03-03 ゴンズ・ウロ  

 陣中を見渡す。

 大きく食い込んできたゴンズ・ウロの軍ァ、そう多いわけでもねェ。あいつらがこっちを引っ掻き回してる内に、ムロン・チュイの本軍がブチ込まれてくる、みてェな手筈なんだろう。

 なら寄奴きどがやるんなァ、引っ掻き役をぶっちめりゃいい。

「さて」

 ゴンズ・ウロみてェなのが、そうゴロゴロいる訳ゃねェ。そりゃ北府の奴らに較べちまやどいつも凶悪だが、

「――ふッ!」

 ひと振りで、鮮卑せんぴ三匹を、両断する。

 寄奴にかかりゃ、ザコが多少強かろうがものの数じゃねェ。

 晋兵らをヘラヘラ殺してた鮮卑どもが、ようやく目の前にどんな奴が来たのか気付いたらしい。

 だが、そん時にゃもう遅せェ。

 次の一振りで二匹、更にゃ三匹。

 草刈りでもされてるんじゃねェか、位の勢いで完全武装の人馬が吹っ飛ぶ。しかもひとたび怯みゃ、寄奴に付いてきた荒くれどもが、あっちゅう間に鮮卑どもを馬から引きずり下ろしちまう。

 鉄騎なんざ、元々敵にぶっけるだけぶっけたら、とっとと逃げ出すべきなんだ。重い分小回りなんざ効かねェしな。ゴンズ・ウロにしたって、とっととおさらばできるつもりで突っ込んできたんだろう。だが、そんなん寄奴が許すわきゃねェ。

 鉄騎どもの勢いを挫いたところで、ようやく寄奴は後ろに向いた。

 一太刀を合わせりゃ、そんだけで十分だ。虞丘進ぐきゅうしん孟龍符もうりゅうふに任せたんなァ、正真正銘の化け物。下手すりゃあっちゅう間に二人が殺られててもおかしかねェ。それならそれで寄奴が殺しゃいいだけ、じゃあったんだが、

「ぐっ!」

 孟龍符向けにあつらえさせた、特製の棍があっさりひしゃげちまってる。たァ言えお陰で孟龍符ァめでたくご存命でいた。もちろん思いっきり押し込まれちまってるから、反撃なんざ望むべくもねェが。

 だから、その分を虞丘進が補う。孟龍符がなんとか食い止めた矛の下に潜り込み、短刀でゴンズ・ウロの喉元を抉りに掛かる。

 鉄騎兵ァ、人も馬もガッチガチに鎧で固めてきてやがる。寄奴みてェな埒外ならともかく、多少腕に覚えがあるくれェじゃ、鎧の固さに吹っ飛ばされて仕舞いだ。

 なら、どうするか。むしろ得物を小さくして、鎧の隙間に刃をねじ込みゃいい。

 ただし、言うだけなら簡単だ。実際にゃちょっとこっちを撫でただけで根こそぎぶち抜かれるような矛を潜り抜けなきゃいけねェんだからな。しかも、外せばあっさり捕まんのが見えてる。そうなっちまったら、もうどうしようもねェ。

 孟龍符との連携たァ言え、し損じりゃ死ぬだけ。飛び込むにしたって、並の肝っ玉じゃろくすっぽ動けもしねェ。あの迷い無しの虞丘進の吶喊、見る奴が見りゃ、ほんに見事なモンだった。

 が、ゴンズ・ウロァ、あっさり反応する。

 脇の下から伸びてきた虞丘進の短刀を掴み、ブン投げたんだ。

 たぶん、動きだけなら手首を返す、そんくれェだったんだろう。だがそんだけで、虞丘進の身体が宙に舞った。

 あとで見たときにゃ、心底ビビったぜ。奴の手首から肘からが、木の棒みてェにぼっきり折れてやがった。忘れてたけど、骨って要するに棒なんだよな。そんなん、大人しく暮らしてりゃそうそう気付けねェけどよ。

 一息で虞丘進が潰され、食い止めた孟龍符も、次の一押しで吹っ飛ばされちまう。そいつが、振り返った寄奴が目の当たりにした景色だった。

「おーおー、ずいぶん楽しいもん飼ってやがんだな」

 寄奴が、思わずひとりごちる。

 勝てる、勝てねェとかじゃねェ。どういう先鋒をムロン・チュイがぶっ込んできたのか、に気付いたんだ。こっちが多少頑張ったところで、ゴンズ・ウロならその全部を踏み潰す。だからこそ、敢えて突っ込まさせてきた。

 なら、そいつをどうご破算に出来るか。手綱を引き、馬首を巡らす。ゴンズ・ウロを放っておきゃ、どんどん被害は増えていく。だから、少しでも早く奴を刈り取らなきゃなんねェ。

 ――そんな寄奴の鼻先を、槍がかすめた。

「何処へ行く、晋将」

 馬上で槍を構える、小柄な鮮卑兵。

 そいつが、ユン・ミァの奴を見たときの印象だ。


 握る槍の長さァ、短めに見ても寄奴ふたり分。いったん足を止めちまったら、剣と槍とじゃ間合いが違いすぎる。

「あのデカブツんとこだが、おかしいか?」

「ここで死ぬ貴様がか?」

 穂先を払おうとした時にゃ、もう槍は引っ込んでた。

 速えェ。

「なるほどな」

 寄奴が笑った。

 剣を握る手に、力がこもる。

「助かるぜ、雑魚にゃいいかげん飽き飽きしてたとこだ」

 虞丘進、孟龍符の周りにゃ北府兵が集まりつつあった。なにせ、どう考えたってゴンズ・ウロが大将首だ。集まったそばからボロボロ吹っ飛ばされちゃいたが、そうすぐに二人が殺されることもねェだろう。

 瞬きするかしねェかの間で見積もり、寄奴ァユン・ミァに改めて向かい合った。

 匈奴きょうど、鮮卑の奴らァ、漢人に較べると背の低い奴が多い。そんかし、何てんだろな。みちっとしてんだ、アイツら。ユン・ミァもそのご多分に洩れねェ。

 ゆらゆらと動く、槍の穂先。戻しの鋭さからすりゃ、奴の狙いを正しく読み切るんなァ難しい。だから、狙わせる。半身に向かい合って、剣を、僅かに下に向け――

 た途端、槍が飛び込んで来やがった。

 ただ、的は絞った。尋常じゃねェひと突きだったが、尋常じゃねェのは寄奴も一緒だ。喉元をほじくろうって槍に対し、寄奴がやったのァ右肩を前に丸め、開くこと。

 それだけだ。

 それだけで切っ先を逸らし、ついでに、全く同じ呼吸で槍を掴んで見せた。

 ユン・ミァにゃ、驚かせる間も与えねェ。

 そのまま思いっ切り、引く。

 渾身のひと突きの筈だ。そいつをまさか、いきなりぶっこ抜かれるたァ関雲長でも思うめェ。ユン・ミァが大きく体勢を崩す。

 ここで寄奴ァ、馬の背中に立った。

 跳ぶ。

 その蹴り足の鋭さに、乗ってた馬は鞍ごと肋をへし折られたって言う。だが、そいつで確かにユン・ミァとの間合いは潰した。上から、長剣をおっかぶせる。

「ッぐ!」

 ユン・ミァの切り替えも、また見事なモンだった。槍を手放すと、鐙も外して、敢えて馬から落ちる。

 的を失った寄奴の長剣は、ユン・ミァの乗ってた馬を、両断した。

 ただし、こいつで寄奴の剣もおじゃんだ。人間切るにゃ十分な強さだったが、馬を斬るなんてな勘定に入れちゃねェ。舌打ちして、剣を捨てる。

 着地すりゃ、寄奴とユン・ミァは、互いに敵軍を背に向かい合うことになる。

 図らずも一騎討ちじみた攻防になったわけだが、そいつもここで仕舞ェだ。

 寄奴にゃ鮮卑どもが突っかかろうとするが、いい加減周りの晋兵達も体勢を整えてる。だから寄奴にばっかり構ってるわけにもいかねェ。

 対するユン・ミァだが、

 ――奴の後ろにゃ、もう、ゴンズ・ウロがいた。

 周りにゃ、晋兵らだった真っ赤なボロ雑巾ども。

「らしくないな。醜態ではないか、ミァ」

「面目次第も御座いません」

 ゴンズ・ウロが、ユン・ミァの襟口をむんずと捕まえ、自分の後ろに乗せる。

「已むを得ぬ、と言うべきなのだろうな。貴様の相手は、どうも劉裕りゅうゆうだったようだからな」

 寄奴がぴく、と反応する。

 別口の晋軍が、寄奴に合流した。あっちゅう間に鮮卑どもから切り離される。

 あんな檄を飛ばした寄奴じゃあったが、ただ、こん時の士気の源が寄奴にあったんにゃ間違いねェ。仮たァ言え、総大将みてェなモンだ。下手にぶっ殺されりゃ、この場がガタガタになる。その辺ァ、どいつもが言われずともわかってたみてェだった。

 ゴンズ・ウロが、寄奴に矛を突き付ける。

淝水ひすいの折、貴様がかのトゥバ・ギを食い止めたと聞く。ひ弱な晋の小猿どもがまさか、と思っておったがな。合点が行ったわ」

「そりゃどうも。ついでにここで死んでくれねえか」

「良い提案だ!」

 ゴンズ・ウロが大笑いする。

 つっても、笑った側から襲いかかる晋の兵どもをまたまた吹っ飛ばしてやがんだが。

「だが生憎と、これでも命が惜しいのでな。ここで貴様を討ち取れぬは口惜しいが、それは次の楽しみとしよう。儂はゴンズ・ウロ。そして貴様と戦ったはユン・ミァと言う。後日貴様を殺す名だ。最期の日まで留めおけ」

「知らねえよ、いいからここで死んでけ」

「断る、と言っておろう」

 ゴンズ・ウロは愉快そうに目を細めると、軽く辺りを見渡した。

 高々と、矛を横に突き出す。

「我が驍騎! 薄きを衝く! 各自の奮武にて、我が拓く血河に従ぜよ!」

 クソ莫迦でけェ声で叫ぶと、馬首を巡らし、矛を向けた方角、寄奴から見て左の方面に向け、駆けだした。

 はじめに突っ込んできたときもそうだったが、一度奴が動き出しちまうと、どうにも止めようがねェ。バラバラになりかけた鮮卑どももゴンズ・ウロの動きに倣う。

 全員が逃げ出せるわけでもねェだろうが、奴一匹が残りゃ、この先いくらでも奴の衝撃力を味わう羽目に陥る。ここで討ち取っときてェ所じゃあったが、立て直しでてんやわんや、ましてやうっかり馬を失ったばっかりだ。加えて、いつムロン・チュイの本体が来るかも分からねェ。

「クソ、どいつもこいつも好き放題言いやがる」

 寄奴は悪態をつくと、辺りの立て直しに気持ちを切り替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る