第2話 ユースカップとレーティング戦
ウィザードたちの冬の祭典。ユースカップ。
毎年一月に行われる、新人魔法士たちのマギクスアーツの大会である。
参加資格は、競技魔法士の登録をして二年以内のプレイヤーで、初参加の者。
インターハイとは違い、一般の選手も多く参戦してくる全国大会であり、新人魔法士の登竜門として、毎年注目を集める大会である。
十一月中旬。
国際魔法テクノロジー学園では、そのユースカップの出場をかけた予選が行われていた。
毎年十一月になると、テクノ学園ではマギクスアーツの成績ランキングが発表される。これは、ファントムとのバディ契約をしている魔法士に限ったランキングで、一定のレーティングを元に、学年関係なくランク付けされる。
このランキングに登録された生徒は、三週間、レーティングをかけた模擬戦をすることが許される。二日に一度、ランダム対戦で自動的に試合が組まれる他、毎日自由に対戦相手を選んで試合をしても良い。
その勝敗は毎回記録され、毎日ランキングは更新される。
そして、上位十五人による総当り戦を行い、最終的に上位六名が、ユースカップの代表として登録されることになる。
さきほどの天城セイヤとの試合も、そのレーティング戦だった。
模擬戦が終わり、シオンは試合場から観戦エリアへと移る。魔力の少ないシオンは、一日に二試合が限界だ。すでに二試合を終えてしまった彼は、疲れきった身体をベンチに預ける。
休憩をしていると、声をかけられた。
「お疲れ様。随分といい試合だったじゃないか」
声とともに、ほてった頬に冷たい感触がつけられる。
スポーツドリンクのボトルは汗をかいていて、ひんやりと心地いい。つられてそちらに顔を向けると、長い黒髪をした、外見だけは清楚なお嬢様然とした少女が立っていた。
草上ノキア。
クラスメイトであり、先月から特別な関係となった女子生徒だ。
スポーツドリンクを顔に押し付けてくる彼女に、シオンは軽口を返す。
「いい試合に見えたか?」
「嫌味だよ。貴重な一試合だというのに、相手の得意分野を攻めるなんて、随分と余裕だなと思ってさ」
ボトルを受け取るシオンに、ノキアは楽しげに笑いかけながら、そっと側に座ってみせる。
「ミラちゃんは、おやすみ中かい?」
「ああ。ダメージも大きいけど、何よりふてくされてる。デバイスの中で修復中だ」
「そりゃあ、あんな無茶な戦い方すれば、ダメージも大きいだろうさ」
挑発的な口調が一転し、気遣わしげに、ノキアが尋ねる。
「大丈夫かい? そんなギリギリを何度も繰り返したら、身体ももちろんだけど、気持ちが持たないだろう」
「仕方ない。僕はみなより劣ってるからな」
ドリンクのボトルを受け取りながら、シオンはしみじみという。
「今のままじゃ駄目だ。だから、手数は増やさないといけない。そのためには、普通のやり方じゃ間に合わない」
無茶をするのも、無謀を図るのも、全ては次へとつなげるためだ。
力のないままの自分に、納得するつもりはないと、言外に言う。
それは、半年前からすると考えられない変化だった。
鏡のファントム――バディである、七塚ミラを一番にする。
その目的を得てから半年。少しずつではあるが実績を積み、いつしか学内での勝率は、かなり高くなってきた。
定期的に行われる実習での模擬戦では、かなりの成績をおさめるようになった。
搦め手の多い戦い方ではあるが、その分対策が取りづらいというのが、シオンとミラのバディを相手にする時の周囲の評価だった。
「怠け者の私からすると、君たちの姿はストイックすぎて、正直眩しいけれどね」
何気ない仕草で、ノキアは「よいしょ」と体を寄せてくる。
肩と肩が触れ合うくらい近づきながら、ノキアはすまし顔で言う。
「まあ、そんな君達だからこそ、最初から校内ランキング三十四位なんて結果を出したんだろうけれど」
「………」
ノキアの言葉に、シオンはしかめっ面で返した。
校内ランキング三十四位。
自分にくだされたその評価に、はじめは何かの冗談かと思ったほどだった。
このランキングは、ファントムとのバディ契約をしている生徒を対象としたものだ。
一年でバディ契約をしている生徒はわずか二割ほど。二年、三年と契約率は上がっていくが、全校生徒がファントムと契約を結べるわけではない。
六百人前後いるテクノ学園高等部の中で、今年、バディ契約をしている魔法士の生徒はおよそ二百八十人。
つまり、二百八十人中、三十四位という評価をシオンは受けていた。
身に余る評価だと、彼自身思う。
シオンはかつて、神童と呼ばれていた。四年前までの彼は、確かに誰もが賞賛するだけの実力を備えていただろう。しかしそれも、魔法実験の事故で全てをなくしてしまった。
全身の四割が人工細胞や人工臓器に変わり、多くの障害を負った。魔力は全盛期の三割程度しか無く、操作能力は壊滅的となっている。
今の彼は、通常の魔法を扱うのにも、他者よりも何倍も時間をかけなければいけない。複雑な術式を組む知識があっても、それを発動させるのに時間がかかってしまうのだ。それもあって、実技の成績は壊滅的と言っていい状態である。
だが、ことバディ戦となると、戦績が跳ね上がっているのも事実だ。
「まあ、実習の授業や、たまにやってた放課後の模擬戦でも、君たちの勝率が上がってきてたしね。君たちのステータスでその勝率なら、自然とランキングも上がるさ。現に、今は二十四位だろ? 徐々に順位を上げているのは実力がある証拠じゃないかい」
「そうは言うが、僕個人の実力としては、未だに最低ラインも超えてないよ」
実技の試験だけで言うなら、赤点ラインの科目が幾つかあるくらいだ。
筆記科目などで稼いでいるので成績自体は悪くないが、実際の実力は、何ら変わっていないと言える。バディ戦で勝てるのも、七塚ミラというバディがいるからこそである。
自分は、四年前から何ら成長していないという、忸怩たる思いがある。
しかし――
「でも、せっかくくだされた評価だ。精一杯利用してやろうとは思うさ」
レーディング戦。
シオンの成績と釣り合わない評価を、心良く思わない生徒は多いため、連日のように、試合の申し込みが行われていた。
レーティングをかけた試合は、期間内であれば何試合でも出来る。しかし、条件が二つある。
一つは、開校期間中の学内施設を利用しての試合であること。
もう一つは、ランダム対戦以外では、同じ相手との試合はできないこと。
予選期間は実質三週間しかないので、出来る限り毎日試合をする必要がある。
一つのトレーニング施設で展開できる霊子庭園は、リソースに限度があるので、自然と順番待ちが生まれる。
事前に対戦相手を決めて予約するか、もしくは挑戦者募集という形にしての予約となる。
双方の合意があれば試合場を予約できるのだが、それがない場合、抽選での対戦相手決定を待つ必要がある。放課後の限られた時間、対戦の予約がない場合、その日はレーティング戦ができない可能性すら出てくる。
その点、シオンは、相手の方から試合を申し込んできてくれるので、安定して毎日試合場の予約を入れることができていた。
すでに予選が開始して二週間が経過している。今日の天城セイヤとの試合は落としてしまったが、ここまで連日接戦で勝利してきているので、順位自体は高順位を保っている。
「あとは、高順位の相手と戦わないと、大きく順位は上がらないってことが難点、ってところかい? いくら雑魚を倒しても仕方ないだろうしね」
「雑魚ってことはない。みんな僕より実力は上だから、毎回必死だよ。ただ……なすすべもないってことは、少なくなってきた」
さすがに、今年ユースカップに出られるだなんて、大きく出るつもりはない。
ただ、どちらにしろ通過点だ。
校内予選も、ユースカップも、言ってしまえば通過点なのだ。
「ミラが目指す場所を考えたら……こんなの、大したことないよ」
「ふぅん。随分、変わったもんだね。君も」
目を細めながら、感慨深げに言うノキア。
そうは言うが、変わったといえば、彼女の方も相当変わったといえるだろう。いつもつまらなそうで、眠たがってばかりいたお嬢様が、最近は実技の授業をサボることもなくなり、積極的にこの予選にも参加している。今日も、先程予約が一つあったはずだ。
肩を寄せ合うようにして、無邪気な笑みを浮かべている彼女を見ながら、シオンは尋ねる。
「そういう草上の方は、どうだったんだ? 随分早かったようだけど」
「大したことない相手だったからね。君の試合を見たかったから、すぐに終わらせてきた」
なんてことないといった風に言って、ノキアは自分の分のスポーツドリンクを飲む。
シオンもドリンクに口をつけながら、軽口を叩く。
「そんなこと言って、また即効で降参したとかじゃないのか?」
「はは。まあ、そうしても良かったけれどね」
どこか自慢気に、彼女はすまし顔で答える。
「さすがに模擬戦でそれをやるのは、相手に失礼だからね。全力で叩き潰してきたよ。本戦だったら降参していたかもしれないけれど」
「逆だろ。本戦で本気出さないでどうすんだよ」
「いや、そうでもないよ?」
ニヤニヤと笑いながら、ノキアはうそぶく。
「模擬戦は練習だから相手のために本気を出すけど、本戦は自分のためだから手を抜く。ほら、十分に理にかなっているだろう?」
どうだい? と自慢げに言う彼女の姿に、シオンは思わず吹き出してしまう。こういうところは相変わらずな彼女の答えに、一気に気持ちが緩むのを感じた。
それでこそ、と言うべきだろうか。
ノキアのこういう自由な考え方が、シオンは好きだった。
――草上ノキアと交際を初めて、一ヶ月半が経つ。
この交際には、様々な事情が入り混じっているので、純粋なものとは言いがたい。
だが、それでもノキアの存在は、日に日にシオンにとって大きなものとなっていた。
元来、人付き合いが良い方でないシオンが、自然と共にいることを選ぼうとする。それだけでも、草上ノキアという少女が、久能シオンにとって大きな存在になっている証だろう。
無論、そんな内心を表に出す気は無いが。
二人は試合場を眺めながら、当り障りのないような会話をダラダラと続ける。
と、そんなことを話していた時だった。
「ようやく見つけたぜ」
唐突に、声をかけられた。
「お前、一年の久能だろう?」
振り返ると、そこには体つきの良い、上級生らしき生徒がいた。
逆だった茶色の髪に、攻撃的なつり目。制服は着崩され、見るからにガラが悪い。しかし、そんな粗野な外見と引き換えに、口調はどこか親しげだ。
見たことはあるかもしれないが、知った先輩ではない。
その生徒のことは、草上ノキアが知っていた。
「何のようだい。ツルギくん」
彼女は嫌そうに顔を歪めながら、彼に対して牽制するように言った。
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