第40話 久能シオンVS飛燕
『熱戦! 熱戦でした! ハイランクファントム同士の激戦はもちろんのこと、白銀選手と明星選手の死力を尽くした攻防! 十五分にも渡る激戦を制したのは、三年、白銀選手でした! 先輩としての威厳を見せた形でしたが、しかし明星選手もすごかった! 霊子体が消える最後の一瞬まで、まったく気の抜けない試合でした! ね、西園寺先生』
『白銀がここまで苦戦したのを見るのは久しぶりだな。明星は丁寧なプレイイングをする奴だが、今日は随分と強引な戦法が多かった。最終的にそこが隙になってしまったが、新しい可能性を開いたという意味じゃあ、重要な一戦だったな。これからの成長が楽しみだぜ』
『まともなコメントありがとうございます! さて、ではゲストの来栖野先生。今の試合について、コメントお願いします』
『やー。すごかったなぁ。あたしは、魔法戦自体は専門外だけど、それでも二人の高度さは分かるよ。あいつら、人体を的確に壊すすべを心得てやがる。そのあたり、他の生徒にはないところだな』
第三試合は、白銀ミナトが勝利を飾った。
未だ冷めやまぬ興奮に会場中が包まれている。心なしか、実況解説の声にも力が入っているように思う。
激戦によって湧き上がった会場を前に、久我アヤネは入場の案内を待つ。
「ふむ。見事に会場は暖められているな。決戦には絶好の状況だとは思わんかね、アヤネ」
「周りなんて関係ないわよ。ただ、シオンがちゃんと来てくれるんなら、それでいい」
言いながら、車椅子に乗ったアヤネは、微かに震える手を握りしめる。
その様子を見ていた飛燕は、小さく息を吐いて、彼女の肩に手を乗せた。
「やりたいようにやればいい。そのお膳立ては、いくらでもしてやる」
「…………」
飛燕の言葉に、アヤネは小さく頷いた。
『さて、興奮冷めやまないところで、次の試合です!
第四試合。
赤コーナー!
流星のように現れたのは、かつて神童と呼ばれた少女。
その手から繰り出されるは千変万化の魔法劇! 色とりどりに彩られた魔法たちは、まさしく千紫万紅! さあ今日はどんな試合を見せてくれるのか!
一年、久我アヤネ選手の登場です!』
実況の煽りとともに、アヤネは車椅子を前にすすめる。
興奮に包まれた会場の熱気は、地響きのようにアヤネの身体を震わせる。会場には、高等部の生徒だけでなく、大学部や外部の視察の人間などもいるようだった。
その中で、ひときわ大きな声で声援を送っている一角があった。
「久我さーん! 頑張ってーっ!」
「アヤネちゃーん! 応援しているよー!」
「負けんなよ、久我!」
「昔の相棒なんかぶっ倒せ!」
「ファイトー! オー!」
一年研究科の面々が、一区画使って応援をしていた。
ご丁寧に横断幕まで作って、大した気合の入りようである。
復学してから今日まで、アヤネを助けてくれたクラスメイトたちの声援に、思わずアヤネは困ったように言う。
「……まったく、気が早い。まるで決勝戦みたいな雰囲気ね」
言葉に反して、その横顔は、まんざらでもなさそうに緩んでいた。
そんなアヤネを見下ろしながら、飛燕は誇らしげに言う。
「君がこの試合に賭けていたのを、知っているからだろう。利用する形ではあったが、彼らの協力無くして、ここには立てなかったのは事実だ」
「ええ。そうね……。案外、悪くない気分よ」
自分でも驚くほどに、柔らかい言葉が口からこぼれた。
長い間、人と触れ合うのを避けてきた。
必要がなかったし、意味もないと思っていた。分かり合えない相手と、付き合うだけ無駄だと思っていたからだ。
今回は必要にかられたから信頼を得ただけで、それによって何かが変わるなんて、思っても見なかった。
アヤネの胸のうちに、熱い感慨が湧き上がってくる。
自然とアヤネは手を上げると、その声援に手を振り返した。
演技や策略などではなく、ただ純粋に、その声援に応えたいと思えた。
『それでは青コーナー!
神童は一人ではない!
数々の苦難を乗り越え、あらゆる策を弄して、もう一人の神童はここまで来た!
試合の度に新しい策を見せてくれるこの少年。果たして因縁の相棒に対して、どんな魔法を繰り広げてくれるのか!
一年、久能シオン選手の入場です!』
そして、久能シオンは会場に入場した。
顔色の悪い痩身の少年。今日は一段と生気のない顔色だが、その表情は決意に満ちたように笑みが浮かんでいる。
彼の側には、バディである七塚ミラが実体化して控えていた。どうやら、最低限戦える状態に仕上げてきたらしい。
ふらつきながらも、シオンは試合場の中央に歩み寄る。そして、鋭い視線をアヤネに向けると、表情をほころばせた。
「…………」
「…………」
二人の神童は、互いに言葉もなく、見つめ合う。
交わされる目線だけで、全て済んだ。傍らに控えるバディが不審に思うほどに、二人は目線で通じ合い、そして、軽く頷いた。
二人は距離を取ると、霊子庭園を展開し始める。二人の魔力が、中央に置かれた増幅器へと注ぎ込まれて、青いベールを生み出す。
現実を切り離し、情報界との間に虚構の空間が作られる。
生身のコピーである霊子体が作られ、二人の魔法士は、情報で作られた空間へと降り立った。
『それでは試合開始のカウントダウンです!
3、2、1……ゼロ!
試合スタート!』
試合開始のベルが鳴り響いた。
試合の立ち上がりは、意外にも静かだった。
アヤネにしてもシオンにしても、試合においては後手に回りつつも最初は先手を打つことが多いだけに、相手の出方を待つようなその始まりは、独特の緊張感があった。
アヤネの前に立って身構える飛燕は、はじめの一手をどう打つべきか、逡巡する。
その時だった。
「……え?」
どこからともなく、驚きの声が漏れる。
それらは会場中に広がり、ざわざわと観客席がざわめき始めた。それくらい、目の前の状況は異質であり、非常識だった。
さすがに眉をひそめながら、飛燕は怪訝そうに尋ねる。
「ほう。これはどういうつもりかな、少年」
「どうもこうもないさ」
言いながら、目にクマを作った少年が、挑むように飛燕を見上げる。
久能シオンは、たった一人でフィールドの中央まで歩み寄ると、飛燕の前に立ちはだかった。バディである七塚ミラは未だフィールドの端に立って、自身の主を止めようとしない。
単独でファントムと向かい合った少年は、宣言するように言った。
「お前の相手は、僕だ」
※ ※ ※
「やれやれ。何をするかと思えば」
立ちはだかる人間を前に、神霊は小さく嘆息を漏らす。
「今のセリフからは、君が一人で私の相手をすると聞こえたのだが、気のせいかね?」
「気のせいじゃない。まだミラは本調子じゃないし、どのみち、アンタを倒さなければ、アヤとは戦えない。なら、先に潰しておくのが正しい判断だ」
「随分と大雑把な計算だ。人間風情が、ファントムを単独で倒すと? どういう計算ミスをすれば、そんな判断が正しいと言えるのか、教えてもらいたいものだな」
肩をすくめて馬鹿にしながらも、飛燕は注意深くシオンの姿を見る。
久能シオンは、いつものロッド型のデバイスを持っていない。完全に手ぶらというわけではなさそうだが、デバイスそのものを武器にするつもりは無いのだろう。つまり、純粋な魔法戦を狙っていると見ていい。
ファントムを魔法士が単独で倒す――それ自体は、実はそこまで珍しいものではない。
ハイランクほどになると不可能に近くなるが、ローランクならば、不意を打って高ランクの魔法を叩き込めば、物理的に倒すことは可能だ。
だが、それも不意を打つことが前提だ。
こうして直接対峙して、真っ向からの勝負となれば、ファントム側が負ける要因などない。
(対ファントム用の切り札でも用意しているのか。だとすれば、軽々に手を出すのは危険だが)
今この距離なら、飛燕であれば一秒もかからずに、その頭を潰すことができる。
仮に呪詛のような呪いを用意していたとしても、それが飛燕の霊子体を即死させるほどの威力を持つ可能性は、限りなく低い。わずかでも体が動くなら、飛燕はすぐさまシオンにトドメを刺すだろう。どのみち、飛燕が手を出した瞬間、シオンの敗北は揺るがないものになる。
なのに、この自信はなんだろうか。
(もしくは、こうして膠着状態を作ること自体が、作戦の可能性もある、か)
元より、久能シオンは魔法の発動に難のある魔法士だ。今この瞬間にも、魔法式を読み込んで準備を行っている可能性がある。
(さて、どうするかね、アヤネ。手を出せば二者択一だ。私がこの少年を倒してしまうか、それとも私の方が致命的なダメージを食らうか。どちらにしろ、君にとってはあまり良い展開にはならんだろうが)
(やっていいわ。飛燕)
念話を通じて指示してきたアヤネに、迷いはなかった。
(アイツがそれを望んでいるんなら、勝負しなさい)
その言葉に、飛燕は頷いた。
全身に気を巡らせる。丹田より練った気を全身に満たし、内力を高める。そして、まっすぐに目の前の少年を見下ろした。
やるならば、狙うは一撃必殺だ。
余計な声掛けはいらない。敵に対して向けるのは拳だけでいい。目の前に立った時点で、等しく葬るべき敵であることに、変わりはない。
そうして、久能シオンの無防備な頭を潰さんと、雷光の如き拳が振るわれる。
常人には視認が不可能な速度。武の神霊が繰り出す全力の拳は、仮にファントムが相手であっても、回避に手こずる一撃だった。人間程度では、回避どころか防御も間に合わない。
終わったと、誰もが思った。
その中で、一人だけ。
久能シオンだけは、ギラついた瞳でその拳を迎え撃った。
「―――ッ」
次の瞬間。
膝をついていたのは、飛燕の方だった。
「……、な、ん」
思わず、飛燕は驚愕の言葉を漏らす。
『な、な、なんということでしょう!』
会場中が息を呑む中、円居教諭の実況が高く響き渡る。
『絶体絶命と思われた久能選手、まさかまさかの、ファントムに一撃を叩き込みました!』
『……おい、久能のやつ、今何をしたんだ』
会場中が動揺に包まれる中、すぐさま身を起こした飛燕は、わずかに距離を取って構え直す。
微かに右胸が痛むが、肉体のダメージ自体は大したことがない。
それに対して、久能シオンは酷いものだった。
左拳は砕けてボロボロで、身の丈を超えた能力の行使に、頭痛をこらえるように顔をしかめている。
それでも、シオンは不敵に、ニヤリと笑ってみせた。
「どうした、飛燕。仕留めきれてないぞ」
「……一体、何をした」
「さあな。見えてない、ってことはないだろ」
挑発するように言うシオンに、一層警戒心を高めて、飛燕は身構える。
シオンの言うとおり、今起きたことは、言葉にすれば単純だ。
彼は飛燕の拳を右腕で払いながら、逆にカウンターを叩き込んだのだ。
驚くべきは、その練度である。
ファントムの拳を払ったと言うだけでも驚愕なのに、更に反撃まで行ったのだ。それも、飛燕が反応できないほどの、見事なカウンターだった。
最も、カウンターを行った左拳が砕けているのを見るに、純粋な身体能力で反撃をしたわけではなさそうだった。
(右腕……か)
そこでようやく、飛燕はシオンの右腕の異変に気づいた。
彼の右腕の周囲から、光が反射したような輝きが放たれていた。
都合七つの光は、どうやら小さな鏡が放っているらしい。右腕を守るように円環する小さな鏡は、それ自体が高濃度の魔力の塊になっているのが分かる。
よりによって右腕か、と。
飛燕はわずかに、苦笑いを浮かべる。
「なるほど。どうやら、無策ではないらしい」
気を取り直しながら、飛燕は今一度、拳を握り込む。
詳しいことは分からないが、久能シオンの右腕には、七塚ミラの能力の一部が埋め込まれているらしい。
神霊の力の一部を借りているとなると、話は別だ。その代償がどうであれ、油断も手加減もする訳にはいかない。
構え直した飛燕を見て、シオンは煽るように言う。
「来いよ武術家。次はしっかり仕留めてやる」
「フン、減らず口を。その驕り、後悔するが良い」
再度、飛燕は全身に気を巡らせる。
今度はアクティブスキルを利用した、確実な一撃を用意する。
彼の原始となった武術家の代名詞にして、一撃必殺の拳。それと相対した者は、一人の例外もなく誰もが地に沈められ、ひとりとして防ぎきったものはいない、天下の崩拳。
半歩崩拳、あまねく天下を打つ。
狙いは心臓。
仮に右腕で防御されても、それごと打ち抜く。内功を高めることで強化された拳は、対象に触れた瞬間、強力な気功を相手の気脈を通して全身に叩き込む。
そして。
呼吸の間を突くように、飛燕は崩拳を繰り出した。
「ああ……そう、それだ」
それに。
久能シオンは、右腕をあわせながら、我が意を得たりと言わんばかりに、勝ち誇る。
「僕がお前ならそうするし……お前が本当に僕なら、そうすると思った!」
飛燕の拳と、シオンの右腕がかち合う。
その時だ。
彼の耳に、幻聴が響いた。
【シオンくんには、本気の拳を向けたほうが良い】
まずい、と思ったときには、もう遅かった。
彼が崩拳を決め手に選んだ時点で、結果は決まっていた。その選択をした瞬間、託宣の神が残した言霊が発動する。
行動そのものではなく、その行動によって与える効果を、事代主は制御しようとしたのだ。
その結果を悟りながらも、飛燕はおのが内功を止めることが出来ない。
拳を通じて気功が久能シオンの右腕を襲う。気脈を通じて全身を逆流する気功は、人体を破壊しないギリギリの隙間を疾走する。
右腕の周囲に浮かぶ七枚の鏡が、輝きを放った。
鏡と鏡の間を、気功が駆け巡る。
シオンの右腕の表面が裂け、血しぶきが舞うが、問題ない。すでに飛燕が放った気功は、シオンの右腕から離れている。
鏡の間を経由して、強力なエネルギーの塊が、その因子の元の持ち主へと突き進んだ。
手応えのない拳をシオンの右腕につけたまま、飛燕は目を剥いて語気を荒くする。
「久能シオン……貴様……ッ!」
「が、っ、はっ……。あ、ぁ。は、ぎ、うぅ……は、は」
頭痛をこらえるように頭を抱えたシオンは、懸命に意識をつなぎとめるように、飛燕をまっすぐに睨みつける。
その瞳は、明確に告げていた。
僕の勝ちだ――と。
「愚か者め。勝ち誇りながら、ここで果てろ!」
内功を伴った一撃は防がれたが、続く外功は防ぐ手段はない。
シオンにとって頼みの綱である右腕はだらりと下ろされているし、左腕は砕けてまともに力が入っていない。
下手に気功を用いた一撃よりも、単純な膂力による攻撃こそが、正しい判断だった。それを察した飛燕は、すぐに左の手刀を下ろす。
だが、それは間に合わなかった。
二人の直ぐ側に、巨大な鏡が現れた。
それはフィールド中を覆うように、合計七枚が次々と召喚される。
豪勢な装飾が施された、絢爛な鏡だ。
その意匠には創り手の哲学が込められていて、鏡という存在を映えさせるために、ありとあらゆる技術が使われていた。
名を、『七環神魔鏡』。
その魔鏡の創造主たる神霊は、膨大な魔力を撒き散らしながら、鏡と鏡の間を疾走する。
新たな因子を得たその存在は、一つの暴力だった。
『鏡』の因子と『循環』の因子を最大限に発揮させ、目にも留まらぬスピードで鏡から飛び出した彼女は、シオンと飛燕の間に割って入ると、思いっきり蹴りを放った。
かろうじて防御に成功した飛燕だったが、それでも数メートル吹き飛ばされる。
「ちぃ、間に合わなかったか」
「うん、そして、わたしは間に合った」
舌打ちをする飛燕に対して、悠然とその神霊は答える。
普段のセーラー服ではなく、今は武術家風の衣装を身に纏っている。『拳法』の因子を『模倣』した彼女は、その外見すらも、変化させていた。
その姿には、つい先程までの、力を失った様子は見られない。
むしろ、全身から己が因子の力をほとばしらせる、強力な神霊の姿があった。
「やっと……胸を張って言える」
万感の思いを口にするように、少女は拳を握り込む。
飛燕の構えを真似しながら、彼女――七塚ミラは、はっきりと宣言した。
「ここからは、お前の相手はわたしだ」
ファントム・七塚ミラ
原始『カール・セプトの鏡回廊』
因子『鏡』『循環』『模倣』『黄泉』『牢獄』
因子五つ ミドルランク
霊具『七環神魔鏡』
ステータス
筋力値D 耐久値C 敏捷値B 精神力B 魔法力A 顕在性D 神秘性B
そうして、鏡の神霊は、復活を遂げた。
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