FILE-32 囮作戦

 人々のほとんどが帰宅を終えた深夜の時間帯。


 辻斬り事件を警戒して増員されたパトロール隊の貨物車両の一つ――その荷台にレティシア・ファーレンホルスト、土御門清正、九条白愛の探偵部員三人が乗り込んでいた。

 荷台は様々な機材が設置されて通信室のような役割を担っている。つまりこの貨物車両が学院警察の司令塔として機能しているのだ。


「レティシア・ファーレンホルスト、なぜここに新入生ニルファイトがいる? 聞いていないぞ」


 同乗していたルノワ警部が不審な目で土御門と白愛を見ていた。


「あら? あたしは協力すると言ったわよ? この二人だって立派な探偵部員。いくら危険な仕事だからって除け者にはできないわ」

「……使えるのだろうな?」

「安心しなさい。二人ともそこそこ優秀よ。九条さんは神道の術で支援できるし、チャラ男の方は筆記試験さえもう少しまともなら十四人目になれてたかもしれない逸材だし」

「オレ、さりげなく『おバカ』って言われた気がする……」


 土御門は褒められているはずなのになぜか悲しそうに涙を流しながら、両手いっぱいに抱えた折り鶴の式神を一斉に解き放った。折り鶴には事前にフレリアがルーン文字を書いてくれており、その視覚・聴覚情報は車内に刻まれた別のルーンを通じて全員が共有できるようになっている。


 一方、白愛は大幣を振りながら踊るような動作でゆっくりと荷台を歩き回っていた。神道の祈祷術で場を聖域化することで、もしも車両が襲撃された場合も有利に立ち回れるようにしているのだ。


「それに敵は日本人でニンジャなんでしょ? 同じ日本の魔術体系を扱う術者が二人もいるのは心強いと思わない?」

「それはそうだが……」


 ルノワはまだ納得いかない様子だった。

 だが、彼が納得しようがすまいが関係ない。レティシアたちは探偵部として自分たちのやり方で犯人逮捕に尽力するまでである。


 レティシアは宙に浮かべた複数の裏返しになったカードから一枚を捲った。それを見てから通信用のタリスマンに喋りかける。


「フレリアさん、アレクさん、そこからもう少し南に移動して。そうね、五百メートルくらい。その区画だとそこら辺に出現する可能性が高いわ」

『はいですー』

『承知いたしました。――お嬢様、そちらは北です』


 もう一枚別のカードを捲る。


「恭弥はそのままブラブラしてて。でもあと十五分経ってなにも起こらなかったら東側の区画に移動」

『……了解』


 探偵部からの囮役は恭弥とフレリアに任せている。恭弥の実力は言わずもがな。フレリアは個人の戦闘能力については不明だが、恭弥と引き分けるほど強いアレクが常に傍についている。心配はいらない。

 レティシアが占術でピックアップした出現箇所は複数あったが、恭弥とフレリアだけでは全てを網羅できない。仕方なく、本当に仕方なく学院警察や他の特待生ジェレーターにもここから指示出ししている現状である。


『こちらグラツィアーノ。僕の方は今のところ異常ありません』


 通信タリスマンから爽やかな声で報告が来る。彼には恭弥の西側の区画を担当してもらっている。特待生第四位のグラツィアーノ・カプア……辻斬り犯捕縛作戦の協力に立候補してくれた物好きの一人だが、その理由はイマイチわからない。


『シャオだよ! こっちもなーんもなくってつまんないよー! 辻斬りシャオのとこに来ないかな? 久々に思いっきり暴れたいんだけどなー! にしし!』


 続いて無邪気で元気いっぱいな声が聞こえた。特待生第八位の孫曉燕。彼女はその身のこなしで警戒区域内をとにかく走り回ってくれている。こちらは単純に思いっ切り暴れられそうだからという理由だった。


『オレーシャ・チェンベルジー、こちらも異常なし』


 特待生第十三位のオレーシャ・チェンベルジー。猟銃で狙撃が可能な彼女は警戒区域内の中心から全方位を警戒してもらっている。彼女も囮というよりは援護役だ。協力理由は『我が身に降りかかる火の粉があるのなら、降りかかる前に消しておく』だそうだ。


『カプア、孫、黒羽の姿を確認。その周辺に怪しい人影はなし。引き続き監視を……いや』


 一瞬言葉を止めたオレーシャが、静かに冷静な口調で告げる。


『どうやら、こちらに来たようだ』

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