第54話 「ルゥの作戦」
案山子が、ワシに襲い掛かってくる。
接近戦の心得がないエヴァやルゥに行かないのは助かるが、逆にワシを箒と一緒に倒してしまおうという意思の表れなのであろうか。烈火のような攻めで襲い掛かってくる。
箒のほうは、エヴァが魔法で攻撃してくれているようじゃが、全て先程の風の障壁で防がれてしまうようじゃ。
エヴァの火球が、箒の風魔法の風力により、ろうそくの火が、かき消されるかのように簡単に消される。
遠巻きにみても、決して弱くない攻撃に見えたが、箒にとっては取るに足らないことらしい。そして、この案山子の攻撃もだんだんと狙いが絞られてきたらしい。以前ほどの無駄やがさつさがなくなってきている。
一瞬の油断が、奴らのいい機会になってしまうやもしれぬ。
ワシはそんなことを感じながら、一人考えていた。
ここの地下通路やこの使い魔達のことを。
おそらくの話じゃ。
ここ地下通路は、さっきの祠のために出来たのは間違いない。あの祠の中に何があるのか?
そこまではわからないが、理由としては、それが濃厚そうだ。
あまりいいことではないと思う。
また、この使い魔達は祠を守るためにここにいるのであろうか。行動や動きから見ても何かを守ろうということは分かるが、それが祠に向けられてのことなのか。それは定かではない。ルゥのお祖母さんから言われた命令の内容が分かれば、分かるのじゃがそれは無理な話じゃ。
ううむ、少しずつ分かり始めて来ているのじゃが、肝心のところがまだ未だに分からん。
まぁ、そこが分かるのは、現状ではまずは無理じゃろう。ここを脱出するのがまずは第一の最優先事項じゃ。
まずはそれを成されてから。
この間の建国祭のときに、中央図書館でここ地下通路の存在が、記された文献があったやもしれぬが、そのときはここのことを知らなかったからのぅ。
何とも残念なことじゃ。
大分落ちるが、ここの町の図書館でそこは我慢しておくとするか。
もしくは、自警団で昔のことをよく知っておるものがいればあるいは。
ワシは、かつて共に少しの間じゃが冒険を一緒にした賢者のことを思い出した。
賢者と言えば、小難しそうな書物を読んでいる印象が強いが、彼からはそんな印象は受けなかった。
年齢は若いし、何より書物より、女漁りがうまかった。
よく言った言葉に書物云々より、自分の頭に詰まったもの、目で見たものしか信じられないですからという言葉があったのを思い出した。彼は年齢的にもまだ生きているじゃろう。
息災であろうか。
ふっ、懐かしいことを思い出したな。
さてそろそろ、ここにいるのも飽きてきたので、何とか出たいものじゃな。
案山子の大振りな一撃を回避しながらワシは思う。
ワシ云々よりも二人の体力と精神面がそろそろ限界じゃからじゃ。
ようやくルゥもぎこちないながらも、箒にたいして攻撃を開始した。
しかし、唱えた魔法に前ほどのキレがない。
ワシは、二人の傍まで駆け寄る。
「大丈夫か?」
二人に声をかけた。
主は、ルゥにたいしてだったが。
二人とも少し肩ではぁはぁと息をしている。
「うん、なんとかね。でもあの使い魔の
エヴァが歯がゆそうに、箒を睨む。
確かに、さっきから箒が、繰り出す防御魔法は、エヴァとルゥの魔法を完全に完封している。
さらに案山子と微妙に連携が取れているため、致命傷が与えられない。
「案山子に箒。ともにうまく連携が取れているからのぅ。箒の絶対防御があるから、案山子が安全に攻めて来れる。案山子の打撃の破壊力があれば、大抵が事足りるからのぅ」
ワシは、腕を組みながら、案山子と箒を見た。
案山子は、例の強面の表情でこっちを見ているようじゃ。箒に至っては、宙に少し浮かんだっきりで、表情すら分からないという。
まぁ、この箒を崩さない限り、ワシ達に勝機はないということじゃ。
「ルゥは、大丈夫かのぅ?」
ワシは、視線を落としているルゥを見た。
やはり、この感じからこの案山子と箒も知り合いであろう。
「ルゥ、ルゥ?」
エヴァが、ルゥに声を掛けた。
「えっ!? あっ、うん。大丈夫」
ルゥが、痛々しい表情で、笑った。
「やはり、この案山子と箒もお主の……?」
ワシは、聞いてみた。
エヴァも、おそらくは気がついてはいるが、それでも聞かなかったのは、ルゥにたいして申し訳ない気持ちがあったからじゃ。
「……うん」
ルゥは、力なくうなずいた。
予想通りじゃな。
ワシはさして驚くこともなく、エヴァを見る。
ちょうどそこでエヴァと目が合う。
エヴァも、こくりこくりと頷いている。
「さっきの土兵と同じ類か?」
ワシは聞いた。
戦闘中だから、長話はしていられない。
じゃが、情報の共有は重要なことじゃ
。
「うん、あの案山子は、おばあちゃんのお手伝いだったの。お手伝いさんを雇うより、案山子のほうが気を使わなくてもいいとかいってね、それに私も、あの案山子を作るのに手伝ったから」
ルゥが、そこで言葉を切った。
おばあちゃんとの思い出の一部と戦い、打倒しながら進んでいく。
何とも悲しい話じゃ。
「そうか、あっちはワシ達はともかく、何故ルゥも襲うのであろうな?」
ワシは、さっきから疑問に思っていることを聞いてみた。
「さぁ、それはわからないわ。少しは私もさっきの土兵に覚えてくれているのかなって淡い感情を抱いていたのだけど、土兵は、私に反応することさえなかったし」
ルゥが、嘆息をついた。
「主であるルゥのおばあさんの命令に忠実ってことかな?」
だんまりだったエヴァが、聞いてくる。
「それはあるやもしれぬ。ただ、それだけを必死に守ることだけを考えて、実行している。己が考えてではなく、忠実に命令を遂行しているだけか」
ワシはこれ以上長居は出来ぬと思い、そろそろと案山子達の方へと、身体の全身を向き直した。
「さてと、確認じゃ。ルゥやれるな?」
ワシは、ルゥに背中を向けながらも、確認の意味も込めて聞いた。
「うん、大丈夫。心配かけてごめん。もう大丈夫だから。それにトーブ君やエヴァちゃんを傷つくところは見たくないし」
ルゥの声に、感情がこもってきておる。
ふっ、大丈夫そうじゃな。
「あいわかった。では期待しておるぞ。これで安心して背中を預けられそうじゃ。して箒はどうする?」
ワシは、ルゥの心強い返答を得られたので、すぐに最優先の問題を投げかける。
「箒は……正直まだわからない。でも必ず弱点はあるはず。だからそれまで持ちこたえるしか」
ルゥが、ワシに申し訳無さそうな口調でいった。
「ふむ、なるべく早くな」
ワシはそう言い、案山子目掛けて切り込んでいく。途中、箒が何か詠唱しているのに気がついた。
しかし、ここで速度を緩めるわけにもいかん。
箒が、魔法を使用してきた。
やはり風魔法の真空波のようじゃ。
ワシは、その箒の魔法に向かって進んでいく。
無数の真空の風の刃の中をワシは、駆け抜けていく。
小刀で真空波の一つをさばく。
一瞬重みを感じたと思った瞬間、小刀の刀身が真空波を斬り裂いた。
そして、その真空波の隙間を縫うようにして、案山子に接近する。
「ぬ!?」
その真空波をすり抜ける途中、ワシはかすかな痛みを感じた。全て回避していたつもりがどうやら直撃したらしい。
じゃが、この程度の傷でワシを止められるとは思わんことじゃ!
深く、息を吸い込みワシは案山子にたいして、突きを繰り出す。
現状、このワシの速度を活かした方法で一番威力がある攻撃の一つじゃ。
小刀がうなりを上げて、案山子に突っ込んでいく。まるで一本の矢が前に突き進んでいくように、案山子に突き刺さった。
案山子は、しかし刺さった直後にすぐに反撃を試みている。
痛覚もないため、ためらいもないか。
魔法で一気にきめたいところじゃが、箒が絶対に邪魔をしてくる。
ルゥがなにかしら、対応策をうかぶことを期待して、ワシは今は全力でこやつと!
案山子の重そうな一撃を避け、ワシは案山子の身体を斬りつけていく。
案山子を形成している藁が、ワシの攻撃によって剥がれ、破かれ、宙を舞う。
案山子の身体をどんどん削りとり、なきものにしようとしたがそれは叶わなかった。
ワシの目の前を、小さな暴風のような空気の渦が現れ、無理やり、案山子とワシとの間合いを離したのじゃ。
むっ!
ワシは、これが箒が行った魔法じゃとすぐに分かった。
ワシとの距離が開いた案山子は、箒から何かしてもらっている。
これは……。
ワシが目を凝らしてみると、ワシが攻撃し、案山子の身体の破損した箇所が、癒えていっているのじゃ。
傷を負った時に行う
まぁ、対象が生物か物体の違いだけなのじゃから、違いはすぐに分かる。
おかげで、ワシが案山子に与えた損傷もあっという間に回復されてしまった。
やはり、箒か。
この箒を何とかしないと、本当に勝ち目がないわ。
ワシは、エヴァとルゥの方に視線を移した。
何かいい案でも浮かべばいいのじゃが。
まぁ、ワシとしても大体の策のほうが形にはあるが、それは最後の最後まで閉まっておこう。
気があれば、魔法を粉砕し、その上から案山子を打倒出来ると思うが、仕方がない。
「トーブ」
エヴァが、ワシのもとにやってきた。
「ルゥが何か思いついたみたいなの。だから手伝って」
「分かった。ふっ、待たせおって」
ワシは警戒しながら、すぐにルゥの元に向かう。
「作戦を聞こう。何かいい案が浮かんだと聞いたが」
ワシは、ルゥに聞く。
ルゥは、まだ少しううんと唸っていたが、
「うん。まずトーブ君は箒を、私達が案山子の相手をします」
ようやく考えがまとまったのか、口を開いた。
「今までの逆か。案山子の攻撃に二人は対応出来るか? そこだけ突破できればなんとかなるが。できそうか?」
案山子の重い一撃を、身体能力でこの二人が回避するのは不可能に近い。それに物質系の魔法障壁でないと、この案山子の重い一撃は防ぐことはできないじゃろう。さっきのエヴァの
じゃとすると、防ぐのはルゥの防御障壁か。
「やるしか道は無いわ。トーブが箒を。私達が案山子を」
エヴァが、自信満々に言った。
そこからそんな自信が出て来るのやら。
ワシは、心の中で感心する。
「私達に、あの案山子の攻撃を回避する身体能力はないから、防ぐとしたら魔法障壁で対応するしかない。トーブ君は、その間、私達の戦闘にあの子を出来るだけ参加させないでほしいの」
ルゥが、あのこと言っているのは箒のことじゃ。
「つまり、二人と案山子の戦闘に極力、箒を参加させないでくれということか。中々難易度が高い話じゃのう」
箒の介入は、必ずあると思うが極力減らせということか。
ううむ、詠唱も早い箒のことじゃ。
色々と出来ることを画策してくるじゃろう。
「分かった。出来得る限りはしよう。ルゥが、ワシを信じて指名してくれたのじゃ。それに応えるのが筋じゃろうて」
ワシは、こくりと一度うなずき承諾する。
「ありがとう。あとは私とエヴァちゃんか。私がエヴァちゃんを守るから、エヴァちゃんが倒すしかない。エヴァちゃんの魔力なら、可能だわ。私も魔力が満部残っていればさっきみたいな大技が出来るのだけど、もうさっきのは出来ないから。大丈夫、エヴァちゃんなら出来るわ。信じてるから」
ルゥがそう言い、エヴァに向かって、屈託なく笑った。
こんな戦闘中にそんな笑顔を見せるなんて。
ワシは、この屈託のない笑顔が、ルゥがエヴァを信じてる裏返しなんじゃなと感じた。
「わかったわ、ルゥ。私に任せて。あっという間に倒しちゃうんだから」
対するエヴァも躊躇することなく、即答する。
お互いを疑うことなどないか。
本当に仲の良い友人同士じゃな。
ワシは改めて、この二人の絆の深さを知った。
「そのためにもトーブが、箒の妨害をしないといけない、お願いね」
エヴァが、ワシに向けて視線を向けてきた。
「うむ、分かっておる。二人の邪魔はさせんわ」
ワシは、この二人の想いを無にしないように、なおさら気合を入れた。
さて頑張らねばなるまい。
若人のこれからの頑張りを無下にはできんからのぅ。
「うん、じゃあみんな。次ここで話すときは、勝ったときね」
エヴァが言った。
「うむ、そうじゃな。大丈夫、きっとうまくいくわ。作戦立案者がエヴァではなく、ルゥじゃからな。くっくっく」
「な、なによ、その笑いは。もう失礼しちゃうわね。ルゥも何とか言ってよ、もう」
ワシがくくくっと笑うのにたいして、エヴァが頬を膨らまし、ルゥに言葉を求める。
簡単にはいきそうではない内容の作戦じゃが、二人に気負いらしい気負いは見つからない。
がちがちに切羽詰ったようになるのは、良くないだけに頼もしいが。
「うむ、では箒に仕掛ける! 二人も十二分に気をつけるんじゃぞ」
ワシは、そう言い、前方にそびえ立つかのような案山子にまずは向かう。
オーク族級の三ノーテスの身体が、ワシが向かうにつれて、ぎこちなく動き出した。
大きく構えをとる。
そして、洞窟の地面の岩を剥ぎ取るかのように、右手を物を下から放り投げるかのように振るった。
大小様々な石や岩石の礫が飛んでくるが、ワシには、避けることなぞ造作もなかった。
全ての礫を避けきり、ワシは案山子とすれ違う、そんな間合いへと踏み込んだ。
「返せ……! 返せ! 殺す」
案山子が、またぶつ切り気味の声で、ワシに叫んでくる。
返せ?
一体何を返せというのじゃ。
案山子の先程の言葉とは異なる単語を聞いたので、ワシは一瞬疑問に思ったが、今は作戦中なので余計なことは考えずにただ、箒に向かって、一心不乱に距離を詰める。
案山子は、ワシの後を追おうとしたが、エヴァとルゥの魔法がちょうどよく繰り出された。
案山子目掛けて繰り出された赤と青の織りなす美しき連奏は、案山子に吸い込まれるかのように飛んでいく。
しかし、ここで箒が動いた。
きらりと全身が発光し、何やら詠唱をしているようじゃ。
ワシは、急いではいるがまだ箒との距離はある。
この詠唱は止められん。
「箒が何か唱えておる。エヴァにルゥよ、気をつけろ!」
ワシは、すぐに二人に注意を促した。
何故か、ワシにではなく二人に向かって何かしらをしたというのをワシは直感で悟った。
ワシの言葉を聞き、エヴァはこくりとうなずき、ルゥも身構えている。
箒の発光が収まり、何か唱えたようだ。
ワシは、この戦場に何か変化があるのを探る。すると、案山子の身体の周囲に風の渦のようなものが覆っている。
風の鎧か。
何とも面倒くさいものを。
その風の鎧が、形成直後にエヴァとルゥの魔法が案山子に直撃した。
爆発音がなり、小刻みに空気が振動する。爆発による煙が出たが、案山子はどうなった?
「がああああああ! 無駄だ!」
煙の中から、大きく動く物体が出てきた。
爆煙を身体から、しゅうしゅうと出しながら、案山子は、ほぼ無傷といった様子で姿を現した。
「この程度、……ンダ様の足元にも及ばぬ、及ばぬわ!」
何かを案山子は語ってはいるが、途切れ途切れで非常にわかりにくい。
風の鎧も、未だに健在している。
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