催眠の定義に関する考察

 エリクソン催眠について述べる上でまず、催眠と暗示に関する定義を整理しておく必要がある。

 後述するが、催眠とはマインドコントロールや洗脳、最近はやりのメンタリズムとは全く違うものであると断言しておく。


 大前提として催眠や暗示には長年に渡って議論がなされているにも関わらず、これだ!といった正しい定義というものがいまだに存在しない。催眠術師や催眠療法を行うカウンセラーでも定義が変わってしまうからである。


 しかし、現在考えられている定義の中でもっとも広義的に解釈できる定義として、催眠の定義は「人為的に引き起こされた意識の変容状態であって、種々の点で睡眠に類似しているが異質のものである。被暗示生が著しく高進するので、覚醒時に比較して、運動、知覚、思考などの異常性が一層容易に引き起こされるような状態をさして言う」、そして暗示の定義は「暗示とは一種のコミュニケーションであって、ある人の観念、意図、感覚、行為などが、言語、ジェスチュア、シンボル、映像などの一定の事物や思想を伝達できるいわゆる表象物によって、何らの強制も、また理性的な判断や承認もなく及ぼされる心理的影響をいう。」(注1)というものが存在する。

 Holes I Spinyは催眠の定義として「顕在意識と潜在意識が逆転した状態に陥った状態であり、暗示とは潜在意識に直接呼びかけることで影響を促すことである」と定義した上で「催眠術師とは意図的に対象の顕在意識と潜在意識を逆転させ、暗示を刷り込みやすくする人物のことをいう」と述べている。


 催眠と暗示の定義を整理したが、催眠を語る上でさらに整理しておかねばならないものが存在する。いわゆる催眠術師には二つの派閥が存在する。一つは古典催眠、もう一つが現代エリクソン催眠である。


 古典催眠に関してだが、起源は定かとされていない。やり方としては穴の空いたコインに紐をくくりつけて揺らしながらあなたはだんだん眠くなると言って意識を失わせた状態でいろいろ行うやり方だ。読者のみなさんも催眠術といえばこれをイメージする方が多いのではないだろうか。2016年現在、古典催眠を行う催眠術師は絶滅危惧種である。古典催眠のやり方ではめったに催眠にかかる者が存在しないからだ(注2)。


 次にHoles I Spinyも使用したとされるエリクソン催眠に関してだがこちらの起源はMilton H Ericksonである(注3)。こちらは元々、臨床催眠のために作られたものである。一時期テレビを騒がせたDaiGOなどもエリクソン催眠を応用している。2016年現在、催眠術師の大多数はこの手法を採用している。


 ここで催眠に対する読者の誤解を解いておきたい。インターネットで調べれば自称催眠術師や、自称催眠カウンセラーなる者がごまんと出てくる。また催眠術はれっきとした心理学である。と述べている本やホームページが存在するが、催眠術は心理学としては依然として証明されていない(注4)。論文検索SiNiiなどで調べれば催眠なるものは出てくるが実際に催眠術をかけた臨床データややり方などは存在しない。(ごくごくまれに大学の名前が書かれた論文が出てくるが、公認された大学ではなく、民間で勝手に名乗っている大学名を用いているだけである。いわゆる大阪たこ焼き大学とか)


 そして催眠術というとなんとなく危険だとか怖いというイメージがあるのではないのだろうか。体を好きに操られそうとか洗脳されそうなどということを筆者はよく言われるが、催眠術とは決して万能ではない。そもそもの大前提として相手が望んでいないことを催眠術でやらせるというのは基本的に不可能である。本人が望んでいるけれど理性が邪魔することでその欲求を達成できない本人の顕在意識ではなく潜在意識に語りかけることで普段抑えている理性をほぐし、自分の欲求に従わせているだけなのだから。本人が望んでいないことを無理やり行わせるのは催眠術ではなくマインドコントロールや洗脳である。


 マインドコントロールは、強制ではなく、さも自分の意思で決定したかのように、あらかじめ決められた結論に向かって誘導することである。


 洗脳は物理的暴力や精神的圧迫によって相手の思想や主義を変えさせることである。


 ひょっとすればマインドコントロールと催眠術は一緒ではないか!という方もいらっしゃるかもしれない。マインドコントロールは自分の望む結論に向かって誘導しているので、相手が望む結論とは限らないのである。それに対して催眠術は相手が望む結論に向かって自分が誘導しているのである。要するに本人の望む結論になるかならないかという違いがある。上記にも述べているが、催眠術というのは相手が望んでいないことをやらせるのはまず不可能である。


 最後にメンタリズムに関しても述べておく。あれはマジックであって催眠術をほとんど使っていない上、そもそも心理学ですらない。

 これはメンタリズムを見て心理学に少し興味を持った方によく言われるのだが、心理学を学べば相手の心を読めるようになるか、と。断言しよう、読めない。もし心が読めるというのであれば、世界的に心理学が学ばれているはずであるし、世の中のモテない人間はもっとモテモテの世界になっているのではないだろうか。そもそも喧嘩や争いなども起きにくくなるだろう。


 催眠術を使うことで思考を誘導しているのは認めよう。しかし相手の想像した数字などを当てるのは催眠術ではなくマジックである。(ひどい話だが、マジックショップにそういうやり方を解説したDVDはいくらでも売っている)




(注1)斎藤稔正 催眠法の実際 2009

(注2)古典催眠を用いたうえで催眠にかかるのは100人に1人くらいである。

(注3)決して人間の発達課題と提唱したErik Homburger Eriksonと混同しないように。同じエリクソンではあるが全くの別人である。

(注4)筆者もマジシャンとして催眠術を用いるパフォーマンスを行うことがある以上、催眠術を信用はしているが、科学的に立証してない以上、心理学的には懐疑的である。


エリクソンは患者の心を悩みを解決する手伝いをするために現代催眠を用いたというのに、娯楽としてのパフォーマンスにも用いられる現状。。。

さらに言えば人殺しのために催眠を用いられるというのはなんという皮肉なのだろうか。

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