FILE-08 黒羽恭弥

 夢を見た。

 エルナや師匠のような懐かしい人と久々に出会うとよく見る夢だ。思い出したかのように整理整頓される昔の記憶が夢という幻覚となって現れているのだろう。

 いつもならエルナと師匠と恭弥の三人で暮らしていた頃を見るのだが、今回はなぜか違った。

 それよりも前――


 最悪の『事故』の記憶。


        ☆★☆


 森が燃えていた。

 赤々と広がっていく炎の中心部には、不時着に失敗した旅客機の残骸が無惨に散らばっていた。


 飛行機の墜落事故。


 燻る炎に焦げた血の痕、残骸の隙間から覗く手足は力なく垂れ下がり、人の呻き声すら聞こえない。その有様は救助隊が駆けつけた時には誰もが誰かの生存を諦めるほど凄惨だった。


 唯一奇跡的に助かったのが、当時五歳だった黒羽恭弥である。


「……」


 恭弥は黙ったまま幼い自分の体が救出されていく様子を俯瞰していた。

 夢を夢だと気づく明晰夢。家族を失ったその瞬間を今まで何度繰り返して見たことか。五歳児の記憶がこれほど鮮明に残っているのだから相当なトラウマだっただろう。


 ――今はもう慣れてしまったな。


 昔はこの時点で泣き叫んで飛び起きていた。ガンド魔術は精神に強く関わる魔術。それを極めて行けば行くほど、どんな悪夢でも冷静に傍観できるようになった。


 と、残骸の中から手を握り合って息絶えていた男女が運び出されていくのが見えた。


 ――父さん、母さん……。


 この時ばかりは何度見ても胸に痛いものが刺さる感覚になってしまう。それは人の心が死んでいない証拠だとエルナが言っていた。


 恭弥は魔術師でもなんでもない普通の一般家庭に生まれた。年に一度、親族が揃って海外旅行をするくらいには裕福な家庭だった。

 墜落事故はその海外旅行でヨーロッパに行った帰りに発生したのだ。恭弥以外の家族親族は誰一人として助からず、引き取り手も当然いない。

 そのまま海外の孤児院に預けられそうになった時に現れたのが、やがて魔術の師となる男だった。


 場面が変わる。

 どこかの街にある病院の個室を、恭弥は窓の外から覗いていた。

 病室にはベッドに横たわる幼い恭弥と、がっしりとした体躯の初老の男が立っていた。


「坊主、奇跡ってのを自分で起こしてみたくはねえか?」


 男は開口一番にそう言った。


「俺はロルク・ヴァナディース。世界で七人しかいない『魔導師』の称号を持つ男だ。俺の弟子になれ。そうすりゃお前を世界最高の魔術師にしてやるよ」


 彼は恭弥に宿る膨大な魔力と魔術の才に気づき、養子として、弟子として迎え入れてくれた。

 恭弥が助かったのは肉体の損傷が軽かったこともあるが、なにより魂が無傷だったからだとロルクは語った。


「なんで意識不明だったお前がはっきり物を覚えているのか不思議じゃないか? それが奇跡! あの時、坊主の魂は肉体から離れていた。お前は無意識にガンド魔術を使って魂を肉体の外に避難させていたのさ!」


 当時はさっぱり意味がわからなかった。魔術なんて知らない五歳児だから当然だ。


「坊主、名前は?」

「くろばね、きょうや」

「そうかそうか、日本人だからファミリーネームが先だったな? ファミリーネームは家族との繋がりだから取っとくとして、俺のをミドルネームに組み込んで……よし! 今日から坊主はクロバネ・ヴァナディース・キョーヤだな!」

「……かっこわるい」

「なんだと!?」


 黒羽・ヴァナディース・恭弥……なんかしっくり来なかったので独立した今は普通の日本名を名乗っているが、ロルクには感謝してもし切れない恩がある。

 今回の仕事はそのロルクが推薦してくれたこともあり、なんとしてでもやり遂げなければならない。

 個人的にも引けない理由がある。


 彼の魔導書を手に入れて過去を閲覧すれば、あの墜落事故の『真実』を知ることができるはずなのだ。


        ☆★☆


 いつの間にか目が覚めていた。

 見慣れない天井が男子寮の個室だと思い出し、恭弥はベッドから上半身だけを起こした。


「……」


 まだ眠気が残っている。朝は少しばかり弱いのだ。このまま二度寝できればどれほど幸せかと思いつつも、時間を見れば午前七時半。そんなことをすれば初日から遅刻確定である。


 重たい体を動かして立ち上がり、顔を洗って十秒でチャージできるらしいゼリーを口に流し込む。歯を磨いて制服に着替えたところでようやく頭がスッキリしてきた。


 自分の置かれている状況、仕事の内容、これからの予定。それらが前日との記憶に齟齬がないか確認する。

 寝ている間に誰かになにかをされている可能性はゼロではないため、必要ないかもしれないが毎朝行っている日課のようなものだ。


 ロルクの推薦で『局』から依頼された仕事は、この学院のどこかに眠るとされている『全知の公文書アカシック・アーカイブ』の存在確認または可能であれば確保。

全知の公文書アカシック・アーカイブ』とはその名の通り、世界の誕生から滅亡までのあらゆる知識・記録を参照できる魔導書である。その存在の噂が公に流れ始めたのが一年前。それまでは恐らく学院上層部が巧妙に隠蔽していたと思われる。


 故に調査は学院に知られないよう密かに行わなければならない。この一年で『局』も含めて堂々と調査を行った組織は幾多もあったが、全て音信不通となりなんの記録も残せなかった。

 それでも調査を打ち切れないほど、彼の魔導書には価値がある。


 そこで派遣されたのが恭弥とエルナだ。

 恭弥は戦闘技術に、エルナは隠密行動に長けている。

 多少のトラブルなど跳ね除けられるだろう、と太鼓判を押されて学院入りしたわけだ。


 ――エルナはどこで夜を明かしたんだ?


 生徒として潜入しなかった相棒のことを思い、窓の外を見る。雲一つない空には数羽のカラスが飛んでいたが、もしかするとあの中の一羽が彼女かもしれない。

 と――


「おーい! 大将! がっこ行こうぜーっ!」


 玄関の向こうから土御門のやかましい声が聞こえてきた。


(それに、あなたは一人でもいいから『友達』ってものを作った方がいいわよ。人として、年相応の『子供』として、ね)


 昨日エルナに言われたことを反芻し、恭弥はしぶしぶといった様子で玄関に向かった。

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