第23章『獄中のミリア 5』

《ヴラッド=デザイア。ファントマイル、でる……ッ!》


 アンチマター・リアクタを搭載した青い機体が、背部の大出力スラスターを灯して宇宙へと飛び立ってゆく。その様子をブリッジ正面のモニターで見据えつつ、アーノルドは勝利を確信して笑みを溢した。


「さあ、ヴラッド。余興など必要ありません。まずは正面の敵艦隊を殲滅するのです」

《了解。ファントマイル、フェーズ“ブラスト”に移行……》


 ヴラッドの合図と共に、艦前方で静止したファントマイルの四肢がうごめき始めた。

 まず左右の肩部及び腰部に計4つ配置されている防護カバーが開け放たれ、続いて背部ユニットの隙間から板状のフィンが排出される。肩部側面、脹脛部でも同様に変形が起こり、装甲の継ぎ目が割れ、狭間から黒く刺々しいパーツが飛び出す。

 こうしてファントマイルはシルエット全体が一回り大きくなったようにみえ、その姿はさながら飾り羽を広げた孔雀クジャクのようだった。


《セーフティーロック、ゼロ。エネルギーラインを全て発射装置へと直結。リアクタ出力安定。チャンバー内、圧力上昇中……》


 コックピットの中で、ヴラッドが淡々とプロセスを詠唱していく。モニター越しにアーノルドがそれを見守っていると、ブリッジクルーの一人から疑問を投げかけられた。


「まるでだ……。中佐。あれは一体、どういった武装なのでしょうか……? まさか、あれ全部が火器だっていうんじゃ……!?」


 部下のあまりにも飛躍しすぎた憶測に、アーノルドはつい吹き出しそうになってしまった。とはいえ、ファントマイルについての情報は殆ど開示されていない以上、部下がそのように思うのも無理はないだろう。

 アーノルドは最重要機密に触れないよう言葉を選びつつも、たった今ファントマイルに起こっている現象をなるべく簡潔に解説する。


「いいえ、武器ではありませんよ。あの機体が全身に展開しているのは、全て冷却装置ラジエーターと放熱板です」

「全て……ですか」

「ええ。そしてそれらは、暴れ狂う竜を飼い慣らすための手綱に過ぎない」


 ファントマイルの胸部を覆っていた装甲が上部へとスライドし、中から太く巨大な砲身が現れでた。エネルギーチャージが間も無く充填完了というところまで達し、銃口の奥から光が膨れ上がっていく。


《最終セーフティロック、解除。圧力、発射点への到達を確認。ターゲットロックオン。エネルギー……充填完了。システム、オールグリーン……!》


 核融合エンジンの四倍という大出力を誇る、アンチマター・リアクタ。その余りある出力を全て胴体部のリアクタと直結させた砲身へと回し、莫大なエネルギーの塊として撃ち出す。あとに機体を襲うこととなるオーバーヒートは、異常な数を装備された冷却装置ラジエーターで無理やり相殺してしまえばよい。

 ファントマイルが全身を変形させることで放つことが可能になる、必殺の一撃。それこそが──。


「今です、ヴラッド。発射してください」


《“ホロウ・ブラスト”、全てを撃ち滅ぼせぇぇぇッ!!》


 遂にトリガーが引かれ、圧倒的な破壊力を持ったまばゆい光の螺旋が放たれる。巨大なビームはインデペンデンス・ステイトの戦艦やDSWをことごとく包み込み、溶解させ、蒸発させ、やがて限界へと達した機体を爆発させていった。

 爆煙が立ち退き、ホロウ・ブラストの光が尾を引いて消えてゆく。機体の急激な温度上昇によって緊急冷却システムが作動し、鋼鉄の青鬼は瞬く間に冷気の中へと沈んでいった。


《クッハハハハハ!! ファントマイル……どうやらオマエの持つ力は、俺の想像を遥かに凌駕していたようだ……!》


 白い霧に覆われる中で、ファントマイルの四つ目が幽霊の如く不気味な明かりを灯す。


《そしてこの機体なら、間違いなく奴を殺せる……! せいぜい首を洗って待っているがいい、チャーリー=ベフロワ……ッ!!》


 十分に冷却を終えたファントマイルが、その場からそっと浮上する。ヴラッドは機体を翻させると、残る後方の敵艦隊へ向けて飛び出していった。



《一撃だ……たった一撃で、味方の艦隊を全部やっちまったってのか……!?》


 にわかに信じがたい光景を目の当たりにし、通信機越しにデフが嘆いた。

 彼だけではない。ここにいる味方機全員が、あまりにも呆気ない惨劇に自失してしまっていた。

 そして、味方艦隊を殲滅させたほどの強大な力が今、こちらへと接近しつつある。


「奴を後方の母艦アルゴスへと向かわせるわけにはいかん。何としてもここで食い止めるぞ……ッ!」


 各機体に指示を飛ばしつつ、ナナキは敵機の位置座標をレーダーで確認する。

 敵艦の進路を塞いでいた味方艦隊が破られてしまったことにより、アークビショップ級はファントマイル一機を残して前進を開始していた。遠方からはU3Fの増援艦隊が接近しつつあるとの報告もあり、とにかくこの戦闘宙域に長く居座るのはまずい。敵部隊が合流する前に何としても目標であるファントマイルを捕獲……もしくは破壊し、撤退することが先決だろう。


 ファントマイルさえ取り押さえることができれば、前方のアークビショップ級に離脱されたところで特に大きな損害はない。

 少なくともナナキはそう思っていた。

 しかし、


《……っ! アークビショップ級が、離れてゆく……!? ……ふざけるな、逃がすわけないだろ……ッ!!》


 実妹が敵艦に囚われてしまっているアレックス=マイヤーズの場合、話は別だった。

 すぐさまピージオンはリングブースターから青い炎を噴射させ、味方からの静止の声も聞かずに飛び出していく。撃ち出された弾丸のように直線的な飛行の先にあるのは、言うまでもなくこちらに船尾を向けて航行中の敵艦である。


「おい、ピージオン! すぐに引き返せ! くッ、利かん坊か……!」


 とはいえ、ナナキにはアレックスの命令無視という違反行為を咎めることはできても、彼の置かれた心境をないがしろにすることまではできそうになかった。

 何しろ彼は一ヶ月以上もの間を、常に妹の安否を気にしながら過ごしてきたようなものなのだ。このような行動に走ってしまうのも無理はないだろう。

 とりあえず叱るのは後回しにするとし、ナナキは各機に再度命令を飛ばす。


「アハト・アハトとリキッドライナーはピージオンの援護にまわってくれ。ファントマイルは、我々トグリル小隊が迎え討つ……ッ!」

《オイオイ、俺とキメラ・デュバルを忘れてもらっちゃあ困るぜ!》

「む……失礼した。では今回限りではあるが、これよりキメラ・デュバルのコールサインを“トグリル6”とする! それでいいか!?」

《ああ、了解だ。隊長さんよ……!》


 威勢のいいデフからの返事に、ナナキが苦笑した。

 援護を言い渡された2機のDSWが、ピージオンを追うべく編隊を離れてゆく。別方向からの敵機の接近を示すアラートが鳴り響いたのは、そのわずか数秒後だった。


「トグリル1より各機へ、間も無く奴と遭遇する。6対1だからといって、決して油断はするなよ……ッ!!」

《了解ッ!》



「ククク……。パワーだけでなく、スピードも桁違いとはな。ますます気に入ったぞ、ファントマイル……ッ!」


 フットペダルを思い切り踏み込みながら、ヴラッドは全身にかかる凄まじいGに屈することなく……寧ろ痛みさえ心地よく感じているかのように口元を歪めた。

 敵機との距離はすでに、互いに視認できるくらいにまで近づいている。編隊を組んでいるのはギム・デュバルが4機と指揮官機であろうカスタムタイプが1機、そして以前に交戦したことのあるツギハギ姿のデュバルタイプが1機だ。

 それとは別に3機のDSWがこちらの母艦へと向かいつつあるようだが、それらについてはが対処してくれるはずだろう。ヴラッドはただ、目の前にいる6機のDSWを破壊することだけ考えればよい。


ファントマイルこいつにとってはせっかくの初陣はれぶたいだ。心ゆくまで楽しませてもらうぞ……ッ!」


 ファントマイルにさらなる加速がかけられ、敵小隊がこちらの射程内へと入る。散開していく敵機たちをそれぞれ目で追いつつ、ヴラッドは最初の獲物を見定めると、右手に持つエネルギーライフルの銃口を向けた。

 赤い瞳が照準の向こうにギム・デュバルを捉え、すかさずトリガーを引く。放たれた青白い閃光はギム・デュバルの右肩を容赦なく穿つと、猟銃型ライフルを握った腕ごと誘爆させる。

 しかし、片腕となってもなおギム・デュバルは爆煙を裂いてこちらへと飛び出してきた。どうやら相手もそれなりに手練れらしく、爆発する寸前に右腕をパージしていたようだ。

 残る左腕のヘッジホッグにエネルギースピアが形成され、鋭い突きをこちらに放つ。生半可なパイロットならば、きっと反応すら追いつかないであろうほどの素早い刺突だった。


 だが、ヴラッドはそうではない。U3F軍内でも有数の強さを誇るエースだ。加えていま彼が操っている機体は、常軌を逸する性能を持ったファントマイルである。まさに金棒を手にした鬼神の如き彼の前には、如何に研ぎ澄まされた牙でさえも非力と化す。


 まずファントマイルは左腕に折りたたまれていた実体剣“ブレードトンファー”を展開すると、迫り来るギム・デュバルに対して即座に居合切りを放った。

 すれ違う一瞬、突き出されたヘッジホッグの先端に刃を滑り込ませ、両断する。そのままヴラッドは右腕のブレードトンファーも同様に展開させると、両腕のない敵機に対して横薙ぎに切りかかった。


「チッ、こいつはハズレか……」


 上半身と下半身の分断されたギム・デュバルが爆散した。しかし、手応えのなさにヴラッドはつい落胆してしまう。どう考えてもこのパイロットはではない。

 とはいえ、これで残る敵機は5機。いつかアタリを引くことにはなるだろう。


「さあ、貴様が乗っているのは何奴どいつだ……? チャーリー=ベフロワァ……ッ!!」


 まるでロシアンルーレットを興じているかのように、ヴラッドは狂った笑い声をあげながら次の標的へと狙いを定める。すかさずファントマイルはエネルギーライフルの連射を敵機に浴びせようとするも、ソリッドの左腕を持つデュバルタイプ──キメラ・デュバルはより一歩早く反応して射線を振り切った。


「フン、反射神経だけが良かろうがァ……!」


 ヴラッドは高速かつ流麗な機動で、敵機の照準を翻弄していく。他の敵機からの集中砲火も難なくかわしつつ、キメラ・デュバルめがけて突進した。

 こちらの間合いへと踏み込むなり、即座に左腕のブレードトンファーを抜刀する。袈裟懸けに刃が振り下ろされ、キメラ・デュバルの右肩から腰部にかけてを切断した。


「フン、貴様もハズレか……」

《肉を切らせてってなぁッ!》

「なに……っ!?」


 もはや胴体部と左腕のみとなったキメラ・デュバルであったが、執念深く片腕でこちらの右腕を引っ掴んできた。

 すぐさまファントマイルは残る左腕のブレードトンファーで切り払おうとするも、キメラ・デュバルの胸部から射出されたアンカーによって阻まれてしまう。


《今だ! やれぇッ!!》


 敵パイロットの合図と共に、ファントマイルの両側から敵機が迫る。

 小賢しい真似をするものだ、とヴラッドは思わず呆れてしまった。おそらく敵はキメラ・デュバルを囮としてこちらの動きを封じ、集中砲火を仕掛けて確実に仕留めようという魂胆だろう。


「全く、舐められたものだ。貴様らは測り違えているぞ、このファントマイルの……マシンポテンシャルをな……ッ!」


 両手を塞がれたファントマイルの力強い膝蹴り、頭突き、そして体当たりがキメラ・デュバルを襲った。出力に天と地ほどの差があるホロウ・リアクタ搭載機は、馬力とて従来機を遥かに凌駕しているのだ。再三の衝撃に耐えきれず、遂にキメラ・デュバルはファントマイルを手放してしまう。そこへさらに飛び蹴りが叩き込まれた。

 吹き飛ばされてゆくキメラ・デュバルを横目に見つつ、スラスターを噴かして敵機からの集中砲火をかわしていく。右へ左へと機体を振り回しながらも、ヴラッドはその中で獲物を捉え、潜り込むようにギム・デュバルへと肉薄した。

 ブレードによる突きが、眼前の敵機の胸部を深々と貫く。おそらく中のパイロットは即死だろう。


「3機目! そしてェ……ッ!」


 ファントマイルが素早く翻し、振り向きざまにエネルギーライフルを発射。迸る粒子ビームは背後から斬りかかろうとしてきたギム・デュバルを撃ち貫いてゆき、達磨同然の姿へと変えていった。


「フハハハハハッ! これで4機だ……! さあ、残るは貴様たち二人だけだぞ……?」

 

 まだ返り血を浴びたりない吸血鬼が、壊れた人形のように嗤う。

 無双とすら呼べるほどのファントマイルの猛攻は、当然ながらこれで終わるはずもなかった。



(待っていてくれ、ミリア。僕が必ず救い出してみせるから……!)


 必要以上に操縦桿を強く握り締めながら、アレックスは衝動のままに宇宙を突き進んでいた。

 彼の意識が注がれているのは、戦域を離脱しようとしているアークビショップ級ただ一点のみである。その行く手を阻もうとする敵ソリッドの編隊が目の前に現れると、アレックスは苛立ちに歯噛みした。


「こいつら……! そこをどけよォ……ッ!」


 声を限りに喚きながら、両手でベイオネットライフルを構えたピージオンがソリッドに向かって突っ込んでいく。力任せに振るわれた銃剣の刃が、こちらに向くライフルを腕ごと叩き切った。

 すぐさまベイオネットライフルを逆手に持ち替え、近くにいた別のソリッドへと斬りかかる。瞬く間に2機のソリッドから武装のみを切り捨てたアレックスであったが、その間にも彼の思考はミリアを救うこと以外に向けられてなどいなかった。


「ハァ……ハァ……。……くッ!?」


 考えなしの突撃が災いしてか、背後を取られたことを示す警告音アラートがけたたましく鳴る。アレックスはモニターの端で迫り来るソリッドの切っ先を垣間見たものの、回避までは間に合わない。コックピットを貫かれる光景が一瞬、脳裏にちらついてしまった。


 Eブレードの光刃が機体に届こうとした、その時──不意に何かが視界に割り込んできた。

 ドロレスだ。アハト・アハトの投げ放ったワイヤードジャベリンが、眼前のソリッドを真横から突き刺したのだ。破片を飛び散らすソリッドのボディからジャベリンが引き抜かれると、ワイヤーを巻き取って持ち主の元へと舞い戻ってゆく。


 さらに、ピージオンの背後でも爆発が起こった。大口径のバズーカ弾が、ソリッドの装甲を食い破るように炸裂したのである。

 すぐさまアレックスは弾の飛来した方向へと目をやる。おそらくこちらの援護に駆けつけて来たであろう2機の味方機──ドロレスの駆るアハト・アハトと、モーティマーの駆るリキッドライナーの姿があった。


「“父さん”、それにドロレスさんも……!」

《一人で勝手に突撃して……あんた、死ぬ気!?》


 鼓膜を突き破るかのようなドロレスの怒声が回線越しに響く。アレックスは迷惑をかけたことに対して申し訳ないとは思うものの、やはり自分の行動を反省することまではしなかった。


「ミリアを助けるまでは、死ぬつもりなんてありませんよ……!」

《冷静さを欠いてる今のあんたじゃ、助かるものも助からないって言ってるのよ!》


 ドロレスは怒鳴りつつも戦意を微塵も削ぐことなく、ソリッドを相手に機体を巧みに立ち回らせていく。ハンドバルカンによる牽制射撃で動きを封じつつも、急接近してジャベリンを思いっきり突き刺した。

 残る最後の1機もリキッドライナーのレールキャノンが射抜いたことにより、ここにいる敵機体の殲滅が完了。戦場に暫しの静寂が戻る。

 アハト・アハトをピージオンのほうへと振り向きなおさせると、ドロレスは通信機を通してアレックスに対し毒づいた。


《らしくないわね。普段のあなたなら、こんな無鉄砲な戦い方は避けていたでしょうに》

「……ドロレスさんに、僕の何がわかるっていうんですか」

《わかるわよ、気持ちはね。同情だってする。でもね、気持ちだけでどうにかなる程、戦いは甘くないの》

「そんなの、わかってますよ……。冷静に考えてるからこそ、僕はこうして力だってつけたんです……!」


 吐き捨てるように、アレックスは言う。

 感情論ではどうすることもできないことなど、世の中には山ほどある。戦争だってまさにそうだ。だからこそアレックスは、ミリアを救いたいという目的を果たす為に、今日まで我武者羅に訓練を重ねてきたのだ。

 結局、シミュレーション上の戦闘ではチャーリーに一度も勝つことができなかったものの、それでも力は確実に身についている。

 気持ちも力も備わっているというのに、他に何が足りないというのか。アレックスは苛立ちを募らせる。


《ほら、やっぱりわかってないじゃない。あんたは何でも一人で抱え込もうとしてる。そんなんだから……》

《そこまでにして欲しい、ミス・ドロレス。そういう言い方をしても、こいつは突っぱねてしまうだけなのでな》

 

 そう言って割り込んできたのはモーティマーだ。父親代わりの男が会話に介入したことによって、アレックスの表情は余計に曇っていく。


「……“父さん”も、僕が悪いことをしてるって言いたいんですか」

《当然悪い行いではないが、悪手ではあるな。部隊の調和を乱せば作戦も上手くいくはずがないだろう》

「あなたは……なんでそんな冷静でいられるんです!? ミリアを救いたいのは、“父さん”だって同じのはずだろ……ッ!?」


 それは誰がどのように見ても、アレックスの子供じみた八つ当たりでしかなかった。妹の危機を目前としている彼は、普段のように怒りを抑え込む努力さえ忘れ去っていた。


「……それとも、結局ウォーレン=モーティマーにとってミリアは、自分の経営する孤児院の入居者の一人に過ぎないってことですか……」

《何だと?》

「……それもそうだよな、しょっちゅう家を空けてるあなたに、父親としての情なんて初めからありはしないんだ。なのに、今更になって父親面してさ……ッ!」

《アレックス!! いい加減に……ッ!》


 モーティマーが何かを告げようとしたものの、突如鳴り始めた警告音アラートによってその声は遮られてしまった。

 ピージオン、アハト・アハト、リキッドライナーの3機は同じ方向へと視線を向ける。敵戦艦のいる方角から、敵影の接近を示す反応がレーダーにあったからだ。

 頭部カメラアイの捉えた視覚情報を映し出すモニターを介して、アレックスは迫り来る敵機の姿を睨んで見つめる。


 全速力でブースターを噴かしているそのDSWは、まるで見たことも聞いたこともない機種であった。

 まず目を疑ったのが、その機体には四肢に該当する部分が全く存在していなかったのだ。あるのは巨大な胴体部と、首のない頭部のみ。その異様な外観は、見る者に昆虫のさなぎを彷彿とさせた。

 全長は通常のDSWが13メートル前後なのに対し18メートルほどあり、ピージオンらよりもひと回り大きい。その重鈍そうな巨体を、機体側面に備え付けられた大型ブースターでどうにか飛ばしているようだ。

 ソリッドのような量産機を付き従えたりはしておらず、敵機は単騎でこちらとの距離を縮めて来ている。U3F……ひいてはこの珍妙な試作機を開発したであろうLOCAS.T.C.の、自信の表れだということだろうか。


《来るぞ! 各機、フォーメーションを!》


 モーティマーが叫び、アハト・アハトもそれに応じ連携して迎撃を行おうとする。しかしピージオンは同調しようとする素振りすら全く見せずに、正体不明の敵機へと真っ直ぐに突っ込んでいった。


《……アレックスッ! 迂闊だ、さがれッ!》

「エラーズ、バルカンクー・クー射出……ッ!」


 静止の声にも耳を貸すことなく、アレックスはたった一人でクロスレンジによる砲撃を仕掛ける。しかし敵機は見かけに反して軽やかな動きでこれらを全て交わすと、一瞬のうちにピージオンの死角へと滑り込んだ。

 敵機の腹部を覆っていたカバーが開かれ、そこから何かが飛び出してくる。太いリード線に繋がれたそれは、まさに海洋生物の持つ触手テンタクルに酷似していた。

 リードの先端についた鋭い爪の一本が、ピージオンへと襲いかかる。アレックスは機体に急速旋回をさせつつ、振り向きざまにベイオネットライフルの刃を切り結んだ。

 銃剣と爪がぶつかり合い、激しく火花が飛び散る。一刻もはやくミリアの元へと向かいたいアレックスは、その焦りをぶつけるように敵機へと叫んだ。


「お前と戦っている場合じゃないんだよ……! 今もミリアがあの船の中で、僕の助けを待ってるんだ。だから、邪魔をするなぁ……ッ!!」
























《……じゃあ、その必要ももうなくなったわけだね。


 スピーカーから、嘘のように冷たい少女の声が漏れた。


 予期せぬ人物の言葉を聞き、アレックスは悲痛に顔を歪ませる。その声、その顔、その名前を、彼は知っていたからだ。

 いや、忘れるはずなどあるわけがない。聞き違えることだってないだろう。

 だって彼女はアレックスにとって、宇宙でたった一人の肉親なのだから。

 接触回線の向こう側──つまり眼前の敵機に搭乗しているであろう人物の名を、アレックスは未だに信じられないといった様子で叫んだ。


「なんでだよ……なんで、どうしてそんなところにいるんだよ……!」











……ッ!!」


 囚われているはずの妹がなぜ戦場にいるのか。なぜDSWなんかに乗っているのか。問い質したいことが沢山あった。

 しかしミリア=マイヤーズはその呼びかけに一切答えることなく、無数の触手によるピージオンへの攻撃を開始した。

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