、ピーナッツなど、様々な薬効のスープから選べますよ」このことだ。赤と黄色で縁取られた中国風のチラシを眺めると、『健胃养身』『益气瘦身』などの文字が踊る。最近私も少し体重が増えてきてて気になっていたところだった。ディナーセットは2000円から。いかにも美味しそうである。一度試してみようかな。


「この『姜片小女子汤』って何ですか?」


「『汤』はお湯の簡体字で、中国語で『スープ』の意味です。これは『小女子ショウガ・スープ』ですね。フルコースもありますよ」


「じゃあ、その『小女子ショウガ・フルコース』をお願いしていいですか?」


「やった!! ありがとうございます! じゃあこちらです、付いて来てください。」


と、チャイナドレスのお姉さんに連れられて私は奥まった路地へ入って行った。


路地の奥にあった店は立派な中華風の建物だった。


 *


前菜などを食べ終わるといよいよメインディッシュだ。店員は店の中に置かれた大きな壺に近づいて行く。そのツボの下部は、直火であぶられていたのだろうか、すすが付いて黒くなっていた。


「小女子ショウガでしたよね?」


「ええ。」


店員さんは壺の横から長い鉄のハサミを取り出して、壺の蓋を開けた。ハサミを壺の中へ突っ込んで、ガチャガチャと何かを探している。どうやらあの大きな壺の中にスープがそのまま入っているわけではないらしい。


少しして、ハサミに摘まれた小さなツボが姿を表した。大きな壺の中には小さなチボが詰まっているらしい。大きな壺をそのままミニチュアサイズにしたツボが皿に乗せられてテーブルへと運ばれてきた。こういうのを川湘風味というらしい。私はドキドキしながら、ゆっくりとツボの蓋を開けた……。


 *


またいくらかツボが運ばれる。どうやら私は騙されたらしかった。こんな、ツボの中で茹でられて……。もう私は動くこともできなくなっていた。


ガチャ。私がどんなに暴れても開かなかったフタが開かれる。真っ暗だったツボの中に光が差し込んだ。


ツボの中のお湯にはよく煮えて柔らかくなったショウガの欠片と、そして私から出てきた脂身が浮いている。たしかにこれで私はいくぶんか脂肪を外へ出して痩せられたのだろう。


半開きのまま動かない口には、お湯、ないし、スープが入ってくる。ショウガのピリッとした辛味に、5時間煮込まれた私から出た濃厚な小女子の肉の旨味が美味しかった。


ツボの外には大きな女性の顔が見える。彼女はレンゲをツボの中へ差し入れ、ツボの中で三角座りをしたまま動かないメインの具材を外へ運んでいった……。


 *


これが小女子というらしい。まるで人間を10cmに縮めたようなその変わった中華具材は、人間と同じ女性ホルモンや栄養成分を含んでいて非常に美容にいいということだった。


レンゲで掬って、まずは少しスープを啜ってみる。ショウガのピリッとした辛さの中に健康的な脂身の味と程よい塩加減が混じってほんとうに美味しい。具材は実際にこの小女子とショウガの2つだけらしいが、まさに素材の味を活かしたシンプル・イズ・ベストなスープだ。


次に小女子の太ももへ箸を入れるが、よく煮込まれているのか骨から身がスッと離れた。こでもまたジューシーで噛むと肉汁が溢れ出す。スープの中にこれだけ旨味を出しておきながらその具材の中にもまだこんなに旨味が詰まっていたのかと感心する。


太ももを食べると次は足だ。足はまるごと口の中へ入れて肘の部分で食い千切ってしまう。奥歯で優しく圧力をかけると、足を構成していた肉はホロホロと崩れて、これもまた太ももとは違った、奥深くて濃厚な風味を醸し出している。私は舌でうまい具合に小女子の肉と骨をより分けて、小さな骨と「プップッ」と皿の上へ吐き出した。


 *


銀色の皿の上には薄茶色の小さな骨が山を作っている。10cmの小動物でもまるごと一匹食べるとかなりの骨が出るんだなぁ。スープもショウガも全て食べ終えた私はデザートの杏仁豆腐に舌鼓を打ってから会計を済ませた。


帰り際にもらったチラシは『全身エステ』の広告だった。どうやらあの中華料理屋は副業でエステもやっているらしい。料理は美味しかったし今度はエステを試してみようかな。しかも料理屋のレシートを提示すれば全身エステが1万円に割引されるのだという。よし、次の週末に行こう、と決めて、私は帰路に着いたのだった。


【おわり】

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