『かんざさの滝』

ミーシャ

       滝を見ていた

 天から降った雨水が木々に抱かれ、土中にしみこむ。澄んで一段と軽やかになって甘くなり、細かくなって、滝となる。

 

 空に還る水しぶき。光を反射し、激しく岩肌を穿つ、針の束。見惚れていたら、その勢いに魂が引き抜かれる心地がした。


 自分の中心が、ぐいぐいと下に引っ張られて、その場から動けない。ぬくもりを全てさらって、凍えるのは、己の身体だけでは無い。その滝をとりまくすべてが、凍えているようで、小さく震えている。この魂の揺らぎは、恋に似ているのかと、ふと思う。


 そうであったなら、どれだけいいだろうか。私は人を知らない。人でありながら、人未満だ。


 恋し恋されて、それを俯瞰しなくていい「幼さ」を持ちたいのだ。人間とのやり取りで、余ってしまう冷静さは罪深い。心のやりとりを、何故こんなにも技とらしくしてしまうのか。


 何かが胸につかえている。すべてを吐露するといっても、何から言えばいいのだろう。何を言ってはいけないのだろう。何を言うことがあるのだろう。

 

 私には何もないようなのに、この感情はどこまでも、外へと広がっていく。見えない世界で、私のこころは、ひらひらとたなびいている。風がふくと、その風の筋が心地よく、何の苛立ちも無く、身を任せてしまう。

 

 中と外という別も、私には無いのだ。すべてが通り抜けていくから。けれどこうして生きているからには、私、という人間が、私、という魂が、私、という身体が存在している。

 

 他者から見られると、辛い。私を思い出してしまうから。誰かの目に映ること、そうしてしか、人間として生きられないのに、この私は、それをできるだけ避けたい。


 誰にも見られずに死ねたなら、きっと私は、私を認識することなく、土に還ることができるだろう。空と一つになって、至福を得ることが出来るだろう。でもそれも、無理だった。私には親がいたから。

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