FILE-16 尾行者の二人
時は少し遡る。
「土御門くん、急いでください。二人を見失ってしまいます」
「大丈夫大丈夫、こんくらい離れてた方が尾行には都合がいいの。これ以上近づいたらあの金髪美少女はともかく、大将には絶対気づかれるって」
土御門清正と九条白愛の二人は教室を出て行った恭弥とレティシアをこっそり追いかけていた。
「でもでも、ここからじゃ黒羽くんたちがなにを話しているのか聞こえませんよ」
「白愛ちゃんてば意外とアクティブなんだねぇ。かぁーっ、こんな可愛い娘に嫉妬してもらえる大将マジうらやま! 爆発しろ!」
「ちちちちち違いますそんなんじゃないです私はただちょっと気になっただけでっ!?」
顔を真っ赤にして口をあうあう言わせる白愛。面白可愛い反応だなーと思いながら、気になるという野次馬根性の部分は全肯定できる土御門である。
「ねえ白愛ちゃん、もし大将をあの金髪美少女に取られたらオレに乗り換え」
「ごめんなさい」
「速い!?」
トマトのように赤面して狼狽えていた白愛が一瞬で冷めてしまった。自分はそんなに魅力がないのだろうか? なにがいけないのだろうか? とショックからの現実逃避的に土御門が考察している間に、恭弥とレティシアは旧学棟の中へと入ってしまった。
立ち入り禁止で施錠もされていたはずだが、どういうわけかレティシアが鍵を持っていたらしい。
「……あれ?」
入口の大扉のドアノブを握った白愛が眉を顰めた。
「どったの? 白愛ちゃん」
「……鍵をかけられたみたいです」
白愛はドアノブをガタガタと引っ張るが、大扉は一ミリたりとも開くことはなかった。
「あちゃー、窓も全部鍵がかかってるっぽいし、割って入ったら気づかれるよなぁ」
恭弥たちが旧学棟のどこに行ったのかわからない以上、これ以上の尾行は不可能だ。
土御門や白愛自身の足では。
「白愛ちゃん、ちょっとそこどいて」
「?」
言われて白愛が扉の前から離れると、土御門は一枚の折り紙を取り出して扉の隙間から中に入れた。
「なにをするんですか?」
「式神を使って追跡させる」
胸の前で印を結ぶ。ここからでは見えないが、扉の向こうでは折り紙が勝手に鶴を折って飛び上がっていることだろう。
土御門清正は阿藤横道と違って強力な戦闘用の式神を使役するわけではない。なにかと言えば専門は結界術にあるのだが、こういう簡易な式神を操る基本技能程度は土御門家の人間として最低限身につけている。
「……」
印を結んだまま目を閉じる。瞼の内側に式神の折り鶴から撮影したような旧学棟内部の映像が映し出された。
旧学棟は傾いていないピサの斜塔のような形状をしており、その内部は玄関から入ったところでいきなり螺旋階段が最上階まで伸びている。各階に複数の教室が設けられているようで、全部調べようと思ったら日が暮れてしまうだろう。
恭弥とレティシアの姿はない。
だが、真新しい二人分の足跡が埃の積もった床についていた。
慎重に辿っていく。
やがて一つの教室の前まで到着すると、閉ざされた戸の向こうから話し声が聞こえてきた。
「ビンゴ。けど、これ以上の侵入は無理だな」
「黒羽くんたちはどうなってますか!?」
「落ち着きなって白愛ちゃん。くそう、声がぐぐもってて聞き取りづらいな。えーとなになに……」
土御門は耳を澄まし、式神が拾ってくる音を恭弥とレティシアで声色を分けて口にする。
「『あんたは……運命の人………………恋愛的な意味……………………あたしは…………信じる』」
「え?」
「『……レティシア・ファーレンホルスト…………どうやら『本物』らしい』」
「え? え?」
「『一緒に……もらいたい……『隠してなかった……』『フェアじゃない……』」
「え? え? え?」
悪意があるとしか思えない聞き取り方だった。
「『レティシア、俺、もう我慢できない』『……うん、いいよ、来て』」
「なにやってるんですかぁあッ!?」
涙目になった白愛は土御門の胸倉を掴んでグワングワンさせた。おかげで土御門は式神とのリンクが途切れてしまう。
「行きましょう! すぐに! 止めに!」
「うげふ、ま、待った待った白愛ちゃん! ごめん今のは冗談だから! 実際はそんな桃色空間を形成してるような雰囲気じゃなかったから!」
「冗談……?」
からかわれたのだと気づいた白愛は、かぁあああああっ。顔をリンゴのように一瞬で赤面させた。それから頬をぷっくりと膨らませて土御門をポコポコ叩く。
――なにこの可愛い生き物? 癖になりそう。
「……土御門くん、最低です」
「ハハハ、ごめんて」
蔑み全開の白い目で射抜かれた土御門は苦笑するしかなかった。
と、次の瞬間――
ゔぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
なにか得体の知れない咆哮と、建物が破壊される凄まじい爆音が轟いた。
「なんだ!?」
反射的に旧学棟の方を振り向く土御門。式神を活性化させようとするが、既に折り紙に込めた魔力が切れていて叶わない。
だが、状況はすぐに察することができた。
『総合魔術学区内に危険存在が出現。生徒は教師の指示に従い速やかに避難してください』
学院都市にサイレンが鳴り響き、避難誘導のアナウンスが流れたからだ。
「危険存在だと?」
「土御門くん! 後ろです!」
恐怖に表情を歪めた白愛に言われて振り向いた途端、鳩尾に重たい一撃を受けて土御門は吹き飛んだ。
「ぐあっ!?」
旧学棟の大扉に背中からぶつかる。幸い意識は飛ばなかった。
見れば、一つの大きな目を持つ真っ黒い球体が触手をうねらせていた。怪物の単眼が白愛を捉え、触手を伸ばしてくる。
「ひっ」
恐怖で立ち尽くす白愛は動けない。触手が彼女の足に絡みついた。
「いやぁ」
バチィイイッ!!
静電気が何万倍の威力になって弾けたような音が鳴り、怪物の触手が一瞬で焦げ朽ちた。
「白愛ちゃん下がって!」
土御門が数枚の護符を指で挟んで前に出る。
「《御》!」
護符を投げ放ち、空中に固定されたそれらを起点に自分と白愛を取り囲む見えない力場を生成する。
怪物が触手を伸ばすが、力場に弾かれて侵入はできない。
「結界を張った。しばらくは持つ。白愛ちゃん、扉は?」
「ダメです。やっぱり開きません!」
白愛がもう一度旧学棟の扉を開けようとするも、鍵がかかっている上に土御門がぶつかったせいで変に歪んでしまったらしい。先ほどよりも心なしビクともしない。
土御門と白愛は結界を破ろうと攻撃を続ける怪物を見る。
「なんなんだ、こいつは?」
「この世の生物じゃないですよね?」
「『裏』の世界にこんな生き物がいるなんて聞いてねえぞ」
触手を弾く結界の力が次第に弱くなってくる。土御門の表情にも焦りが見え、嫌な汗がどっと湧いてきた。
「こりゃ、助けが来るまで……持ちそうにねえな」
結界を張り直す暇はない。その前にこちらがやられてしまう。
一分、二分、三分。怪物が結界を殴りつける音だけが響く。
そして、ついに破られた。
「土御門くん!?」
侵入してきた触手が土御門を乱打して地面に叩きつける。そのままごそごそと衣服を漁って何枚かの護符を奪い取ると、今度は別の触手を白愛へと伸ばしてきた。
「きゃああああああああああああああああっ!?」
悲鳴を上げ、白愛は咄嗟に掴んだ塩を思いっきり振り撒いた。
ゔぉおう……。
すると、怪物の触手が止まった。嫌がるように引っ込め、単眼が警戒するように白愛を睨む。
「え? 効いた……?」
信じられないといった顔で白愛は呟いた。怪物は余程清めの塩が苦手なのだろう。触手を気持ち悪くうねらせるだけで、攻めあぐねている様子だ。
その怪物が――突然、真横から走った凄まじい衝撃にボールのごとく吹き飛んだ。
「な、なに?」
怪物が吹き飛んだ方向の反対側を見る。そこには銃の形に指を構えた黒髪の男子生徒が立っていた。
「黒羽……くん……?」
男子生徒が黒羽恭弥だとわかった途端、白愛は力が抜けたようにぺたんと膝を折るのだった。
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