肌色スムージー
ひでシス
新しいフレーバー
プイイイイイイイン……。トクトクトクトク……。
ゴオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
駅構内に大きな機械音が鳴り響く。細かく振動する音、何かを注ぎこむ音、鉄のコンテナを移動させる音。駅といっても伝統的な鉄道駅ではない。ここは恒星間を結ぶ定期ロケットの発着駅だ。
基幹駅は、立派な建物に立派な装置、少ない騒音都会的な待合室が用意されていたりするんだけど、田舎の惑星だとそうもいかず小さな掘っ立て小屋に物資を詰め込むための機械・機械・機械がすし詰めで並んでいるのが普通だ。地鳴りのするような大きな音はこれらの機械から出ている。
恒星間の旅客輸送は非常に変わった方法をとっている。人間を液体状に加工し、ドラム缶(のような輸送容器)に詰め、一般の物資とともに運ぶのだ。非常に長い距離を短い時間で輸送するには速度を上げる必要があるのだけれども、生身の人間に影響を与えない程度の加速度でちんたら加速していたら設計上の最高速度まで達しない。なので、どんな加速度にも耐えられるように人間を液体化させ、頑丈な容器に入れて輸送する、これが取られた解決策だった。
「次の方どうぞー。」
私は呼ばれるままにカーテンを開けカウンターへ向かう。まずは荷物を預ける。重量計の指した目盛りは18.5kg。規定の20kgは越えずにセーフ。超過料金なし。そして、次に私は服を脱いでかごへ入れ、裸になって重量計の上に乗った。
「荷物はケンタウルス座α星Bbまでですね。はーい。オッケーです。そのまま奥へ進んで下さい。」
*
重量計からカウンターの奥へ進むと、そこには丸い円柱状の大きなガラスケースに下に漏斗をつけたような装置があった。漏斗の下には青い大きなポリタンクの形をした金属製の容器が付けられている。
「名前はこちらでお間違えないですか?」
「はい。」
金属製の容器は長年使われているのかところどころ傷が入り塗装がハゲ地の金属がむき出しになっていた。私の名前の書かれた紙の荷札の下には、幾重も荷札が貼られ剥がされた跡が残っていた。
都会だと医薬品・食料品・工業材料その他の液体を詰める容器と、液体化した人間を詰める容器は分けられていると聞く。しかし、このような田舎の駅ではすべての容器がソ連式工業製品のように同じ規格の同じものだ。
ハシゴを登って円柱の水槽の中にそろりと入る。けっこう高さがあって恐ろしい。係員は上の蓋を閉じハンドルを回して固定した。そして、装置の電源を入れる。
ブウウウウウウウウウン……
容器全体が細かく震えだし、容器内に大きな音が鳴り響く。とともに、私の足は溶けたバターのように少しずつとろけていく。音速振動で細胞の結合を外し人間を溶かすのだ。
「ふぇぇ……」
身体の力が入らない。足、脚、おしり、胸とゆっくりと私は溶けていき、自分の身体の滴でできた液体の中に沈んでいく。いつここの工程は苦手だ。
トプン。
頭まで肌色の中に沈み何分か振動を与え続けられた後、透明の液体が上から投入され、そして上から流線型のヘラの付いた撹拌機が降りてくる。粘性の高い液体のままでは扱いづらく、かつ、下に付けられた容器いっぱいまで満たさないと運送中に空気の泡が身体に混ざってしまって具合が悪いからだ。先ほどの体重測定は足す溶媒の概算をするためだった。
グイイイイイイン……
トロロ、グルグルグル……。
身体の中にひんやりとした液体が入ってきたと思ったら大きな異物が挿入されて全身をかき混ぜられる。
「あぅ……」
かき混ぜられている途中で私は思わず意識を手放しそうになった。
トクトクトクッ
完全に混ぜ終わると、容器に注がれて。
ガシィ。ギギ。プシューー。
密閉された。
ガラガラガラガラ……。
こうして、私はロケットへ荷物の一つとして積み込まれた。
*
「う~ん、この荷札、剥がれちゃってますね。中身何か分かりますか?」
「ちょっと待てよ。容器番号は?」
「E04-12310です(あれ? Fかも知れないけど)」
「はい。じゃあこれ貼っといて。」
ウィーと排出された新しい荷札が私の容器に貼られる。もうどうやらここは目的地の惑星らしい。たった数十時間の旅だったものだ。
私は他の荷物と同様に仕分けされて、駅の中を運ばれる。しかし、到着してからもう2時間は経つのに、私はいっこうに開封されなかった。一度運ばれたっきり、ずっと置いて置かれているままだ。おかしい。
「(なにか逆液体化装置にでも故障があったのかしら。)」
不安に思っていた矢先、私を含んだ荷物は動き出した。
ガタッガタッ
「(あら? やっとかな。)」
ブロロロロ……。
「(え? なに!? なんでトラックの音がするの……!?)」
ガタッガタタッ
普通、人は駅に到着してから真っ先に元へ戻される。人を容器に詰めたまま他の輸送機関で運ぶだなんて聞いたことがないしそもそも言語道断だ。戸惑いしかない。
「(え……私どうなっちゃうの……?)」
*
ガラガラガラ……。
トラックは私の入った容器を届け先に降ろしていったようだ。容器が手で押されて運ばれている音がする。
「社長、この荷物、何なんですかね?」
「う~ん、荷物?」
「(えっ なに? 何なのここは!)」
「こんな田舎からなんだろうな。」
「ちょっと開けてみましょうか。」
キャップのセキュリティタブを外されて、栓が抜かれる。キュポッ! 冷やっとした外気。
チャプッ
「(キャア!)」
その人はおもむろに私の中に指を突っ込んだ。
「ペロリ。う~ん、めっちゃ甘くてクリーミーですよこれ。社長も舐めてみてください。」
「おう。」
チャポ。
「(ヒャアアア!)」
「ほんとだ。たしかにクリーミーで素直な甘みがある。」
「これ、この前本社が言ってたスムージーの新しい味の内部試供品じゃないですか?」
「(そんな…! 私は人間よ!!)」
「あー。そうかも知れんな。ちょっと電話をしてみよう。」
「(助けて!!)」
……。
「電話が繋がらん。また電子嵐かな。」
「(ええっ)」
「とりあえず一回このフレーバーで作ってみましょうよ。たぶんスムージーですって。」
「(違うよ…フレーバーなんかじゃない……)」
「そうだな。じゃあ試しに作ってみてくれ。」
「わかりましたー。」
ガラガラガラ……。
トプン、トプン。
「(待って! 私は人間よ、材料じゃない! 違う! 待って!!)」
*
私は食品工場内を運ばれ、また機械の横に付けられる。ただし今度の機械は違う、人間用ではなく食品用の機械だ。
職員は私の入った容器の中にノズルを差し入れ、機械のスイッチをオンにした。
ズゾ、ズゾ、ズゾゾゾゾゾオオオオオ……
「(キャアアアアアアアアアアアアアア)」
すごい勢いで私は筒に吸い上げられる。
ビャチャ、バチャバチャ……
筒の中を曲がりくねって進み、そしてまた別の容器の中に投げ入れられた。非常に冷たい液体の中に私は混ぜ入れられた。行きに体験したのよりも力強い撹拌機のヘラが私の身体と意識をバラバラにする。
「(ヒ、ヒャああああっ!!)」
寒い。口の中が甘い味になる。私は、スムージーのフレーバーとして、材料の一つとして機械に投入されたのだ。グイーングイーングイーん
*
ブビュビュビュビュ。
「(ハァハァ……もう、ダメ。)」
私は小さな容器の中に絞り出された。無論、スムージーとして。プラカップに。
プラカップにフタがされ、上からストローが挿入される。
「(あぁ…… んっ……。)」
ズルルルルルル……。
「これめっちゃ美味しいですよ! ちょっと社長も飲んでみてください。」
「(ぐすっ もうやめて……)」
「おお、ホントだ。鼻に抜けるなんというか優しい糖蜜みたいな香りがするな。あとほのかに塩味もあって味に整理がついてる。ズズッ」
「(……んあっ)」
「それにこんなにクリーミーなスムージーは初めてですよ! それでいて口の中でベタつかない!」
「(……。)」
1ロット分生産された新しいフレーバーのスムージーは飛ぶように売れたという。そうして私は、様々な人の口を楽しませる満足感の中、消えていった。
駅に放置されたトランクは、もういなくなってしまった持ち主を永遠に待っている。
肌色スムージー ひでシス @hidesys
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