第1話 校内バディランキング



 国際魔法テクノロジー学園。

 通称、テクノ学園。


 日本に六校ある魔法学府のうちの一校であり、魔法を技術普及の観点から研究することに特化した学校である。

 その特性上、技術者の排出こそを目的にした校風であるが、大前提として魔法士の育成がある。その過程で、魔法の扱いが得意であるに越したことはない。


 特に、現在の魔法業界は、スポーツ興行としてのウィザードリィ・ゲームを重視する方向にシフトしてきている。

 サポート技師としての職業もありはするが、何よりも花型となるのは競技選手だ。故に、魔法学府としてもその方面を無下にはできない。


 戦争が終わり三十年。

 争いではなく、競い合いとして、魔法が使われるようになった。

 テクノ学園でも毎年、八月にある夏のインターハイと、一月のユースカップには選手を出場させている。今年の夏には、一部の競技で優勝をもぎ取ったくらいだ。


 十月の半ばには、冬のユースカップに向けて、校内での選手の選別が始まる。



 会議室には、職員会議として高等部の教師が一同に会していた。


「今年の一年は、見どころのあるのはいるかい。蒲生がもう先生」


 学園長である白樺しらかばの言葉に、蒲生と呼ばれた教師は答える。


「そうですねぇ。やっぱり、明星みょうじょう家の息子が頭一つ抜けていますね。彼は、はっきり言って高校生のレベルじゃない。筆記も実技も、非常に好成績を修めてます」


 一年主席、明星タイガ。

 魔法士としての八つの評価項目の、ほぼ全てがB以上という、とても十六歳とは思えない実力の持ち主だった。また、彼と契約しているファントムは、因子9つのハイランクという規格外の存在である。

 まだ知識面は歳相応の面があるが、それを除けばプロ入りしていてもおかしくないくらいだ。


「まあ、二年や三年には戦上手がいますから、そいつらからすると明星もまだまだですが。基礎能力だけでも大抵の上級生は相手にできると、インハイ予選の時にわかりましたからね」


 蒲生教諭の言うとおり、インターハイ予選における明星タイガの成績は圧倒的で、本戦出場は確実と言われていた。

 もっとも、予選の最後で大怪我をしたため、インハイ本戦には出られなかったのだが、おかげで外部に対して、明星の情報はまだ伏せられたままで来ている。もし代表に選ばれれば、ユースカップではかなりの活躍が期待できる。


「あと、一年では実技Aの蔵前くらまえ、実技Bの舎楽しゃらくあたりが、目覚ましい成績を修めていますね。授業中の模擬戦や、クラスマッチでも十分活躍していますし」

「あのぉ。実技科だけでなく、研究科だって負けてませんよ」


 そう、研究科の担任教師である砂月さづき教諭が口を挟む。


「この半年で彼らも随分伸びましたからね。うちの海原うなばらくんはコンパイル型の魔法式の組み方が上手いですし、阿左美あさみさんなんて、格闘技と魔法の合わせ技がすごいんですから」

「それを言うなら、技術科にも、良さそうな奴がいるって話だろ? ほら、円居まどい先生。お前のとこの草上くさかみ。あいつ、実はすげぇって話だろ」


 話が盛り上がっている中、二年の担任をしている西園寺さいおんじ教諭が、不意にその名を出す。


「あー……草上さん、ですか」


 答えづらい生徒の名前を出されて、技術科の担任教師である円居教諭は、曖昧な顔をする。


 草上ノキア。

 神咒宗家という魔法の大家の一つ、叢雲家の分家筋であり、近年急成長している魔法デバイス事業の会社、草上エレクトロニクスのご令嬢である。

 成績自体はそれほど良くないのだが、それが実は手を抜いているからであることは、学友たちどころか教師陣もよく把握している。


 だからこそ、こういう場で名前が上がるのは分かるのだが……いかんせん、彼女はムラがありすぎるのだった。

 確かに、本気を出せばかなり上位に食い込む実力者なのは確かだが、彼女はそもそも、その本気を出そうとしない。夏のインハイにしても、選手に選ばれておきながら、試合に寝坊して棄権するという愚行を犯したくらいだ。


「まあ、最近はなんだかやる気を出しているようですが、彼女の場合、それもいつまで続くかわからないですからねぇ」


 歯切れの悪い様子で、円居教諭は言う。彼女は毎日のように草上ノキアに振り回されているので、どうにも純粋に実力を見るという気になれないのだった。

 なので、彼女は代案とばかりに、はじめからあげるつもりでいた名前を出す。


「実力者という意味で言えば、うちのクラスでは、やっぱり久能くのうくんを推したいですね」


 その言葉に、皆が固まった。

 やはり、といった空気が周りを包む。


 久能シオン。

 その名は、魔法界において、ある種の伝説ともなっている名前だった。



 ――七年前、二人の神童が魔法界に現れた。


 物理属性のアヤネ・フィジィ。

 概念属性のシオン・コンセプト。


 その二人は、わずか九歳という年齢でありながら、数々の魔法式を発表し、また解呪困難と言われた迷宮型霊子災害をいくつも超抜した。


 そんな彼らは、四年前に魔法の実験による事故で、再起不能になったと言われている。

 その神童の片割れが、久能シオンである。


「久能、ねぇ」


 円居教諭の推薦に、西園寺教諭は手元の端末にデータを表示させつつ、胡乱げな眼を向ける。

 他の教師にしても、半数は似たような反応を見せていた。それも仕方ないと、円居教諭は思う。だからこそ、これは担任である自分が言うべきであるとも思った。


「確かに、みなさんも御存知の通り、久能くんの魔法技能は平均からするとかなり劣っています。そもそも、魔力量が最低値ですからね。しかし、筆記に限って言えば、ほとんどの科目で彼は上位です。語学や社会学と言った一般科目は平均より少し上と言った程度ですが、他の科目に関しては、あの明星くんすらも退けて、上位を取っています」


 それは、魔法分野に限った話ではなかった。

 魔法を扱う際には、数学や科学、果ては哲学などと言った、あらゆる分野の知識が必要となってくる。世界の事象を改変するためには、まずその事象の何たるかを知らなければならないからだ。そのためには、どのような知識も、あって悪いものではない。


 魔法学府に通う学生のうち、魔力の扱いが上手い学生も、最終的にはこの学術方面で壁にぶち当たることになる。ただの受験勉強ならば、知識を詰め込むだけで良いが、それを応用し、自分のものにするには、また別のセンスが必要になってくる。


 久能シオンは、魔法の基礎能力こそ最低値だが、学術方面に関してはトップクラスだった。


「なにより、彼はバディ契約を得ています。その上で行われたウィザードリィ・ゲームの成績は、みなさんもご存知でしょう」


 魔法士は、単独で行動せず、バディを連れることが多い。

 その相手は、霊子生体ファントムと呼ばれる、知性を持った霊体である。

 ファントムに認められて契約をかわしてこそ一人前の魔法士であり、ウィザードである。それこそが、この三十年で確立された考え方だった。


 久能シオンが契約したファントムは、まだ生まれたてのローランクではあるが、仮にもファントムに認められたということは、それだけで一定の見どころがあるといえる。


「もっとも、個人での模擬戦では、目も当てられない成績なんですけどね。それが、ファントムを連れたバディ戦になると、一気に勝率が上がってます」


 実技担当の教師の言葉に、他の教師も賛同する。


「ユースカップは、マギクスアーツのバディ戦が目玉ですからね。そういう意味では、期待できるかもしれません」

「しかし、いくら戦績がいいと言っても、上級生に敵うかはわかりませんよ。ランキング自体は、このレーティング数値よりは少し下に置くべきでは?」

「いや、敢えて際どいラインにおいて、上位陣の反応を見るのもありかもしれん」

「それでは他の生徒に示しがつかないでしょう」

「ですが、彼のバディ戦の成績だけで見れば、この点数は妥当なものだと私は判断します。そこから這い上がれるかどうかは、彼次第でしょう」

「それはそうだが、シングルで戦えない魔法士を、上位にするというのは」

「構わないのではないかね」


 そういったのは、学部長の小山内おさないだった。

 彼は、シワの寄った顔を楽しげに緩めながら、久能シオンへの評価を述べた。


「ユースカップはバディ戦の大会だから、要はバディ戦の戦績が良ければ十分だろう。何より、技術的に劣っていても、策略や駆け引きで勝利をもぎ取るというのは、悪いことではない。そうではないでしょうか、学園長」

「そうだな」


 学園長の白樺もまた、久能シオンの成績データを見ながら、言った。


「この学生の戦い方は、くすぶっている者達にも刺激になるだろう。何も、今年すぐに選抜選手になれるとは思わないが、『可能性がある』くらいの意識をさせて、損はない」


 そんな、幾つかの思惑が交じり合いながら、テクノ学園高等部、校内バディランキングが作られていくのだった。




 ※ ※ ※




 ウィザードリィ・ゲーム。

 それは、魔法士たちの技術を競い合うゲームの総称である。

 その中でも、決闘形式のゲームを、マギクスアーツと呼ぶ。


 霊子庭園と呼ばれる魔法結界の中がゲームフィールドであり、その中で魔法士は霊子体となってゲームを行う。

 霊子体は、現実の肉体と変わらぬパフォーマンスを発揮できるが、その状態で負った怪我などは、ほとんど現実に引き継がれないというメリットが有る。



 放課後のトレーニングルームの一角。

 そこで、霊子庭園を展開してマギクスアーツの試合を行う、二組のバディの姿があった。


 振るわれる刀と、その太刀筋を歪ませる合わせ鏡。

 都合三度目、二つの異能がぶつかり合う。

 敵の攻撃を近距離でさばいて距離をとったシオンは、相棒に向けて声をかける。


「ミラ、構えろ。次、来るぞ」

「うん。わかってる」


 久能シオンの掛け声に対して、バディである七塚ミラが気合の入った声で応える。

 それに相対するは、髪を逆立てた少年と、着流しの着物を来た浪人風のファントムだった。


「さて、主よ。ここまでの三手、見事に防がれたぞ。どうする?」

「うるさい! 小細工はなしだ。こうなったら攻め立てるぞ、カブト!」

「いいだろう。その方が、我としてもやりやすい」


 少年の言葉に、浪人が楽しそうに唇を歪め、腰の刀に手をやる。

 一年実技A科の天城あまぎセイヤと、そのファントム、榊原さかきばらカブトである。


 主人の許可が出たため、カブトは急加速してシオンたちに迫る。

 その動きは、意識の隙間に入るような歩法であり、一瞬にして二人の間合いに入ってくる。

 それに対して、ミラはシオンをかばうように前に出る。


「させない――よっ」


 すんでのところで間に合ったミラは、迎撃の構えを取る。彼女の手には、刀――それも、カブトのものと全く同種の得物が握られている。


 カブトの居合い抜きに対して、その刀を合わせようとしているのだろう。


 ――甘い。


 そう、カブトは心中でつぶやきながら、刀を抜く。

 その速度は神速。

 彼の持つ『切断』の因子を最大限に発揮させた一撃は、敵の持つ贋作など、一刀のうちに叩き折り、その本体すらも両断するだろう。


(まずっ)


 ミラがそれを悟った時には、すでに刀は抜き放たれていた。

 故に――その一撃を避けられたのは、紙一重だった。

 後ろに居たシオンが、更に一手早く、ミラの制服の襟を掴んで引き寄せたのだ。ミラの首の皮一枚を、カブトの振るった刀が切り裂いた。


「あ、っぶな」


 間一髪といったところで、ミラはカブトの凶刃から逃れた。

 その勢いのまま、二人は転がるようにしながら敵と距離を取る。


「『セットアウト』『ブレット』」


 更に距離を取るため、シオンはためていた魔力を一斉に射出する。

 霊子属性によって周囲に保存されていた魔力は、その全てが弾丸のようにカブトへと襲いかかる。

 無論、そのような豆鉄砲がファントムに通用するはずがない。カブトはたやすく、それらを居合の動作で叩き落とす。セイヤの方に向かったものも残らず、彼はしっかりと凌いでみせた。


 そんなことは百も承知だ。

 その上で、ミラがいのうを展開させるだけの時間を、シオンは作り出した。


「ミラ、今だ。『万華鏡・鏡迷宮カレイドスコープ・ミラーラビリンス』!」

「オッケー。まかせて!」


 シオンの指示に、ミラは前に躍り出ながら鏡を前方に突き出した。


 七塚ミラ――『鏡』の因子を持つファントムである彼女は、鏡という存在が持つ全ての概念を内包している。

 場に、無数の鏡が作り出される。

 その一枚一枚が、彼女の力の源であり、彼女の剣であり、盾でもある。


 ミラはそれらの鏡を、敵を囲うようにして展開する。無数の鏡が、榊原カブトの姿を映し、その体の自由を奪う。

 それらの鏡は、相手を拘束する魔法具の役割を持っていた。神秘性の低い彼では、脱出には手間取ることだろう。


 その間に決めると、シオンがロッド型のデバイスを構えた時だった。


「させねーぞ! 『氷結フリーズ』『タイプイーグル』」


 天城セイヤが、魔法式を起動させる。

 彼は氷の鷲を三体創りだすと、それらを一気に特攻させてきた。


 それらは鏡を割りながら、まっすぐにミラを攻め立てようとする。現在、カブトを拘束するために全神経を使っているミラは、それを避けることができない。

 一体はシオンのロッドで叩き落としたものの、二体はそのままミラへと襲いかかった。攻撃を受けて、ミラは瞬間的に行動不能に陥る。


 その隙が命取りだった。


 すでに拘束の大半を解いていた榊原カブトが、居合の構えをとっていた。


 彼我の距離は、実に十メートルはある。あの場から居合い抜きをしたとしても、ここまで刃が届くはずがない。


 届くはずはない、のだが――シオンははっきりと、ことを察した。


「く、『インクルード』」

「遅いぞ。少年」


 厳かにつぶやきながら、カブトは神速の勢いで抜刀した。

 次の瞬間、シオンの頭は真っ二つに叩き割られた。



※ ※ ※



 そんなわけで、完全敗北だった。


「やられた。遠距離攻撃の可能性を、完全に念頭から外していた」


 試合が終わった後、シオンは頭をかち割られた不快な感覚を引きずりながら、すぐに反省会を始めた。

 ミラはと言うと、負けたことに涙目になりながらも、じっとシオンの話に耳を傾けている。


 そんな二人に、高圧的な声がかけられた。


「はは! 俺の勝ちだ。どうだ技術科。まぐれは二度続かないってことだな」

「はぁ。スマンな、少年。身の程を知らぬ主人で」


 試合に勝って気を良くした天城セイヤと、それを前に頭が痛そうにしている榊原カブトだった。

 このバディとは春に一度模擬戦をしたことがあり、今回はそのリベンジマッチでもあった。


 尊大な態度を取るセイヤに対して、シオンは素直に言う。


「ああ。今日は完敗だ。最後の攻め手を見誤った」

「ふん、当たり前だ。お前なんかに、二度も負けるものか。まぐれでランキング上位になったからって、調子に乗るんじゃないぞ」

「……なあ、ご主人よ。あまり偉そうな態度を取ると、後で痛い目を見るからやめないか?」


 セイヤの態度を見て、気まずそうにカブトがさり気なく言う。しかし、それに気づくような主人では無いことはよくわかっていた。


 この勝負、シオンはいくつかの縛りのもとで模擬戦を行っていた。

 具体的に言うと、相手の勝負の場である、クロスレンジでの戦いを中心にするということだ。

 シオンとミラは、基本的にロングレンジでの撹乱戦を得意とするプレイヤーだ。真正面からぶつかり合うだけの決め手がないため、どうしても搦め手を中心とした戦い方になる。


 しかし、相手の土俵で戦うのを避けてばかりでは、成長は望めない。そのために、シオンはこうして、機会があれば戦略の幅を広げようとしているのだ。

 実際に刃を交じらせたカブトには、そんなシオンの狙いが読めていたため、どうしても勝負を譲られたと言う感覚が拭えなかったようである。


 確かに、最後のロングレンジからの抜刀術は、シオンを出し抜いての勝利であるが、それも結局は、シオンの意表をついた結果にすぎない。次も、同じ手が通用するとは考えられない。

 そこまで想像力の及ばない主人を前に、カブトは肩を落とすのだった。


 シオンはひとしきり反省点を口にした後、そんな目の前のバディに対して、衒いなく言った。


「勉強になった。貴重な一試合をありがとう。次ももし時間が合えば、お願いしたい」

「ん、なんだよ。リベンジしようってのか」

「ああ、そうだな」


 わざとらしく口角を上げて、シオンは不敵に言う。


「それとも、負けるのは怖いか?」

「……いいぜ。いつでも来いよ、Dクラスが。テメーらなんかに何度も負けるわけがないだろ」


 そう、挑発に乗る形で、天城セイヤは次回の約束を取り付けられたのだった。



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