決意 ~武の入口~

エヴァの買ってきた焼きポポットチルを、ワシ達は河原に直に座りながら食べた。

河原には焼き芋の甘く、香ばしい匂いが充満している。その匂いだけでもお腹が少し満たされるような気にもなる。

一番初めに食べ始めたトッドは、もうどうやら食べ終わったようだ。

まだ足らないのか、物欲しげな表情で食べているワシ達を見ている。

特にその視線はニハトに注がれているようじゃが。


「おい、そんな目で見てもやんないぞ。お前はもう食っただろ。それで終わりだぜ」


そのトッドの視線に気が付いたのか、ニハトは、自分が食べている焼き芋を隠しながら言った。


「う、うん。分かってるよ、ニハト」


そう言いつつもトッドは、ニハトの方に一歩また一歩と操られた人形のように進んでいく。


「お前、分かってないだろ! 来るな、近寄るんじゃねぇ。それ以上近寄ったら、いくらお前でも許さんぞ」


ニハトがトッドに忠告するが、それでもトッドは止まらない。ニハトとトッドが、もう少しでというところでルゥが間に入った。

自分の持っている焼き芋を、半分に折って、トッドに差し出している。


「これあげますから、落ち着いてください」


ルゥが差し出した焼き芋を見て、トッドは嬉しそうに微笑み、いいの、いいのと何回も聞いてくる。


「はい、私は半分も食べれば、お腹一杯なのであげます」


ルゥは、にこりと笑いながら答える。


「わーい、やった」


トッドは、そう言うとルゥから焼き芋を受け取った。まだ焼き芋からは、ほくほくと湯気が出ている。

トッドは、それをあつあつという仕草で持ち、食べ始めた。


「全く、食い意地だけは人の何倍とやらだ」


ニハトは言った。普段はトッドに食物は自由にあげたりするが、この焼き芋は余程美味しいのか、片時も手から離さず、持っている。


「すまんな、うちの奴らが、迷惑をかけて」


マンダリンが、ワシとエヴァに対して言う。


「ううん、今回は私が助けられて、皆に迷惑をかけてしまって。むしろこっちが、謝らなければならない。本当に助けてくれてありがとう」


エヴァが、マンダリンに対して頭を下げた。誰に対してだろうが、自分が悪いと思ったら、こうして素直に頭を下げれるのが、エヴァのいいところだ。

流石のマンダリンも少し驚き、呆気にとられている。


「いや、うちのピクルムも捕まったのは同じ、こちらこそ迷惑をかけた、すまんな」


大きな身体を腰から軽く曲げ、マンダリンは礼を言った。マンダリンが、頭を下げたことにより、ニハト達三人もマンダリンの近くまできて、頭を続けて下げた。


「なんだか、こっちが謝りにきたのに、いつの間にか両方が謝っているわね」


エヴァの表情が少し緩み、笑みがこぼれている。一番緊張していたエヴァが、ようやく少しずつ解放されていくように、ワシには見えた。

皆が仲良く、焼き芋を食し終わり、和んでいる光景を見て、ワシは前世で戦闘中の小休止中に皆で特別美味しくもない飯を笑顔で食べる光景を重ねあわせた。その時の奴らの顔は輝いていた。

言葉で形容するのは、中々難しいが内面からにじみ出るような光の輝きだ。死の淵で、常に命のやり取りをしている中での、ほんのひと時の安らぎ。その時間を仲間と一緒に過ごし、分かち合う。その光景に少し似ていると思った。


「……い、おい」


誰かに声を掛けられている。ワシは過去から現実へと意識を切り返して、声のほうに身体を向き直した。


「ようやく気が付いたか」


ワシが、振り向くとそこにはマンダリンがいた。大きな身体が、こちらを見下ろしている。かつてのような他種族を、忌み嫌っていた時と雰囲気が異なっている。


「お主は。何用じゃ?」


ワシは、マンダリンに聞き返す。


「じゃ? 相変わらず、変な話し方をするおかしな奴だな。それよりお前に聞きたいことがある」


マンダリンが改まって聞いてきた。


「何じゃ。答えられる範囲で答えるぞ」


一体何だというのであろうか。


「どこで覚えた?」


マンダリンが、片言のように聞いてきた。


「覚えたとは一体何のことじゃ?」


マンダリンの質問の意味が分からない。


「とぼけるな。その身のこなしだ。素人であそこまで動くことは出来ない」


マンダリンが話していることは、この間の戦闘時の動きのことだろう。ソーマを使用しなくてもよいような相手だったが、随所で気を使用してしまった。少し反省せねばなるまい。


「別に隠すこともないから話す。日々の鍛錬の賜物じゃ。斧術は、父から教わった。それくらいじゃ」


ワシは、嘘偽りなく答えた。父というのは、今の父マルスではなく、前世でのワシの父のことだ。


「日々の鍛錬。一体どのような鍛錬を行っている。答えろ!」


この間の戦闘での、ワシの動きを見て、何か感じるものがあったのかもしれない。


「鍛錬か。そうじゃな、家の手伝いじゃ。薪を切ったり、集めたり、重いものを運んだり、とかかのぅ」

思い出しながら、答える。


生まれてきて、初めから完成されていましたなんて言えないからのぅ。


「そうか。だがおかしいな。明らかに修羅場を、何度か経験したかのような動きを、垣間見たはずだが」


マンダリンは、しっくり来ないような顔つきでそう言った。

そういう反応じゃろうな。ワシもうまく今は、説明するのが難しい。もし来るべき時が、来たら話そう。それまではすまんなマンダリン。

ワシが、そう謝罪の言葉を、心に浮かべた時、ワシの五感が、何かを感じた。

それは、戦闘中で何度も感じたそれと酷似していた。マンダリンの拳が、ワシ目掛けて繰り出されていた。

手加減はしているだろうが、避けなければ怪我では済まない一撃だ。ワシは、その拳を間一髪のところで避けた。拳が、河原の地面に打ち込まれ、鈍い音が河原に響き渡る。


「……何をしおる」


その重い一撃から飛びのき、ワシはマンダリンに向かって言った。


「お前だったら避けられると思ってな。すまん」


マンダリンが、悪びれた様子もなく言った。確かにそんな感情が、にじみ出ている拳に当たるほどワシは鈍くはないが。


「い、一体何があったんです!?」


ニハトが慌てた形相でこちらに向かってきた。こういう時の彼の切り替えは、他の誰に比べても早いようだ。続いて、他のみんなもこっちの方に向かってくる。

やれやれ、説明が、面倒じゃのぅ。

ワシはそう心中で思い、マンダリンの顔を見た。ワシが、向くとマンダリンが少しバツの悪そうな顔で、こっちを見ている。

うーむ、理由を考えてない顔つきじゃ。


「あぁ、なにやらマンダリンが新たな攻撃方法を思いついたというのでそれを見ていたら、ことのほか威力がありすぎてのぅ」


ワシは堂々と嘘を並べて答える。マンダリンは音すら発しない。流石にそれはおかしいので


「そうじゃな、マンダリン?」


マンダリンにワシは、相槌を打たせようとする。


「あぁ、少しばかり加減が、難しいようだ。扱いには練習が必要そうだ」


マンダリンもようやく口裏を合わせた。多少ぎこちないが、その程度であれば大丈夫だろう。


「そうだったんだ。何かあまりに大きな音もしたから、おいらびっくりしたよ。ねぇ、ニハト」


トッドが、その時の驚いた顔をしながら、ニハトに同意を求めた。


「あぁ……そうだな」


ニハトは、まだ腑に落ちない顔つきで、周囲やワシ達の姿を見ている。

無理もない話じゃ。即興で適当にでっちあげただけじゃから、あまりにつっこまれりすると嘘がばれてしまう可能性がある。

それにしても……。

マンダリンは、一体何を考えておるのじゃ。ワシにはさっぱりあやつの考えが読めん。

もともと感情の読みにくい感じの男だったが今日のあれは酷い。


「みんな、驚かしてすまなかったのぅ。今度からこういうことをするときは事前に伝えておくわ」


ワシは、皆に頭を軽く下げ、再度謝った。


「別に謝らなくてもいいわよ。この間の件もあるから私からは強く言えないし。ルゥは?」


エヴァが、はにかみながら答えた。


「うん、事前に言っておけばいいかも。それだと心の準備もできるし」


ルゥも親身になって答えてくれた。

本当に助かる。


「大丈夫ですか!?」


ピクルムが、マンダリンの怪我の治療を行っている。地面を強打した手の指の皮は赤めろになっていて見るも無残なものになっている。オーク族の治癒能力が他種族よりも優れているが、これほど傷が深いと、完治まで常人とさほど時間は変わらない。


「大丈夫だ。こんなの唾つけとけば治るぜ」


マンダリンはそう言い、唾をかけようとするが、その行為をピクルムに止められた。


「これ良かったら使って。傷口の治癒能力を高める効能があるから」


エヴァが、マンダリンの傷を見ているピクルムに薬草を渡した。


「すまない」


ピクルムはそう言い、早速その薬草を、マンダリンの傷を負っている手の甲にあてがい、その部分を紐でぎゅっときつく縛り上げた、


「ぬぅうう……」


マンダリンの口から呻き声が漏れた。傷口がきつく締められて、圧迫されて出た魂の呻きだ。流石に痛くないとは言えないだろう。


「傷が治るまで、大人しくしておいて下さい」



ピクルムはそう言うと、エヴァの方に余った薬草を返しに行った。エヴァは別にいいのにといいながらも薬草を返してもらった。エヴァは昔から、薬を少量だが持ち歩いている。そのため、今回な出来事の時に役に立っている。気にはしないようにはしているが、マンダリンは怪我をしている手を気にしているようだ。


「痛そうじゃな」


ワシは、気遣いと意地悪半分で聞いてみた。


「ふんっ、うるせぇな。こんなのたいしたことない」


ワシの考えていることが、わかっているのか、マンダリンは、少し機嫌が悪そうに答えた。


「それだけの元気が、あるのなら問題ないわい。にしてもさっきの技じゃが、まだお主には早いのではないか。ワシにはそう少なくとも見えたが」


ワシは、先程のマンダリンが繰り出した爆発的な威力を秘めた拳を、思い出しながら言った。

明らかに技の威力に対して、この怪我の傷はおかしい。


「早いか遅いかだけだ。俺はすぐにでも習得しなければならない。じゃないと……」


マンダリンの視線の先にニハト達がいた。エヴァたちと談笑している姿がワシにも見える。

なるほど。

奴も奴なりに考えているようじゃ。

確かにさっきの技を習得していたならば、戦力になったであろう。


「じゃからと言っていきなりはないじゃろ。驚いたぞ、しかも手加減できない、まだ未開発の技なのに」


完璧に扱えない技ほど、怪我のもとだ。現にマンダリンが怪我をしている。


「……すまん。気持ちばかりが先に少しばかり先行していたようだ」


マンダリンは、申し訳無さそうに謝ってきた。


「よい。お主の仲間思いには感、服するばかりじゃ。ワシも見習わねばならぬわ」


ワシはエヴァやルゥを見た。無邪気に笑う顔を見て、その笑顔のままでいてほしいと思う。


「なぁ、頼みがある。いいか?」


マンダリンが、ワシに話かけてきた。

あの野太い声を発するマンダリンが小声で話しかけてくるとは滑稽だが、敢えてそこは何も言わず、飲み込んだ。


「いいが、すぐに効果が出るとは限らんぞ。毎日の積み重ねが、形となる。じゃからいつ花開くかは分からん。それでいいのなら問題ない」


ワシは、かつての経験上からそう言った。花開くもの、そうでないもの。

それの違いは才能やそれぞれの能力値などで判断されるわけではない。

日々、毎日継続して行うかどうかだ。これはどんな場合でも当てはまる。


「分かってる、きちんと継続するつもりだ。強くなれるのであれば、何だってやるつもりだ」


マンダリンは即答する。意志は固いようだ。


「ならいつから始めることにするかのぅ?」


ワシは答えを、委ねるように聞いた。


「明日からはどうだ? 無理なら、無理でも構わないが」


マンダリンが答える。どうやらやる気はあるようじゃな。


「よいぞ。しかし、時間は早朝にする。ワシにも、他にやることもあるからのぅ」


時間を指定する。早朝は、誰しもが嫌がる時間だ。少しでも難色を示すのであれば、断るか。

マンダリンには悪いが、少し試すように聞いた。


「分かった。何時にする? 俺は、何時でも構わないぜ。教えてもらう分際だ。時間は合わせるぜ」


マンダリンが即答する。反応が早くて、いいことだ。とりあえずは合格じゃな。


「そうじゃな。朝日が出る少し前くらいにするかのぅ。場所はこの河原でどうじゃ?」


時刻と場所を指定する。長時間やったところで意味は無い。やるとしたら短時間で内容は濃いものにするか。あと自分でも出来るように自己練習用のも教えておくか。


「分かった。よろしくな」


マンダリンは軽く頭を下げ、ワシの前から仲間のところに戻っていった。いつ見ても恵まれたでかい体躯だと思う。

オーク族か。

自分とは異なり、恵まれた体躯が羨ましい。戦闘においてやはり一番に重きは力だ。

ワシのこの身体から繰り出される技とマンダリンの渾身の技とでは力の差が如実に出るであろう。

じゃからと言って何もしないワシではないがな。

まぁ、若き新兵でも育てる感じで頑張ろうかのぅ。

久しぶりに。

正確にいうと弟子ではないのだが、誰かに指導するというのは久しぶりじゃな。

ヴァン以来か。

河原でマンダリン達と別れ、皆が帰宅の途に着いた。

流石に今日も一日エヴァに振り回されっぱなしだった。

ふぅ。軽く息を吸い込み、吐く。気持ちも何もこもっていないただのため息だ。

ワシは、自室の寝床の上に仰向けになり、白い天井を見ていた。一点だけをぼっーと見る感じで。広き天井がいつも以上に広く見えた。さっき一瞬、ヴァンのことが頭を過ぎった。

ワシが、死んでから十年の月日が経過した現在。ワシにとって唯一の気がかりの一つ。それはあの日、あのペルトの国で生き別れたであろうヴァンとバストゥルクだ。

ワシは、このトーブに生まれ変わってきて、何とか情報を得ようとしているのだが、ほとんど進展がない。このフォルセルに知り合いらしい知り合いがいないのが辛い。知り合いがいるならば、事情を話し、ワシがトウブだということを説明し、その人物の力を借りて、情報を入手できればと思ったが……それも厳しそうだ。黙ってここを出ていき、自分のつてを頼りに探すということも考えたが、それはこの子の両親や友人に多大な迷惑をかけることになるので却下だ。


「何か良い手はあるものか……」


もう数年後しに考えていることだ。あれから十年でさらにワシが、齢を十重ねたことにより、二人は齢を、二十は重ねたことになるはず。バストゥルクは人間族より寿命が長いワーウルフという種族から見た目はあまり変化していないだろう。ヴァンは二十も齢を重ねていると立派な一人前の男性になっているはずだ。

おそらく見た目では判断できないはず。

困ったものじゃ。

そうなるとやはり、ヴァンを見つけるよりかはバストゥルクを探したほうが早い。ワーウルフというだけでかなり限定出来る。仮にバストゥルクと会わなくても、ワーウルフ族の誰かと出会うことが出来れば、そこからバストゥルクの現在の情報が、聞き出せるかもしれない。じゃがそのワーウルフに出会うのがまず難しいのじゃ。考えれば考えるほど、難しい現実にぶつかってしまう。

早い段階で方向性が決まればいいのじゃが。

ワシの心は晴れぬまま、ゆっくりと眠りについた。明日は、早朝からマンダリンと河原で約束がある。










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