第44話 七塚ミラVS飛燕


 時は少し戻って。


 七塚ミラと飛燕の戦いは、均衡状態を保っていた。


 苛烈になっていくミラの攻撃と、それをうまく受け流す飛燕。

 その攻防は、余波で周囲を破壊しながらも、不気味なほど釣り合いを保っている。


 決め手にかけるという事実に、ミラは悔しそうに歯噛みして、更に攻めを苛烈にする。

 それを必死で受け流しながら、飛燕は冷静に、彼我の戦力差を測っていた。


(因子覚醒により、大幅にステータスが上がったようだが――どうやらこの娘、まだ十全にそれを扱えていないらしい)


 本来、新たな因子というのは、ゆっくり時間をかけて霊体になじませるものである。それが急に覚醒したのだから、うまく扱えるはずもない。

 因子が増えるというのは、言ってしまえば腕や足が増えるのと似ている。

 自身にできることが増える代わりに、その制御にも気を取られることになるのだ。飛燕のように、それを嫌ってあえて原始を分化させず、少ない因子数で安定を保とうとするファントムもいるくらいだ。


 ミラは今、自身にできることの幅の広さに、困惑している様子だった。


 その証拠に、たまに、ミラの拳は予期せぬ行動を見せることがある。

 急に空振ったかと思うと目の前に大きな鏡が現れたり、また牽制の拳で大量の魔力を撒き散らしたりと言った感じだ。


 それでも、その一つ一つが強力なので、飛燕は隙を突くことができず、回避に徹している。


(ステータスの差はそう大きくないはずだが、それでもミドルランク。さすがに押し負けるな。それに、例外が多すぎてパターンを読みきれん。やはり、決め手に欠けるな)


 飛燕のアクティブスキル『観見の目付』

 相手の所作から心理状態まで、あらゆるものを観察することで、相手の次の行動を予測する技術。

 元々は彼自身の武術家としての技だったものを、スキルとして昇華することでステータスや相手のスキルまで見破れるようになった。これにより、飛燕は戦闘が長期化するほどに、相手の行動をパターン化して見抜くことができる。


 しかし、現在の七塚ミラは、イレギュラーが多すぎて見極めるのが難しかった。下手にパターン化して踏み込もうとすると、例外的な行動によって、致命的な反撃を喰らいかねない。


 ならば、今は時間稼ぎに徹するべきか。

 主であるアヤネの目的は、久能シオンとの決着である。ならばその邪魔をしないよう、ミラの猛攻を受けつつ、魔法士同士の決着が付くのを待つ。


 そう結論づけたときだった。

 横合いで、大きな爆発が起きた。


「むっ」


 その余波を受けつつ、思わず飛燕はそちらに目をやってしまう。

 ちょうど、シオンによって粉塵爆発が起こされたときであり、飛燕はアヤネの安否を気にしてしまう。


 それは、致命的な隙を産むミスであり――七塚ミラは、その隙を見逃さなかった。


「今だ! 『日像鏡・日矛鏡あまてらすさきみたま』――解明『武穆王拳譜』」


 ミラの後ろに、二枚の鏡があった。

 それらは飛燕の姿を写すと、すぐにミラへと吸収される。


 日像鏡ひがたのかがみと、日矛鏡ひぼこのかがみ

 それは、三種の神器である八咫の鏡の前身として作られた鏡であり、天照大神の前霊として奉られている神鏡の名である。


 ミラが創り出したアクティブスキル――全てを見出し、果てはその起源にまで遡って、瞬間的にその一部を自身の力にする極意。


 それにより、飛燕が収める形意拳の、さらに前身――心意拳にまで系譜を遡り、とある武術家の力を瞬間的に体現する。


「鏡映『心意拳開祖・姫際可』!」


 姫際可きさいか

 形意拳の源流である心意六合拳の、実質的な開祖にして、神槍と呼ばれた武人。


 彼の武人の武術を身に帯びたミラは、身体の動きに任せて、飛燕へと迫る。


「心意六合拳――『撞勁とうけい』!」


 全体重を乗せた体当たり。

 肩からぶつかってくるミラを前に、飛燕は無防備にそれを受ける。


「ぐ、この!」


 強烈な打撃に血を吐きながら、飛燕は胸元に飛び込んできたミラを打ち払おうとする。

 しかし、それよりも相手の方が早い。


「『沈墜勁ちんついけい』!」


 密着した状態から、ミラは腰を落としながら身体全体を落とす。それを急激に止めたエネルギーを利用して、飛燕へと強烈な打撃を向ける。

 それを受ける訳にはいかない。


「三歩功夫――『暗勁あんけい』!」


 ミラが放ってきた拳を腹部に受けながら、飛燕は全身に勁を巡らせる。

 骨より力を発し、筋肉によって勁を発する。肉体が振動し、気を伴った凄まじいエネルギーが、飛燕の体内を駆け巡る。

 暗勁――それは、化勁かけいと呼ばれる、発勁を打ち消す形意拳の技法の一つだ。


 それによって、ミラが放った沈墜勁の威力を見事相殺した。


「そこだ!」


 飛燕はすぐさま身構えると、身を引きながら両手のひらを前に打ち出す。

 形意拳十二形が一つ、虎形拳の虎撲手こぼくしゅ。飛燕の原始である、郭雲深が得意とした技だ。


「ぐ、うぅ!」


 もろに胸元に虎撲手を受けたミラは、目を剥いて口から血を吐く。

 ダメージは小さくない。ミラの背後に浮かんでいた鏡にヒビが入り、二枚が立て続けに割れた。それでも相殺しきれない衝撃に、おそらく彼女の内臓は、ぐちゃぐちゃになっていることだろう。


 しかし、そんな大きなダメージを受けながら、ミラはしっかりと、飛燕の腕を掴んでいた。


「――


 炯々とギラつく瞳で、ミラは口元から血を流しながら、飛燕を睨む。

 その迫力に、思わず飛燕は息を呑んだ。


(この目――まずいっ)


 それは、つい先程も見た、死んでも食らいつくという目――ちょうど彼女の主である、久能シオンが飛燕に向けた、決死の瞳と同種のものだ。


「こん、の――」

「逃がさない!」


 捕まえられた手を振り払って身を引こうとする飛燕に、ミラは厳しい声を飛ばしながら、右手を振りかぶる。


 そこには、いつの間にか


「心意拳開祖・槍法理合――神槍しんそう!」


 心意拳の開祖である姫際可は、槍の名手であり、一度槍をもたせれば無双を誇る、神槍と呼ばれる腕前であったと言われる。


 彼の技術を模倣したミラは、身の丈を大きく超える槍を、自在に振るう。



 まず一打、飛燕の腕を打ち払う。

 次に二打、飛燕の足元を払い、バランスを崩す。

 そして三打――回避不能の、必中必殺の突きを、胸元に打ち付けた。



(避けられない――なら!)


 自身の胸元に吸い込まれていく槍の穂先を見据えながら、飛燕は全身に気を巡らせる。

 内力を高め、限界まで身体の防御力を上げる。

 バランスを崩しているため不完全ではあるが、体をバネのように捻り、化勁を起こそうとする。


 しかし――その程度のあがきでは、槍の一撃を封じるには足りなかった。


 飛燕の胸元を、稲妻のような突きが駆け抜けた。


 槍の穂先によって抉られた肉から、毒々しい赤色の血が撒き散らされる。


 槍は飛燕の胸元をえぐり、肋骨を砕き、終いには背中を貫通し――その穂先は、真っ赤な血を滴らせながら、日の目を浴びた。

 心臓こそ貫いてはいないが、誰が見ても、致命傷だった。


 ミラは限界まで踏ん張って槍を突き刺していたが、飛燕の身体が力なくもたれかかってきたところで、ようやく気を抜いた。


「はぁ、は、ぁ――や、った……」


 僅かに息を吐き、張り詰めていた緊張を、少しだけ緩める。


 その瞬間を、飛燕は見逃さなかった。



「器械套路・槍術――燕形『』」



 ミラの胸元から、赤い花が散った。


「――え?」


 呆けたような表情を浮かべるミラは、自身の胸元を見下ろす。

 気がつけば、彼女の身体は宙に浮いていた。胸元に突き刺さった一本の槍が、彼女を持ち上げていたのだ。


 そして――先程まで、彼女にもたれかかっていたはずの飛燕が、いつの間にか右手に槍を握って、ミラの身体を刺し穿っていた。


 飛翔するツバメのように、目にも留まらぬスピードで空間を疾駆した槍の穂先。

 それは、ミラとは違い、的確に、心臓を穿つ一撃だった。


「見事だ、七塚ミラ。私に、この槍を使わせるとはな」

「が、――ぁ、はっ」

「そしてさらばだ。あちらも、もう少しで決着が付くらしい」


 無造作に腕をふるって、槍が突き刺さったミラを振り払う。

 宙を舞うミラは、すでに霊子体が壊れ始めていた。


 胸元からミラに刺された槍を生やしたまま、飛燕はつまらなそうに言う。


「こちらもあと僅かな命だ。せいぜい、残された時間を使わせてもらおう」


 離れを見やると、シオンの猛攻に、アヤネが撤退をしている所だった。アヤネの方が押されているらしいことは、ここからでも分かる。


 飛燕は自身に突き刺さった槍を無理やり引き抜く。

 そして、今まさに追い詰められようとしているアヤネの助けに入ろうと、身を低くして駆け出そうとした。


 その時だった。





「――『鑑人形呪詛返しかがみひとがたわらにんぎょう』」





 飛燕の左胸から、真っ赤な花が開いた。



※ ※ ※



 ――そして。


 シオンが放った魔力弾を打ち払った飛燕は、シオンを蹴り飛ばしてから、ゆっくりとアヤネの前に立った。


「ふん。カールセプトめ。最後の最後に、面倒な悪あがきをしてくれる」


 苦々しそうに、飛燕はつぶやく。


 彼は重症だ。

 胸元には、真ん中と左胸の二箇所に、大きな穴が空いていて、次から次に血が流れては、霊子の塵となって消えている。それどころか、彼の霊子体はすでに半透明になっていて、崩壊をはじめていた。


「さて、アヤネ」


 胸元からとめどなく血を流しながら、飛燕は平然とした顔でアヤネを見下ろした。


「随分と腑抜けた顔をしているが、もう諦めたのか?」

「……何よ。死にかけのくせに、偉そうな口叩けるつもりなの?」

「そりゃあ軽口も叩くさ。私は勝ったからな」


 かの武人にしては珍しく、勝ち誇ったような顔で言う。

 普段のアヤネに忠実な偉丈夫とは違い、その様子にはどこか張り合うような雰囲気があった。


 彼は小さく笑うと、腰に手を当てて口を開く。


「まだ君は、全てを出し切っていないだろう。アレを使わずに、なぜ負けを認める」

「……アレは、厳密には私の力じゃないもの」

「そんなことはない。手段があるなら、それは立派に自分の力だ。現に私は、知りもしない武人の力をものにした。実感のない同一人物よりも、見知らぬ武人の方が肌に合うくらいだ」

「それは、アンタがそういう風に成長しただけのことでしょ」

「そう。これは成長だ」


 我が意を得たり、とでも言うように、飛燕は頷いた。


「身近な力を使いこなすために成長した。それは君も同じだろう。君と彼がたもとを分かってから四年――その時間を語る上で、その足を避けて通ることは出来まい」

「…………」

「それはきっと、あちらの私も同じだと思うぞ」


 そう言って、飛燕は自身の背後を顎でしゃくる。


 そこには、蹴り飛ばされて地面に転がりながらも、右腕を水平に構えて立ち上がる少年の姿がある。

 その魔道具化した右腕は、二枚の小さな鏡を浮かばせながらキラキラと輝いている。彼の半身にも、異形の力が巣食っているが、彼はそれを制御するためにここ数年、様々なことを試してきたと聞く。


 事故から四年。

 あれから、アヤネとシオンの関係は、大きく変わってしまった。


 互いに相手のことを分かっているつもりでいながら、なぜかぎくしゃくとし続けた。それが歯がゆくて、何度も八つ当たりした。その度に、鬱屈した思いを抱いた。


 恐怖がある。


 本音を向け、互いに正面から向き合った瞬間、全てが壊れてしまうのではないかという恐怖。四年前に誤った選択を、今更ながら突きつけられるのは、途方もない恐怖だ。


 けれど――


「保証しよう、アヤネ」


 腰に手を当て、今にも消えそうでありながら、飛燕は安心させるように微笑んだ。


君の味方だ。例え姿形や、精神が変質したとしても、原初の思いは変わらない。元より、私はそうやって生まれたのだからな」

「……そう、ね」


 僅かに、視界がゆがむ。

 目元に浮かんだ水滴を拭いながら、アヤネはゆっくりと飛燕を見上げた。


「後は任せなさい、飛燕。きっと勝ってみせるわ」

「ふ。我が主人は、そうでなくてはな」


 にやりと皮肉げに顔を歪めて、そうして、飛燕は消えていった。

 その間際、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、アヤネは呟いた。


「――ありがとう、飛燕。あなたがいなかったら、ここまで来られなかった」


 返答はないはずだった。

 しかし、微かに、消え行く口元が、小さく言葉を紡いでいた。



 ――頑張れ、アヤ。



 そう。確かに武人は、つぶやいていた。


「……まったく。あいつ、実はキャラ作ってるんじゃないでしょうね」


 小さく笑って見せながら、アヤネは前を向く。

 そこには、自分を待ってくれていたかつての相棒がいた。


「またせたわね、シオン」

「そうでもないさ。もっとも、外の方はもう時間がないみたいだぞ」


 そう、愛想のない口調で言う。

 愛想がなく、どこか虚勢を張るような口調。それはどこかの武人を思わせるもので、今更ながら、この少年はよくこういった態度を取ることを思い出した。


 彼の言うとおり、外では霊子庭園を壊すための準備が着々と整っている。あと数分が限界だろう。この勝負も、もう少しで終わりだ。


 なら――自身のファントムが言った通り、最後の奥の手まで出し尽くして、終わるとしよう。


「『停止』『同調』『検索・接続』――」


 アヤネは端的にやるべきことを口に出し、自身の肉体に命令を送る。

 龍脈を探り当て、そのマナを吸収する。そして、全身に浸透させたマナを、動かない両足へと流し込む。


「『吸収』『魔力炉・接続』――『変換』」


 四年前の事故以来、彼女の足に巣食った魔力炉に燃料を送り込み、活性化させる。


 彼女の脚部に膨大なエネルギーが駆け巡る。それらは放電のような黒い魔力を撒き散らしながら、周囲の大地ごと黒い魔力で覆っていく。




「真名――『蓬莱国ほうらいこく人柱ひとばしら』」




 ゆらりと、彼女は立ち上がった。


 先程の赤い靴とはまるで違う。まるで糸によって動かされる人形のような、ぎこちない立ち上がり方だった。そのまま黒い足で大地を黒く染めながら、彼女は前を向く。


 その目に、迷いはなかった。



「行くわよ、シオン」



 己の過去と向き合いながら、少女はその両足で大地を踏みしめた。




 アヤネVSシオン

 第三ラウンド、開始。

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