第23話 未熟な英雄と弾き語る詩人



「さあ、始めようか!」


 ローブをはためかせながら、オルフェは高らかに開戦を告げる。

 彼の手には、ビウエラと呼ばれる弦楽器が握られている。それを鳴らしながら、彼は一言、呪文を唱えた。


「『ヘロイズム・ラプソディア』!」


 彼のその発言とともに、ヤヒロの周囲に魔力の渦が作り出される。荒れ狂うマナをまとめ上げたその渦は、彼らにとって盾であり矛でもある。


 そしてそれを、ヤヒロは自身の魔力を用いて制御する。


「『変換セパレーション』『剣を持てハズ・ア・ソード』『矢を構えろセット・アン・アロウ』『それは勇者の一歩だビギニンズ・オブ・ザ・レジェンド』!」


 魔力の渦は、やがて彼の言葉に従い、大量の光り輝く無数の弓矢を生み出す。

 彼自身を守護するように、そして相対する敵を掃討するために、光の弓矢は整列して待機する。


 そして、ヤヒロ自身は手に光の剣を持ち、近距離戦に備える。


 彼が愛用する魔法『始まりの勇者ビギンズ・ナイト

 高密度の魔力を熱エネルギーに変換し、それを一点に固めて武具にする魔法だ。


 この魔法の利点は、一度発動させてしまえば、熱エネルギーを使い果たすまで、その効果が消えないところだ。

 たとえ作成した武具が砕けても、その熱源が残っていれば自然と魔力に引かれて形を作る。


 また、オルフェのスキルで魔力の渦を作っているので、霧散した熱エネルギーは、自然とヤヒロのもとに集まることになる。


 オルフェの魔力が続く限り続く、半永久機関。

 正面から攻めようとすれば矢の弾幕が飛び、仮にそれを避けられても、身体強化を施されたヤヒロが光の剣で相手をする。攻防を同時に行えるこの陣形は、低ランクのファントムくらいなら、倒せずとも圧倒できるくらいだ。


 手始めに光の矢を飛ばそうと、ヤヒロが構えた。

 そのときだった。


「――『其は、火之夜藝ひのやぎ』。『火を産み結び』――『名を迦具土かぐつち』」


 久能シオンがそう口にしながら、手元で巻物を広げていた。

 巻物――おそらくは手作りなのだろう。パピルス紙で作られた不格好な巻物を最大限に広げ、彼は印を結んでその場で魔力を注いでいる。


「展開『両部曼荼羅りょうぶまんだら』――『風天ふうてん』、『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』――」


 そばには、今にも消えそうな七塚ミラが、身体をあずけるようにしてシオンに寄りかかっている。それを支えながら、シオンは両指を組んで次々と印を結ぶ。


「『臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいちんれつざいぜん』――『天元行躰神変神通力てんげんぎょうたいしんぺんじんつうりき』――」


 シオンは早口に、様々な呪文を唱える。

 それは一見すると形をなしているように見えるが、しかしよくよく聞けば、無茶苦茶なのがわかる。


(言葉の発音的に、神道か密教だろうけれど、でも用途が無茶苦茶だ)


 オルフェは専門ではないので詳しい所は分からないが、それでも少しでも魔法をかじっていれば、シオンの体内の魔力が正常に働いていないのはわかるだろう。


 久能シオンが呪符などのアナログの魔法を使うことがあるのは、これまでの対戦データで分かっていたが、巻物というのは初めて見た。

 しかし、今回に関してはそれがうまく作用しているようには見えない。


 だが、久能シオンが無駄なことをするとは思えない。何をするつもりなのかと、オルフェとヤヒロが身構えた、

 その時だった。



 シオンの手元が輝いたかと思うと、次の瞬間、



 ただの爆発ではない。

 フィールドの半分を吹き飛ばすような、火山の噴火のような爆発だった。

 怒号とともに巻き上がる炎と煙。遅れて、熱波が辺りを蹂躙する。


(攻撃――? いや、この様子は、魔法の失敗か)


 本来なら考えられないことだが、正常に魔法式が発動せず、それまでに注ぎ込んだ魔力が誤作動を起こすということは起き得る。

 この大舞台でそれを起こしたというのが信じられないが、しかしこの規模の爆発を、間近で起こす理由が他には考えられない。


(アレだけ無茶苦茶な術式を組めば、無理もないか、――!!)


 オルフェが身構えなおそうとした、その瞬間だった。

 


「な……! が、ぐはっ!」


 それが何かに気づいた時には、オルフェはその物体とともに、十メートルほど吹き飛ばされた後だった。


 弾丸のように突撃してきたのは、人の形をしていた。

 幼い少女の形――七塚ミラという名のファントムが、爆風に乗って吹き飛ばされ、オルフェに激突したのだった。


「へ、へへ。ちゃんと、当たったぁ」


 オルフェと共に地面をバウンドして宙に放り出されたミラは、うわ言のようにそんなセリフを言うと、その霊子体を散らしていく。至近距離で爆発を受けた時点で、彼女の身体は限界だったんだろう。


 後には、地面に叩きつけられるオルフェだけが残された。


(し、信じ、られん。まさか、爆発を利用して、特攻してくるだと……)


 到底信じられないが、ミラの消え際のセリフから考えるに、それこそが相手の策だったのだろう。

 実際、そんな奇天烈なことをされたために、ヤヒロは光の矢の弾幕を射出することもできず、オルフェは無防備に人体弾丸をその身に受けることとなった。


「だ、大丈夫か! オルフェ!」

「い、てて。ああ。なんとか」


 血反吐を吐きながら、オルフェはなんとか言葉を返す。

 オルフェはファントムなので即死とまでは行かなかったが、それでも被弾した腹部は、内臓がぐちゃぐちゃになるくらいの衝撃を受けている。

 ファントムですら致命傷に近いダメージを受けているのだ。もしこれが、生身の人間だったら、ひとたまりもなかっただろう。


(当たったのが僕の方でよかった……いや!)


 安堵しそうになったところで、オルフェはハッと一つの可能性に思い当たり、目をむいて叫ぶ。


「ヤヒロくん! 油断するな! まだ試合は終わってない!」


 もし今の爆発で、久能シオンの霊子体が消滅していれば、その時点で霊子庭園は解けているはずだ。それがないということは、まだシオンは生きている。


 シオンがいた場所は、まだもうもうと煙が立ち込めていて見えない。

 あの中で、次にどんな策を弄しているのか、知れたものではない。一刻も早く対策を取らねば。


 オルフェは懸命に立ち上がろうとするが、内臓とともに背骨もダメージを負ったらしく、うまく立ち上がれない。

 すぐさまスキルで回復魔法を発動させて治癒を試みるが、その僅かな時間がもどかしかった。


「う、このぉお!」


 その間にも、ヤヒロは用意した光の矢を一斉に掃射させていた。

 煙で見えないとは言え、これだけの物量攻撃だ。全てを避けるのは難しいだろう。敵の姿が見えない場合において、飽和攻撃は何よりも有効な手段となる。


 これなら大丈夫だと、オルフェはまた、安心しかけてしまった。

 それが間違いであることに、オルフェはすぐに気づいた。


 そして――ヤヒロはそれに気づく暇もなかった。


「ヤヒロくん! !」

「え?」


 目を剥いて叫ぶオルフェに、ヤヒロは呆けた声を返す。

 その瞬間。

 ヤヒロは、


「あ、が……」


 それは、ロッドによる一撃だった。


 上空――ヤヒロの真上へと降ってきた久能シオンは、鋭い目つきでにらみながら、ロッド型デバイスを、彼の頭上へと思いっきり振り下ろしていた。


 完全に死角となっていた場所。

 真上という、一切警戒していない場所から、久能シオンは襲撃を仕掛けたのだ。


 その一撃で、ヤヒロの頭部がひしゃげ、それと共に、彼の意識は途切れた。


 一秒遅れて、久能シオンの身体は、地面に叩きつけられる。

 彼の霊子体はそこで消滅をしたが、その様子を離れて見ていたバード・オルフェには、この試合の勝者がどちらかは一目瞭然だった。


「ああ、まったく。やられたよ」


 油断はしていないつもりだった。

 けれども、しっかりと不意はつかれた。


 これまで久能シオンにやられてきた数々のプレイヤーたちと同じく、オルフェはやりきれないため息を付きながら、困ったように苦笑いを浮かべた。


(さて。こんな負け方をして、ヤヒロくんのフォローが大変だな、これは)



※ ※ ※



『え……と』


 フィールド上で、霊子庭園が解け、二人のプレイヤーが生身に戻って倒れていた。

 本来ならば勝敗の宣言をしなければいけないのだが、円居は困ったように目を泳がせ、思わずマイクの音を切ってから、隣の西園寺に話しかけていた。


「これ……アリですか?」

「有りも何も、審判は勝敗を告げてるぞ」


 動揺した円居に対して、西園寺は楽しげに笑って腕を組んでいる。

 更にその隣では、ゲストの亥角ケイカが、「えぇ……?」と驚愕の表情でフィールドを見ていた。


 いつまでも黙っているわけにもいかないので、円居は気を取り直してマイクのスイッチを入れると、ためらいがちに口を開く。


『しょ、勝者は、久能選手です! えと……解説の西園寺センセ。これはその……』

『見ての通り、久能が死角をついて、仁々木を仕留めたな。なんだ? もっと褒めてやれよ』


 こらえきれない笑い声を漏らしながら、西園寺は一つ一つ解説をする。


『仁々木の魔法は、前方に対して、面で攻めるような策だった。それに対して、久能は上空から攻めたんだろう。そのためのブラフとして、事前にファントムを爆風でふっ飛ばした……と。やり方は力押しだが、策自体は合理的だ』

『で、でも。最初の爆発で、自滅していてもおかしくないんじゃないですか?』


 あっけにとられていたケイカが、おずおずといったように口を挟む。

 その問いに、西園寺はあっさりと笑い飛ばす。


『そんなもん、事前に防御魔法でも張ってればいいだろ。まあ久能の場合、呪符かルーン文字辺りで代用しているんだろうがな。最初の呪文については、聞こえた範囲だと、『迦具土の力の借用』『風の操作』『呪術の制御』の三つだった。ありゃ多分、途中で失敗するのが前提の式だ。成功するのは風力操作だけで、あとは失敗して、あえて暴走させたってのが真相だろう』


 久能シオンの持つ魔力的に、あれほど大規模な爆発を起こすだけでもかなり難しいはずだ。

 それを、自分の身の丈に合わない呪術を使うことで、あえて暴走させて火力だけを引き出したのだと西園寺は見抜いていた。

 爆発さえ起きれば、あとは吹き飛ばされた後の位置調整ができればいい。風力操作はそのための術式であり、上空で僅かな方向の調整を行っていたのだろう。


 西園寺の解説を聞いた観客の反応は、賛否両論だった。

 失敗前提の魔法式や、力技なやり方を批判する者。乱暴ではあるが、合理性によって組み立てた策を褒める者。こんなものはマギクスアーツの決着ではないと、怒りを見せる者。


 そういった会場のざわめきの中、シオンとヤヒロは担架で運ばれていった。二人共、あまりよくない霊子体の壊れ方をしたので、一時的に意識を失っているようだった。


 円居はもう一度マイクの電源を切って、小さくため息を付いた。


「なんだって、彼はこんな心臓に悪い試合ばかり……」

「それはこないだも話しただろ。今のこいつには、こうするしかねぇんだよ」

「けど、いくら霊子体と言っても、こんな事を続けていたら、精神が先に駄目になりますよ」


 霊子体で負った傷は、基本的には生身に反映されない。とは言え、その傷を受ける精神は、間違いなく本人のものだ。痛覚情報も多少カットされているが、霊子体を動かすためには、ある程度の感覚共有は必要となる。

 生身が傷つかないことを良いことに、何度も擬似的に死に続け、終いには精神的に壊れてしまったプロのプレイヤーの話は、有名な話だ。


「そのぉ。ちょっと疑問なんですけど」


 そんな円居の不安をよそに、おずおずと、亥角ケイカが西園寺に尋ねる。


「いくら防御手段を取っていたと言っても、やっぱり久能くんの霊子体の耐久度、ちょっと異常じゃないですか?」

「まあな。確かにこいつ、精神力がBランク判定だから霊子体の維持能力は高いんだが、それでもちょっと持ちすぎだ」


 爆風の衝撃も相当なものだろうし、さらに空高く飛び上がって落下するだけでも、意識を失ってもおかしくない。

 そんな状況で意識を保ち続けただけでなく、あまつさえ的確に相手の頭部を叩き割ったのだ。相当な精神力である。


 それに対して、西園寺は一つの予測を立てていた。


「なあ亥角。最初に授業で、霊子体の作成を教えられた時、霊子体に対してどんな風に意識をつなげればいいって言われたか、覚えてるか?」

「えっと……仮想現実でのアバターのイメージ、ってやつですよね。五感は全て情報で、実体とは切り離して考えるという」

「そう、それが基本だ。教師としては、霊子体は生身とは違うというのを強調する。何故かと言うと色々理由はあるんだが、一番の理由としては、霊子体を本体と同じ感覚で扱ったら、精神がとても持たないからだ」


 だからこそ、感覚的には『もう一つの肉体』ではなく、『肉体の延長線上』という扱いで、霊子体を作ることが推奨されている。

 そうすることで、霊子体で受けたダメージを、精神にも『ただの情報』として処理させることが目的だ。


「だが、久能の場合は違う。ありゃ、完全に自分の肉体として考えてやがる」


 おそらく久能シオンが霊子体の作製を覚えたのは、神童時代なのだろう。

 まともな師がいない状態で、見よう見まねで作り始めたのだ。それも、ゲーム目的ではなく、実地調査のための霊子体として。それなら、肉体の延長として扱わなければ意味がない。


「ウィザードリィ・ゲームでも、俺達は生徒に、『霊子体はあくまでアバターだ』と教えている。だから、精神に過剰なダメージを受ける前に、さっさと意識を落としてしまうのが身についているんだ。これはセーフティだから問題ではない。だが、久能の場合は」

「生身の実践と同じ感覚で、ゲームを戦っている……そう言いたいんですね、西園寺先生は」


 それは確かに、強いだろうと。亥角ケイカは思った。


 仮にもケイカは、昨年度ユースカップでベスト8まで勝ち進んでいる。それくらいの次元になると、霊子体の持ちが異常に良いプレイヤーは多くいる。シオンもまた、そういったタイプの一人なのだろう。

 マギクスアーツは、霊子体の崩壊が敗北条件だ。逆に言うと、最後のひとかけらでも霊子体が残っていれば、負けはしない。


 つまり、久能シオンを倒すには、一撃で意識を刈り取るか、霊子体の魔力を根こそぎ霧散させるかのどっちかしか、勝ち筋がないことになる。

 つくづく、厄介な選手だ。


「どうだ? 亥角。久能と戦ってみたいか?」


 マイクの電源が切れているのを確認して、西園寺はあえて尋ねてみる。

 亥角ケイカは、自身のプライドを自覚しながら、それでも肩をすくめて言った。


「はは。ごめんですね。もう一人の方ですら嫌なのに、こんなびっくり箱、進んで戦いたいだなんて思わないですよ」


 亥角ケイカは、昨年度ユースカップに出場した在学中三人の内の一人だが、他の二人と違って、久我アヤネとの試合を行っていない。

 それは、単純に勝負をしたくなかったからだ。

 自身に何の理もない戦いを嫌って、ケイカは断った。


 こんなところで、自身の手の内を明かすのはゴメンだと。


 久能シオンと久我アヤネ。

 どちらも、本当に倒す気なら、初見殺しで一撃の元に決着を着けるのが一番だと、彼女は自分が戦うときのことを考えながら、そう断じたのだった。





 仁々木ヤヒロVS久能シオン


 勝者・久能シオン



 テクノ学園校内リーグ戦初日は、そうして幕を下ろした。


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