第39話 ファーストキス(大嘘)


 そして、木曜日。

 ユースカップ校内予選リーグ戦四日目。



 その日、午後になってようやく、久能シオンは登校して来た。

 廊下でシオンの姿を見つけた円居鶫教諭は、慌てて彼の後を追う。


「久能くん! ああ、やっと登校したんですね。今日も欠席かと思って心配しましたよ。昨日から学校に来てなくて……。も、もう。いくら代表選手だからといって、無断で授業を休んで良いわけじゃないんですよ。分かってますか?」

「…………」

「く、久能くん?」


 円居の姿を見上げたシオンは、うつろな目を向けてくる。

 やがて目の焦点があったのか、ようやく彼は、円居に向けて言葉を発する。


「……はい。すみません。その……せん、せい?」


 虚ろな目で、探るように言うシオンを見て、円居は怪訝な声をだす。


「く、久能くん?」

「あぁ。はい。ですね。授業、サボってすみませんでした」

「ちょっと、あなた大丈夫ですか? 体調が悪いなら、保健室に……」

「大丈夫です」



 最後の言葉だけは、力強かった。

 据わった目をしたシオンは、先程までの朦朧とした様子はなりを潜めて、しっかりとした口調で円居へと頭を下げる。


「ご心配をかけました。試合前で、少しナーバスになっていたんです。もう大丈夫なので、心配しないでください」

「え。ええ。本当に大丈夫なら問題ありません。でも、本当に体調が悪いのでしたら、無理はしないでくださいね? 実際、昨日は久我さんが、それで試合を棄権しましたし。大切な試合とは言え、体調の方を優先させてください」

「はい。わかりました」


 そう言って、キビキビと頭を下げたシオンは、止める間もなく円居の前から去っていった。



※ ※ ※




 鏡。


 ――




「シオン! しっかりして! 飲み込まれちゃ駄目!」

「ぁ、あ。……み、ミラ」


 目の前に逆さになったミラが居た。

 上下左右が逆になった彼女は、乱暴にシオンを揺すって気を引こうとしている。


 試合直前のことだった。

 すでに外では、第1試合が始まっているのか、歓声が聞こえている。シオンとアヤネの試合は第四試合。そう時間をおかずに、入場案内があるだろう。


 そんな時に、シオンはぶっ倒れた。

 頭のなかには、気が狂うような情報量がなだれ込んできていた。




 姿――




「ねえ、どうしようノキちゃん、さっきまでは意識がはっきりしてたのに、今はもうこんなで……ああ、ごめんなさい。わたしが、わたしの因子が……」

「いや、私のせいだ。ちょっとだけ魔力操作をしくじったから……しっかりするんだ、シオンくん! もう少しで明星くんが来るから、それまで――」


 左右が逆になってぼやけて映る二人の少女が、必死でシオンに触れて魔力を操作している。

 しかし、一度荒れ狂った魔力はシオンの内側を駆け巡り、霊子生体の持つ圧倒的な情報量を次々と送り込んでくる。




 退使――




「大丈夫か、久能!」


 控室の扉を乱暴に開く音が聞こえる。

 彼はシオンの額に手を添えると、デバイスに魔力を通しながら口を開く。


「――起動『人型』『転写』――『消去』!」


 瞬間、シオンの脳内のなだれ込んできていた知識の奔流が、一瞬だけ止んだ。


 ハッと我に返ったシオンは、息苦しそうに荒い息をしながら、目を見開いて目の前の少年を見やる。


 白髪長身の少年――明星タイガは、厳しい表情でシオンを見下ろしていた。


「あ、……ぁあ。みょう、じょう……」

「あらましは聞いた。まずは情報圧汚染の対処だ」


 疑問を挟まずに、タイガはテキパキと問題点を洗い出し始める。


「頭の中に、雑多な情報がなだれ込んできているな? それはどんな風に伝わってきている? 音か? 映像か? それとも文字か?」

「……も、文字だ。次から次に、文章が溢れてきて……」

「なら、無理に読もうとするな。俯瞰して、眺めるイメージを持て。例え知っている内容が流れてきても、気にするな。まずはその情報の流れに身を任せろ」


 目線を合わせながら、明星タイガは少しずつシオンに言い聞かせていく。

 それと共に、虚ろだったシオンの目は焦点があっていく。


 そこでようやく、シオンは自分が置かれている状況を察した。

 場所は、ユースカップ予選代表選手の用意された控室だった。ここに来るまでの記憶がまるまる抜けている。

 すでに今日の試合は始まっているのか、離れたところから実況の円居教諭の声が聞こえていた。


 全身が汗でびっしょりだった。

 まだ脳裏には、気が狂うような情報が流れ続けている。荒れた息を落ち着けながら、シオンはぐるりと周りを見渡す。

 まず目の前に、カウンセリングをしてくれた明星タイガがしゃがんでいる。その後ろでは、七塚ミラと草上ノキアがオロオロとした様子でシオンを見ていて、側でデイム・トゥルクが二人を支えている。部屋の端には、タイガのバディである千頭和ナギニが、腕を組んでこちらを見ていた。


 周囲の状況を把握してホッとしたからか、右腕が強く熱を持つのを感じた。

 それを押さえながら、シオンは浅い息を吐く。

 ふらつきは取れないが、なんとか会話できるレベルにまで回復した。改めて、シオンはタイガに深く頭を下げる。


「悪かった。試合前なのに……。試合は、大丈夫なのか?」

「俺の試合は三試合目だ。今は二試合目だから、もう少しで呼ばれる。それより、君の方は大丈夫なのか? 一体何があった」

「……あぁ。話すよ」


 元より、こんな状態になった時のために、ミラたちにはタイガを呼ぶように伝えてあった。

 タイガは過去に、霊子災害を自身の体に封印するという経験がある。経緯は違うとは言え、今回のシオンが行った霊子生体の移植は、似たような状況になると考えていた。


 シオンが今回やったことのあらましを説明したところで、タイガは眉をひそめながら、不機嫌そうに一言言った。


「どうして俺を呼ばなかった」

「いや、さすがに呼べないだろ……。まあ、こうやって助けてもらった時点で、何を言ってるんだって話ではあるけど」


 頭のなかに流れてくる文字を努めて無視しながら、シオンはとぎれとぎれに言う。


「気に食わないなら、こう思ってくれ。奥の手を、ライバルに知られたくなかったんだ。……けど、それどころじゃなくなった。力を貸してくれて、助かる」

「そういうことなら、右腕の内容については深くは尋ねないでおこう」


 ちらりとシオンの右腕を見たタイガは、目線をまっすぐに向けながら、現状を確認し始める。


「とりあえず状況としては、七塚の因子が君に流れ込んでいる状態だ。それは、七塚がファントムとして復活すれば、ある程度制御できるようになるはずだ」

「ああ。本来なら、僕の方から因子を利用しようとしなければ、情報圧汚染は無いように設計していた。……今は、ミラに魔力を送らなきゃいけないから、常時つながっているだけだ」


 実際、今のところ、ミラは自力で実体を持つことに成功をしていた。

 まだ因子そのものは不活性なままだが、このまま地道に魔力を送り続ければ、数日で回復できるだろうというのが、八重コトヨの見立てだった。


 しかし、それでは今日の試合には間に合わない。


 だからシオンは、自身から魔力を送るだけではなく、ミラの体内で消費しきれなかった魔力を再吸収して、それをまた送り返すということを行っていた。


 そのことを説明すると、さすがのタイガも目を丸くして驚いた。


「馬鹿か君は。そんなことをし続けたら、本当にファントムの情報圧に押しつぶされて、精神崩壊を起こすぞ」

「は、はは。さすがに実際に体験したら、笑い話にもならなかった。本当に、情報に圧殺されるかと思ったよ……だけど、これでミラは、鏡を一枚出す程度には回復した。まだ戦いにはならないけど、目的には近づいたんだ」

「……前から思っていたが、君は少し、やることが過激すぎる」

「そう思ってくれるんなら、光栄だ」


 言いながら、シオンは脳裏に走った情報に顔をしかめる。僅かに考察し甲斐のある内容がよぎったせいで、そちらに意識を持っていかれかけたのだ。慌てて魔力を全身に巡らせて、必死で意識を保とうとする。


 そんなシオンを見て、タイガは質問を重ねる。


「それは、一旦中止することは出来ないのか?」

「設計段階で、ミラが制御できるようになるまで、繋ぎっぱなしにしてある」

「となると、君は現在、神霊の因子を体内に抱えているのと同じ状態になる。君の持っているもう一つの、竜の因子の方は、問題ないのか?」

「そっちは、僕が持ってるのはただの上澄みで、魔力炉の方はアヤが吸収しているんだ。だから、僕の方は大地のマナと接続しない限り、力を発揮することはない」

「なら、気をつけなければいけないのは、鏡の因子のみだな。……とにかく、さっき言ったように、意識を保ちながら因子の流れを制御し続けろ。少しは楽になるはずだ」


 そうタイガが言ったところで、会場から歓声が聞こえてきた。

 それを聞きながら、タイガは覚悟を決めたように、シオンに向けて言う。


。気休め程度かも知れないが、その間、気を休めておけ」

「……明星くん。それは」


 彼の言葉の意味を分かったノキアは、気遣わしそうに彼に声をかける。

 それにちらりと目で答えながら、タイガは自身のバディに声をかける。


「いくぞ、ナギ」

「はいよ。まったく、アンタもつくづく、無茶を言うのが好きだね」


 愉快げに火傷痕のある顔を歪めながら、ナギニは赤い髪を振りつつ、自身の主に付き従う。

 これから行われる、第三試合。



 Bブロック四日目。

 明星タイガVS白銀ミナト




 自身が戦う相手を知ってなお、タイガは時間を稼ぐと、そう言ったのだ。


「ったくよぉ。対戦の組み合わせはランダムとは言え、ひでぇブロックだよな。最終的なレーティングで一位と二位に、四位がいるようなブロックだぜ? あとの十位と十二位が可愛そうになるよなぁ」

「関係ない。誰であろうと、倒すしか無いんだ。今日はそれに、少しだけ時間を掛けるだけだ」

「かかっ。ああ全くその通りだ。だが、今日の相手の白銀には、あたしらは予選で一回負けてるんだぜ? それをわかった上で、言ってるのか?」


 愉しげに言うナギニに対して。

 タイガは、顔色一つ変えずに言う。


「なんだ。自信がないのか? ナギは」

「く、はは! んなもん、可愛い主人の頼みだぜ?」


 タイガの肩に腕を回して、ちらりとシオンたちを見返しながら。

 千頭和ナギニは、誇るように言った。


「負ける気なんて、しないっつーの」


 そう言って、二人はシオンの控室から出ていった。

 そんなライバルたちの意気込みを見て、シオンは気合を入れるように、強く息を吐いた。




※ ※ ※




 ――




 マギクスアーツの試合は、早ければ数分で終わることが多い。

 長引いたとしても、せいぜい十分くらいである。時間制限こそないが、互いに霊子体を構成する魔力は、その程度で消滅するくらいに調整する事が多い。


「明星が時間を稼いでくれている。今のうちに、作戦の確認だ、ミラ」




 ――――




「あ、ぐう……」

「大丈夫かい、シオンくん!?」

「ああ。くそ、気を抜いたらすぐに意識を持ってかれる。集中しないと……で、どこまで話した? とりあえず、ミラの回復した鏡の一枚で――」


 頭の中に絶えず流れる知識の奔流は、飽きることなくシオンの脳内を蹂躙する。彼が知っている知識から、知らない知識まで、ありとあらゆる『鏡』に関する情報が脳内を席巻する。


 最初は文字で現れていた情報の渦は、やがて感覚的にシオンに迫ってくる。

 左右対称になっていた景色は次々に色が変わり、皮膚に当たっていた光がなくなりひんやりと熱を奪っていく。

 小刻みに震えながら、シオンはそれでも意識を保ち続ける。





 ――LNLL=2*N*(NL)-L――




 気のせいだ。

 光がなくなったのは気のせいだ。左右対称なのも気のせいだ。色が変わるのも気のせいだ。気温が下がっていくのも気のせいだ。ガタガタと身体が震えてしまうのは気のせいだ。


 グルグルと視界が回る。情報から目をそらせなくなってくる。何か別のことに意識を取らなければ。そうだ、会話だ。明星タイガとしていた時のように、何か会話をすれば、気が紛れる。現実との接点を持たなければ、気が狂う。


「もうすぐ試合だ。なあ、話をしよう。ミラ。ノキア。トゥルクさん。誰でも良い。話を……僕と、話を」

「し、シオンくん……」


 寒い。身体が冷えていく。どうしようもなく意識が遠くなっていく。




 ――――




 会場から歓声が聞こえる。

 実況で、勝敗を告げる声が聞こえる。明星タイガの試合が終わったのだ。だとすれば、もうすぐ自分の番が来る。


 だというのに、シオンは寒くて仕方がなかった。


「寒いんだ。なんでかな。すごく寒い。暖房は入ってるよな。なのになんで、息が白いんだ。なんで、僕は寒いんだ、なあ、なんで――」

「シオンくん、私が分かる?」

「なあ、草上。……ああ、ごめん。ノキア。もうちゃんと名前で呼ぶ。だから――」

「じっとしてて!」





 ――――






 ノキアの声が聞こえた瞬間。

 強引に、唇が合わせられた。






 ――――





「んっ!? んんっ??」


 驚愕にうめき声を上げる。

 後ろにいたミラとトゥルクはびっくりして黄色い声を上げた。





 ――――





 シオンの目の前に、ノキアの顔があった。


 唇と唇が合わせられるだけの、子供のような接吻。

 ノキアの唇は固く閉じられていて、強く押し付けるだけの不器用なものだ。緊張に目はギュッと閉じられていて、まつげがかすかに揺れているのが見える。


 その目の前の光景に、シオンは目を丸くした。


 しばらく唇を押し付けた後、ノキアはゆっくりと離れながら、震えた声で言う。


「……目、覚めたかい?」


 真っ赤になった顔を隠すように伏せながら、チラチラと、ノキアはシオンを見る。


 シオンはまだ、何が起きたかわからずに呆然としていた。

 だが、今のが衝撃的なことであることだけはかろうじて分かった。

 おかげで、脳内に溢れていた情報が、一瞬で吹き飛んだ。


 出来事の処理がうまく出来ていないシオンは、うまく言葉を発することが出来ず、黙ってノキアを見つめていた。


 じっと見つめられて居心地の悪いノキアは、更に顔を赤くしながら、言い繕うように言った。


「えっと。その……こうすれば、びっくりするかなって、思って」

「あ、ああ。びっくりした」

「う、き、気軽にしたわけじゃないんだよ。その……こういうの、初めてだから」

「は?」


 何言ってんだこいつ。


 初めて。

 その言葉に、思わずシオンは怪訝な声を漏らす。


 それを察しが悪いのだと思ったのか、ノキアはゆでダコのように真っ赤になりながら、懸命に主張するように言う。


「だ、だから……ファーストキス……だから……」


 消え入るような声で言った後、のぼせ上がって上気した顔を伏せるノキア。

 どうやら本気で、ファーストキスだと言い張っているらしい。



「……っぷ」



 羞恥心で縮こまって、変な挙動を見せているノキアを見て、シオンは思わず笑いをこらえきれなかった。


「ふ、ふは、はは! 初めてって。初めてって、お前……はっはっははははっ!!」

「へ? え、なんで? なんで笑うんだい!」


 大声で笑いだしたシオンに、少しだけ傷ついたような顔を見せるノキア。

 けれど、これはノキアが悪い。


「いや……お前。……ふ、ふふっ、草上家で……ふははっ。夜這いした挙句、む、無理やり、キスしたくせに、何言ってんだ……ははははっ!」

「っ!?!?」


 シオンの言葉でやっと気づいたのか、ノキアは羞恥に更に顔を染める。

 ゆでダコどころか、熱中症で倒れそうな赤さである。頬だけじゃなく、耳まで真っ赤に染まっていた。


 実際、ノキアとキスしたのはこれが初めてではない。

 二ヶ月前、草上家での婚約騒動の時に、彼女はシオンに夜這いを仕掛けて、無理やりシオンの唇を奪ったのだ。しかも、さっきしたような子供じみた不器用なものじゃなくて、舌を入れて舐め回すような濃厚なものだ。


 そのことをしっかり覚えていたシオンには、まるで初な反応を見せるノキアの姿が、余計に笑えて仕方がなかったのだ。


 ツボにはまって笑い続けるシオンに、ノキアはさすがに怒りを見せる。


「う、うるさいうるさい! 笑いすぎだ馬鹿! ゆ、勇気を出したんだぞ。そんなに笑うなんて、酷いじゃないか!」

「は、ははっ。悪い、ほんと、可笑しくて……ああ、悪かった。だからそんなにむくれるな」


 可愛らしくむくれるノキアを見て、さすがに正気に戻ったシオンは、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、そっとノキアに手を伸ばす。


 そして、肩に手を回して、そのままギュッと抱きついた。


「なっ!? し、シオンくん!?」

「ありがとう……おかげで、目が覚めた」


 急に抱きつかれたので、びっくりしてノキアはわずかに抵抗を見せるが、安心しきったシオンの言葉に、すぐに体の力を抜いて身を委ねた。


 相手の心臓の音が聞こえるほどに密着した二人は、そのままじっと、互いの熱を感じ合う。


 脳裏にあふれていた情報は、未だに流れ込み続けている。

 しかし、今はそれを気にしている余裕はなかった。

 目の前にいる異性が身を挺してくれた事実が嬉しくて、他のことはどうでも良くなっていた。


 こんな気持ちは、初めてだった。

 シオンはノキアの耳元に口を近づけると、もう一度――今度は、名前を呼びながらお礼を言った。


「ありがとう、ノキア」

「う……えと……どう、いたしまして」

「全部終わったら、今度はもっと、すごいことしよう」

「うへ、はぁ!?」


 ささやかれるように言われた言葉に、ノキアは奇声をあげてシオンの顔を二度見する。

 それに構わず、シオンは優しくノキアから身体を離すと、側で二人のことを見守っていたファントムたちに向き直る。


「待たせた、ミラ。また気が狂う前に、早く試合に向かおう」

「それは良いんだけど……」


 さっぱりしたシオンに対して、ミラはどこか、煮え切らない態度を見せる。


「うぅ、ノキちゃんのことは認めたけど、なんだか釈然としない」

「なんだ、ミラ。嫉妬してるのか?」

「うへぇ!」


 直截すぎるシオンの言葉に、ミラも顔を赤くして、猫のように髪を逆立てる。


「な、何言ってんのシオン! 本当に頭おかしくなったんじゃないの!? わたしの知ってるシオンはそんなこと言わない!」


 随分失礼なことを言うバディである。


 後ろでは、シオンの言葉に腰砕けになったノキアが、トゥルクに支えられながらうわ言のように「すごいこと……すごい……何されるの……」とうめいている。

 すごいことも何も、続きと言ったら続きだ。その気にさせておいて何を今更である。


 せっかく気分がいいんだ。浸らせてほしい。

 こんなにうれしい気分になったのは、生まれて初めてなんだから。


「それじゃあ、行ってくる。ミラ、準備はいいか?」

「……まあ、大丈夫だよ。シオンさえ調子がいいんなら。……うんっ。そうだよね。シオンが嬉しいんなら、それでいいや! わたしも、頑張るよ!」



 そう言いながら、鏡の神霊は拳を突き出す。

 それに、シオンも左の拳で受けた。



 互いの拳を叩き合わせ、そして――最弱だったバディは、決戦の場へと向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る