第8話1-7 チーム・ビースト

 その瞬間、静かに報告を聞いていたほぼ全員が、どよめきの声を上げた。


「生きている!? では、どうして動かないんですか?」


 数十秒が経過しても収まりそうもないどよめきを制するように、よく通る声で発言したのは、チーム・エンシェントの隊長、羽田晋也であった。

 合同庁舎に臨時に置かれたG対策本部のブリーフィングルームには、急遽招集されたMCMOの巨獣対策メンバーと、自衛隊の現場責任者クラスが集っていた。そのテーマはチーム・エンシェントの活躍によって死亡したと考えられる、Gの解体作業日程報告、のはずだった。

 ところが、リニアキャノンを受けて倒れたGがまだ生きているらしい、との学識者の説明を聞いて、俄にその場は騒然となったのだ。


「先程も申し上げました通り、Gの生命反応……呼吸、脈拍は検知されています。ですから、生きているのは疑いようがない。しかし、今後目覚めるのか、目覚めるとしたらいつなのかについては分かりません。ただ、測定器ではδデルタはに近い脳波が検出されています」


 プリントアウトされたデータを見ながら、前に立った白衣の男が答える。彼が額に吹き出た汗をぬぐうのは、これで何回目だろうか?


「す……すみません……δデルタはって……なんですか?」


 おずおずと手を挙げたのは、五代まどかだ。


「五代少尉。軍人として、そのくらいの知識は持っていて欲しいものだな。人間の場合で失神、気絶時に検出される独特の波形で、いわゆる気絶脳波と呼ばれるものだ。」


 白衣の男性に代わって答えたのは、MCMO日本支部司令の樋潟幸四郎である。


「それじゃあ、何です? アイツ、まどかのキャノン喰らったってのに、気絶しただけってことですか?」


 羽田の隣に座った新堂アスカが腕組みをほどき、呆れ顔で両手を広げて見せた。


「じゃあ、今のうちに毒でも盛っちまえばいいじゃないですか?」


 次に手を挙げたのは、羽田達の隣に腰かけている、別チームの男だった。チームメンバーは、全員欧米系の顔立ちをしているが、挙手した男はスムーズな日本語を口にした。


「いやゲーリン少尉。その方策については、八幡教授から絶対避けるべきと言われている。教授、少し説明をお願いします」


 樋潟の指示を受けて八幡が立ち上がり、スライドを使って説明し始めた。


「……実は、海底ラボでのトラブル中に発見された現象なのですが、Gの体内……いや、細胞内には共生生物がいます。それこそがヤツの不死性の源だったわけですが……じつはその共生生物、仮称メタボルバキアは、宿主のDNAや細胞質を改変することで、宿主の生命維持を行うことが観察されているのです」


 八幡は説明しながら、背後のスクリーンに表示されたスライドショーを先に進めた。


「つまり、このように外部から与えられた毒物や攻撃が、宿主の生存を脅かすことによって、それに迅速に耐性を持つように、宿主の遺伝子を変更し、性質を根本から変えてしまうのです」


「てことは、何か? 毒だけじゃなく、物理的攻撃でもGはそれに耐えるようになっちまって、同じ攻撃は効かないってことか?」


 ゲーリン少尉と呼ばれた男が顔をしかめる。


「分かりません。しかし可能性はあります。現在までGがたった一個体で生き延び続けてきた……くることができた理由、そして、五十年以上前の最初の出現から、少しずつ形態や性質を変え、大型化してきている理由はその辺にあるのかも知れません」


「それじゃあ、毒を盛れないどころか、もう額の宝石ジュエルへの攻撃も効かないかも知れないって話ですか? そんなんじゃ手も足も出せないだろ」


「ま、オットーが思いつくような対策で何とかなるなら、人類の危機でも何でもない。こうして会議を開く必要もないわね」


「黙れマイカ」


 馬鹿にしたように口にした、隣の女性を、ゲーリン少尉が睨みつけた。

 この女性は欧米系の顔立ちだが、黒髪に黒い眼と、東洋モンゴロイド系の特徴も備えている。東西がミックスされた美貌に、欧米人のスタイルの良さがプラスされて、まるでモデルのような美しさだ。


「つまらん仲間割れはやめろオットー。では樋潟司令コマンダー。つまり、今回のブリーフィングはG解体の警備態勢と日程報告ではなく、殲滅作戦の継続と、攻撃方法の選択ができるまで、状況の維持をするための意識合わせというわけですか」


「Gについてはその通りだ。ライヒ大尉」


 東洋風美女、マイカの隣に腰かけた、欧米系のチームリーダーらしき男性の言葉に、樋潟司令が肯いた。

 ライヒと呼ばれたブラウンの髪の大男は、まるで肩や首がボディビルダーのように筋肉で覆われているのが、軍服の上からでも分かる。


遙々はるばる応援にドイツから来てもらって申し訳ないが、君達チーム・ビーストのメンバーも、作戦行動をとってもらうとすれば、Gに対してではなく、行方をくらませた緑色のトカゲ型巨獣に、ということになる。あの巨獣については間近で目撃した、遺伝子工学研究所の所長である戸塚とつかあさひ氏に、説明していただこう」


 壇上に現れたのは、加賀谷達の上司である遺伝子研究所所長であった。昨夜、リザードマンに襲われた怪我のため、禿げ上がった頭を包帯でグルグル巻きにしての登場である。


「あの緑色の巨獣は……Gの粒子熱線を浴びて墜落する前、相当の敏捷性を見せ、あまつさえ四肢の間の膜を広げて、かなりな距離を滑空していきました。その特徴は……我々が冷凍保存し、研究していた巨獣、ヴァラヌスの遺体と一致します」


「ヴァラヌス?」


「はい。ヴァラヌスとは十五年前の巨獣大戦でGによって殺され、その遺体を我々がそのまま冷凍保存していた巨獣のコードネームです。滑空膜はドラーコ……和名でいうとトビトカゲの特徴ですが、体型や性質、特にDNA情報にオオトカゲのものを色濃く残していたため、Varanusと名付けられました」


「ヴァラヌス……ですか。では、あの巨獣はGを操るシュラインによって、そのヴァラヌスが生き返ったものと考えていいのかね?」


「たしかに、冷凍保存していたヴァラヌスの遺体は消えていました。ですから生き返ったのは間違いないのですが……」


「なんだね?」


 奥歯に物の挟まったような物言いに焦れたのか、樋潟司令は戸塚所長に鋭い目を向けて促した。


「しかし、今回の巨獣は体色、体型、敏捷性など、すべてが大きく変わってしまっています。その形態は、私がG上陸当日に水元公園で保護した、グリーンバシリスクという中南米原産の大型爬虫類と酷似していたのです。そして、遺体の冷凍装置のスイッチを切ったのは、その……バシリスクなのです」


「なんだって!?」


どよめきが広がる。

 そこに出席していたメンバーのほとんどが、自分の聞いたことを信じられない思いだった。



***    ***    ***    ***



「にしても、全長百メートルの巨獣が保護色使って消えただと? マイカ、お前信じられるか?」


 チーム・ビーストのオットー=ゲーリンは、対策本部の設置された庁舎の廊下を歩きながら、同じチームのマイカ=トートに、自国のドイツ語で声を掛けた。


「まぁ、普通ではあり得ないわね。でも、トカゲが白衣着て人間を脅迫したって話よりは信じられるわ。それに、擬態行動の目撃者ってのは科学者なんでしょ? だったら信憑性は高いんじゃないかな。でも光学擬態っぽいし、あんたのカトブレパスの機能を使えばすぐ見つかるでしょ?」


「たしかにな。Gもいくら無敵っつっても、あの状態じゃあ処分方法はすぐ決まるだろうし……まあ、仕事が早く片付くのは良いことだぜ。せっかくの日本だ。あの、コードネーム・バシリスク……だっけ? やっつけたら、日本名物の温泉でも一緒に行かねえか?」


「冗談。私はオオカミと同じ部屋に泊まる度胸はないわ」


「ったく、つれねえな。お前も」


「東洋系が好みなんでしょ? だったら日本チームのお嬢さん達でも誘ってみたら?」


 マイカが、ひらひらと右手を振りながら、さりげなく後ろに目配せをした。

 二人が早口の母国語でしゃべりながら歩く後ろを、深刻そうな表情で歩いているのは、チーム・エンシェントの三人だ。リニアキャノンでGを行動不能にする大金星を挙げたとはいえ、バリオニクスが大破した彼等は、今回は出撃の機会を与えられていない。


「羽田隊長……」


「なんだ? 昼飯ならまだ時間が早いぞ」


 まどかの暗い声に答える羽田は努めて明るくふるまおうとしているようだが、張りのない声からしても無理をしていることは明らかだった。


「Gの意識は、そのシュラインて狂科学者なんでしょう? なんで……Gはあの巨獣を攻撃したんでしょうか?」


「それはさっき、樋潟司令も八幡教授も言っていただろう。シュライン細胞で蘇らせはしたものの、意識を乗っ取れなかったから処分しようとしたんじゃないか……ってな」


「本当にGの意識は……シュラインという人間のものなんでしょうか?」


「他生物との融合能力を持つシュラインが深海生物と融合して深海に逃げ出したそして、十五年前の巨獣大戦で脳を破壊され、仮死状態で海底に沈んでいたGが、突然蘇った。状況証拠かも知れないが……他に説明がつくとでも?」


「そう……ですよね」


 そう言いながらも、まどかは釈然としない様子だ。


「Gを倒した功労者が情けない顔をするな。バリオニクスが修理を完了すれば、オレ達も出撃可能だ。気後れしている暇はないぞ!!」


「…………はい」


 空元気を出す羽田の言葉に返事はしたものの、まどかの心にはどうしても納得しきれない思いが、まるで酒ビンの底の澱のようにわだかまっていた。


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