守護天使①-2-2
盛り上がる悪口と、それに対して過剰に反応し怒鳴り返している少女。
彼らは私を罠にかけた悪者であるはず。私は辺境伯だ。彼らはこれから私に対して様々な要求を突きつけて利益を引き出さんとするのではないのか。自分でいうのもなんだが金ならいくらでもある身分だ。誘拐できればこれほどおいしい要人もいないと自負するところであるのだが。
――……なんなのだこの茶番は……なんだというのだこのありさまは……。
目の前で繰り広げられている光景はまるで平民の学校の生徒らのやりとりのよう。少なくとも要人誘拐に成功した人間らの挙動には見えない。本件の最大の功労者である彼女が貶められている理由に全く見当がつかないぞ、と、貴人の拉致を成功させた凄腕の組織らしからぬやり取りに面食らう私。
――これではまるで元帝国元帥を貶める罠ではなく、皆の前でおっさんにキスをさせるという少女へのいじめ罰ゲームのようではないか。
わざわざ私を殺さず拉致したのはそういう事なのではなかったのか。この仕掛けで帝国のイメージを下落させこのまま真の狙いへと進むという壮大なシナリオがこの後控えているのではないのか。ここで子供らにこんな稚拙なやり取りをさせていったい誰が得をするのか。演出家がいるなら即止めに入るべきだこのシーンはオールカットしろ。
「おい君たち……きみたち? ……おーい」
私はわざときょろきょろし小さく手を振ってその存在をアピールした。けれど周りは全くと言っていいほどこちらに注意を向けない。こちらに注意力を割かない。ぶっちゃけ無視。私が恐れた類の反応など皆無。私に無関心過ぎていっそ寂しさを覚えるほど。
中年男性も事務的に少女に言葉をかけるだけで私には興味を示さない。完全に蚊帳の外的扱いの私である。
――ふざけているのか? 私は英雄だぞ? 元銀河帝国元帥だぞ? ジュダスの騎士最強の【
最初はそんなに怒るようなことでもない気がしていた。だが放置される時間が長引くにつれ、だんだんと怒りが込み上げてきた。英雄の名前を知らないなどあり得るのかと。
――なぜ放置する! 馬鹿なのか? さては馬鹿しかいないのか!?
俺どこにいてもすぐ見つかるし声かけられるし芸能人ってはツレーわぁ、案件自己発信芸人が旬を過ぎて誰にも見向きもされなくなった一発屋あるある斯くの如しがこんな気分なのか。募る不満は気づけばもう激怒の域だ。さっきから見せられていた胸糞悪いイジメの分までイライラが加算で怒り心頭である。この茶番、自分で思っている以上に私は腹に据えかねたようだ。苛立たしさが高まり、それはそれは腹が立ってグツグツと煮えたぎるほど。
グツグツと、熱く、煮えたぎるような、暑さ――?
「ぐ!? くぐ、ぅ! ぐぁああああああ!?」
――熱い! 胸が熱い! 内側から焦げる!?
その時私は自分の胸の内側に異様なまでの熱の高まりを感じた。
突然訪れた体の異変に思わず身悶えする。苦痛に任せ身もだえし、寝ていた台から私は転げ落ちた。
「熱いッ!!」
「ちょっと! 動かないですぐ終わるわよ! 大丈夫、契約の魔法があなたに刻まれているだけだから」
「なんだと!? 契約!? 何の契約だ! 私は契約書に目を通していない! サインだってしていないはずだ! ふざけるな! 私の体に何をした!」
あまりの唐突な話の内容。不意をついて襲ってきた苦痛。本来なら状況の把握に努めるべきだがそんな余裕は無かった。
胸焼けを百倍にしたような熱い痛みが胸の内に広がる。苦痛が全身に広がっていくにつれ死の恐怖が高まる。体の内側を蝕んでいく熱と痛みに翻弄され、私は激しくもがいた。
――くそ! おかしな薬でも打たれたか?! 痛い! 苦しい! 熱い! 気持ち悪い!
もう耐えられない。胃から何かがせり上がってくる。私はもう我を忘れて自分の内にある熱い粘液のような塊をたまらず外へ吐き出した。
そうしてそのまま、私は視界が暗転するのと同時に意識を失った。
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