第12話 武侠の神霊VS暴虐の竜王


 魔法士・明星泰河

 一年実技A科。実戦魔法士

 魔力性質:固形

 ステータス

 魔力総量B 魔力出力B 魔力制御A 魔力耐性C 精神強度B 身体能力C 魔力感応B 術式構築B


 ファントム・千頭和ナギニ

 原始『■■■■■■■』

 因子『人』『竜』『蛇』『天候』『毒』『翼』『火』『捕食』『不死性』

 因子9つ。ハイランク

 霊具『■■■■■』

 ステータス

 筋力値B 耐久値A 敏捷値B 精神力B 魔法力B 顕在性C 神秘性A



 対戦前に、互いのステータスを確認し合う。

 さすがのアヤネも、そのステータスを見ると、言葉を失った。


「噂には聞いてたけど、何よこいつ。化物じゃない」


 ステータスだけ見れば、プロリーグにそのまま入れるくらいである。


 明星タイガ。

 一年の主席。今年度のインターハイの予選では、三つの競技に出場し、さらにはマギクスアーツのバディ戦で、全学年でベスト4に入っている。予選中の怪我でインハイへの出場こそなかったが、かなりの実力者であることがわかる。


 ランキング公開時点において、すでに校内ランキング十位という順位であったが、このレーティング期間中にさらに順位を上げ、現在では一年生にして第三位に上り詰めている。


 試合の映像なども見たことがある。

 戦術の甘さはあるものの、高いステータスに依存しきらず、堅実な魔法の行使ができる優等生である、というのがアヤネの評価であった。


「バディの方も、噂に違わぬと言うべきか。このレベルとなると、もはやSランクの霊子災害と規模は変わらないな」


 隣で、飛燕がそんなことをつぶやく。その言には、アヤネも全面的に同意だった。


 ファントムである、千頭和ナギニ。

 9つという因子数を持ちながら、それを使いこなす実力を兼ね備えている。ステータスにしても、ほぼ全てB以上であるので、並のファントムでは勝負にもならないだろう。


「さて、どうするアヤネ」


 因子三つのローランクである飛燕は、シニカルに笑いながら腕組みをする。


「おそらく、この四日間で戦ってきた中で、最強の敵だ。今回ばかりは、死力を尽くしたからと言って勝てるとは限らんぞ」


 そう、武人は試すように、アヤネへと尋ねる。

 それに対して、アヤネは冷静に答える。


「いつも通りなら、アンタが前衛、私が後衛のパターンだけど、おそらくこのファントムはそれでは止められないわ。生半可な対応だと、すぐに突破されてしまう。なら――アンタには、千頭和ナギニの相手に集中してもらう」

「うむ、適切だな」

「これだけステータスの差があったら、長期戦になると地力の差が出る。短期決戦よ。アンタが千頭和ナギニの相手をしている間に、私が明星を倒す」

「一つ、確認をしてもいいか?」

「なに?」


 現状における最適解を口にした主人に向けて、従者は静かに自分のやるべきことを確認する。


「『相手をする』とは、足止めだけで構わないのか?」


 そう、気取った様子で偉丈夫は挑発を口にした。

 その不遜なまでの言い分に、アヤネはくすりと苦笑を漏らす。


「……吠えるじゃない。いいわ、好きにしなさい、飛燕」

「相分かった。では、この『武』の因子、存分に振るうとしよう」


 作戦会議を終えた二人は、敵バディへと向かい合う。


 相手もすでに戦略を立て終わったのか、フィールドの真ん中で待っていた。

 泰然とした様子で佇む明星タイガと、威風堂々と大地を踏みしめる千頭和ナギニ。その眩いまでの出で立ちは、最強のバディと呼ぶにふさわしかった。


「よぉ、神童二号だな。いや、お前の方が一号なんだっけか?」


 千頭和ナギニが粗野な声で絡んでくる。気楽そうに手を頭の後ろで組みながら、挑発するような目線をこちらに向けている。


 それを聞き流しながら、アヤネは明星タイガへと視線を向ける。


「シオンと仲が良いらしいわね。聞いてるわよ。神童に憧れてたんですって、あなた」

「ああ。そうだな。俺達にとって、君たちは伝説だった」


 ガントレット型のデバイスを手に装着させながら、タイガはそれに答える。


 二人の神童。

 それに感化された人間は多い。当時、魔法に関わっている人間は、誰もが二人の動向を気にしていたはずだ。その中には、同年代の子どもたちも少なからず居ただろう。


 しかし――タイガは、淡々と目の前のアヤネに向かって言う。


「だが、俺が憧れたのは久能だ。君ではない」

「……そう」


 その答えを、アヤネは聞き入るように目を閉じ、そして頷いた。


「分かるわ、その気持ち」


 おそらく誰よりも。

 誰にも、負けないほどに。


「始めましょう。準備はいい?」

「こちらはいつでもいい。始めよう」


 霊子庭園が展開される。

 フィールドは、オーソドックスな闘技場タイプ。

 障害物のない体育館ほどの広さで、地面が盛り上がって試合場をかたどっている。


 青いベールで覆われた空間で、アヤネとタイガは向かい合う。そばには互いのファントムが控え、試合の開始を今か今かと待ち構えている。


 そして、カウントがゼロになり、試合が開始した。


「さて――」


 ゲームスタートと共に、千頭和ナギニが吠えた。



「挨拶代わりだ! うまく避けろよ、神童!」



 ナギニは地面を蹴ると、大きく飛び上がる。


 彼女が地を蹴っただけで、足元の地面ははじけ飛び、衝撃波が辺りを襲う。

 砕けた地面の破片が飛び散り、砂埃が巻き上がる。

 音速を超える勢いで空中に躍り出たナギニは、思いっきり上体を逸らすと、そのまま右腕を振り下ろした。


「ッ! まずい!」


 いち早く飛燕が反応した次の瞬間には、ナギニの拳は地面へと振り下ろされていた。


 無造作に振り上げた拳を、ただ振り下ろしただけの攻撃。

 しかしそれは、どんな爆撃よりも派手な衝撃を伴って、地面に大きなクレーターを作った。


「く、まるっきり化物だな、これでは」


 目の前で行われた暴力を見て、飛燕は冷や汗とともにそうつぶやく。


 間一髪、飛燕はアヤネを車椅子から抱きかかえ、数十メートル後方へと飛び退いていた。衝撃の余波からアヤネを守りながら、その埒外の暴力に厳しい顔を見せる。


 ただ腕をふるっただけで、この破壊力である。


 砂埃に塗れながら、千頭和ナギニはにやりと笑ってみせる。

 その足元には、先程までアヤネが座っていた車椅子の残骸がある。破壊された車椅子は、霊子の塵となって消滅する。


「済まない。対応が遅れた。君の足を奪われた」

「構わないわ。今のは最適な行動だったはずよ。それより、任せるわよ」

「相分かった。最善を尽くそう」


 飛燕はアヤネを地面に座らせると、一歩前に出て構える。

 右腕と右足を前に出し、足を大きく開いた構え。中国武術の形意拳の構えを取ると、相手の出方を待つ。


 そんな飛燕を見て、ナギニが軽く腕をふるって挑発をする。


「はっ。今のをみて、迎え撃とうとするとはいい度胸だ」


 にやりと火傷痕のある顔を歪め、ナギニは楽しそうに歩を前にすすめる。


「なら、どこまで受けられるか、試してみようじゃないか!」


 言葉とともに、ナギニは急加速して、体全体で突撃しながら右腕を槍のように突き出す。


 それを、飛燕は真正面から迎え撃つ。

 ナギニの右の突きに対して、同じく飛燕も右手を前に出す。そうして相手の腕に手を添えると、突きの軌道を僅かに逸らしてみせた。


「ふっ――! ハァッ!」


 さらに、受け流しの勢いを利用して踏み込みながら、飛燕は左の掌底を、ナギニの左胸へと叩き込んだ。


 五行拳火行・砲拳。


 相手の突きの威力を殺し、その勢いのまま心の臓を討つ。完璧なカウンターだった。


 しかし――

 砕けたのはナギニの身体ではなく、飛燕の左腕の方だった。


「効かないねぇ」


 攻撃を受けたナギニは、胸元に打ち込まれた掌底を平然と見下ろす。

 飛燕の左拳は砕けて皮膚が裂け、腕全体がボロボロに破裂していた。


「ぐぅ……ちぃっ」


 飛燕は左腕を引き戻しながら、顔をしかめる。


「悪いね。アタシは頑丈なんだ。生半可な拳は、打ち込んだ方が砕ける」


 千頭和ナギニの耐久値はAランク――彼女の持つ『竜』の因子のパッシブスキル、『竜王覚醒・悪竜ナーガラージャ・ガドゥルー』は、一定ランク以下の攻撃を無効化する鉄壁の鎧である。


 彼女に攻撃を通すためには、まずこのパッシブスキルを超えなければならない。


 ナギニは笑いながら、半歩身を引く。

 彼女は引いた姿勢から飛燕の左腕をカチ上げると、無防備になった彼へと低い体勢から攻撃を仕掛ける。

 腕をムチのように振るうナギニに対して、飛燕はすぐさま飛び退く。


 ナギニの右腕が空を切る。

 ただそれだけで、暴風のような衝撃が巻き起こった。

 その暴風に煽られるようにして、飛燕は地面に叩きつけられた。


 一つ一つの動作が、危機感を覚えるほどの威力を誇る。

 恐ろしいのは、ナギニはそれらの行動を、歩くのと同じレベルで振るっていることである。あらゆる意味で、ファントムとしての格が違う相手であった。


「なんだ、もう終わりか、武術家。こちとらまだ朝の運動にも足りないんだぜ」


 起き上がろうとする飛燕を煽るように、ナギニはゆうゆうと歩きながら近寄る。


 それに対して、飛燕は皮肉げに口の端を歪めながら答える。


「なに、あまりに心地よい風だったものでね。つい涼んでしまったよ」

「かかっ。挑発だけは一丁前だ。なら、次は休む暇も無いくらい遊んでやるよ!」


 またしても、ナギニは地面を砕くほどに踏みしめて、飛燕に襲いかかる。


 左腕を砕かれた飛燕は、それをぶらりと垂らしながら、右腕だけで構えを取る。


 目の前には圧倒的な暴力が迫っている。

 その一挙一動が死へとつながる敵を前に、飛燕はちらりと自身の立ち位置を確認する。


 敵との距離、向き、それらを瞬時に判断し、僅かに体勢をそらしながら、小さく呟いた。


「奇門遁甲――景門」


 目の前には、どんな攻撃も効かず、全ての動作が攻撃につながる埒外の暴力。


 おそらくは、百回やって百回敗北することは必至であろう。

 何度シミュレーションしようとも、前提となる数値が違いすぎる。まぐれや偶然の入り込む余地が無いほどに、彼我の力の差は歴然だ。絶望的な性能の差は、決まりきった試行回数だけでは覆らない。


 されど。

 この世において、不可能はあっても絶対はない。


 前提が変わるだけで物事は形を変える。


 そうして――絶対を過信した竜に対して、百一回目の奇跡をここで掴み取る。


「――セイッ」


 交錯の瞬間。

 飛燕は再び、ナギニの右腕に右手を合わせる。


 次の瞬間、ナギニは顔面から地面に叩きつけられた。


「……な、に」


 右腕を掴まれて、そのまま背負投で地面に打ち付けられた。


 持ち前の頑丈さで大きなダメージは食らっていないようだったが、予想外の出来事に彼女は軽く混乱していた。


 対応できるはずも、ましてや反撃できるはずもない。千頭和ナギニの暴力とは、柔術で受け流せるほど生易しいものではない。ナギニの持つ膂力は、不用意に近づく者全てを破壊し尽くす、暴力の塊であるはずだった。


 にも関わらず、飛燕は見事にナギニを投げ飛ばしてみせたのだ。


「さて、まだ終わりではないぞ。八門――生門!」


 飛燕は、まだナギニの腕を掴んだままだった。

 彼は右腕を振り上げると、そのままナギニを振り回す。

 雄叫びを上げながら、二度、三度と地面に叩きつけ、最後に高く放り投げる。


「く――こんのっ」


 空中で身動きがとれないナギニは、苦々しく顔を歪める。

 そこに、飛燕は右足を前に出しながら、右の掌底を突き上げる。


 五行拳水行・鑚拳。


 掌底を利用したアッパーカットは、千頭和ナギニの右肩に叩き込まれる。


「――『点穴・経絡乱し』」


 攻撃の瞬間、飛燕はアクティブスキルを発動させる。

 魔力がはじけ飛び、ナギニの身体を射抜いたのが見て取れた。


 地面に落ちたナギニを見て、飛燕は飛び退きながら間合いを取る。

 攻撃は確かに通ったのだが、対するこちらの被害も大きい。左腕ほどでは無いが、右腕も攻撃の余波で腫れ上がっている。力加減を間違えたら、骨が砕けていただろう。


 それでも、成果は確実にあった。


「ぐ、てめぇ、何しやがった……」


 自身の身体の不調に気づいたのだろう。

 ナギニは、射抜くような目で飛燕を見る。


「今は大して強そうじゃねぇのに、途中で妙に強くなりやがったな……それだけじゃない。随分と奇妙な拳じゃねぇか」

「さてね。そちらの暴力に比べれば、些細な小細工だよ。それより、少しは目が覚めたかね?」

「か、かか。そうだな。寝起きにしちゃあ、いいもんもらったからな」


 ナギニは右腕をだらりと力なくおろしたまま、正面に立ちふさがる。

 右肩から腕にかけて、まったく力が入らないのだ。


 飛燕の掌底は、ナギニのパッシブスキルを貫通したどころか、因子の一部に傷を負わせていた。

 現在の彼女の防御力は、普段より三割ほど下がっている。


 点穴・経絡乱し。


 人体の急所たる『点穴』に内力を叩き込むことで、経絡を遮断する武侠の技術。

 つまりは、魔力の流路を潰すことで、一時的に魔力の循環をせき止めるスキルである。一定ランク以上の神秘性があれば回復が可能であるが、少なくともこの試合中は、彼女の右腕を奪ったと考えていいだろう。


 その事実を確認したナギニは、にやりと楽しげに笑みを浮かべた。


「アタシは右腕、アンタは左腕。互いに一本ずつ奪われて、おあいこってとこか?」


 そのナギニの挑発に、飛燕は右手を振りながら、気の抜けた態度をとる。


「悪いが、こちらは今ので右腕も手負いになってね。少し加減してはもらえないだろうか?」

「そんな甘い提案、聞くと思うか?」

「期待ぐらいはしてもよかろう」

「かか! やだね!」


 愉快そうに笑いながら、ナギニは突撃を開始する。

 それを、飛燕は真正面から受けた。


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