かくれんぼ
宮田おかゆ
第一話 新しい出会い
父は莫大な借金を残し病死した。母は病弱で働けず、代わりに姉が父の置いていった爆弾を一人で背負うかのように働いた。姉は 製糸工場で住み込みで働き、休みの日も臨時の仕事をしていたため、家に殆ど帰ってこなかった。まだ働ける齢ではなかった私はとてももどかしく感じていた。そんな私に姉は、「あなたはそんなこと気にしなくていいから勉強しなさい。」「お母さんのことをしっかり見ていて。お金は私が何とかするから。」と言った。たった三つしか違わないのに、姉はもう一人の母のようだった。
そんな姉も私が十五歳になると姿をくらました。滅多に家には帰ってこなかった姉だが仕事の状況や、こちらの様子を尋ねる手紙はまめによこしていた。それが途端に絶え、それから一度も姿を見せなかった。勤め先を訪ねたが姿をくらましたためクビになったということしか分からなかった。
間もなく母が亡くなり、私はついに一人になってしまった。
借金は姉が身を粉にして働いたにも関わらずまだ半分以上もあった。
私は姉と同じように
工場に住み込みで働き、休みの日は他の仕事を何でもやった。そして、働く先々で姉のことを尋ねて回ったが、何の手がかりも掴めないままでいた。
とうとう私の知る姉と同じ年になってしまった。私は一人になってしまったが姉は私と母を支えるためにどのような思いで働いたかと思うと、全てを放り出して逃げたい気持ちになった。もしかすると姉は働くことに疲れ、私と母を捨てたのかもしれない。そんなことを考え、裏切られた気持ちになった時もあったが今なら受け入れることができる。
仕事の休憩中のことだった。無性に外に出たくなり、少し散歩をすることにした。清かな月光のせいか、心地よく頬を掠める風のせいか足取りは軽かった。当てもなく歩きそれからどうなったかは憶えていない。
眼が覚めると冷たい布団の中に居た。心地がよくもう一度目を閉じそうになったが、異変に気付いた。見知らぬ寝台に、見慣れない深緑の天井。壁には赤い花の絵が掛けられていた。少し開いた窓から生温い風が入ってきた。むくりと寝台から起き上がり辺りを見回すと、他には木製のタンスや棚が置かれてあり、白く埃を被っていた。一体誰の部屋で私はどうしてしまったのだろうか。そんな疑問がふつふつ湧いてきた。突然キィッと部屋の扉が開いた。中に入ってきたのは背が高く、棒のように華奢な男だった。鼻筋が通り、くっきりとした顔立ちに、日焼けを知らないような白い肌は着ている藍色の着物によく映えていた。男は遠慮がちにこちらに寄って来て言った。
「具合はいかがですか?」
「私は一体どうしたのでしょうか?」
「屋敷の前で倒れていたので、中に運びました。医者に診てもらいましたが、どうやら過労だそうです。もう遅いですし、どうか朝までゆっくり休まれていってください。」
「それは申し訳ありませんでした。医者に診てもらうほどのことではなかったのに。私にはやるべき事があるのでお気遣いに添いたいところですが、帰らせていただきますね。」
つい男の優しい笑顔と言葉に甘えそうになったが、休憩中に抜け出したため仕事をクビになるかもしれないと思うとそういう訳にもいかない。しかし寝台から立ち上がってみると、床を踏みしめる感覚が歪んでいるように感じ、立つことができず、寝台にストンと尻餅をついてしまった。
「まだ万全じゃありませんよ。過労で倒れるほどしなければならないことがあるのですか?よければお話し下さい。そうでないと私はあなたを帰すことができません。」その声は先程の優しく包み込むようなものとは違い、冷淡だった。
「父の借金を返すために私は工場に戻らなければいけません。ですからどうかご理解ください。」そう言って再び立ち上がろうとするが、寝台に戻された。
「その借金というのはいくら残っているのですか?」
金額を告げると男は温かみのある声で提案した。
「だったらこの屋敷で働きませんか?申し遅れましたが私はこの屋敷の主で、五条春太郎と言います。ちょうど前の使用人さんが辞めてしまったところなんです。」
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