小さなマシュマロ先輩

ひでシス

フワフワのマシュマロたち

「ハァ~~~。マシュマロみたいなフワフワに埋もれて眠りたい、いやむしろマシュマロになりたいなぁ……。」


「先輩、おつかれですか?」


「夢の島にある公園は、床も枕も布団も、全部こんなふうに甘くてフワフワな大きいマシュマロでできていて、人間はそこへ行って自由に埋もれて眠ったりするの。」


「あっ 私にもマシュマロ分けてください」


少し疲れることがあった日は帰宅途中のコンビニでマシュマロを買って、食べながら帰るのが私の趣味だ。


どうぞ。と、袋からマシュマロをつまんで取り出して後輩に差し出す。手渡ししようとしたそのマシュマロは、私の指に喰いついてきた後輩の口の中へ消えていった。


「モグモグ。おいしい~~。 ねぇ、先輩。マシュマロのお礼に、マシュマロに埋もれて眠るのに興味ありませんか?」


「?」


「実はね、魔術部から縮小薬を分けてもらったんですよ。ウチに来て、マシュマロに埋もれて寝てみませんか」


「……! えっ ホントに?!」


突然の申し出に喜びを隠し切れない私は、後輩の口にマシュマロをもう2, 3コ押し込んで感謝の意を表した。


 *


手のひらには怪しげな白い錠剤。と、テーブルの上に置かれたコップ。コップに入った水は、窓からの夕日でキラキラと輝いている。


「ねぇ…… このクスリ、ほんとに大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないですか、たぶん」


「……不安だ。」


まぁ、そうこうしていても仕方がない。お泊りの用意もしてきてお風呂にも入って身体をキレイにしたんだし。


えいや! と錠剤を口に含み、ゴクリと水で飲み込む。コップをテーブルに戻した直後から、ドクリドクリと鼓動が早まっている感じがしてきた。


「あっ 先輩、少しずつ縮んでますよ」


「えっ ホント? はわっ およよよよ……。」


突然収縮のスピードを上げた身体は、湯上りで少し湿っているパジャマにすごい勢いで飲み込まれてしまった。


 *


「フガー 出してー!」


「はいはい。ちょっと待ってくださいね」


後輩は床に落ちたパジャマの中を漁る。そして、パンツで覆われていた私の身体を発見すると、顔が見えるように位置をずらしてくれた。


「うう……。そっか、ハダカになるんだ。恥ずかしい。。。」


「恥ずかしがってる先輩も可愛いです」


ん? なんて言った?


「どうしますか。すぐにマシュマロの中で眠りますか、それとも、ア・タ・シ?」


「ええと、マ、マシュマロでいいかな?」


後輩は、小さくなった私を見てテンションが上がっていた。少し恐い。


いつも言わないようなセリフを口にする後輩に戸惑いつつも、従来の計画通り私はマシュマロの中に埋もれることを選択した。


 *


後輩は新しく買ってきたマシュマロのパッケージを開封し、白いフワフワでいっぱいの中に私を入れる。


私は甘いに雲の中を泳いで中まで入り込み、パッケージの窓のあるところまで移動した。


「どうですか、先輩」


「すっごい! まるで夢みたい!!」


大好きな甘い匂いと想像よりも柔らかでまるで空中を漂っているかのような浮遊感のあるマシュマロの中で、私は喜びに満ちていた。


「うふふ。先輩、綿の中にパッケージされた鴨腿みたいですね」


「不気味なことを言わんでくれ。」


「……マシュマロがこぼれちゃわないように、口を閉めちゃいますね」


「うん。ありがとう。」


後輩は袋のジッパーを押下して閉じ、私の入ったパッケージをテーブルの上においた。私の小ささではパッケージを開けることはできないだろう。まぁ、空気は十分にあるし大丈夫か。


そういえば、いつ元に戻るのか聞いてなかったな、と思いながらも、私は大きな白いだきまくらに身を預けづつ、ゆっくりと睡眠の中に落ちていった。


 *


チュンチュン。


朝の日差しがパッケージの中に入ってくる。朝日は白いマシュマロに乱反射して、天国みたいに私を光の中に包んでいた。


私は うーん。と背伸びをして、ゆっくりと意識を取り戻す。そのとき、ふと右腕も左腕も、周りのマシュマロと同じように真っ白に見えることに気付いた。粉がついたのかな、それとも、光の加減かな?


後輩は起きているかな? とりあえず、私は日の差しこんでくる方向へ向かって雲の中を泳ぎだした。


 *


「おーい。おはよー。」


「ああ。先輩、おはようございます」


私は声を張り上げてこちらに注意を促す。後輩はちょうどパジャマから制服へ着替えているところだった。


「あっ 着替え中かぁ。ごめんごめん。」


「いえ」


「マシュマロの中で眠ったら、マシュマロみたいに真っ白になっちゃったよ。」


「それは、先輩がマシュマロになったからですよ」


? 面白い冗談をいうなぁ。


「そっかぁ。いちどマシュマロになってみたかったんだ。」


「良かったですね。うんうん。完全にマシュマロになってる」


袋を覗きこんだ大きな笑顔に、私はすこしだけ恐怖を思えた。


 *


袋から取り出された私は、テーブルの上でいくら肌を擦っても粉が取れてなくて肌色に戻らないのに焦っていた。


いくらこすっても肌色が出てこない。それどころか、私の身体は周りにあったマシュマロみたいにフワフワの感触になっていた。これじゃ、まるで……


「ねぇ先輩。マシュマロになった気分はどうですか」


「……ねぇ! どういうこと…!? 私、ホントにマシュマロになっちゃったの??」


「だからそう言ったじゃないですか。それに先輩、マシュマロになってみたいって言ってたでしょ」


「なに!? どういうこと?? 説明して……!」


テーブルの上で突っ立っている私を、後輩はひょいと片手で捕らえる。そして、スラリとしているけども私にとっては丸太のように大きな指で、ギュウッと私のお腹を押さえ込んだ。ぎゃあ!


グェェ。。。 とはならず、私のお腹は簡単に押し込まれて、お腹の潰されるような痛みは襲って来なかった。


 *


「これで納得しましたか? 先輩はもうマシュマロなんですよ」


「……」


「縮小化した人間の体組織は不安定で、縮小後はなるべく他のものと離して置いておかなきゃならないんです。そうじゃないと、先輩みたいに周りの物と同じ物質に身体が変わっちゃう」


「……どうして、それを知ってながら、私をマシュマロの中で眠らせたの。」


「だって先輩、マシュマロになってみたいって言ってたじゃないですか」


「そんな……。元には戻れるんでしょ?」


「『物への変化は常にそれとしての死を前提条件としている』」


死……?


「『マシュマロになる』ってことは『マシュマロとして死ぬ』、つまり『マシュマロとして食べられる』ってことをその中に含んでいるんですよ」


「え……ヤだ、食べないで……。」


「大丈夫ですよ。絶対私が一番美味しく先輩を食べることができるんですから」


「イヤ! ヤメテ離して!!」


私は大きな手の中で暴れる。一瞬、ポロリと呪縛から逃れられそうになるが、しかし後輩はすぐにギュッと手を握り直した。


「床に落ちてゴミになりたいんですか? 床に落ちた食べ物として、ゴミ箱行きという死に方もありますけど…?」


「えっ……」


「マシュマロは汚れないように、ちゃんとパッケージの中に詰めておかないといけませんねぇ」


そういって、私は再びマシュマロのパッケージの中に押し込まれた。


 *


学校から帰ってきた後輩は、おやつの時間だと言って、パックごと私を台所へ連れて行った。


そして、食器棚から大きな金属の串を取り出し、私に見せつける。


「知ってますか、先輩。マシュマロは火で炙ると、中がトロリとトロケてめちゃくちゃ美味しくなるんですよ」


「出して! 私をここから出して元に戻して!!」


私はパッケージをポスポスと叩く。


「うるさいなぁ」


「ヒッ。」


大きな手がジッパーを開封して、私の周りにあったマシュマロを攫っていった。


「ほら、こうやって串刺しにして、コンロの火で炙るんです」


そう言いながら後輩は、マシュマロを一つ串に突き刺し、火で炙り始める。


私の肌と同じように真っ白なマシュマロは、火にあぶられてブツブツと粘性の泡が立ち、少し黒く焦げ付き始めた。マシュマロの表面が焦げるときにチリチリという音が聞こえ、甘ったるい焼けたマシュマロの匂いが漂ってくる。


「これぐらいになったら食べごろです。……ほら、中はこんなにトロケてます。ん~! おいしい~~!!」


少し黒く焦げたマシュマロが割られて、トロリと融けている中身を見せられる。それを後輩はそのまま口に頬張った。


一方、私は自分のおしりから口までをあの長くて鋭い鉄棒で貫かれ、コンロの火であぶられている光景を想像していた。私も、あのマシュマロと同じように、肌がブクブクと泡立って少し焦げ目がついたところで、食べ頃だといって食べられるのだろう。


「ひぐっ……ぐすっ…… ゆるして、おねがい食べないでぇ……」


「あらあら、焼きマシュマロはイヤですか」


後輩は残念そうな顔をしながら、マシュマロのパッケージを閉じた。


 *


それから毎日、私は目の前でマシュマロが後輩に食べられるのを見せつけられた。


ある日は、そのまま。ある日は、串刺しにしてチョコレートフォンデュにして。ある日は、パフェの材料として。


その都度その都度袋の中に入っていたマシュマロは減っていき、ついにパッケージの中には私しか残っていなくなった。


 *


「たらたらと食べてて賞味期限内に食べきれるか心配してたんですが、ぜんぜん大丈夫でしたね」


透明は牢屋に閉じ込められた私に、後輩は甘い声で話しかけてくる。


「お願い食べないで…… 私はマシュマロじゃないよ……」


「そんなに美味しそうな身体をして何を言ってるんですか。さて、ではクイズです。最後のマシュマロはどうやって食べると思います?」


「……私、あなたの先輩よ。お願いだから食べないでぇ……。」


台所から、チン! と軽快な音が聞こえてくる。台所へ行って戻ってきた後輩が手に持っていたのは、熱々のココアだった。


「正解は…、ココアに溶かして飲むでしたー!」


「イヤ! 助けて!! そんなのヤだ食べられたくない!!」


そんな声には耳も貸さず、後輩は暴れる私を軽々と掴んで出来立て熱々のココアの中に投入した。


「うっぷ! 熱い! 身体が溶けちゃう!!」


「ずっと前、先輩の家に行ったときに、マシュマロココアをごちそうしてくれましたよね。あれがすっごく美味しくて、いつかお返ししたいと思ってたんです」


「ヤダ! ヤメテ!! いやああ、ぁぁぁあああああ!!!!」


大きなスプーンは私を熱々のココアの中にグルグル混ぜたり沈めたり。そんな中で、私の存在は、少しづつ小さくなっていった。


「ふんふん~♪」


「(ひああ ……あああああ!!!)」


後輩はスプーンでかき混ぜるのを止めない。いつしか私の身体は完全に溶け、ココアと混ざってしまっていた。


コップの端にくちびるが付けられ、ズゾゾゾゾ、と熱いココアを冷やすように空気を巻き込みながら私は飲まれる。


そして、大きな舌の上でココアはコロコロと転がされ、じっくりと味あわれる。


「(ひゃうっ ああ!ダメっ、んんん、ふああああ……!)」


「うふ。先輩の甘みがする」


「(……ぁぁ、あったかい…… ……)」


コクリと飲み込まれて、後輩に次の一口を楽しまれるのだった。


 *


特別なココアを最後の一滴まで飲み干した少女は、ポケーと部屋の中空を眺めていた。


「ケプ」


少女は甘い吐息をたてる。先輩の魂かな。


胃の中にある熱いココアがゆっくりと身体に沁みていくのを感じながら、少女はえも言えない満足感に浸った。


オワリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さなマシュマロ先輩 ひでシス @hidesys

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ