FILE-07 それぞれの動向

 新入生用に建てられた女子寮にある一室内。

 無数のカードが浮遊し、規則的に円運動しているその中心に、一人の少女が立っていた。


「明日の天気は晴れのち曇り。あたしの運勢は絶好調。目標に近づくための運命的な出会いがあるかもね」


 瞑目して占い師のようなことを呟く彼女は、セミロングの金髪を整えながら浮遊する一枚のカードを手に取った。


「ただし……」


 少女が掴んだカードにはなにか縦長の大きな建物が描かれていた。


「『THE TOWER』……『塔』の正位置。思いがけない災難にはご注意、か」


 興味深げに言うと、周囲を浮かび回っていた全てのカードが一瞬で彼女の手元へと集まった。


「ふぅん、楽しくなりそうじゃない」


        ☆★☆

 

 学院都市内にある、とある特権階級の個人が所有している大豪邸。

 その二階にあるテラスでは、ストロベリーブロンドの髪をツーサイドアップに結った少女が魔術的な文字の刻まれた金属片を手で弄びつつ、なにやら楽しそうに街並みを眺めていた。


「お嬢様、まずはご入学おめでとうございます」


 するとその背後に紳士然とした青年が立ち、恭しく頭を下げて賛辞を述べる。

 少女は振り返り、にこりと微笑んだ。


「はい、ありがとうございますぅ」

「入学式ではどうなるかと思いましたが、お怪我がなくて幸いでした。……どうやら、例の書物を狙うライバルは多いようですね」

「そうですねー」


 入学式での事件など特に気にしていない風に間延びした返事をする少女。彼女は持っていた金属片を軽く床に放った。

 瞬間、その金属片が輝き、大理石の床を吸収するように肥大化して形を変えた。

 出来上がったのは一つの真っ白なテーブルと二つの椅子。その片方に腰かけた彼女に、執事の青年は端的に指示を仰ぐ。


「いかがいたしましょう?」

「そうですねー」


 少女は顎を指で持ち上げるようにして少し考え――きゅるるぅ。お腹の辺りから可愛い音を立てた。


「そんなことよりお腹が空きました。今日のランチはなんですか?」

 

        ☆★☆


 阿藤横道は学院都市の人気のない路地裏を苛立たしげに歩いていた。


 入学式には出ていない。というか、気絶していて気づいた時には病院のベッドだったのだ。病院内の噂を耳にした感じだと入学式で大変な騒ぎがあったようだが、阿藤の知ったことではない。

 そもそもこの学院に入学なんてまっぴらごめんだったのだ。ペーパー試験も実技試験も適当にやったのに合格してしまった自分の才能が恨めしい。


 ちなみに、試験の後日に阿藤家から学院へ多額の寄付金があったことを彼は知らない。


「くそっ、ムカつきが収まらねえ!」


 阿藤は八つ当たりでその辺に落ちていた空き缶を蹴り上げた。蹴られた空き缶は建物の壁に跳弾して芸術的に阿藤の頭へと直撃する。


「……どれもこれもあのフード野郎のせいだ」


 あの集合場所だった廃ビルで受けた屈辱を思い出す。正直、なにをされたのか冷静になった今でも理解できていない。

 そこがまた非常に不愉快だった。流石に自分が最強だという自惚れはないが、それでも本気を出せば特待生どころか上級生にだって遅れを取らない自負はあったのだ。


「あのフード野郎、今度見つけたらただじゃ……ん?」


 勝てる算段などないのに『次に合った時ボコボコにしている自分』を想像した阿藤は、正面から誰かが歩いてくるのに気づいた。


 やたら長いマフラーで口元を隠した少女だった。ここは他に人のいない路地裏だ。あんな少女が一人で来るような場所ではない。

 土地勘のない新入生が迷い込んだのだろうか?

 かくいう阿藤も土地勘など皆無だが……目の前に憂さを晴らせる『獲物』を見つけたら口元がニヤけてしまうものである。


「よお、こんなところに女一人で危ねえな。俺みたいなのが寄って来ても知らねえぞ?」


 下卑た笑みを浮かべて話しかけるが、少女は答えない。

 阿藤を恐れる風でもなく真っ直ぐに歩み寄り――


「お主は強者でござるか? それとも弱者でござるか?」


「あぁ?」


 謎の質問をされたかと思った次の瞬間、阿藤の眼前で銀色の光が閃いた。


        ☆★☆


 そして――

 新入生代表として狂気を振り撒いた幽崎・F・クリストファーは、学院都市の時計塔から街を赤い瞳で見下ろしていた。

 その手には最新機種のスマートフォンが握られている。


『……やってくれたな、幽崎』


 通話状態のスマートフォンから妙齢の女性と思われる声が聞こえた。


『なぜあのような馬鹿な真似をした? これでは学院に潜入した意味がないではないか』

「安心しろよぉ、別に組織のことがバレたわけじゃねぇんだから」

『時間の問題だと言っている』

「だったらそれまでに見つけりゃいいんだろ? あー、なんだっけ? そうそう、『全知の公文書アカシック・アーカイブ』だ!」


 クツクツと楽しそうに笑う幽崎に、電話の相手は苛立ちを隠そうともせず声のトーンを低くする。


『……貴様にそれができるのか? 我らが盟主に誓えるか?』

「できるが、誓えねぇな。俺はあんたらみたいに盟主様を信仰してるわけじゃないからなー」

『貴様……ッ! それでも我ら〈血染めの十字架ブラッディクロス〉の幹部か!』

「ハハハ、オバサンなに言ってんだ? 幹部になるのは実力だろ。信仰心は関係ない。俺は楽しそうだから組織に入ったまでだ。今回の件も楽しそうだから引き受けた。俺は俺が楽しくなるように好き勝手やらせてもらうよ。どうせ『表』にいるあんたらじゃ手出しはできねえしなぁ」

『……』


 電話の相手がだんまりを決め込む。もしかすると『オバサン』と言ったことに顔を真っ赤にしているのかもしれない。

 どんな顔をしているのか実際に見えないところが残念だ。

 まあ、一時的に魔術で異空間の通話を可能にしているからその影響かもしれないが。


「心配しなくても結果はちゃんと示すさ。現在・過去・未来、ありとあらゆる知識や記録に参照アクセスできる魔導書。顕現したアカシック・レコード。そんなヤバ楽しそうなもんが本当にあんのなら、是非ともこの目で拝みたいからよぉ」

『……』

「まずは謹慎になった。一週間はちと短いが、その間は俺が講義に出なくても誰も不思議に思わねえ。監視についたセンコーも洗脳済みだ。くく、こりゃ意外と早く見つかるかもなぁ」


 相手が聞いているか聞いていないかなどどうでもよく、幽崎は話し続ける。


「あー、それとな。あんたの言う『馬鹿な真似』のおかげでいろいろわかったこともある。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙ってそうな他の勢力がどれほどいるか、とかな」


 例えば、最後に天井の瓦礫を一撃で吹き飛ばしたあの男とか。


『……もう好きにしろ。だが、貴様がヘマをやらかしたら容赦なく切り捨てるからな』

「オーケーオーケー♪」


 適当に返事をし、幽崎は通話を切った。


 時計塔からの眺めを見下ろしながら、楽しそうに愉しそうに口の端を吊り上げる。


「さーてさて、今度はなにして遊ぼうかな?」

 

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