【読み切り】幸せは土手に咲く花

天川 七

幸せは土手に咲く花

 口を開けば、勉強勉強と口うるさい母親に、うるせぇと文句を吐き捨てて逃げるように家を出た。

 せっかく学校のない日曜日だというのに朝からテンションが落ちる。たくは昔から体を動かすことが好きで、代わりに頭はからっきしだった。十七年も親子をしてきたのだから、母もそれは知っているだろうに、今更、一番苦手なことをしろと言われても困る。


「つまんねぇの」


 遊ぶ気分でもなくて、巧はパーカーのポケットに両手を突っ込むと、ぶらぶらと町を歩く。日曜の昼間ともなれば、それなりに人出がある。広場で楽しそうに話している親子を見かけて、ますます気分はささくれ立つ。


 最近、母とは言い合いばかりだ。勉強のこと、学校のこと、将来のことなど、考えればきりがない。父が静観の姿勢を見せているからか、母が口を出しすぎているように思えて、つい反抗してしまう。巧のことを心配してくれているのはよくわかっていた。しかし、巧としては自分で考える時間をもう少し与えて欲しかった。


 あてもなく歩いていると、二人の子供に抜かれた。小学校、一、二年生くらいの男の子が、保育園ほどの弟らしき子の手を引いて、道端の花屋に入っていく。

 店の前には母の日キャンペーンと大きな垂れ幕が踊っており、巧は今日がその日であることを知る。

 何となく店を眺めていると、店員と子供達のやりとりが聞こえてきた。


「いらっしゃいませ。贈り物ですか?」


「はい! おかあさんにおはなをあげたいんです。ごひゃくえんでだいじょうぶですか?」


「大丈夫ですよ。ご用意いたしますので、少々お待ちくださいね」


 兄弟でお金を出し合ったのだろう。二人は小さな手を店員に差し出していた。店員はにこにこ微笑んで、一度店の奥に引っ込むと、可愛いらしい籠にカラフルなカーネーションの花を詰めて持ってきた。


「お待たせしました。お母さん、きっと喜んでくれますよ」


「ありがとうございました!」


「ありがとござーました!」


 二人は笑顔で頭を下げると、大事そうに籠を抱えて帰っていく。

 匠はその姿に、昔の自分を思い出した。

 小学生の頃は巧も同じように、母の日に花を送っていた。道端に咲いていた名前も知らない花や、四葉を集めて自分で花束を作ったものだ。

 今思えば、雑草のようなものもあっただろうに、母はいつも嬉しそうに顔を綻ばして、ありがとうと言ってくれた。

 最近は怒った顔しか見ていない気がする。僅かに悩んだ後、巧は花屋に足を向けた。


「……ま、たまにはな」


 まるで誰かに言い訳するように呟いて。



****



「あの、すんません」


 花屋の店員である桜子さくらこは、背後から掛けられた声に振り向いた。

 そこには花屋には不釣合いな青年の姿。高校生くらいの男の子が、罰の悪そうな顔をして立っていた。

 少し驚いたものの、桜子は微笑んでお客さんを迎え入れる。


「いらっしゃいませ。贈り物ですか? どのようにお作りいたしましょう?」


「さっきの子供と同じのが欲しいんすけど」


 目を逸らしながら注文されたのは、母の日の贈り物として用意していたものだった。耳まで赤くしている青年の心を汲んで、桜子は余分なことは言わずに頷いた。


「わかりました。少々お待ちください」


 色とりどりなカーネーションから綺麗な組み合わせを選び取り、籠に優しく敷き詰めた。

 最後に出来栄えを確認して、籠を青年に渡して代金を頂く。足早に去る彼の後ろ姿に、ふと思う。自宅が花屋だからこそ、母の日には花以外を送ることが多かったと。

 久しぶりに、花を送ってみるのもいいかもしれない。



****



 買い物から家に帰ると、玄関に息子の靴を見つけた。幼い頃と比べれれば、大きくなった靴のサイズ。子供の成長を思えば、感慨深くなる。いつも母親の後ろに隠れていた子が、随分と大きくなったものだ。

 買い物袋をよいしょと抱えてリビングに入ると、テーブルの上に何かが置いてあった。

 カーネーションの花が詰められた可愛い籠。その下に、広告の紙が裏側を向いて一枚ある。


『いつも、サンキュウ』


 息子からの思わぬ贈り物に、温かさが胸を満たす。

 嬉し涙を拭う母親は、とても幸せそうな顔をしていた。



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