最終話 三姉妹 トルナ星へついに帰星
三姉妹地球滞在五日目の朝。真輝を除く六人で一緒に朝食を済ませて、一時間ほどのち。三姉妹、いよいよ川真田宅を出発する時がやって来た。
「おばちゃん、おじちゃん、さようなら」
「おば様、おじ様。この度はわたし達を四泊もさせて下さり、誠にありがとうございました」
「旅費もたくさん頂いちゃって、大変お世話になったわ」
玄関先にて、三姉妹は貴晴の両親に最後の別れの挨拶をする。
「いえいえ、そんな。家事を手伝ってもらってこっちが礼を言いたいくらいよ」
「おれの方こそ、きみ達に感謝すべきだと思う。久し振りの体験が出来たから」
両親は謙遜気味だ。
三姉妹は両親からインスタントの徳島ラーメン、遊山箱に詰められた阿波和三盆糖の干菓子、木頭ゆずのかりんとう、藍染めの扇子や和紙他、購入しなかった徳島のお土産もたくさん受け取り、川真田宅をあとにした。
貴晴と、典恵も一緒についていく。
お別れの場所は、昨日両親に伝えておいた徳島空港、愛称徳島阿波おどり空港ではなく街外れの雑木林だ。理由は語るまでも無く人目に付きにくいからだ。
「やっほー、本当のお別れの挨拶しに来たよ」
その場所に、紬も来てくれた。昨日、典恵が連絡していたのだ。
午前十時半頃。
「そろそろ来る頃ね」
純美子はスマホの時計を眺めながら呟く。
予想通り、それから一分も経たないうちに一隻の宇宙船が上空に現れ、瞬く間に林内のひらけた場所に降り立った。それはまるで、鳴門金時のような形をしていた。
一人用なのか、それほど巨大では無かった。
「整備士さん、ついに来ちゃった。貴晴お兄ちゃん達とお別れするのは寂しいけど、パパとママにも早く会いたいし、複雑な気分」
千花が苦い表情で呟いて、例の圧縮された宇宙船をリュックから取り出そうとしたら、
「千花、大里、純美子、迎えに来たぞ」
こんな声が聞こえて来た。
「「「えっ!」」」
三姉妹は驚いて、思わず呟く。
上部の蓋が開かれ、中から現れたのは、整備士さんではなく、三姉妹の父だったのだ。お歳は四〇代後半くらい。背丈は一七〇センチほど。黒糖色の髪の毛に白髪交じり。色白でほっそりしていて、気弱そうな感じのお方だった。
「パパァ。十一日振りーっ!」
千花は嬉しそうに彼の側へ駆け寄り、ぎゅっとしがみ付いた。
「お父さん、かわいい子には旅をさせよと言いつつ、やはりついて来たのですね」
「父さん、心配性ね」
大里と純美子は若干迷惑そう。年頃の女の子が父親を毛嫌いしてしまうのは、トルナ星でも共通事項らしい。
「来るつもりは無かったんだが、おまえ達に貸した宇宙船には重大な欠陥があってな」
「水によっぽう弱いということですね」
大里が指摘すると、
「えっ、そんな弱点があったのか!?」
父は大いに驚く。今初めて知ったようだった。
「知らなかったんだ」
純美子はやや呆れる。
「すまない。まあとにかく、ボクの乗って来た宇宙船は最高時速一〇万キロまで出せるが、おまえ達に貸したジュニア向けの宇宙船は、最高時速たったの四千キロまでしか出せなくて、地球からは脱出出来んのだよ」
父から申し訳無さそうに伝えられると、
「そうなのですか!」
「本当に?」
大里と純美子はあっと驚いた。
「やっぱりー。第二宇宙速度が全然違うもんね。トルナ星から脱出するには秒速約七七七メートルで良かったんだけど、地球から脱出するためには秒速約一一.二キロメートル、時速に換算すると四万キロメートルほど必要だから」
千花はにこーっと笑う。
「さすが千花、気付いてたんだな。ボクが迎えに来たのは、トルナ星最新鋭の科学技術を駆使して作られた宇宙船をおまえ達に届けるためだったんだ。最高時速はなんと、三〇万キロメートル。トルナ星‐地球間は二時間半足らず。高速バスで徳島から大阪へ行くのと同じくらいの時間で、地球へ辿り着くことが出来るぞ。より手軽に地球旅行が楽しめるというわけだ」
父は自慢げに伝える。
「光の速さと同じじゃない! ということは、これにずっと乗ってれば時間は止まったまま。年は取らないってことね」
「純美子お姉ちゃん、よーく考えて。光は〝秒速〟三〇万キロメートルだよ。この宇宙船は光の三六〇〇分の一の速さだよ。一秒当たり一億分の四秒ほどしかずれないから、時間の遅れは実感出来ないよ」
「二時間半以内に地球へ辿り着けるなんて、じゅうぶん早過ぎますよ。日帰りもじゅうぶん可能になるというわけですね」
三姉妹は大いに喜ぶ。
「エネルギー効率もおまえ達に貸していた宇宙船よりずっと良くって、紅茶一リットルで地球まで二往復は可能だ。整備士さんは、ボクが迎えに行くからと伝えたらトルナ星へ引き返していったよ」
父は手のひらのサイズの、スイートポテトのような物体を地面に置くと、自転車の空気入れを突き刺しふくらまし始めた。一分ほどで、高さ二メートル、周囲は一二メートルほどにまで拡大される。ほんのり、さつまいもの香りが漂って来た。
「これで乗れるようになったぞ。では、地球の皆様。この五日間、ボクの娘達がたいへんお世話になりました」
父は深々とお辞儀しながらそう伝えて、自分の乗って来た宇宙船に乗り込む。
「それでは皆様、さようなら」
「ばいばーい! また近いうちに来るよ」
「みんな、またね」
三姉妹は別れの挨拶を告げて、新しい宇宙船に乗り込もうとした。
その時、背後からパシャパシャッとフラッシュがたかれた。
「大スクープじゃぁ! 一部始終見させてもろうた。動画音声もデジタルビデオカメラにばっちり収録しちゃった♪ ついについについに異星人発見! やっぱり異星人は存在したんやな。トルナ星とか言ってたな。わしがガキの頃から追い求めて四〇年余り、これは、さっそくYouT●beにアップロードせねば」
山ノ内先生が現れたのだ。休日でも相変わらずの格好で、かなり興奮気味だった。
「このおじちゃん、阿波おどりの格好だぁ! やっとさー、やっと、やっと♪」
千花は笑みを浮かべ、嬉しそうに叫ぶ。
「やばい。ていうか、なんでここに?」
「よりによって、口の軽い山ノ内先生に見られちゃうなんて」
「トルナ星とトルナ星人の存在、山ノ内なら絶対公言しちゃうじょ」
貴晴達三人はかなり焦っていた。そんな時、
「ん? きっ、きみは、ひょっとして……六右衛門くん」
三姉妹の父が再び降り立った。宇宙船の窓越しに山ノ内先生の姿を見たらしい。
「んっ? おまえは……」
山ノ内先生は目を大きく見開いた。
「ウラナリくんじゃぁないかぁ! おまえも異星人だったのか!?」
お顔を十秒ほど見つめたのち、こう大声で叫ぶ。
「阿波おどりのおじちゃん、パパの名前はウラナリじゃないよ、三郎だよ」
千花が伝えると、
「千花、ウラナリは六右衛門くんに付けてもらったあだ名なんだ」
父、三郎は微笑みながら説明した。
「末成りとは、顔色が悪く弱々しそうな人を嘲って言う言葉なので、あまり良いあだ名とは言えませんが」
大里は苦笑い。
「お父さん、この変なおっさんと知り合いだったんだ」
純美子はやや驚き顔。
「あー。六右衛門くんは昔、ボクが徳島へ地球留学していた頃、眉山で偶然出会って一緒に柿泥棒をした仲なのだよ」
三郎は懐かしそうに伝えた。
「そうなんだ。父さん、昔そんなやんちゃなこともしてたのね、なんか意外」
純美子はくすっと笑った。
「ボクも六右衛門くんも当時すでに二〇超えてたけどね。大人げないことをしたもんだ」
「懐かしい。わしなんか民家の二階の屋根に上がって取ろうとしたら、一週間ほど腰を抜かしたで」
「六右衛門くん、その家の住人にこっぴどく叱られてたね」
「まあ今となっては教師生活一年目の最も良い思い出やな。というより、ウラナリくんも異星人やったんか。イギリスからの留学生と聞いたが。意表を付かれたで」
「すまない六右衛門くん、身分を隠してたんだ。トルナ星の平穏のために。そういうわけで六右衛門くん、我々の存在は他の人にはナイショにして欲しいのだが」
三郎は丁重にお願いした。
「嫌だね。わし、世界初の異星人発見者として有名になって、ゆくゆくはノーベル物理学賞を獲りたいねん!」
山ノ内先生は断固拒否。
「六右衛門くん、あの時、異星人を見つけても、二人だけの秘密にしようと約束したじゃぁないか」
「そんなの過去の話やないか。ウラナリくんよ、子どもの頃の約束を本気にするとは浅はか過ぎるで」
「いやぁ、六右衛門くん、当時でもお互い二〇超えていただろう」
三郎は困り果てていた。
「山ノ内先生、ナイショにしてあげて!」
「山ノ内ぃ、我侭過ぎるじょ」
「俺も態度が悪過ぎると思います」
典恵も紬も貴晴も、
「阿波おどりのおじちゃん、パパのお願い聞いてあげて」
「法被のおっさん、頼むわ」
「万が一わたし達トルナ星の人々の平穏な暮らしが侵害されないためにも、お願いします」
三姉妹も説得するも、
「絶対嫌や。わしは頑固やさかいっ!」
山ノ内先生は踏ん反り返って全く聞き入れる様子は無し。
その時だった。
「山ノ内先生」
こんな穏やかな声が聞こえてくる。
「けっ、傾城! なぜ、ここに?」
山ノ内先生は振り返った後、びくっと反応した。
「山ノ内先生、その呼び方はいい加減やめて下さい。さっき道を歩いてたら、さつまいもみたいな飛行物体を見かけたから、気になって落ちていった場所へ見に来たのよ」
美馬先生が偶然にもこの場に現れたのだ。そして理由を説明する。
「美馬先生にもばれちゃったじょ」
「でも、美馬先生ならきっと黙っててくれるはず」
紬と典恵がやや焦り顔でこそこそ話し合っていると、
「先生はこの子達、最初に会った時から異星人だと思ってたんよ」
美馬先生は微笑み顔で打ち明けた。
「「そうなんですか!?」」
典恵と紬はあっと驚く。
「ええ。髪の色が変だったし、あの時もすだちみたいな飛行物体を見かけたからね。桑内さん達が案内しようとしてた子は、外国人じゃなくて、あれに乗って来たんだろうなと思ってたんよ」
「ごめんなさい美馬先生。嘘を付いて」
典恵はぺこんと頭を下げて謝った。
「いいのよ桑内さん。事情があるんだと分かってたから」
美馬先生は優しく微笑む。
「美馬先生も、あの時見かけてたのか」
貴晴はやや驚いていた。
「うん、でも安心して。先生は絶対他の人には言わんから。山ノ内先生、従わないと、校長先生に僻地の学校へ飛ばすよう、異動願を出しますので、分かりましたね?」
美馬先生からにかっと微笑まれると、
「はい。分かった」
山ノ内先生は手のひらを返したように素直に従った。
「山ノ内先生が撮った写真も動画音声も完璧に消去しとくから安心してね。それでは、また明日ね」
美馬先生はそう伝えて、山ノ内先生をズズズッと引き摺っていく。
「さようなら、美馬先生」
「思わぬ救世主が現れたな」
「美馬のおばちゃん力すごぉい。阿波おどりのおじちゃんは動摩擦力が強くかかってるね」
「六右衛門くんにも苦手な人が出来たのだな。傍若無人な性格は、あの頃と全く変わってなかったけど」
「あのお方も、貴晴さん達の学校の先生だったのですね」
「ほうなんよ、物理の。校内一の嫌われ者なんじょ」
「ユニークな物理教師さんね」
みんなホッと一安心していたところ、
「あの子達、やっぱり異星人だったのね。宇宙船が降り立つ所から見させてもらったわよ」
「予想通りだな」
入れ替わるように、貴晴の両親も現れた。というより貴晴達がここに来てからそれほど経たないうちからいて、茂みからこっそり観察していたようだ。
「父さん、母さん! どうしてここに?」
貴晴は当然のように驚く。
「亀のもなかと寒茶も渡そうと思って、追いかけていったんよ。そしたら貴晴達、徳島空港と全然違う方角に向かってたから、そのままこっそりつけてみたの。あと、空港まではお見送りしに来なくていいって大里ちゃんが言ってたんも、ちょっと怪しいなって思ってたんよ。貴晴には付いて来させてるのに」
母は微笑み顔で理由を説明する。
「そういうことか。ていうか、この子達が異星人ってこと、初めから気付いてたのか?」
貴晴から苦笑いでされた質問に、
「うん、だって三人とも、昔、うちの民宿に泊めたことがある、う」
母がそう伝えている途中、
「これはこれは、お久し振りです美智さん、秀央さん」
三郎が貴晴の両親に向かって、深々とお辞儀をして来た。
「三郎さん、お泊り下さったあの時以来二十何年か振りね。あの頃とあまり変わってないわね」
「本当にかなり久し振りだなぁ、三郎くん。元気にしてたか?」
両親も深々とお辞儀をする。
「父さん、貴晴ちゃんのご両親とも知り合いだったんだ」
「びっくりです」
「パパが泊まったことがある所にあたし達が泊まってたなんて、運命の巡り合わせだね」
三姉妹は強く驚いていた。
「母さん、父さん。この子達が異星人だってことは、ナイショに」
「もちろん分かってるわ」
「当然だろう」
貴晴がお願いするまでもなく、両親は事情をわきまえてくれていた。
「じつは、ボクが民宿にタダで長期滞在させてもらっていた頃、地球の重力はトルナ星よりもちょっと重いなって呟いちゃったから、こちらのお二方にボクが異星人であることがバレてしまったのさ」
三郎は照れ笑いしながら打ち明ける。
「お父さんもうっかりばらしてしまっていたなんて、初耳です。やっぱり親子、似ている一面がありますね」
「あたし達の性格はパパ譲りだもんね」
大里と千花も嬉しく思って笑みがこぼれた。
「父さんと似てるって言われるのは、ちょっと嫌かも。あっ、ごめんね、父さん」
純美子は苦笑いだ。
「べつに、気にしてないよ純美子」
そう言いつつちょっぴり悲しい気分になった三郎が先に飛び立った後、
「それでは地球の皆さん、さようならです」
「この度は大変お世話になったわ。楽しい思い出をたくさんありがとう」
「ばいばーい!」
三姉妹は貴晴の両親から日和佐名物亀のもなかと、宍喰特産の寒茶も受け取って、三郎が届けてくれたスイートポテト型宇宙船に乗り込む。
扉が閉まってほどなく、宇宙船は空中へ舞い上がった。どんどん速度を増していき、あっという間に見えなくなった。
「あの速さなのに、周囲に何の衝撃も起こさずに静かに上がっていった。技術力凄いな」
「もう宇宙空間に出とるよね? チカちゃん達に、また会いたいじょ」
「私はきっとすぐに会えると思うよ」
貴晴達は、それからもしばらく名残惜しそうに空を見上げていた。
☆
その日の夜、十一時半頃。
「姉ちゃん、あの子達、もう帰ったのになんでまだ俺の部屋に?」
貴晴の自室に、真輝が布団一式を持って入り込んで来た。
「だって。うち一人で寝るのは寂しいねんもん♪」
真輝はてへっと笑う。
「姉ちゃんは幼稚園児か。帰れ」
貴晴は不機嫌そうに命令し、真輝の腰の辺りをぼかっと蹴った。
「いったぁーい。ちょっと貴晴、か弱いお姉ちゃんにそんなことしていいのかなぁ?」
真輝はニカーッと微笑みかけ、貴晴の右腕をガシッと掴む。
「ごめん、姉ちゃん」
貴晴の表情は途端に蒼ざめた。咄嗟に謝るが、
「お仕置き♪ えいっ!」
真輝は容赦なし。担ぎ上げるようにして貴晴を投げ飛ばした。
「いってぇぇぇぇぇ! あばら骨がぁぁぁ」
一瞬のうちに畳の上にびたーんと叩き付けられた貴晴、悶絶する。
「うちに逆らうとこうなるからね♪」
真輝はにこっと微笑んで、お構いなくお布団を敷いたのであった。
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