第22話 仁々木ヤヒロとバード・オルフェ
放課後。
試合場となる競技施設は、大きな盛り上がりを見せていた。
テクノ学園において一番大きな中央競技場。五百人は収容できる観客席は、熱気と期待に満ちていた。
ユースカップの代表を決める試合は、いわば学内のトップを決めることに等しい。自然と、お祭りムードのようなものが出来上がっていた。
これから毎日、放課後の二時間を利用して、代表者によるリーグ戦が行われる。
『レディースアーンドジェントルメーン! さあ今年もやってきました、ユースカップ代表決定戦! これから五日間、このテクノ学園における、最っ強を、決める勝負が、始まるのだぁ!』
用意された実況席で、円居教諭がテンションを最大限に振り切って、会場を盛り上げようとマイクパフォーマンスに力を入れる。
その様子には、半ばヤケクソ感が漂っていた。
その隣で、面倒くさそうにあくびをする西園寺教諭が、やる気のない合いの手を入れる。
『おー、気合入ってんな、円居。さてはシラフじゃねぇな』
『ろくでもないこと言わないでくださいよ西園寺先生。私はシラフです! 勤務時間ですよ……って、ちょっ、西園寺先生!? なに缶ビール持ち込んで』
『はいはい。というわけで、実況は一学年副主任の円居で、解説はこの俺、二学年主任の西園寺が担当するぜ。いやあ、下っ端って辛いねぇ。おい知ってるか? この時間ってサービス残業なんだぜ。特別手当が弁当だけって洒落になってねぇっつうの』
『洒落になってないのはお前の方だ、この不良教師!』
ボコォッ、と。
硬い金属で頭を叩く音がマイクに反響する。
『おっと、マイクの音源を切るの忘れてました。てへ♪ さ、気を取り直して!』
『……おい聞いたか? ちゃんと今の打撃音を聞いてたかお前ら。今この女、マイクで俺の頭を殴りやがったぞ』
『今日のゲストを紹介します! 今日はこちら、昨年度ユースカップに出場し、ベスト8に入った実力者。三年実技B科の、
『よろしくお願いしますー』
実況席で行われるコントじみた掛け合いと、試合への感心の高まりで、競技場の盛り上がりは最高潮に達そうとしていた。
そんな中、試合の順番を待つ選手たちは、各々が気持ちを落ち着けるのに必死だった。
※ ※ ※
一日目第四試合
Cブロック二組目
仁々木ヤヒロVS久能シオン
・
魔力性質・固形
魔力総量C 魔力出力D 魔力制御C 魔力耐性C 精神強度C 身体能力C 魔力感応B 術式構築C
・バード・オルフェ
原始『吟遊詩人』
因子『歌』『英雄譚』『記録』『伝承』『冥界』『虚構』『宗教』
因子7つ ハイランク
ステータス
筋力値E 耐久値D 敏捷値C 精神力A 魔法力A 顕在性E 神秘性B
三年実技A科。
仁々木ヤヒロ。
神咒宗家の一角、親和派の仁々木家次男である彼は、気が弱かった。
外見は優男で、細面な顔は常に気弱に笑っている。ひょろりとした長身に対し、ノミの心臓を持つ彼は、とにかく自分に自信がなかった。
魔法の大家の出身であるため、魔法には幼い頃から触れていて、実力もそこそこである。しかし、上にはできた兄と姉がいて、常に比べられていた彼は、自信を持つという感覚を持っていなかった。
学校の成績評価では、常に『積極性に欠ける』の一文が記述されるような人生を送ってきた彼であったが、そんな彼も、三年にしてついにユースカップ代表の候補に選ばれることになった。
決して積極的に動いてきたわけではないのだが、これまでの十八年間積み重ねてきたものが、ようやく結実したといえるだろう。
そんな彼であるが。
現在、用意された控室で身を震わせていた。
「無理だ。無理だって。こんなの俺の出る舞台じゃないって。ああもう無理。帰りたい。どこでも良いから帰りたい……」
「どこでも良いからって、それは帰るといえるのかい? まったく、なんで君は、この大舞台を前にして、ダンゴムシみたいに丸くなっているのかな?」
声をかけたのは、白い羽毛のローブを着た、金髪の男性だった。
バード・オルフェ。
ヤヒロの契約ファントムであるオルフェは、困ったように額に手をあてながら、どこか芝居がかった口調で言う。
「ああ、まったく。我が主ながら、とことん本番に弱いものだ。せっかくの大舞台だと言うのに、士気を高めるどころか体を丸めていると来た。この国には『ノミの心臓』という言葉があるが、ヤヒロくんの場合はそれだね。繊細で素敵じゃないか」
「貶しているのか慰めているのか、どっちなんだよオルフェ」
「もちろん貶しているとも」
肩をすくめて見せながら、おどけたようにオルフェは言う。
「数多くの人間を鼓舞してきた僕だけれど、さすがにノミの士気は高められないからね。僕の詩が力を持つのは、英雄的存在に対してのみだ。弱気なだけの君を鼓舞することはできないからね」
「だから何度も言ってるじゃないか」
オルフェの言葉に、ヤヒロはジト目を向けて、ムキになったように言う。
「俺には英雄なんか向いてないって。こんな予選でだって、心臓が張り裂けそうなくらい苦しいんだぞ。俺みたいな気弱な人間に、そんな大層な役割は務まらないよ」
「そんなことはないと思うけれどね」
後ろ向きなヤヒロの発言に、あくまでマイペースに、オルフェは告げる。
「英雄というのは資質ではなく行動の結果だ。それも、困難な状況であればあるほど、行動は評価される。その点君は最高だ。気弱で後ろ向きで、その割に実力だけはある。君のようなやつが一歩を踏み出すのが、物語的には一番盛り上がるんだよ」
「……それはおだててるのか、それとも貶しているのか?」
「もちろんおだてているとも」
したり顔でそう言ったオルフェは、皮肉げに口角を上げてみせる。
「なにせ君は、この僕を救ってくれた男だ。君をおだて上げる言葉なんて、百や二百、簡単に口にしてみせるさ」
「やめろって。だから何度も言っているだろ。あんなの誰だって出来たことで、俺は別に……」
「誰だって出来たことだった。けれど、やったのは君だ」
穏やかな表情で、オルフェはそう口にする。
バード・オルフェは、三十年前に終結した戦争で活躍したファントムの一人だ。
オルフェは単体の強さだけでなく、周囲の存在も強くすることができた。彼としては十分に人類のために働いたつもりだったが、その強大な力を恐れた魔法士は多かった。
彼らは様々な呪法を用いてオルフェを封印しようとした。言葉や五感、思考を奪い、最終的には霊核そのものを封じられてしまった。
そうして二十年以上、彼は複数の魔法の大家において、管理されることになった。
その封印を解いて、バディ契約を結んだのが仁々木ヤヒロだった。
「君が封印を解くだけでなく、強引に契約を結んでくれたから、僕は暴走せずに今ここにいる。コレはね、ヤヒロくん。僕にとって英雄的行為だった。だから僕は、君を英雄として語るよ」
「いい迷惑だよ、まったく」
「ああ、そうさ。詩人なんてもんは、勝手に英雄譚を語るだけだからね。英雄当人に取っちゃ、迷惑極まりないだろうね」
にやりと笑って、詩人の神霊は手を伸ばしてきた。
「さて、落ち込むのはそこまでだ、僕のヒーロー。力を奪われていた僕を救ってくれた男が、こんなところで足を止めるのは良くない」
「別に落ち込んじゃいねぇよ……ただ萎縮してただけだ」
オルフェの手を取って立ち上がったヤヒロは、小さく息を吐く。
大舞台には慣れていない。
これまでの人生で、ヤヒロ自身が主役だったことなど、数えるほどしかないのだ。萎縮するのも仕方あるまい。
しかし、バディにここまで言われて、縮こまったままというのも情けない話だ。
口から心臓が飛び出しそうな気分を味わいながら、ヤヒロは立ち上がって準備を始める。
外では、直前に行われていた第三試合が終わったらしく、大きな歓声が起きている。そんな外の要素を極力意識しないように、ヤヒロはデバイスの調整に集中する。
それを見ながら、オルフェは腕組みをして考える。
(さて、緊張は仕方ないが、気持ちは多少前向きになってよかった。これで最低限、戦いにはなるだろう)
地力はあるのだから、戦いになれば多少の不利くらいならはねのけることができる。それに、オルフェは元々、サポートが得意なファントムでもあった。
あと不安があるとすれば、対戦相手のことだ。
(元神童、久能シオン。これまでの試合を見る限り、大した選手ではない……はずなのだけれども、結果だけを見れば連戦連勝。立場が違えば、間違いなく英雄として讃えたいくらいだ)
彼の試合は、全てが格上との戦いだ。
勝機がない状態から、不意を打ったり奇策を弄したりして、勝因を引き寄せて勝っている。場合によっては卑怯と言われるような手段も取る辺り、本当に余裕が無いのだろう。
(こういった手合とは、長期戦はするべきじゃないよね。ヤヒロくんの緊張もあるし、短期決戦で一気に決めて、自信をつけさせよう)
昨夜のうちに話していた策の中で、具体的な方策をヤヒロにアドバイスをしたところで、入場のアナウンスが入った。
ヤヒロはガチガチに緊張したまま、試合場へと足をすすめる。その背後を、オルフェは静かについていく。
会場は歓声に満ちていた。観客席には、多くの生徒が試合の様子を見守っている。
『さあ、第四試合の選手入場です!』
円居教諭の声がマイク越しにフィールド中に響き渡る。
『まずは赤コーナー、
困ったらとりあえずこいつに頼れ、一緒に困ってくれるぞ!
精密制御とマメさが取り柄の頼れる男、三年、仁々木ヤヒロ選手の登場だ!』
実況からの選手紹介に、会場が湧き上がる。
その迫力に気圧されたのか、ヤヒロは思わず足を止めそうになる。
それを、オルフェは右手で、強引に彼の背を押した。
「う、わわ!」
たたらを踏むように、ヤヒロは試合場へと足を踏み入れる。
舞台の中心に立った彼は、辺りの歓声を一身に受ける。ビリビリと震える空気に、全身の血が沸き立つのを感じた。
フィールドの中央で呆然と佇むヤヒロに、オルフェは楽しげに声をかける。
「さて、やっぱり緊張で足が動かないかい?」
「……いや。震えは止まらないけど、悪くない気分だ。……うん、やれる」
覚悟を決めたのか、青い顔をしながらも、厳しい表情を真っ直ぐに前に向ける。
彼は臆病だが、こうして一度やれると言ったときは、大丈夫だとオルフェは知っていた。
あとは――対戦相手の問題だ。
『次は、青コーナー!
一体何故勝てるのか。
そう思われながらも拾った白星は数知れず。
凋落した神童が今帰ってきた! 一年、久能シオン選手!』
遅れて、久能シオンが試合場に入場してくる。
こちらも、あまり健康とはいえない顔色をしているが、過去のデータを見るに、それはいつものことらしい。
一つだけ不審なのが、傍らにファントムが立っていないことだった。
『おっと、久能選手。なぜか単独での入場です。ファントムのミラさんはどうしたのでしょう』
単独で試合場に入場したシオンは、そのまま中央へと歩を進めていく。そして、定位置についたところで、ようやく審判役の教師から、注意を受けた。
「君、ファントムはどうした?」
「はい。今、実体化させます」
そう言って、彼は電子端末に魔力を通して、己のバディを召喚する。
久能シオンの契約ファントム、七塚ミラ。
実体化した彼女は、今にも消えそうなほどに弱々しかった。かろうじて実体化をしているといった様子で、いつ実体が解けてもおかしくなかった。
それを離れてみていたオルフェは、怪訝な表情をする。
(様子がおかしいな。ここに来て、ファントム側の不調か?)
だとすれば随分間の悪い話だ。もちろんそれは、こちら側にとって朗報でもあるが。
「な、なあ。オルフェ。相手、なんだか様子がおかしくないか?」
「ああ、そうだね。どうも不調そうだ。けど、油断は禁物だよ。その隙をこそ、あの少年は狙っているのだからね」
「う……ああ。わかってるさ。あの一年のことは、昨日散々話したからな」
気の弱いヤヒロとは何から何まで違う、一年の生徒。
意志の強さと残酷なまでの冷静さ。いっそ人間味を感じない久能シオンという少年は、ヤヒロにとって別世界の住人のように感じた。
けれど、こうして向かい合ったからには、同じ土俵で戦うことになる。
『さてさてー。二人の選手が霊子庭園を展開し始めているのですが、西園寺先生。この二人の対戦カード、どう見ます?』
『仁々木は派手なところはないが、堅実な競技者だからな。奇策が得意な久能からすると、少々責めづらい所があるだろう。どちらが主導権を取れるかが勝敗の分かれ目だな』
『あら意外。思ったより普通のコメントが聞けました』
『てめぇは俺を何だと思ってんだよ』
『前の試合はふざけまくってたくせに、そういうセリフ言わないでくださーい。では、続けて亥角さん。仁々木くんとはクラスは違いますが、何度か戦っていますよね。それを踏まえて、どちらが優勢だと思いますか?』
『仁々木さんの遠距離制圧式は、私でも突破するの手間取りますからね。そういう意味で、久能選手が主導権を握るっていうのは難しいのではないかと――』
外野で好き勝手に言われているのを聞きながら、ヤヒロは霊子庭園の展開に集中する。試合開始が近づくごとに心臓の音は重く激しくなっていったが、反対に、不思議と意識は澄み切っていった。激しい心臓の音を、他人事のように聞いている自分がいた。
そんな彼の姿を見て、オルフェは安心する。いつも通り、気弱で消極的なまま、しっかりと前を向けているのならば、大丈夫だと。
周囲は青いベールで包まれ、ヤヒロとシオンは霊子体にその身を転換される。
『それでは、試合開始のカウントダウンです! みなさん、一斉に!』
試合開始までのカウントダウンが始まる。
三、二、一……
ゼロ!
試合開始。
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