守護天使①-3-1

「目が覚めたのね」


薄い木製の引き戸開けて部屋に入ってきたのは私にキスをしてきた少女――確かアンジェリカ=リモージュと名乗っていた――だ。


なんて日だポーズをとる私の様子を確認した彼女は、開口一番問いを発した。


「……率直に聞くわ。あなたは天使なの? 人間なの?」


「……なんだその質問は」


そんな誰何があるか。酷い物言いだ。まぁそういうお前はハニートラップ女だったな。と言いかけ、私はすんでのところで言葉を飲み込む。こんな状況で相手を煽っても得られるものはデメリットだけだ。


「君には私が人間に見えないのか? まぁ厳密にいうなら君たちとは少し違うだろうが」


「少し? 村人の答えにしてはひねっているわね。斬新だわ?」


少女は訝し気にこちらをにらむ。


この惑星に適応している人間を前に私が自身のことを少し違うと申告するのは的を射ていると思うのだが、どうやらそれは彼女の機嫌を損ねる回答であったらしい。私に言わせればお前の言動の方がよほど斬新だよ、と言ってやりたい衝動に駆られる。


「私は主観的憶測ではなく客観的洞察をもって事実を――」

「あなた魔法は使える? 使えるならこの場で見せてもらえるかしら」


「……魔法? なんだそれは――」

「じゃあ、やっぱり平民なのね。出身はどこの村?」


「……出身ならヴェリサリウス領という――」

「知らないわ。辺境の民というところかしら」


「…………」


相手の言葉を待たずして言葉を放り込んでくる横柄な物言い。こんな態度で接してくる人物に出会ったのは久方ぶりだ。なんと文明レベルの低い土地柄か。


「でもあなたは私の召喚で呼び出されたわけだし、信じがたいことだけどあなたは守護天使なのよ」


「…………」


少女曰く、私は召喚されたらしい。誘拐ではなく。


――モノには言い方があるとはよく聞くが、なるほど印象が違ってくるな。


誘拐だと攫った側が悪人だが、召喚だと攫われた側が被告となる。酷いユーモアセンスだなと言ってやりたいが、これは単なる言葉遊びではなく脅迫といったところか。ハニートラップを仕掛けてくるような連中だ。私のことはそれなりに下調べをしているのだろう。そのうえで私の存在自体を守護天使と皮肉っているのだ。随分としたたかな組織もあったものではないか。


「そうなのか。私には理解できないが、もし君がいうように――」

「理解できないなら理解なさい?」


「…………」


有無を言わせぬ高圧的な態度に私は言葉をつまらせる。なんという不遜な態度か。場が場ならこの時点で問答無用の無礼打ちにしているところだが、今の私は退役軍人で異星人フォーリナー。帝国貴族が帝国圏外の惑星で治外法権を押し付けるのをエレガントな行いではないとして忌避する習慣まで知っているということか。わざわざ迂遠な言い回し、ご苦労なことだ。


「……君たちが私の事をどう扱いたいのかはわからないが、これでも私はそこそこ歳を重ねていてね。君たちの年齢概念で言えば六十過ぎくらいだと思う。どう繕っても天使などというファンシーな存在にはなりえないと思うのだが」


「は? 六十?……あなたの妄想は知らないけど、いえ、そうね。もしかしたら、前世の記憶の影響かもしれないわ。たぶんあなた、随分昔に死んだ人なのかもしれないわね」


「……私が、死んだ人だと?」


「そうよ。あなたの言うベリなんとかなんて村はこの国周辺にはないわ。他国でも聞いたことがない。これでも私、地理の成績はいいの。あなたの言う村がもし本当に実在したのだとしたら、それは大昔に滅びた村なのかもしれない。それなら私にもわからないわ?」


「いや待ってほしい。私は――」「とにかく残念だけどあなたは守護天使で間違いない。そうでなければその首に刻まれた【服従の祝福ガラテアコード】の説明がつかないの。あなたの心臓には【聖痕スティグマ】もあるはずよ」


少女はそう言って私の首を指さす。

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