FILE-15 悪魔召喚

 旧学棟の外へと吹き飛ばした単眼の怪物が、紫色の瘴気を放ちながら蒸発するように消えていく。

 その様子を眺めていた恭弥は顔を顰めた。


 ――どういうことだ?


「ねえ、あの化け物はどうなったの? 死んだ?」


 建物に穿たれた大穴からレティシアが恐る恐るといった調子で歩み出てくる。彼女はなぜかやや引っつき気味に恭弥の隣に並ぶと、さっきまで怪物がいた場所を見てぎょっとした。


「え!? 人!?」


 そう、怪物の姿が消え去った後には一人の人間が横たわっていたのだ。

 学院の制服が窮屈そうに思えるほど筋骨隆々とした体格の男。恭弥に見覚えはないが、レティシアは知っているようだった。


「あ、こいつ……ランドルフ・ダルトンよ。あたしたちと同じ新入生で、特待生ジェレーターの」


 男の正体がわかったところで、恭弥は身を屈めて彼の首筋に指をあてた。


「し、死んでるの?」

「いや、かなり衰弱しているが息はある」


 魔力はもちろん生命力もほとんど枯渇している。生きているのが不思議なくらいだが、すぐに治療すれば助かるだろう。


「レティシア、学院の救護隊に連絡できるか?」


 生憎と恭弥は携帯電話などという文明の利器は持ち合わせていない。機械はどうも苦手で旧式のフューチャーフォンですら通話もできなかったのは痛い思い出である。

 学院には学院特有の電波が走っているため携帯電話自体が無意味にはならないが、まさかこっちにまで来て必要になるとは思わなかった。


「待ってよ。そいつが犯人じゃないの? あの怪物に変身してあたしたちを襲ったに違いないわ」


 レティシアはスマートフォンを取り出したものの、連絡は躊躇っていた。確かにその可能性は否定できない。寧ろ高いだろう。

 だが――


「このまま見殺しにすると永遠に謎なままだ。意識を取り戻したら問い詰めればいいだろ」


(――その必要はないわ)


 と――

 頭の中に直接女性の声が響いたかと思えば、バサリと上空から一羽のカラスが舞い降りてきた。恭弥の姉弟子にあたるセイズ魔術師――エルナ・ヴァナディースだ。


(彼は被害者よ。悪魔召喚の生贄にされただけに過ぎないわ)

(どういうことだ、エルナ?)


 恭弥も念話で対応する。だがそうすると当然レティシアには聞こえないわけで――


「え? なに? カラス? なんでカラスと見詰め合ってるの?」


 傍から見るとそんな異様とも言える光景になっていた。


(その子は? 友達?)


 エルナがカラスの瞳でレティシアを見て訊く。その声にはどことなく期待の色があった。


(いや、協力者だ。信頼してくれとは言わないが、とりあえず彼女にも聞こえるようにしてくれ)

(……まあ、恭弥が認めてるならいいけれど)


 少し逡巡していたようだが、エルナは深く追及することはしなかった。恐らく後から色々言われることになるだろう。


(初めまして、お嬢ちゃん。私はエルナ・ヴァナディース。今はカラスの姿で失礼させてもらうけれど、恭弥の相棒パートナーよ)

「わわっ!? こ、声が頭に……念話? このカラス、もしかして恭弥の使い魔?」

(こんな姿だけど歴とした人間よ。あと使い魔じゃなくて相棒パートナー。関係は対等だから)

「なんか偉そうね……。まあいいわ。あたしはレティシア・ファーレンホルスト。恭弥の相棒パートナーならあたしの相棒パートナーでもあるわね!」


 偉そうというならレティシアだって負けていない。唐突に念話されて混乱するかと思いきや……意外と彼女の適応力は高いようだった。


「あ、言っとくけど恭弥はあたしの『運命の人』だから」

(とか言ってるけど?)

「聞き流してくれ」

「なんでよ!?」


 恭弥にまでスルーされたことがショックだったらしいレティシアは愕然としていた。意味は一応理解したが、そんなに重大な内容ではなかったとはずだと恭弥は内心で小首を傾げた。

 とにかく、レティシアにも聞こえるようになったのだから話の軌道を戻そう。


「それよりエルナ、さっき悪魔召喚って言ったな?」

「え? 悪魔召喚?」


 なぜか不機嫌そうに頬を膨らませていたレティシアだったが、その一言で表情を改めた。


 悪魔召喚。

 古代グリモワールや近代オカルティズムにおけて、霊的存在を現世に呼び出し具現化・使役する召喚魔術。その中でも悪魔と呼ばれる邪悪な存在を対象とした術式だ。召喚方法には非倫理的なものが多く、ほとんどの場合使用を禁忌としている。


 エルナは頷いた。


(そう。さっきも言ったけれど、彼はその生贄に使われたの。悪魔の召喚者は、幽崎・F・クリストファー)

「……あいつか」

「幽崎って、あの入学式の時に頭のイカれたことした奴よね?」


 入学式の壇上に登った白髪に赤い瞳の少年を思い出す。あれほど強烈ことをやらかしてくれたのだから忘れられるはずがない。


(改めて言うわよ、恭弥。幽崎だけは特に気をつけなさい。いえ、気をつけるだけじゃダメね。チャンスがあればこちらから打って出る必要があるわ)

「……なにか掴んだのか?」

(他人を急造の生贄に仕立て上げて悪魔を呼び出す、なんて危険な術を使える連中は一つしかないわ)


 深刻に告げるエルナの口調は、もうとっくに確信へと至っているそれだった。


(悪魔崇拝の黒魔術教団――〈血染めの十字架ブラッディクロス〉。幽崎・F・クリストファーはその一員よ)


「……ッ」


 恭弥は息を呑んだ。世界中に無数にある魔術結社の中でも最高クラスに強大な組織の名前が出てくるとは思わなかった。BMA――魔術管理局からもブラックリストに認定されている。


「聞いたことがあるわ。超危険な思想の連中が集まった犯罪魔術結社よね? なんでそんな奴が学院に入り込めたのよ?」

(本性を現すまでは優等生ぶっていたのでしょうね)


 でなければいくら成績がトップでも新入生代表などに選ばれえるわけがない。幽崎は入学式の件で謹慎処分になっているが、それこそが狙いだったのかもしれない。


「阿藤をやったのも幽崎か?」

(アドウ? それは知らないわ。私が見たのは今回の件だけよ)


 違うのか、それともエルナの耳に入っていないだけか。阿藤がこちらとは全く関係のない個人的な喧嘩で負けただけという可能性もある。


(そんなことより、まだ安心はできないわよ。幽崎が召喚した悪魔は五体。もう何体か倒されているようだけど、まだ全滅はしてな――)


「きゃああああああああああああああああっ!?」


 エルナの言葉を遮るように近くから悲鳴が聞こえた。

 聞き覚えのある声。


「――九条か!」


 気づいた時には、恭弥は悲鳴がした方向へと駆け出していた。

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