不可思議極まれり、世の男

終末禁忌金庫

 私は神である。いや、正しくは神であった。厳かに崇め奉るものであると諸君らが心の底から信じて止まぬ、神であった。故に諸君らは、特に敬虔なクリスチャンなる諸君らならば、神であったという表現の仕方に何がしかの違和感、不和感を覚えることであろう。

 かいつまんで説明しよう。そもそも神とは何か、という疑問から簡潔に答えよう。神とは、「神たりうる者たちの信仰によって成る超越者」のことである。すなわち、ああ、丁度諸君らの世界に似たようなものがある。総理大臣、大統領、呼び方は好きにするといいが、あのような存在に、神というのはよく似ている。

世界には神たりうる存在は、諸君らの信仰の数だけ存在する。しかしその内、超越者と銘打つ神はただの一人。これには訳はない、世界がそのように既に出来上がってしまっているのである。超越者という存在は、制約の多少は持つものの真の意味に於いて、世界を恣にすることができる。

 神たりうる者らはその座を奪い合うのであるが、かつての昔には己が拳で以って雌雄を決するという方法が流行したらしい。ほら、諸君らもよく知っているだろう、ヤハウエだとかいう爺もその一人だったと聞く。だが、膂力で以って物事を解決するというのは徐々に廃れていった。というのも、腕力の劣る女性格や、戦事の好まぬ格が一斉に蜂起し、神の座を簒奪してしまう事件があったのである。諸君ら風に言い直せば、クーデタとかいうやつだ。

 そこから座の所有権は神たりうる者らの投票により決することとなった。一部に、人間の真似事をするのが腹に据えかねる連中もいたらしいが、なにぶん大分前のことであるので、私もよく記憶していない。

 ともかく諸君らの知る選挙という制度の下で座は再び超越者を産み出し始めた。任期は、君たちの言い習わすところの五十年。むろん、反発が多ければ二十年で交代することもある。この辺りはやはり諸君らの選挙制度によく似ている。

 先にも述べたように、超越者に座した者は、唯一無二の絶対的な力を得る。或る者は世界に血を求め、或る者は世界に潤いを求めた。諸君らの身にも憶えのあることと思う。

 そして超越者以外の神たりうる者らは、一般に天使だとかそのような類の名称で諸君らに親しまれている。その内、超越者の選抜した幾名かは、超越者に次ぐ力を手にすることができる。

だから、或る意味では日本のアニミズム的多神教も正しく、或る意味では西欧の一神教も、イスラームも、ヒンズーなんかも正しいのである。そういう訳であるから、むやみやたらに宗教戦争なんぞ起こしてくれるな。戦争の起こる度に判を下さねばならんのだから。ああ愚痴がこぼれた。話を戻そう。

 さて、ここまで話して、諸君らも理解したことであろうと思うが、私は前代の神、超越者であった。一九五〇から二〇〇〇の間、世界を担当した。もう終わったことであるので暴露してしまうが、実のところ、私は座になど興味はなく、選挙にでるつもりもほとんどなかった。が、友人らの口車に乗せられまんまと騙され、気が付けば座に臨んでいた。当然、欺誑の言の一つで座は得られるほど軽いものではない。その五十年間が、私を望んでいたのである。

 罪には罰を、権利には義務を。我が人生訓であるが、この五十年ほどそれを痛感したことはない。前期二十五年は世界の為に身を捧げ、後期二十五年も世界に尽くした。おお人間よ、何故諸君らはかほどに世界を支配してしまったのか。前代らのように世界を思うままにすることなど夢のまた夢であった。

 とにもかくにも悪夢のような五十年を終えて、私はようやく自由の身となった。任期を完遂して、超越者としての能力は失われたものの、最早そのようなものは私にとっては枷である外なかった。

 それから私は度々諸君らの前に姿を現すようになった。むろんのこと、神たりうる存在であることは伏せて。いわば傷心旅行のようなものである。諸君らの世界は、五十年間従事しただけはあって、私たちのものには及ばぬものの、多少はまっとうな様相を呈していて、つい溜息の漏れたのも憶えている。

 様々なものを見て回った。ことに、人間の男というものは興味がそそった。私自身、一応は女の性質であるので、女の気持ちというのは分からぬものではない(それでも不可解なことは多々ある)。が、男というものの心情はいかんともしがたい。十年間、あらゆる世界であらゆる男を観察した。勇ましき男、女々しき男、ふてぶてしき男、麗しき男、……。千差万別とはよくいったものである、十年経ったが、いまだに男類というものを心から理解できた気はしない。

 それでも、半分ほどは既に私の掌中にあるといってもよい。それを今から諸君らに語り聞かせて進ぜようではないか。

 摩訶不思議な男類。男類こそ刮目して見よ。

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