Teufel Autobiographie
レライエ
第0話 革の表紙
おやおや、こんなところまでようこそおいでくださいました。珍しいお客様、それとも迷い人か、はたまた――空き巣狙いですか?
………どうやら、覚えていないようですね?どうしてここに来たのか、どうやってここに来たのか、いやそもそもここがどこなのかも覚えていないのですか。
僕ですか?はは、これは驚きました。招かれざる者の身でありながら、住人に名を問うのですか。
そもそもあなたは、己の名も思い出せぬのでしょう?
ならば、僕に名など問わぬことです。己にできぬことを人に求めるなど、不実としか言えませんからね。
え?いえいえ、あなたと同じですよ。ほら、髪の色も、瞳の色も、鏡に映したように同じではないですか。
――瞳が、赤く見えた?ふふ、それは目の錯覚でしょう。ほら、蝋燭の灯りがそう見せたのでは?
えぇ、蝋燭です。点いていたでしょう?何時って、最初からですよ。何せ、こんな時間ですから。
――まさか、時間さえわからないわけではないでしょうね?いえ、答えなくて結構です。夜ですよ、深夜です。来るとき、月が綺麗だったのでは?ですから、答えなくて結構です。
夜ですからね。蝋燭も灯しますよ。でなくては、本も読めません。
ここは、書斎ですからね。
僕の?いいえ違いますよ。僕はそんなものを持てるような年齢ではありません。見ればわかるでしょう?まだまだアルバイトさえできない年齢ですよ。
中学生に見えますか?えぇ、ならそうです。そう見えたのなら、そうなのですよ。
すごい量ですよね、ここの本。見えますか?四方の壁すべてが本で埋まっているのが。読みきれるかどうか、難しいところですね。
何の本か、ですか?えぇ、表題とかは書いていませんよ。当たり前です。何せこれは、日記なのですから。
えぇ、そうです。全て日記です。
何せ長生きな人でしてね。一日一頁としたって、それなりな数にはなるはずです。
更に言えば、この人は話もそうだし文章も長いのです。しかもちょっとした小説みたいに書く癖があるのですよ。だから、これだけ多くの本が産まれるのでしょうね。
え?ああ、なるほど。それでは日記でなく自伝ではないか、と。そうですね、その表現は実に的確です。
………読んでみたいですか?何度も言いますが、ここであなたは何も求めない方が良いですよ。支払い能力もないのに買い物をしては、どうなるかはあなたの方がよく理解出来るでしょう?
あなたは今、何も持っていない。ならば、なにかを得るようなことは避けた方があなた自身のためです。
………やれやれ、とはいえ、そう言ってもあなたは知りたがるのですよね。わかっていますよ、あなた方はいつもそうだ。命よりも知識を優先するなどというのは、分不相応な望みだと思いませんか?
いえいえ、別に。何も言っていませんよ。
しかし、そうですね。どうしても知りたいというのなら、こうしましょうか。
僕が読みますから、聞いていてください。
そうすれば、あなたは僕に何かを支払うことなく、本の中身を知ることができます。――そもそも、僕の日記ではありませんから。別にそこまで厳密にする必要はないのかもしれませんがね。
まぁ、これも美学です。
さて、ではそろそろ始めましょうか。早くしないと朝が来る。朝が来れば、あなたは帰らなければならない。
さあ、耳を澄ませて下さい、聞いてみてください。今ではない何時か、此処ではない何処か、僕ではない誰かの話。
さて、ところで。この本の表紙、何色に見えますか?
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