第5話 対コンプレックス

第5話 対コンプレックス (1)

やはり課長の怒りは頂点だった。横には笠木がいるがそんなのに目もくれずひたすら亮人を睨みつけてきては戦果報告書を机に叩きつけた。


「貴様のおかげで自体は尋常じゃないほど異常だ!」

 多分課長は日本語がおかしかったことにも気づいていないだろう。とにかく怒り、課長の怒りが亮人の心臓に直接突き刺さる感覚。

「もし、シラトラが奪われてなければ、今頃、MOATのシステムにも対抗できていたものを……、あんなガキに奪われたおかげでMOATに叩き潰された。前回のシラトラ奪還の作戦と言い、死者が出なかったから良かった物の、もし出ていたらその責任は間違いなく泉、貴様に掛かっていたぞ」

「はい……」


 ここまでは亮人に言い返せる部分はない。確かに失態だ。だけれどもこの後、課長から飛んでくる言葉を予想してはげんなりした。この人も少なからず、社長の息子と言う立場にある亮人を嫌って、疎んでいる一人だからだ。

「ま、所詮は父の七光りってところで落ち着くんだろうな。でなければ、シラトラを使わそうとするはずが無い。詰まる所、自分だけでは何もできないクズ、雑魚って事だ」


 亮人の全身に留まりを知らない怒りが湧き上がってくる。途中で済ませればいい物を、わざわざ父親を話の一部に持ってくる。亮人を憎んでいる奴は大体そうだ。

「何か言い返すことがあるのか? もしあるのだったらそうする前にまずはシラトラをさっさと奪還してこい。と、言っても無理だろう。出来るのだったら今頃は、MOAT社に対抗するためシラトラをわが社から動かしているはずだからな」

 だが、いくら怒りが込み上げようとも縮こまって素直に説教、皮肉を聞くしかなかった。亮人の立場は低い。勿論、七光りなんて地位はない。


「いくらたっても無理なのだから、お前の任務は解除された」

 解除!? 思わず顔を上げてしまった。

「がっかりだってさ。シラトラについてはまた検討する。つまり、お前は呆れられたって事だよ。でも……、クビにならないんだな~。と言う訳で泉亮人はこれより、通常任務に戻って貰う。同時にシラトラの装着者としての権限、責任も失われる。つまり、お咎めも無しに通常任務に戻れって事だ。実に言い御身分な事だな」

 そう言うと課長はすっと席を立ち、「以上」と言い放った。

 また、親父に救われた……と言う形に終わった。切っても切れそうにない親父の恩恵に甚だ嫌気がさしてくる。でも、実際自分に何もできていないのは確かな事実。口でいくら親父とは関係ないと言い放っても、結果が出なければそれはただの言い訳。


「泉……」

 誰もいないところでふと笠木が亮人に呟いた。

「なんですか?」

「この汚名返上をしたければ、結果を出せ。お前ならば出来るはずだ。勿論、独断行動で突っ走られるのは困るがな。自分の任務をしっかりこなせ」

 笠木のその言葉、まさに思っていたことと同じ、それゆえ、自然と心に打たれた。なんとしてでも見返してやりたい。周りには勿論、なにより……自分自身に。



 あの後、亮人は翠に呼ばれていやいやながらも研究室に赴いた。部屋に入ると目に入ってきたのは本のタワー。また亮人が持って来たあの椅子の上から天井近くまで本がぴたりと積み上げられていた。


「いやあ、よく来たな亮人君。みたまえ。あと一冊で記録更新。天井にくっつくぞ」

 そのタワーの横で緑が最後に積むのであろう一冊を片手に両手を広げてアピールしている。

「おっと、今は近づくな。大声も出すのも禁止、騒ぐのも禁止だ。そこで大人しくしてろ。さあ、緊張の瞬間だぞ」

 翠の汗と涙の結晶。まさにチャレンジという言葉を投げかけてくるように美しくそびえ立つこの本の柱を――

 ――問答無用で押し倒した。


「ギャァァアアアアアアアアアアア!!!? おい、貴様!! 何をしている!? 一体、自分が何をしたのか分かっているのかね!?」

「知りません。そこは俺が座る場所です……、って、博士の研究室で宣言する言葉でもないですね。……まあ、取りあえず……研究しましょうよ?」

「何を言う。わたしは人間だぞ? 一日中研究、開発ばっかりで過ごせるわけがないだろう。生物には休憩、複雑な感情を持つ人間はさらにその先にある楽しみまでしっかりとっていかないとと生きていけないぞ。それとも君は一日中任務の事ばかり考えているのかね?」

「そうしなければいけない場合だってありますよ。特に今回かせられていた任務、シラトラ奪還はずっと頭にありましたね。博士だってそうでしょう? いくら言ってもずっとシステムの事が頭から離れることはないでしょうし」


 自分のそれなりの意見を付けながら椅子に腰を下ろすと急に呆れたような顔をしてきた緑にため息をつかれた。

「君はつまらない男だと思っていたが、人生そのものまで詰まらなかったとはね」

「何が言いたいんですか?」

「君がバカだと言いたいのだよ。仮にもわたしがさっき名誉ある素晴らしい奇跡の瞬間を目指すために心より真剣に取り組んだBOOKタワーの最後の本を積もうとするとき、システムなんてつまらない事考えていたと思うのかね?」

「あ~、もう、何かすみませんでしたよ! で、考えてなかったんですか?」

「考えていたらあそこまで積みあがらないさ。大体、そんなの考えながらだと、まともな休憩、気分転換になりやしない。もし、君が通常任務中も待機中も食事中も女の子の妄想をしている時でさえもシラトラ奪還の事ばかり考えていたとしたら体が参るぞ。少なくとも出来る事でさえできなくなってくるのは間違いない。人間集中力と言うのには限りがあるからな。これは精神にも影響することだ」

「……、確かに、俺はずっとシラトラの奪還の事ばかり考えていましたよ。でも、もうそれすらも出来ないんですよ。見放されました。奪還命令は解除です」

「それは良かった!!」

「良かったって何ですか!? 博士、人の不幸を喜ぶタイプですか!?」

「う~ん、亮人君の不幸に関しては心から全身全霊を持って喜びたいかな」

 おい!


「でも、それは本当に良かったと思うぞ」

「……、何でですか? そんなに俺の不幸をおかずにして飯がうまいんですか?」

「そうじゃない。さっきも言っただろう。息抜きも必要だって。今回、奪還任務が解除されたって事は一度、気分転換のチャンスが与えられたって解釈をすればいいのだよ」

「そんなポジティブになりませんよ。今回ので俺は周りから完全に七光りだとかバカにされていますしね」

「そんなのも一旦忘れろ。一度、息を吸って周りを見てみると言い。一度深呼吸してからもう一度客観的に自分を見てみると言い。違って見えるものだ。同じだよ。今回、任務が外された。その上で何も考えずもう一度動いてみると言い。いつもと違うように見えてくるかもしれないぞ」

「そういうもんですかね……」


 そこで一旦話を打ち切ると翠はやっと本題に入るようでパソコンを取り出し、映像を映し始めた。

 その映像に移されたのは佐久間とか言っていたMOATのシステム装着者だ。次々と閃光の如く切りつける姿が映っている。亮人のヘルメットを通して既に二回の戦闘情報が翠の手元にあった。

「佐久間魁。MOAT社のシステムを使用していると言う事だな。どうやら向こうは実際にMOATと関係があってしっかり任務を帯びている人が装着者らしいな」

「さっきの話の後に皮肉を放ちますか?」

「いやあ、ありのままの事実を言っただけだよ。それよりもこの彼女の解釈は実に完璧だね。わたしの眼からしても同じ意見だ。あのMOAT社のシステム。恐らく脳の思考回数、演算力を増幅させる装置に近い何かとパワーアシストを施しているな」

「……本当に凛の分析通りなのかよ……」

「勿論、所詮外側の解釈だ。実際は違うだろうし機能はまだまだあるだろう。ただ、このシステムの弱点と言えば、長時間の仕様は困難と言う事だろうな。脳的にも肉体的にも無理やり力を上げているからな。恐らく、このシステム装着者は使用時間にそれなりの制限があるとみた。シラトラ以上に」

「……、でもなんでそんな事俺に言うんですか? シラトラに関することならまだしもこれなら笠木部隊長に話すべきことでしょう?」

「勿論、話した。こっちは君の仲、と言うかいじりたくなったから呼び出すための理由としてみたいなものだよ。別に君に期待しているとか言う訳じゃあないよ」

「……、そうですかい、ご丁寧にどうも」


 この人がここに呼び出す理由にいじりたい以外の理由があるのだろうかと本気で考えてみたくなる。ため息をついて窓側に肘をついて外を眺めようとしたら、翠は急に亮人の肩をポンと叩いてきた。

 しばらく無視して外を見続けたがずっと肩に手が置かれしぶしぶ翠の方を見る。すると翠はいつものケラケラしたのとは違う自然な笑みを見せていた。

「今、亮人君は自分の失敗に自分を責めているのだろ? もう、それは一旦やめにしないか? その任務は解除された。それが君にとって願っていない事だとしてもそれをチャンスにすればいい。落着いた所で、いつもと違う雰囲気、立場、場所でもう一度自分を見つめなおしてみると言い。君にできる事をすればいいのだよ」

「俺に……?」

 そう聞き返したが翠はそれ以上話してくれなかった。


 自分にできる事、そんな事をちょくちょく考えていた。今の自分にできる事なんてたいしたことなどない。今や第一部隊第七小隊の一人と言うだけ。ただ、笠木、間宮の指示の下戦場に赴き魔物を殲滅するためのアシストを行うだけだ。シラトラの奪還任務を失った今、本当にそれ以外、今の自分にできることは限られている。


 ただ、翠が言った事も一理あったのは事実。ここ最近、確かに何としてでもシラトラをこの手に返してもらわなきゃとそればかり考えていたのに落ち着きを取り戻してきた。シラトラの事を一旦忘れるとまではいかない物の、そこまで極端に意識することは無くなっている。どうしても、それが自分に対する逃げ、諦めとも思ってしまうところはあるが、どうであれ荷が軽くなったと言うのだろうか、少し楽になった。

 尤も、失敗したから任務解除、それで荷が軽くなったなどと喜ぶのは色々と人間として底辺にいるような気もするが、翠はそれでもいいみたいなことを言っていた。今のこの、自分にできる事、魔物の殲滅するアシストが翠の言っていた“出来る事”と言う事でいいのだろうか。


「よう、泉。遂にシラトラの責任、解除されたんだってな。クビにならなかったんだろ? 父親によしよしと頭でも撫でて貰ったか?」

 後ろから近付いてきた男を睨み付けた。

「木島ァァアア!」

 胸倉を掴んで思わず殴りかけたが、一歩冷静になって踏みとどまる。一度深呼吸すると木島を後ろに叩き押した。いくら怒りを出しても仕方がない。七光りとか言ってバカにされた汚名は亮人が出来る事で結果を出すしかない。

「親父は関係ない……、俺が俺の手で……」


 その時、社内に緊急招集がかかった。サイレンが鳴り響く。

「緊急招集、緊急招集。第一部隊から第三部隊。全部隊に緊急招集します。直ちに集合してください!」

 全部隊!? 思わず木島と亮人は見合った。

「全部隊ってどういう事だ?」

「何かあったって事だろうか?」

 いままで一度として最初から第一部隊から第三部隊、全てが招集されることはなかった。その理由として指揮の統一を考えてと、一部隊が出撃中、同時に別地域に出た場合に備えてと言う事だ。それすら無視して全部隊招集。何かあったと考えるのが妥当。

「「ッ……ハッ!? 知るかよ、んな事!!」」

 見事同時に言い合いを放つと木島の先を何としてでもいこうと押し切りながら集合場所へと向かった。

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