第11話 ダークホース


 久我アヤネの復学と予選参加は、多くの生徒に衝撃を与えた。

 あの神童の片割れであり、正体が全く不明のダークホース。それだけでも、注目されるだけの理由にはなる。

 もう一人の神童である久能シオンが、良くも悪くも目立った活躍をしているだけに、久我アヤネの話題性は凄まじかった。


 だが、そうした話題性のみに留まらない注目を、久我アヤネは実力で示した。


 木曜日。

 彼女が復学して、たったの四日のことである。


 その時点で、彼女はバディ戦において全戦全勝――一日三試合から四試合、それも、ランキング上位のバディとばかり対戦して、それらを全て下してきているのだった。


 現在の順位、二十位。

 予選期間終盤から参戦し、可能試合数にも限りがある中で、この快進撃である。それも一年の、研究科の生徒であると言われれば、自然とファンのようなものが出来てもおかしくない。


 残り試合期間は、今日と明日の二日しか無い。

 このまま順調に勝ち星を上げていけば、久我アヤネは間違いなく本戦に参加するだろう。


「ほんと、とんでもない子が居たものね」


 伏義イズナは、久我アヤネの試合を観戦しながら、小さく息を漏らした。

 そんな彼女に対して、後ろから声がかけられた。


「調子はどうだ、伏義」

「どうもこうも。ようやく持ち直しましたよ。先生」


 イズナが振り返ると、そこには二年実技B科の担任、西園寺矢風さいおんじやかぜが立っていた。


 ジャージ姿に角刈りといった大柄な男性。見るからに体育会系な外見で、中身も似たようなものだ。男性らしいガサツさを嫌がる女子生徒も多いが、イズナは彼のさっぱりした気概が存外気に入っていた。


 西園寺教諭は、手すりに手をかけて興味深そうに競技場を見下ろす。


「あれが噂の神童第二号か。何だ伏義。こないだ一号に負けたばっかだってのに、今度はこっちを狙ってんのか?」

「まさか。私だって、そんなに何度も、負けるかもしれない戦いはしませんよ」


 正直な気持ちを述べたイズナに、西園寺は驚いたように目を丸くする。


「驚いた。『アレ』は、そんなにすげぇのか」

「……はい。私見ですが、久能くんよりはるかに」


 言いながら、イズナは端末を取り出すと、一つのデータを表示する。




 魔法士・久我アヤネ

 一年研究科 選択なし

 魔力性質:流形、固形

 ステータス:魔力総量C 魔力出力D 魔力制御D 魔力耐性E 精神強度C 身体能力・測定不能 魔力感応C  術式構築・不明


 ファントム・飛燕(フェイエン)

 原始『■■■』

 因子『拳法』『気功』『遁甲』因子三つ。ローランク

 霊具『■■■』

 ステータス:筋力値B 耐久値C 敏捷値C 精神力B 魔法力D 顕在性B 神秘性D




 見せられたバディのステータスを見て、西園寺は眉をひそめる。


「ステータスだけ見たら、とても強そうには見えねぇな。むしろ、上位にいることが不思議なくれぇだ。けど、現実問題として、あいつらは勝ってる」

「私も、自分の目で見るまでは信じられませんでした。それは、久能くんにも言えることですけどね。彼女たちは、本当にこんなステータスで、全戦全勝なんて真似をしています」


 イズナの解説に、西園寺は顎にて当てて考える。


「ファントムが強いのかと思ってたが、ステータスはそうでもないな。因子三つのローランクで、ステータスは平均より少し下。となると、ファントム自身の戦闘技術が飛び抜けているパターンか。生前の記憶が色濃く出てるんだな」


 ファントム同士におけるステータス差というのは、覆すことのできない力の差である。スキルによる一時的な底上げなどで不意は討てるが、所詮はその場限りだ。


 仮にそのステータス差を埋めるものがあるとするならば、その元の人格――自身の能力を十二分に発揮し、戦いを優位に運べる知性こそがものを言う。


「確かに、ファントムの方の戦闘技術は、格上と戦うやり方を心得ている感じです。純粋な体術のみで戦っているのを見るに、高名な武術家が神霊になったのではないかと」

「武術家、か。たとえ正体がわかっても、弱点が付きづらくはあるな」

「こちらはまだ良いんですよ。問題は、久我さんの方です」


 競技場を見下ろしたまま、イズナは悔しそうに言う。

 そこでは、幾重も魔法を重ねた久我アヤネが、相手を圧倒している姿があった。浮遊した車椅子を自由自在に操りながら、彼女は相手の魔法士を追い詰めていく。

 その自由な姿は、とてもハンデがあるプレイヤーには見えない。


「自信喪失しますよ。もし自分が、彼女と同じステータス状態で戦えなんて言われたら、まともにやれる気がしません。何より久我さんは、車椅子ですよ。デバイス代わりにしているにしても、移動手段が相当限られているのに、とんでもない立ち回りです」

「……具体的に、どういう戦い方なんだ?」

「一工程から二工程の魔法の積み重ねです。本当に、それだけを的確に行って、最大限の効果を発揮させる。理屈では簡単ですけど、それを再現するのはとんでもない技術です」


 この三日、イズナは自身の試合以外では、ほとんどの時間を久我アヤネの試合を見ることに費やしてきた。他の生徒の情報ならばある程度持っているが、アヤネだけは全くないので、どういった戦い方をするのか興味があったからだ。


 そうして見続けた上での結論が、自分では敵わないというものだった。


「もちろん、試合になれば勝算がまったくないわけじゃないです。ただで負けるつもりはありませんけど、十戦して勝ち越せるかと言うと、難しいと思います。とにかく、戦略の幅が広すぎて、こちらが何かしたら、すぐに対策を立てられるでしょう」

「お前がそこまで弱気になるのは、なかなかだな」


 昨年からイズナのことを指導してきた西園寺からすると、彼女の弱気な姿は新鮮だった。


 おそらくは、久能シオンとの試合での敗北が効いているのだろう。勝ち目は十分ある戦いだったが、それでもなお上回られた。そのショックは大きいはずだ。

 だからこそ、西園寺としてはシオンと戦わせるのは反対だったのだが、イズナ自身がどうしてもと言ったのだ。


「ま、実力の差ってのを感じられるんなら、それだけお前も強いってことだ」


 敗北の後、三十位代にまで順位を下げたイズナだったが、すでに十位代にまで戻ってきている。大きな敗北でも無い限りは、本戦出場は間違いないだろう。

 だからこそ、ここで久我アヤネに挑むような冒険は出来ない。


「別に十回中全勝する必要はねぇんだからな。一回を勝てるように、頑張ればいい」

「はい。そのつもりです」


 答えながらも、イズナは一時も競技場にいる久我アヤネから視線をそらそうとしない。

 すでに彼女は、本戦に向けて意識を切り替えている。この様子なら大丈夫だろう。


 どうやら競技場の方では、久我アヤネの試合が終わったようだ。結果はアヤネの勝利。薄氷を踏むような勝利で、勝った方も大きく憔悴しているようだが、それでも勝ちは勝ちだ。


 そんなアヤネの元に、一人、近づいていく生徒が居た。


「ほほう」


 それを見て、西園寺はにやりと笑う。

 どうやら、イズナのような生徒が他にもいるらしい。



※ ※ ※



 久我アヤネは、試合を終えて荒い息を整えようとしていた。


 彼女は事故の後遺症で、魔法を使うたびに体の一部の痛覚が刺激される障害を負っていた。魔力を巡らせる流路の障害であり、どの部分が痛むかはその時々で違う。


 出来る限り痛みを覚えないように魔法の行使を行っているのだが、競技ともなるとそんな加減ができる余裕は少なくなる。最終的には、痛みなど二の次で、とにかく勝つために魔法式を組み続けるようになった。


 そうして――ここまで、無敗で来ている。


「無理をしたようだが、身体は大丈夫か、アヤネ」

「問題ないわ。アンタの方こそ、大きなダメージは負ってないでしょうね」


 気遣うような飛燕の言葉に、アヤネは強気で返す。実際は、想像以上の激痛が走ったので泣きたいくらいだったのだが、そんな弱った姿を見せる訳にはいかない。


 なにせ、クラスメイトが見ているのだから。


「久我さん! お疲れ様」

「すごいよ、棟方先輩にも勝っちゃった! これ、本当に行けるんじゃない?」

「アヤネちゃん、お水飲む? あ、飛燕さんもどうぞ」


 勝利を収めたアヤネに、クラスメイトが数人駆け寄って、アヤネのサポートをしてくれる。

 それに対して、彼女は痛みを隠しながら、にこやかに笑いかけながら言う。


「ありがとう。大丈夫、ちょっと疲れただけだから。お水、もらうわね?」


 体の感覚が戻ってくるのを待って、アヤネは差し出されたボトルを受け取る。魔力にはまだ多少の余裕があるが、想像以上に身体が憔悴している。


 先程試合をしたのは、三年研究科の棟方ミネ先輩だった。初期ランキングこそ四十七位だったが、この予選期間中に順位を上げ、今朝方の発表では、二十六位だった。

 そんな彼女は、負けたにも関わらず、親しげにアヤネの元にやってきた。


「完敗だったわ。最初は一年との試合なんて、と思ってたんだけど、あたしの思い上がりだった。これだけ実力を見せつけられたら、素直に認めるしか無いわ」

「先輩も、すごかったですよ。思わず、本気出しちゃった」

「はは、本気か」


 まいった、とでも言うように、頭を掻きながらミナは言う。


「再起不能になっても、神童は神童ってことね。あたしでも勝てるかも、なんて思ったのが、そもそもの思い上がりだったのかな。これであたしのリーグ戦出場は絶望的だけど、あたしの代わりに、頑張ってよ、久我ちゃん」

「ええ。やるからには、しっかり勝ちますよ」


 二人は厚い握手を交わし、それぞれの健闘を称え合った。


 そうした選手同士の友情を見て、さらに周りも沸き立つ。

 アヤネの所属する一年研究科からは、半数以上がアヤネの応援のために取り巻きとなっていた。

 それだけではない。今では、アヤネを応援するファンは学年問わず多い。

 レーティング戦最後の一週間になって、突如として現れたダークホースに、多くの生徒が熱狂していた。


 その中心でにこやかに笑い、生徒たちからの人気を集めているアヤネは、誰にも悟られないように、心中で小さくため息をつく。


(疲れるけど、うまく事が運んでるのはいいわ)


 人当たりのよい外面に対して、冷めた内面が、冷静に自分のことを眺めている。


 何か間違いを犯していないか。誰かの不興を買っていないか。計画に支障はないか。目的を阻害する要因を作り出しては居ないか。

 アヤネにとって、コミュニケーションとは物事を円滑に運ぶための手段でしかなかった。実際その認識は正しく、彼女はこの四日間で、瞬く間に友人を増やし、レーティング戦を順調にこなしていった。


 クラスメイトのアヤネへの対応は、どこか信奉じみたものもあった。性急な信頼関係の構築の所為でもあるが、それだけアヤネの人心掌握能力が高い証拠でもある。


 かつてはコミュニケーションの全てを久能シオンにあずけていたアヤネだったが、必要とあらば、こうして自ら行うことも出来る。才女たる彼女だからこそ、出来る芸当でもあった。


(でも、ちょっとやりすぎちゃったかも)

(落ち着いたら少し対応を変えないと、教祖様にでもされちゃいそう)


 そんな風に、心のなかで冗談をつぶやく。


 復学する時点では、ここまで派手にやるつもりはなかった。せいぜい久能シオンに対して見せつけてやろうと言った、意地の悪い感情があったくらいで、目立つつもりはなかったのだ。


 きっかけがあるとすれば、先週の金曜日。

 顔見せとして、入学以来はじめて訪れる教室に入った時に、暗い空気を感じた時だった。


(淀んでいた)

(みんな、何かを諦めて、やる気も望みもなくしていた)


 クラスメイトは、新しい仲間であるアヤネを歓迎してくれた。

 表面上は、明るく結束のあるクラスと言った感じで、性根のネジ曲がったアヤネから見ても、そこが優しいコミュニティであることを認めた。


 けれど、結束の強いコミュニティというのは、裏を返せば、強い結束が生まれる理由があるということだ。


 研究科クラスの生徒は、実技科クラスに対しての防衛として、結束を強くしていた。


 テクノ学園におけるクラス分けは、実技A、実技B、研究、技術といった四つの分類で行われている。

 これは、将来的に魔法士が進む進路に近いクラス分けでもあるのだが、裏事情として、一年時は入学時の魔法の成績でクラスが振り分けられる。


 研究科と技術科に所属する生徒は、実技科に比べて魔法の能力が低い。

 そうした価値観がスクールカーストを生み、実技科に対して研究科や技術科は、肩身の狭い思いをするという環境が作られていた。


(研究科クラスに満ちた諦観は、自信の無さだ)


 自分たちは落ちこぼれだという、無意識の過小評価。


 アヤネからすれば、馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。

 これまでも、定期的に手続きや試験のために保健室登校はしていたが、その時に見た実技科の魔法実習の様子は、大したものではなかった。

 インターハイの予選についても、シオンの試合のついでに録画を幾つか見たが、一部の特出した生徒を除けば、多くの生徒については、実技科も研究科も大した差はない。


 差があるとすれば、この諦観だ。

 初めから諦めている人間に、大きな成長はない。


(誰かに期待するなんて感情、持ってなんて居ないんだけど)


 それでも、と。

 テクノ学園の一年生に流れる、ある種の閉鎖された空気を見ながら、アヤネは思ったのだ。


(大した実力も無いくせに、調子づいているのを見るのは、癇に障るわ)


 だから、喧嘩を買ってしまったのだ。


 丁度、クラスメイトに絡んでいる先輩が居た。その先輩のことは知らなかったが、元から負けん気が強いアヤネは、一日中鬱屈した空気を感じていて、我慢ができなくなったのだ。


 結果として、学園内でも上位の実力を持つ叢雲ツルギに対して、ぼろぼろになりながらかろうじて勝利を収め、それが理由でクラスメイトの信頼を勝ち取る事となった。


 土日休みを挟んで、アヤネは自分の目的を再度確認し直した。

 今になって復学した理由。

 復学した上で、何をするつもりだったのか。


 自分が何をしたいのかを、冷静に見つめ直して。

 そして、決めた。


「みんなに協力してほしいの」


 月曜日、クラスメイトの前で、アヤネは頭を下げた。


「今までずっと休学してた私が、こんなことを言うのは図々しいとは思う。でも、私一人じゃ、あと一週間でレーティング戦を勝ち上がるのは絶対に無理だから、助けて欲しい」


 猫をかぶって、

 全力で演技をして。

 けれど、真摯な思いだけは偽らずに、アヤネはクラスメイトに協力を求めた。


「ねえ。鼻持ちならない実技科の連中を、見返してやらない?」


 そして、クラスの半数が協力をしてくれることになった。


 それだけ、実技科クラスに対して苦々しく思っている生徒が多かったということだろう。快く協力を引き受けてくれたクラスメイトたちは、その日から、上級生へとアプローチをかけ、アヤネの対戦相手を探してくれた。


 もう半分のクラスメイトについては、徐々に信頼を得ていった。

 簡易的な感情操作の魔法も使いはしたが、それも最初だけだ。四日目の今は、そんなことをしなくても、クラスメイトのほとんどがアヤネを頼りにしてくれるようになった。


 そして現在。

 クラスメイトの協力もあって、アヤネは二十位にまで上りつめていた。


「久我さん。今日はどうする? あと一戦くらいなら、フィールドが空いてるみたいだけど」


 レーティング戦の期間は、今日と明日で終了である。

 ここまで来ると、本気で順位を狙っていない生徒は、試合自体を行わなくなるので、フィールドの空きが増えてくる。魔力が続くのであれば、出来る限り試合数を稼いで順位上げを行いたいところである。


 先程の棟方ミナとの試合で消耗はしたものの、あと一試合くらいなら、余力がある。


「そうね。誰か、相手をしてくれる人がいるなら――」

「なら、俺が相手をしてもいいか」


 不意に掛けられた声に、アヤネを取り囲んでいたクラスメイトたちが、一斉に振り向く。

 その全員に、緊張が走った。


 そこに居たのは、男子生徒だった。

 透き通るように白い髪と、体幹のしっかりとした上背がある少年。制服のタイプが同じなので、どうやら同じ一年らしいことが分かる。

 彼のそばには、彼より更に長身の女性ファントムが立っていた。燃えるような赤い髪と、顔面の火傷の痕が、その存在の荒々しさを表している。


「……ええ、そうね」


 ひと目見て、アヤネも彼の実力を察する。


 彼らは、おそらく上級生を含めても、トップクラスのバディだろう。



 一年実技A科、明星タイガ。

 一年の主席の生徒であり、現在、校内ランキング三位の少年だった。



「――ぜひ、お願いしたいわ」



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