05-13 囮       

 翌朝も早えェうちから、五斗米道ごとべいどう共ァやってきた。全く、お真面目でいらっしゃりやがる。

「り、劉裕りゅうゆうよ! 嗣之ししの戦支度が整うまで、奴らを食い止めるのだ!」

 泡食った城主、鮑陋ほうろうからの命令。そいつを聞いて、諸葛長民しょかつちょうみんが「よくそんな恥ずかしい命令出せるもんだ」って言って、周りを笑わせる。

「出んぞ、お前ら!」

 寄奴ァがなると、おう、って声が上がる。

 海塩かいえん城ァ、小高けェ丘の上にある。そっから海に至るまでにゃ、ちょっとした森を抜けなきゃなんねェ。こっちからァ敵の動きがある程度見えるが、向こうにしちゃここを落とさなきゃ、動きがいろいろ筒抜けになっちまう。だから、どうにかして落としとかなきゃなんねェ城だ。

 兵をふたつに分ける。

 迎え撃つ寄奴と、待ち伏せる虞丘進ぐきゅうしんと。もとから少ねェ兵での戦いだ。まともにやり合っちまや、あっちゅう間にすり潰されちまう。なんで、どうしても小細工がいる。

 海塩城から、海に向かって伸びる、一本の道。軍勢で押し寄せようってんなら、どうしてもここを通らざるを得ねェ。林ン中ァ足場も悪りィ、こっちの罠だって仕掛けたい放題だ。こっそり攻めようってんならまだしも、正面切って攻め落とそうってんなら、旨みがすくねェ。

 だから大軍なら、道をまっすぐ進むっかねェ。

 そう、広い道じゃねェ。そのぶん、守る側にしちゃやりやすい戦場じゃある。

 道を埋めるように、みっちり並ぶ五斗米道ども。その先頭にゃ、三人の騎兵。頭目と、補佐が二人、ってとこか。進む先に寄奴を見っけても、すぐに動こうたァしねェ。ずいぶんと落ち着いてやがる。

「少しゃあ楽しめそうじゃねえか、なあ?」

 寄奴の後ろで、孟龍符もうりゅうふが言う。

 いつもの得物、棍棒は持っちゃねェ。あいつをぶん回すにゃ、少々戦場が狭ェ。

 五斗米道を迎え撃つ寄奴ァ、その戦闘に槍をずらっと並べる。その後ろに、剣持ち。突っ込んでくる先頭を槍でぶっ刺し、勢いを止めてっからが、本番だ。

「仙堂、此に在り!」

 敵将が手を上げ、叫ぶ。

 その後に、兵どもが続く。

よみせよ、嘉せよ!」

 そいつが合図になった。

 五斗米道共が、一斉に駆けてくる。

「行くぞ、手前ら!」

 寄奴も声を張り上げると、槍の穂先がずらりと前に向いた。

「槍隊! 刺し殺せ!」

「応!」

 寄奴が手を振ると、五列の槍隊が、二組。前の奴らの間を縫うように、後ろの奴を立たせる。

 つっても、そいつでどうにかなるたァ思っちゃねェ。必要なんなァ、奴らの勢いを、少しでも落とすこと。タチ悪ィんなァ、いつだって、重さなんぞじゃねェ。速さだ。

 五斗米道共ァ、だが槍を前にしてもひるまねェ。突き刺されるがままになる。が、幾人かァうまく隙間に滑り込む。

 一度潜り込まれちまや、もう槍じゃどうしようもねェ。槍隊の間から、剣持ちが突っ込んでいく。

 そっからァもみくちゃ、乱戦だ。

 こうなってくっともう、一人ひとりの武の腕なんざほとんど意味ァねェ。どっちが、よりひたすらに突っ込んでけるか。そいつだけが物を言う。

 だから寄奴ァ、わざと兵どもを下げる。じわじわと、まるで端っから押し負けてるみてェに。そしたら、当たり前ェだが、五斗米道どもも勢いづく。

 まともにぶつかり合っちまや、こっちもあっちも手ひどく死ぬ。こんなつまんねェ戦いでだ。そんな奴ァ、ひとりでもすくねェほうがいい。

 隊列をじわじわ下げると、林ン中から赤い旗。そいつを見っけると、寄奴ァ、叫ぶ。

「伏兵! 横から食い潰せ!」

 寄奴らが正面切ってぶつかることで、五斗米道どもァどうしても脇への警戒がおろそかになる。そこに、伏兵をぶっける。そいつが寄奴の描いた画だ。

 つっても伏兵ったって、そんな多くァ隠せねェ。

 そもそも囲んで握りつぶす、ができるほどの兵力もねェしな。

 だから、一か所あたりに置いといたんなァ二、三人。そんかし、そいつが片側十数か所ずつだ。

 明らかに五斗米道の足並みが鈍る。

 寄奴ァここで先頭に孟龍符を出す。で、突っ込ませる。あっちゅう間に、相手の前線が乱れた。

「ひ、退け! 退けっ!」

 五斗米道側の大将も、そんなに鈍いわけじゃねェらしい。すぐさま後続の奴らを編成し直し、撤退の体制をとらせる。

「逃しゃしねえぞ、おら!」

 こうなりゃ生き生きしてくんのが孟龍符だ。兵どもが持つ剣よりゃ十分にでけェが、アイツの巨体と比べりゃどうしてもちんまりしちまう剣をぶん回し、五斗米道共をなぎ倒していく。

 寄奴ァ馬上から、五斗米道の撤退を眺める。

 孟龍符に追われた最後尾あたりゃぐちゃぐちゃだが、前にを見りゃ見るほど、並びが整ってきやがる。

 舌打ちした。そのまま突っ込みゃ、どこで反撃を食うか分かったもんじゃねェ。こんな狭い戦場でどうこうしようったって、いたずらに時間を食って、こっちに損害が増える。

「全体! 追い立てるな、止まれ!」

 寄奴ァ鋭く指示を飛ばす。

 よくよく熟らされた奴らだ、すぐさま全体が止まった。大暴れだったはずの孟龍符すら止まる。明らかに食いたらねェ、そんなツラこそしちゃいたが。

「龍符、どうだった、手応えは?」

「気持ちわりいな。水に手ぇ突っ込んだみてえだ。こっちに斬られるがまんまで、まるで歯向かってこようとしねえ」

「だろうな」

 切り捨てるモンァ切り捨てる。そんかし、前のほうじゃきっちり体制を立て直す。確かにそいつが、いっちゃん被害が少ねェだろう、だからって、そうそうやれるこっちゃねェ。それにもし、手前ェに殺される役が回ってきちまったら、大人しく受け入れられるか?

「ダラダラとも遊んでらんねえしな、どうしたもんか」

 寄奴ァ思案顔になる。が、そいつも後ろっからのけたたましい騎馬隊どもの乱入に邪魔される。

「貴様! 何をのうのうとしておるか!」

 やって来たんなァ、ご立派な甲冑に身をお固めになった、鮑嗣之だった。

 決して広かねェ道に、騎馬二列編成。かえーそうに、寄奴の兵の多くァ道端からおん出されちまってた。

 寄奴ァちらっと苛立ちを浮かべた。が、すぐに気を取り直す。

「遅かったじゃねえか、鮑将軍・・・

「き、貴様がダラダラしておるから、私が駆り出されたのだろうが! あの程度の敵、鎧袖一触のもとに粉砕もできぬのか!」

 おーおー、好き放題言ってくれる。

「そうだな、奴らあ強ええ。正直、見立て以上だ。一応言っとくぞ、迂闊に食いつこうとすんなよ。死ぬぞ」

 みるみる間に、鮑嗣之のツラが赤くなってった。

 そりゃそうだ、寄奴ァほぼはっきりと言い切った。「手前じゃ無理だ」ってな。そいつが正しいかどうかなんざ問題じゃねェ。あるんなァ、ただ、

「ほ、ほう! 言いよったな、ならばやつ柄の首を引っさげ、返す刀で貴様の臆病首も撥ねてくれよう!」

 お見事に、鮑嗣之の怒りを買う。

 そんだけだ。

「参ったな、そいつあ怖え」

 わざとらしく困ったツラになりながら、寄奴ァ言う。鮑嗣之もそれ以上は何も言わねェ。ひと睨みののち、手下どもに号令を掛けて寄奴らを抜き去ってく。

「長民」

「おう」

「あいつらを尾けろ。で、踏み潰されたら報せろ」

「ひでえな、潰されんの前提かよ」

「言って聞かねえんだ、ならやらせるっかねえだろう。ったく、面倒くせえ。あいつ、手前が大将首なのわかってんのかよ」

 寄奴のボヤキにひとしきり笑ったあと、諸葛長民ァ馬を走らせてった。

 寄奴ァガリガリと頭を搔く。

「さてと、こっちゃこっちで仕込まにゃな」

 最前ァ、そのまま進ませる。

 が、後ろ三分の一ァ残して、戦場の後始末に回す。そいつも、ただの後始末じゃねェ。てきめんに、五斗米道共を追っ払えるように。

 みちみちに転がる十かそこいらの死体のうち、痛みが少ねェやつの身なりを整えさせる。

 そんで、道端にあぐらをかかせる。遠くから見りゃ、まるでだらけてるようにしか見えねェ感じで。

「おう、大将。やりてえこた分かるがよ、奴ら、そんな簡単に引っかかってくれるもんかね?」

 やや思案顔の孟龍符に、寄奴ァ空を示す。

「なに、駄目ならかち合うだけだ」

 もうそろそろ、昼ァ回ってる。

 こっから先に一、二度でもかち合や、すぐさま日も暮れてくるだろう。

 ただでさえ見通しのきかねェ夜、まして海塩城ァ、木々に囲まれちまってる。

軍勢で押し寄せたとこで、よほど夜目が効かねェ限り、同士討ちばっか決めちまうんが関の山だ。

 なら、寄奴が探るんなァ、奴らが夜を嫌って引くまでに、どんだけ時を稼げるか。

「ったく、うちの大将ときたら……」

 孟龍符ァ、ぼりぼりと顎髭を搔く。

「あっさり策略で決めてくれよ、諸葛孔明しょかつこうめいみたく。ぶちかますんなあ嫌いじゃねえが、見立ての通らねえ戦いに駆り出される、こっちの身にもなれってんだ」

 はっ、て寄奴ァ孟龍符の背中を叩く。

「勝ち目なんざ、どんだけこっちの出目を盛って見せかけられるか、だろうが」


 向かう先から、諸葛長民の早馬が飛んでくる。その背中にゃ黒い旗を翻してやがる。

 寄奴の見立てどおり、鮑嗣之ァ、五斗米道どもに食われちまったらしい。

「さあ、後始末だぜ」

 寄奴がつぶやくと、孟龍符ァこれみよがしに舌打ちした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る