FILE-01 新入生たち
深夜。東京都某所の廃ビル内。
全てのテナントが去ってから取り壊しもされず何年も放置されているそこの一階フロントに、複数の人影が集まっていた。
夜も遅く、月明かりだけが頼りの鉄筋剥き出しな廃ビルに普通は人などいないだろう。いるとしても不良グループかホームレスくらいだが、彼らはそういう者たちとは雰囲気からして異なっていた。
まず、全員が中学生または高校生ほどの少年少女である。それだけならば不良グループに見えなくないが、彼らは一様に同じ服装をしていた。
時代遅れのアカデミックドレスに似たローブを現代風にアレンジしたような学生服である。東京都内にこのような制服の学校は存在しない。当然、新手の胡散臭い宗教なんかとも違う。
魔術師。
そう、今この場に集まっている全ての人間が魔術師と呼ばれる存在である。だが、ほとんどの者はまともに魔術を扱うこともできない素人だ。
魔術師の卵。見習い。
ここにいる者たちは一人前の魔術師となるために、これからこの場に出現する『ゲート』をくぐることとなる。
その先にある『学院』に入学する――新入生たち。
彼らは一言の会話もなくその時を待ち続け、廃ビルという空間内にただ佇んでいた。
一部を除いて。
「や、やめてください!? 放してください!?」
「おいおい、なに言ってんだよ? そっちが俺の足を踏んづけたんだろうがよ?」
「謝ったじゃないですか!」
「謝れば許されるなんてオメデタイこと本気思ってんの? ちょっと奥に行って遊ぼうぜ。もう何十分も『ゲート』が開くの待ってんだ。そろそろ退屈がヤバいんだわ」
フロントの中央付近で一人の少女が大柄な男に絡まれていた。嫌がる少女の腕を大柄な男は強引に掴み、廃ビルの奥へと連れて行こうとしている。
「誰か!」
少女は周囲に助けを求めるも、止めようと動く者は誰もいない。
「おい、お前助けに行ってやれよ」「やだよ」「……」「あいつって確か
大男――阿藤横道を恐れている様子の者が半分、もう半分はその程度の騒ぎなどまるで背景の一部とも言うかのような無関心を貫いている。
そんな周囲の様子に阿藤は下卑た笑みを浮かべた。
「へへっ、たいした力もない雑魚に助けを求めたって無駄だろうぜ。ほら、来いよ」
「嫌っ!」
パシン! と軽快な乾いた音が廃ビル内に響き渡った。
一瞬の静寂。
「てんめぇえええええええええええええええええッ!?」
ほほを平手でしばかれた大柄な男は、あからさまな怒りを目に込めて少女をその太い腕で振り払った。
「てめえもか!? てめえも俺を拒むのか!? 俺の方が強いってのに弟を次期頭首に選びやがった親父みたいによぉ!? お払い箱の俺は行きたくもねえ『学院』に入学させられるしよ!? ふざけんじゃねえ!? やってられるかクソがっ!?」
床に倒れた少女にぶち切れて顔を真っ赤にした阿藤が歩み寄る。少女は短い悲鳴を上げて這うように逃げるも、すぐに追いつかれて踏みつけられた。
「そんなに公開処刑がお望みなら、ここにいる全員に見せつけるように犯してやってもいいんだぞ? ああん?」
阿藤が少女の胸倉を掴み上げようとしたその時――
コツコツ、と落ち着いた靴音が聞こえた。
廃ビルの元々は自動ドアだった入口から、この場にいる者たちと同じ格好をした少年が遠慮なしに入ってきた。
目深に被ったフードから覗く黒い髪。百七十センチメートルほどの背丈。落ち着いた調子で歩くその少年は、丁度入口の真正面にいた阿藤と少女の手前で立ち止まった。
「ああ? なんだコラてめえ? 文句あんのか?」
阿藤は少女を掴むのをやめてチンピラ剥き出しの台詞でメンチを切る。フードの少年は世界の深淵でも覗いて来たかのような黒く暗い瞳で彼を見上げた。
そして――
「今来たばかりの俺には事情はよくわからんが」
本当に何気なく自然な動作で、トン、と阿藤の額を人差し指で突いた。
「とりあえず、そこ邪魔だから」
「うっ……」
阿藤が突然呻いたと思えば、彼は真っ赤だった顔を一瞬で青くしてダンゴムシが丸まるように膝を折って崩れた。
「? ? ?」
周りにいた誰もが、倒れた阿藤本人すらなにが起こったのかわからない様子だった。ざわつく周囲など気にもしないで、フードの少年は少女に手を差し伸べる。
「立てる?」
「は、はい……えっと、ありがとうございます」
助けられた少女もポカンとしており、自分が本当にフードの少年に助けてもらったのか半信半疑といった顔をしていた。
「て、めえ……お、俺になにをした……ッ!?」
嫌な汗を掻き、辛そうに息を荒げる阿藤が倒れたまま精一杯叫んだ。叫んだことで症状が悪化したのか、阿藤は苦しげに呻いてついには嘔吐までした。
「俺は癒術師じゃないから、もし怪我とかしてたら治せる人に頼んで治療してもらいな」
「あっ、は、はい」
だが、フードの少年はそんな阿藤などガン無視である。
「ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!?」
「?」
阿藤が壊れたように笑い始めた。胃の中身を吐き出したことで少しは楽になったらしく、立ち上がるや血走った眼でフードの少年を睨んだ。
「くそがっ!? てめえがなんなのか知らねえが、この俺がやられたまま黙ってると思うなよ!? 決定だ、てめえは入学前にぶっ殺してやる!?」
阿藤は懐から数珠を取り出すと、それを手に絡めたまま素早く印を結んだ。聞き取りにくい呪文のようなものを早口で唱え――
「――来やがれ〈
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