未知との遭遇

サクラリンゴ

未知との遭遇



 その日僕は、お盆休みということで家族と一緒に父方の祖父の家へ来ていた。


 祖父の家、とは言ったものの、祖父は一昨年、僕が小学6年だった頃に亡くなり、今は祖母だけがその家に暮らしていた。


 祖母の家はとても山奥にあった。


 近所に住む息子(僕の父の長兄夫婦)一家を除いて、この辺りに住んでいる人は無く、人家のある所へは山道を半日以上歩かなければ着かないほどだった。



 親戚同士の簡単な挨拶も、近所の墓地へお墓参りも、昼食も終え、暇になった僕は毎年のようにあたりを探索してみることにした。


 普段新興住宅地に住んでいる僕にとって田舎の大自然はとても魅力的だった。いつも日が暮れるギリギリまで山の中を歩き回った。


 今回も、熊よけの鈴をきちんと身につけ、山の中を分け入った。

 覆い重なるように生える樹々がつくりだす陰が、射すような真夏の日光から僕を守ってくれる。

 近くに沢があるせいか、それとも地面がアスファルトで覆われていないからなのか、吹き抜ける風はどこかひんやりとして気持ちよかった。

 セミの鳴く声、葉のそよぐ音、時折聞こえては僕を驚かす動物の動いたかのようなガサゴソという音さえ、僕にはとても楽しく感じられた。


 2時間ほど歩き、そろそろ帰ることにした。今からゆっくり帰れば、ちょうどヒグラシの声も聞こえてくるくらいに祖母の家に着くだろう。


 来た道をたどり歩く。同じ道のはずなのに時間帯と見る方向が違うせいで全く別の道のように目に映る。

 このどこまでも続くともしれない、ただただ樹々が立ち並ぶだけの道。目印などなく、どこかで道を間違え、このまま帰れないのではないかという不安に駆られる。その不安もまた、帰る場所に着いた時の安堵感をもたらす良いスパイスとなる。


 日も暮れかけ、どこからかヒグラシの鳴き声も聞こえてきた。

 もうだいぶ歩いたし、そろそろ祖母の家に着くころだ。


 すると、目の前の獣道に1人の老婆がいた。


 僕は思わず身構えた。このあたりで身内以外で人がいるなど聞いたことが無かったからだ。


 すると、その老婆が話しかけてきた。


「おや、こんなところに人がいるなんて珍しいねえ」


「どうも。僕は、その……。この近所のAの孫で、お盆なのでこっちに来てまして、今はちょっと散歩に」


「そうかい、そうかい。Aさんとこの長男はうちの娘の旦那なんだよ」


「じゃあ、伯父さんはおばあさんの家で暮らしてるってことかあ」


「そうだねえ。ところで、そろそろ帰らないといけないよ。山は日が落ちるのが早いからねえ」


 気づけば、辺りはもうだいぶ暗くなっていた。

 慣れているとはいえ、さすがに暗くなった山の中は怖い。


「あ、やば、早く帰んなきゃ。またね、おばあさん」


「はいはい。気を付けてお帰り」


 急いで帰ったが、家に帰ったころにはすっかり闇に包まれ、祖母の家から漏れる明かりだけがぼんやりと光っていた。

 もちろん親からは帰るのが遅くなったことでこってり怒られた。


 一通り怒られ、ふと父親に訊いてみた。


「おじさんたちって、おばさんのお母さん家に住んでるんだよね、おばさんのお母さんて何て名前?」


「おじさんにでも聞いたんか。名前は、田代未知さんだったかなあ」


 じゃあ、山であったあのおばあさんは未知さんって言うのか。

 これぞ、『未知との遭遇』ってね。










 父親はさらに続けた、

「未知さんのお墓も、今日行った墓地にあるんだぞ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未知との遭遇 サクラリンゴ @sakuratoringo0408

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ