守護天使①-2-1

視界に光が溢れる。


すべてを覆い尽くす光の奔流が空間を白に染めたのは、恐らく瞬き程度の時間だろう。程なくして、白い輝きは徐々に薄れていった。


光が完全に消えると、少女はそっと私から離れて言う。


「終わりました」


それは我が脳内言語を代弁したかのような言葉。


――終わった……。


なんてことだ。


年端のいかない子供とのそういう触れ合いは例え合意があったとしても犯罪である。せめてこの身がまだ帝国元帥であったなら、国家反逆罪以外の罪には問われなかったのに。


――こんなハニートラップがあろうとは……。


宗教? 生贄の儀式? とんでもない。


これは罠だ。私を拉致した犯罪者どもは私の反撃を封じるためにこのような大掛かりな舞台を用意したのだと私は今更になって気が付いた。


最悪だ。油断した。これが狙いだったのか。完全に手玉に取られた。まんまと罠にはまってしまった。まさかこんな頭のおかしいファンタジーな手法で討ち取られるとは。もはや何を言っても言い訳にしかならないが、私はこの状況でも大した窮地ではないと頭の片隅ではタカをくくっていた。それはそうだろう、だって私は最強なのだ。個の武力で私に勝てる人類など帝国には存在しない。百戦錬磨の字のごとく、私はどんな状況でも何とでもしてきたし、今後もそうできるという自負さえあった。それは過去の実績が担保する自信に基づく余裕であった。


だが甘かった。世の中を舐めていた。相手が暴力に訴えるのならばともかく、まさか事ここに至ってこんなおおふざけな手段で社会的抹殺を計られるなどとは。


唇を奪われた感触が私に痛烈なまでに現実の厳しさを突き付けてくる。その感触はにくにくしく、あまりに仮想現実離れしている。感覚フィードバックが強いなんて程度ではない。どう考えても現実だ。


認めよう――この危機に備えられなかったのは長らく危機とは無縁な生活をしていたからに他ならない。私は銀河最強のジュダスの騎士。軍に所属などしなくてもその辺の有象無象らなどには負けるはずがないという自尊心を逆手に取られた。こんな突飛な状況を用意してまで我が思考をそらし、こんな迂遠なやり口を用いるとは。こんな卑劣な手段を考えつく知的生命体がこの世に存在していたなんて。悔しい。猛烈に悔しい。私の胸中は後悔一色である。


「宜しい。守護天使との同期を確認した。若干疑問の残る【干渉光シグナル】ではあったが誤差の範囲だろう。アンジェリカ=リモージュ君の昇級を正式に認める。おめでとう」


「……はい」


――?


だがどうしたことだろうか。彼らの様子がおかしい。敵の首級をあげた大金星だというのに中年男性に褒められる少女の表情は浮かないものだ。


その表情はこの計略を成功させた大立役者のものとは到底思えない。むしろ自分はまったく納得できないとその目が訴えているようにすら見える。


「今の何かおかしくね? 相手が村人だったからか?」


「でも結果オーライじゃね? そいつが高位の守護天使だったら、【相対コール】出来なかったろ、ははは」


子供らの反応も不可解だ。何人かの子供らは功労者を讃えるどころか少女に対して嘲笑を向けている。


「バカにするのもいい加減にして! 私だって特待生の一人なんだから!」


「あらぁ? 何を言っているのかしら? アナタが認められてるのはアレのせいでしょう?」


「ゆるゆるがばがばー!」


「ははは! お前は人様の魔法にしゃぶりついてごっくんだけしてろーカスが!」


「まぁまぁ皆! 彼女は確かに特待生だよ。どれだけ落ちても食らいつく諦めの悪さとその結果の村人召喚。ちゃんとオチてるじゃん? 落子だけに!」


「酷いオチね! お後がよろしいようで? ふふふ」


「く……」


何故またいじめが再開されるのか。


――この何かが掛け違えられているような違和感はなんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る