第3話 凛の過去 (3)

 亮人のスマホに緊急招集の指示が入る。その場所を見て一瞬驚きを隠せなかった。その場所は……、舞咲高校。第一部隊が呼ばれるわけだ、高校に出現など。でも、それだけじゃない。舞咲高校には凛、シラトラを持つ人物がいる事も忘れてはいけない事だった。


 現場に急行したものの、案の定、魔物は一匹たりともいなかった。招集がかけられた部隊はほとんど何が起きたのか分からないと言った様子だ。しかもその部隊員の中には今回、第一部隊に入ってからは初めて実戦に出た人、つまり新たに配備された人たちが大勢いるのもある。


 一応、笠木の指示の下、先行部隊一~四部隊が校舎内に警戒しながら侵入。しかし、ボーダーラックのシステムで信号キャッチしていない故、やはり既に倒されていると考えるのが妥当。でも、そう考えているのは亮人と笠木だけだろう。まさか、シラトラを奪っていった謎の少女がここの生徒だなんてそう行きつく考えでは無い。


 しばらく先行部隊の報告を待つがやはり、一匹として魔物の存在を確認できなかった。そしてシラトラを使用した凜の姿も確認できなかったところを見ると……、

「やはり……、既に凜が魔物を俺たちが到着する前に倒したって事ですかね?」

 こっそり笠木に尋ねてみると、笠木にお前のせいだぞ、と言わんばかりに睨めつけられて更に頭をグイッと前に押された。前のめりになって慌ててバランスを整えながら笠木の方を見る。

「何するんですか!?」

「いや、他人事みたいでちょっと気に食わなかったからな……。これはまあ、多分シラトラの仕業だろうな。勿論……、別の組織って可能性もあるが、それにしては対応が早すぎるし」

 それだけ言うと笠木は乗ってきたワゴン車に向かって歩き始めた。

「先行部隊は退却。作戦は終了だ」


 あれから何度か魔物の出現により第一部隊は出動したのだが、現場に付いたときには既にきれいさっぱり片付けられ、魔物の魔の字もない状態が続いた。凜の生活範囲とボーダーラックが防衛範囲とする俗に言う勢力範囲に近い部分があり、何十人も集めて行動する部隊と単体で行動する凛とじゃ機動力に違いがありすぎるからと言うのは大げさなのだろうか。

 だが、少なくともシラトラと言うシステムが今でもなお、凜の手によって使い続けられ、ボーダーラックの部隊を差し置くほどの性能を施していると言う事は確かだ。そして、それはボーダーラック社にとってよろしくない事というのもまた事実である。


「指令を出してから……、どれくらい経ったか?」

 課長は大変ご機嫌斜めなようで、蟀谷をぴくぴくさせながら亮人に上から言葉を投げつけている。でも亮人はそれを当然の事であり自分に負があると認めたうえで返答。

「一週間は経ちました……」

「で、結果は……」

「……、申し訳ございません! 自分の失態です」

 とにかく頭を下げるしかなかった。実際、凜からシラトラを取り戻すことに成功していないほか、そのシステムがいいように使い続けられていると言う事実に対して弁解する物などかけらもない。


「これでもなお、クビにならないのは、誰のおかげなんだろうな?」

 亮人は唇をかみしめながらも課長の言葉を受け取るしかなかった。流石に笠木も割り込んでこようとはしない。すると課長は大きく息を吐き、宣言した。

「社長の意見でこれ以上野放しは危険と判断され、強行手段に出るよう命じられた」


 その言葉を耳にした途端、直ぐに反応した。横にいる笠木も亮人が感じるくらいにピクッと反応している。もはや、このセリフの意味など一つしかない。凜に対して武力で……、つまり銃口を向けてシラトラを奪い返せ、と言う事だ。そしてその指揮を執るのは恐らく笠木。

 つまり、亮人も銃口を凜に向けることになる。


 既に予想はしていたことだったがいざとなると信じられなかった。本来は対魔物に対してのみ通用するはずの力を人に向けることを肯定した上での作戦だ。だが勿論、自分で奪い返せなかったのが一番の原因だ。無理やりにでも納得するしかない。

「これより、第一部隊隊長、笠木瑞子に指令を出す。対象、シラトラ使用者と交戦し無力化しながらシラトラを奪還せよ。なお、この作戦の責任は笠木瑞子他、泉亮人にも同時に掛けられる物をする。以上だ」

 その指令を亮人、そして笠木は黙って受け入れた。



「で、遂に強行手段に移行するらしいな」

 亮人は翠に呼び出され相変わらず本やら資料やらに埋め尽くされる研究室に入っていた。何やら翠はシラトラの資料らしきものを順々に見ている。


「そんな機密書類を俺の前で広げていいんですか?」

「バカの君に遠目から見られただけで理解できる代物だと思うかい? 近くでじっくり見ても分からないだろうね。勿論、君がスマホで写真を取ろうものなら直ぐに縛り上げて実験材料にしてやるから外部に漏れる心配もない」

「それって……、もし俺が盗撮したら人体実験の対象になって二度と研究室から出られないって事ですか?」

「いや、研究室からと言うよりはあの世から二度とこの世に出て来れないだろうね」

「こぇええ!?」

「分かったら盗撮なんで馬鹿な真似はやめろよ。いくら女の子のスカートの中を撮影する技術に自信はあると言ってもわたしの眼はごまかされないぞ」

「してませんよ、そんな犯罪!!」


 相変わらずな翠の前で早速帰りたいのだが、一応聞いてみる。

「で、今回は何で呼び出したんです?」

「ああ、そのシラトラを奪い返すための強行手段の事だ。ついさっき、わたしに第一部隊に指令された作戦の事を知らされて、シラトラの弱点をまとめ上げろって言われてな。はっきり言ってやったよ。わたしの作ったシラトラに弱点など無い! ってな」

「……、で?」

「そしたら向こうは、「いいから少しでも弱点を上げておけ!」ってプンすか怒りながら帰っていったよ。わたしの作ったシラトラは最強だと言うのにな」

「……、俺は博士の自慢話を聞かされるためだけにここに呼ばれたんですか?」

「それはもちろん」

「言わなくても分かります。そうですよね。ええ、そうでしょね! じゃあ、帰ります!」

「まあ、待て。そう急ぐな。別に用事がある訳でも無いだろ、暇人。彼女とデートの待ち合わせって訳でも無いだろうし」


 随分と気に食わない言われようだが、もう慣れっこだと思い、素直に椅子に座りなおす。

「それとも、凜だっけか? あの子とデートなのかい? 仕事上敵対するのに複雑な状況な事だ。君は会社と彼女どちらにも裏切り行為を行っていることについてどう思っているのかね?」

「すみません。基本的に間違っていますが、妙なところ、微妙に当たっててちくちくするんですけど……」

「それは良かった。まあ、そこは保留にしておいてやろう。で、どこまで話したっけな……、そうそう、シラトラが最強だと言うところだったな。確かにわたしの作ったシラトラは最強だ。勿論、弱点もあるけどな」

「ついさっき、弱点なんかないって豪語してませんでした?」

「それは使用者が凜だからだ」

 急にビシッと指を亮人に指してくる翠。すると、翠は見ていた資料をポンと机を使って角をそろえると机の上(と言うよりは本の上)にそっと置いた。


「シラトラは君が体験した通り、精神力を蝕んで力を発揮するシステムだ。つまり、亮人君のようにヘタレでクズでダメダメな精神力じゃうまく力を出し切れないって事にある。これが弱点と言う訳だ」

「…………なるほど、言いたいことは分かります。いろいろダメ出しされた気がしますけど」

「それは良かった」

「さっきから、俺は全然良くありません! で、つまり、シラトラに弱点はあるけれども凜が使用した事によって弱点が無くなったってことでいいんですよね?」

「まあ、大体あってるな。別に弱点が無くなったって訳じゃなく、彼女はその弱点に対応できたとか、彼女が装着者になる事でかき消されたと言うか。別に装着者の負担が軽減されたって訳じゃない。彼女も亮人君も同じだけ負担を受けている。ただ、君が弱くて凜と言う子が強かったと言うだけだ」

「……、俺、やっぱりバカにされています?」

「そんなのは分かりきった事だろう。問題はそこじゃない」

「分かりきった事!? てか、問題はそこじゃないって?」


 すると翠は急に深刻そうにパソコンともう一度開いた資料を見比べなおした。

「凜と言う子は明らかにシラトラの適合率高すぎだ。まだ、実践の情報は最初の戦闘しかないが、それだけでも十分に分かる。凛、彼女はシラトラの能力を限界以上に引き出している。話によると既に何回か、シラトラによって魔物の群れが殲滅されているらしいじゃないか。何回も使用しているのが何より凜とシラトラの力を示しているだろうな」

「……、凜ってそんなにすごいんですか?」


 翠は亮人の質問に答えず、資料をファイルに収めるとぐっと亮人の方に体を乗り出してきた。

「シラトラを装着した凜との戦闘には十分に気を付けろ。下手すれば犠牲者が出る。向こうが本気を出せば……、第一部隊を全滅さえ簡単かもしれない……。いや、わたしがシステムを作った上で既に部隊を全滅させることが出来るほどの性能はあった。だとすればどんな結果になるかは分からない。限界以上に引き出しているからな」

「……、俺たちボーダーラックの部隊に、勝機はあるんですか……?」

「上にこんなこと言えないが…………、ないね。力ずくでシラトラを奪還するなんてまず不可能だ」


 正直、どうすればいいのか分からなかった。任務を受けた時、最初は凜の事を心配していたのに翠の話を聞けば、誰を心配すればいいのか分からない。いや、そこは自分のクビを心配するべきか。

 だけれどもこれはどう反応すべきか迷った。実際、困惑と言うか、それを知ってさあ、どうしよう? なんてところだ。やはり戦闘を回避すべく、凜から何としても返してもらうしか……、どうやって返してもらうか……。


「そうそう、あと一つだけ本当に気になっていることがあるんだ」

「? なんです?」

「システムは……、あのデバイスは完全エナジー性って事だよ。シラトラのシステムに実弾などは一切ない。アーマーの展開、装着。すべて装着者の精神とエナジーで動いている。勿論、システムに使われるエナジーはただ単にそこらのコンセントの交流なんかで充電出来ない。直流に変えてもだ」

「普通じゃ充電できないって事ですか?」

「そういうことだ。USB規格で繋げるだけでOKなんて単純な代物じゃない。システムを充電するのには特別な電気の変換が必要なんだ」

「ってことは、もうそろそろシラトラのエナジーが切れるって事ですか?」

「ハッハッハ、安直だな~、君は。だったらとっくの昔に切れているよ」

「え? じゃあ、まさか凜は」

「ああ。リストバンドの他にチャージするための機器をも彼女は何らかの形で所持していると考えていいだろうだろうね」

 なんか、凜の事が日に日に不思議で訳の分からない存在感が増していく気がする。


「ねえ、博士……、凜って何者なんでしょう?」

「わたしに聞くなよ、それを調べるのが亮人君の任務だったんだろう? 失敗ばっかりして、自分に課せられた処分もまともにこなせないようでは、クズ確定だね、君は」

「……、ですよね……。反論はありませんよ……」

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