6 五斗米道と桓玄
06-01 京口襲撃
遠くからでもわかった。
あちこちから、たちのぼる煙たち。
もう、遅れに遅れを取ってる。今更駆けつけてみたとこで、どうしようもねェだろう。
「手前ら! 急ぐぞ!」
それでも、叫ばずにゃいらんねェ。
長らくに渡っての遠征、そこに加えての強行軍。
最後の山を乗り越え、町を見下ろす。
川港辺りにゃ軍船と
西のかたを見ても、もう船団らしい船団の影もねェ。っが、煙だきゃあちこちに上ってやがる。
「
当たり前ェだが、あずかってた全軍で戻る、なんてわけにゃいかねェ。いくら海塩まわりの五斗米道どもをぼてこかしたっつっても、どんだけ残ってるとも限らねェ。だから連れてきたんなァ、はしっこく動ける奴らのうち、京口に家がある奴ら。数にして、三百に届くかどうかってとこだ。
「先に町の奴らが避難できるとこを確保しろ! その後なら、家族の無事を確かめに行ってもいい!」
戦いそのものァ、もともと京口に残ってた隊に任せるっかねェ。そんかし奴らで引き受け切れねェあぶれもんどもの駆除に精を出す。
たァ言え、いちいちそいつらをシバいてる暇ァねェ。襲い掛かられてる民、怪我して動けねェ民を優先して助けて回る。そんかし、こっちに襲いかかってくるようなやつらァ手心なしで、ぶち殺す。
「季高! お前んち、この辺りだったよな!」
「それがなんじゃ!」
「いいから、家に向かえ! 家族を優先しろ!」
びくり。
「お前にとっちゃ、ただの家族じゃねえだろ! あいつらとの日々を手に入れるより前に、お前の身にどんだけの不幸があった!」
なにせ、孫季高だ。寄奴にだってろくろく、こまけェ身の上話なんぞしたこたねェ。
だが、それでも。
家族の話振ったときの、恥ずかしいような、くすぐってェような、そんなツラさえ見てりゃ、分かんねェなりに分かることもある。
「――礼を言う!」
そう言うと、孫季高ァすっと姿を消す。草として磨いた技がこんなとこで役立つなんざ、皮肉なもんだ。
救い出し、避難させ、あるいは斬り伏せて。そんな寄奴の動きが街なかに広がってったか、寄奴ンとこに、町民たちを引き連れた義勇兵がやって来た。
その先頭に立つんなァ、
もちろん甲冑なんざ着込んじゃねェが、それでも衆の先頭に立つんなァ、よくなじんで見える。
「おう! さすがにサマになってんな!」
「光栄、と申したきところなれど、安穏ともしておれませぬ! ご
「町の様子は! 襲われてから、何日目だ!」
「二日目です! 京口府の兵らはそれでもよく守っているとは申せましょうが、いかんせん、数が違い申す!」
王元徳が横手に向けて、鋭く指示を飛ばす。即興の部隊たァ思えねぇほどの統率で、新手の五斗米道共をたちまちのうちに包み、ぶちのめした。
王元徳の隣に並ぶ。
「
「いかにも。
王元徳の言葉の端々から、穆之への敬意、信頼が見て取れた。
あいつもやることやってんだな、こんな事態のさなかじゃあったが、寄奴の口元にゃついつい、笑みが浮かんじまう。
「分かった。なら元徳、案内役を出してくれ。ついでに己の兵は、お前に預ける」
そう言って寄奴ァ、腰に提げてた銀環を解いて渡した。
そいつを受け取る王元徳ァ、どうしてもあわあわしちまう。
「し、将軍! 危急の際とは申せ、斯様なる軽挙は――」
「やれるやつが、やる。それ以上の話が要るか?」
有無を言わせるつもりゃァ無ェ。どいつもがまだ戸惑っちゃいたが、かまわず寄奴ァ案内役を引っ張り出した。
連れてこられたんなァ町中、寺の境内。見りゃ穆之が竹簡片手に、あれやこれやと指示を飛ばしてた。
「よう、精が出てるな」
わざと軽い声で、顔にゃ笑顔すら貼り付けて。
穆之ァ寄奴の顔を見ると、一瞬だけ驚いたが、すぐに顔つきを引き締める。
「ちょうどよかった、兄貴の名前使えるなら話が早い」
そう言って、二、三の竹簡を引っ張り出す。そこに載るんなァ、大まかな京口の地図。
「頭いいね、五斗米道。あえて信徒たちを、散らばるがままにしてる。目的はここの占拠じゃなくて、あくまで撹乱だ。
「なんのか、どうにか?」
「さてね。奴らの持ち札がわかってるわけじゃない。ただ、
広陵。
寄奴が
聞いたとこじゃ崔宏、またそいつを従えるトゥバ・ギについちゃ、先日のムロン・チュイとの戦いでえれェ被害を被ったっていう。奴らの軍そのものが乗り込んでくるこたァねェだろうが、何らかの形で手出しァしてくるかも知れねェ。
そしたら、寄奴ン中で、繋がってくるもんがあった。
穆之に近寄り、耳打ちする。
「
穆之の口元がひく、と吊る。
「ずいぶん、面白い話だ」
改めて、地図をざっと見て回る。
「なら、なおのことだ。奴らの目当ては、やっぱり京口そのものにはない。そしたら早速、兄貴に行ってもらいたいところがある」
そう言って、穆之ァ地図上の一点を示した。そこにゃバツ印が、たくさん集まってた。
そいつを見て、寄奴ァ笑う。
「
「分かりやすいからね」
刁逵。
建康にねぐらを持つ侠客だが、割りと手広く悪でェ金貸し業も営んでたりして、ほうぼうから恨みを買ってたりもする。
おそらくァ五斗米道、だけじゃねェだろう。やつに恨みを抱いてる京口のやつらも、これ幸いと騒ぎに乗じてるかも知れねェ。
「ここで五斗米道だけを追い払って、京口の人々についてはうっかり見逃して、ってやってくれりゃいい。そうすれば兄貴が帰ってきてるって、あっという間に知れ渡るだろうさ。奴らにとっちゃ、一番聞きたくないだろう名前がね」
「お前な、人の名前を災害みたいに」
「こういうときにくらい役立ってもらわないと」
いつもの軽口が戻ってきた。寄奴ァ舌打ちしたが、一方で安心もする。こうなりゃ、後ァ暴れるだけだ。面倒がなくなっていい。
っが、その前に。
「そういや、お袋たちもここか?」
「ああ。奥の間で匿ってもらってる」
「そっか、じゃひと暴れの前に、ツラだきゃ出しとくか」
「そうしてやってよ。ただでさえ、ずっと気が張り詰めっぱなしだったろうから」
そう言うと、穆之ァもう竹簡に目を落とした。
寄奴に、穆之に。それぞれにやるべきことがある。
頼んだぜ、小さく声をかけると、寄奴ァ奥の間に向かった。
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