沈黙の森4 ~首なし騎士~
マンダリンの傷跡を確認するが、特に目立った外傷はない。
流石はオーク族といったところか、その恵まれた体躯は攻撃にも防御にも優れている。
実質、さっきの馬の体当たりを、ほかの人種が直撃していたら、こんなものではなかっただろう。
むしろ、馬の一撃を喰らい、マンダリンの燃え盛る闘争心に、さらに火が付いたかのようだ。
表情を見ると、すぐに分かる。
「猛るのはいいが、落ち着け。ただ行ったのでは、またうまくはいかん」
ワシの初手を受け止めた首なし騎士の感じから、そう伺えた。
「だったらどうするんだ? 何かいい策でもあるのか?」
マンダリンは、完全に立ち上がってから聞いてきた。
「別に策というわけでもない。ワシがまずは仕掛ける。この斧で何合か打ち込む。その後にワシが合図を送る。で、お主が注意を引いてくれ。それからワシが再び仕掛けて、確実に首無し騎士を馬から引きずり降ろしてやる。如何にお主が、注意を引きつけられるかが鍵じゃぞ」
ワシは、簡潔に掻い摘んで説明する。
「分かった、合図がくるまで、少し後ろで待機している。お前の武を見せてもらうぞ」
すると、マンダリンは構えを解いて、後方に下がっていった。
ふむ、これで心置きなく、全力とまではいかないが、力を出すことが出来る。
ワシは、前方にいる首なし騎士に視線を送った。
今までいくつの生命と生き血をすすったのか、
その甲冑には、多くの刀剣類で付けられた傷跡と、もう血が染みこみすぎてきて、元の甲冑が何色だったのかさえ、よく分からない。
それほど、この首なし騎士は相手を、打倒し、自分に飛んできた返り血をそのままにしている。
たいした自信じゃな。
じゃが、今回はその通りにはいかんぞ。
ワシは斧を両手で持ち、構えた。
身体を若干揺らしながら、自分の呼吸を作っていく。
自分の呼吸という一連の動作の中で、自分の一番いい間というものがある。
それを瞬時に判断する。
首無し騎士は、そんなワシを黙ってみているのか、それとも待っていてくれているのか。
一向に動きはない。
様子見か……
ならば、こちらから行くぞ!
ワシは、目をかっと見開き、全身を奮い立たせるかのように、大地を前方に蹴り、跳躍した。
それからすたすたと地面を小走りに、左右に身体を揺らしながら、首無し騎士の攻撃を誘おうとする。
しかし、首無し騎士は、そんなワシの意図を
理解しているのか、一切攻撃や動きを見せず、黙ってその場で、たたずんでいる。
動かずなら動かなくても良い。
動きたければ、動けばいい。
ワシは、そんなことなぞ,
お構いなしに、攻撃を繰り出した。
軸足を、大地に大きく踏ん張り、一気に斧を薙ぎ払った。
斧の巨大な刀身が、闇の空間を切り裂き、首なし騎士に迫った。
逃れようはない。
「せあっ!!」
ワシは掛け声とともに、ほぼ同時に一撃を繰り出した。
刃が首無し騎士を襲う。
首無し騎士本体と馬の両方に当たるように、垂直に斧で胴体を袈裟懸けに斬る。
もちろん、
暗闇の空間を無骨でこそ、よく手入れをされている刃が、首無し騎士に吸い込まれていく。
「!?」
首無し騎士が動いた。
ワシの垂直斬りに対して、自慢の盾を素早く、持ってきて、自分の全身を隠すかのように、盾を構えた。
このままよ!!
ワシは一切や情け、躊躇を捨て、全身全霊で斬りつける。
「悪いが、これを受けてみよ!」
火花をちらして、ワシの斧と首無し騎士の盾はぶつかり、弾けあった。
手応えはありじゃが、受け止められたら意味が無い。
ワシは、すぐに斧から力を抜く。今ならば、盾は、ワシの攻撃を受け止めてそのままだし、
狙うは、馬よ!
この考えている時間はほんの一瞬だ。その場の状況把握と、次の一手はどうするかという判断を、こうやって、攻撃を繰りだそうとする合間合間で考えている。
ワシは、馬目掛けて、なぎ払いの一撃を繰り出した。斧を一回転し、回すような動作で、遠心力を利用し、攻撃を繰り出す。
馬の足を切断する気で、振り回す。
刃が、今度は地面を這うように繰り出される。
獲物を狙う蛇が、獲物目掛けて、毒牙を振る舞うように。
先ほどまでの勢いが留まらぬ中、ワシは次手を繰り出した。
狙うは、馬の脚部だ。
この一撃で、馬の足を破壊出来たら出来たでいいし、奴が避けたとしても、動きを限定し、ある程度の予測が出来る。
馬が軽くその場で跳躍する。
ワシの予想が少しだけあたった瞬間でもある。
空中への逃げ場所は、限定されている。
空中に浮いている間は、そもそも行動が限定されてしまう。
そこをワシは狙っていた。回避する場所を限定し、そこにわざと誘導する。
闘いにおいて、基本でもある。
「おおおお!」
ワシは首無し騎士を見据える。
宙に浮いている首無し騎士が見える。
ここで首無し騎士を落とす。
いやまとめて終わらせるのも……
ワシの脳裏にそんな言葉が浮かんだが。
首無し騎士の胴体に狙いを定めた。
ワシは跳躍し、両手に再度力を込めて、一回転し、遠心力をつけて、回転斬りを見舞った。
「コオオオオオ……」
首なし騎士からそんな声が漏れたような気がした。
ワシの回転斬りを受け止めようと、盾を構えるが、それは全くの無意味だった。空中での軸のない守りなど、ないに等しい。
ワシは斧の一撃を受け止めた盾ごと、地面に首無し騎士を叩きつけた。
中々の重量だな。
ワシは、首なし騎士の重さを身体に感じた。
質量的な重さと言うよりかは、別の何か情念やこの首なし騎士に殺された者達の乾いた叫びのようなものを感じた。
なんともすっきりしない感じだ。
今まで殺してきた生命体で形成されているのかもしれない。
そして、マンダリンの方を見て、分かるように手を上げて、合図を出す。
ここで確実に首なし騎士と馬を分ける。機動性を殺して、相手の優位性をどんどん無くしていくのだ。
地面に叩きつけられた首無し騎士と馬を、ワシとマンダリンで受け持って、離す。
マンダリンが力で馬を少し離れた場所に引きずった。
「そっちは任せたぞ」
ワシは、馬と対峙しているマンダリンに声を掛けた。
「ふんっ、その首なし野郎とやりたいところだが、俺じゃ、まだそいつに勝てないことくらいは分かる。今回は譲ってやる」
マンダリンが精一杯のつよがりで答える。
さっきまでぶるぶると震えておったくせにのぅ。
ワシはそう、思ったが言わなかった。
さて、馬の相手は任せたぞ、マンダリンよ。
ワシの相手のこやつは中々の相手だからな。
「コオオオオオオ……」
独特の声を出しながら、首無し騎士は鎧音を聞いた。立ち上がった。
外傷はほぼない。
あの高さから落とされてもどうやらないようだ。
意外と頑丈じゃな。
感触的に、打撃はやはり効果が少し薄いようじゃな。
ワシは斧を構えて、いつでも戦えるように、臨戦態勢のまま、奴を観察する。
頑丈な甲冑に鋭い剣に強固な盾。
さて、どこから突き崩すべきか。
やはり、内部からじゃろう。
外傷に強ければ、内部から破壊する。
ワシの気ならおあつらえ向きなはずじゃ。
斧の柄を握る両手が、熱くなっていくのが分かる。
気が循環している証拠だ。
身体を循環し、両手に集まり、その両手から斧に伝導していく。
生物と違い、気は無機質なものには伝導しにくいが、出来ないこともない。
現にワシは、練習をして、このように出来るようになり、現在に至っている。
さて、そろそろ始めるとするかのぅ。
ワシは横目でちらりとマンダリンを見た。
こっちはすでに始まっていた。
あのマンダリンが、小さく見えるほどの大きさの馬と対決している。
巨大な蹄による踏み潰し、蹴飛ばし、巨体を活かしての体当たり、あとは噛みつきといったところか。
相手が、繰りだしてくるのではないかという攻撃手段を予め、予想しておくのだ。
大体、相手の姿形を見れば、そういったことがわかってくる。
ある程度、予想していればこっちも対応がしやすい。
もし、予想と異なるものや、予想のつかない攻撃を繰り出してきたら、それを経験することで、次戦に活かすことが出来る。
マンダリンには、絶対的な経験値がまだないのだ。
今はその経験値を得るために、たくさんの相手と戦い、経験値を蓄積しないといけない。
首無し騎士に視線を戻す。
剣を持ち、盾を持ちながらこちらを見ているようだ。
エヴァやルゥ達の魔気にも限りがある。
決着を着けるのなら早ければ早いほどいい。
行くか。
前方にいる敵に意識を集中させる。
いざ!
地面を強く踏みしめる音。
ワシが踏みしめた地面が、僅かにだが陥没しているのが分かる。
斧を構え、待ち構えている首無し騎士に向かって、振り下ろす。
垂直にまっすぐに。
首無し騎士は、盾でワシの垂直斬りを受け止める。
受け止めた直後に、首無し騎士が剣により、ワシの胴体目掛けて、突き刺しを行ってきた。
斧に込められた力と身体から力を抜き、くるりと横に身体を回転させ、その鋭い突きを避ける。風を斬り裂いて、進むような突きだ。
この突きで、一体今まで何人の強者を、動かぬ肉塊に変えてきたのであろうか。
首無し騎士が、さらに仕掛けてくる。
高速の突きの連打で、ワシに反撃の隙を中々与えようとしない。
必要最低限の身体の動きで、ワシは避ける。
直線な動きなので、剣の軌道を読みさえすれば、避けるのは特に難しいわけではない。
しかし、突きの風圧だけで、身体が切り裂かれそうになる。
なかなかの突き。
また、鋭い念を込められた突きが、ワシの真横を通り過ぎていった。
確実にワシを、殺すための突きじゃな。
横目で悲しく、空を切り、飛んで行く突きを見て、ワシはそう判断する。
首無し騎士はこんなにも、突きを繰り出しているのに、疲れた様子すらない。
そもそも、この種族の類に疲労という概念はあるのか。
「!?」
ワシは、突然の突きからの横なぎ払いの攻撃を、斧の刀身の部位で受け止める。
激しい火花が飛び、一瞬にして暗闇に消えていく。
突きからの切り替え、少しは考えてきたか。
少し感心するのと、同時に面倒くさくなってきたなと感じる。
じりじりと、体格差と力の差で押し込まれていく。
流石にこのままじゃといかんか。
かっと全身に力を入れて、気を伝導させ、一気に力を開放する。
その瞬間の爆発的な力を、利用してワシは、奴の攻撃を弾き飛ばした。
そして、そのただっ広い胴体に、袈裟斬りに斧を振り下ろした。
流石に突然で一瞬の出来事だったので、首無し騎士は、防ぎようがない。
金属のぶつかる音が鳴り、奴の胴甲冑には、ワシの斧による左肩から右足に真新しい傷跡が付いている。
斬られた首無し騎士は、衝撃で少し後方に吹き飛ばされ、そのまま片膝を付いた。どすんという重厚な音がその場に響く。
手応えは、あったように感じたが。
「やるじゃないか」
少し離れたところから、マンダリンの声が聞こえた。どうやらワシと首なし騎士との、戦いをちょくちょく見ているようだ。
「油断するな。お主の相手は、今は目の前の巨大馬じゃぞ」
「分かっているって!?」
突然、マンダリンの声が止まった。
すると、巨大馬の重い一撃をうけとめたマンダリンがいた。しかし。片足を付いている。
防いだと思っていた馬の足の一撃が、マンダリンの腹部に直撃していた。苦しがってはいるが問題無さそうだ。
ワシの指摘に呼応したかのように、馬がいななき、強靭な前足を駆使して、マンダリンに仕掛けてきた。
マンダリンは、その前足の攻撃を避け、馬の腹部に拳を打ち込んだ。
拳が、腹部に食い込んだ瞬間、鈍い音が聞こえ、馬の荒い呼吸が止まる。さらにほんの少しだが、馬が宙に浮いたかのように見えた。
羨ましい限りじゃ。
あれだけの力があるだけで、かなり戦闘では優位に立てる。今のワシでは望んでも、どうにも出来ないことだ。
まぁ、ないものねだりはいかんわ。
今は、目の前のこやつのことだけを考えねばならない。
首無し騎士は、片膝を付いていたが、いつの間にか、立ち上がっていた。
ふむ、変わりなしか。
やはり外部からの攻撃は通用しないか。
そうなると、やることは一つ。
我が気にて、内部から破壊するのみよ。
やることがわかったので、ワシはこれからどうやって、この首無し騎士を倒すか考える。
やはり、静拳しかないか。
外部から、内部に気を伝導させるには、この技が打って付けだ。
以前にも、首無し騎士と対峙したときも使用した技だ。
まぁ、少しばかり気を溜める間、時間がかかるのが、玉にキズだが仕方がない。
右手に気を溜めることにする。
その間の時間稼ぎをせんとのぅ。
さっきまで、打ち込まれていた故、こちらから仕掛けるか、右手はあまり使用せず、使用した時に戦いが終わるように。
ふん!
一気に間合いを詰める。
流星が闇を斬り裂くが如き、速度で仕掛ける。
まずは、気は使わずの斧の斬りつけ、首無し騎士は、盾でいつも通り、盾で受け止める。
軽快な音がなり、攻撃が防がれるが、ワシは直撃を狙ってなど端から思っていない。
すぐに次の攻撃動作に入る。動きの妨げになる斧を地面に置いてから、首なし騎士の背後に回りこみ、仕掛けようとするが、回転斬りの反撃に合う。
ワシは、その鋭い回し斬りを身を地面に伏せながら、回避する。そのまま体勢を一気に整え、左手の気入りの拳をぶち込む。
下から上へ、突き上げるかのような拳に、首無し騎士は、少しよろめいたが、すぐに体勢を整えようとする。
しかし、ワシはそれを許さなかった。すぐに斧を拾い、まだ完全に整いきれていない首無し騎士に斬りつける。大振りな斬りではなく、小振りの斬撃にする。
小振りながらも、隙のない斬撃が、首無し騎士に反撃の機会を与えない。
あと少し。
右手にほんのりと温かみが帯びてきた。
気が右手に蓄積していっているのが分かる。
「コオオオオオオオ!」
首無し騎士が吠えた。
やられっぱなしに業を煮やしたのか、分からないが、ワシの攻撃を受けとめていた盾の方から、凄い力が繰り出されてきた。
むっ。
ワシはすぐに攻撃の手を緩め、後方に飛ぶ。
こういったときの相手の反撃は、手痛いことは分かっていた。
盾の上には、かつての闘った相手がつけたであろう斬撃の上に、ワシがつけた斬撃が上乗りしている。
その盾が寄せられ、首無し騎士が、姿があらわになる。
お怒りじゃな。
あれだけ、ぼこぼこにされて、何とも思わなければおかしな話じゃ。
「コオオオオオオオ!」
甲冑にこもった怒りの声とも取れる声が聞こえる。
びりびりと大気を伝って伝わってくる。
首無し騎士が剣を掲げた。
すると、暗闇の中で少し輝くような、獄炎のようなものが剣にまとわり付いている。
獄炎?
ワシは、その光景を見て、闇属性の竜族が吐く息を連想した。
大地を黒く焦がし、そこに生物の存在など、初めからなかったかのように、全てを消滅させる技。
みな、気をつけるのじゃと全員に注意を喚起する前に、首無し騎士から、黒き炎なる技は、繰り出された。剣先が黒光りして、その剣先の大気が揺れ、空間が歪んでいるかのように見える。
来たわ。
全身の神経を張りめぐらせ、身体全身が異変を感じる探査機のようになる。
ワシに向かって獄炎波が飛んでくる。
大きく飛び退くと、ワシの前にいた場所が、焼かれ焦土のようになっている。
その地面からは黒々とした漆黒の煙があがっている。
喰らえば、ああなるな。
背中にぞくりと、一瞬冷たいものを感じたが、
ワシはすぐに、次の行動に移る。
離れていても、どうにもならないので、接近して一気に決める。
ワシの右手には、十分すぎるほど気が溜まりきっていた。
そろそろ決めておかないと、皆が限界だ。マンダリンこそ善戦し、よく戦っているがエヴァとルゥには、疲労の色が見えている。さらにニハトやトッド、ピクルムは、ここにいるのに耐えているのが不思議なくらいだ。
かくいうワシもそろそろ、疲れたんでな。
終わりにしようかのう。
ワシは奴を見据えた。
再びあの獄炎波を、使用してこようとしている。
ふむ、その自分の姿勢を貫くのは見事じゃが、このワシに一度直に見せた技を当てるのは、中々難しいぞ。
はじめに言っておく。
ワシはそう心の中でつぶやき、気を込めた右手を強く握りしめた。
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