第23話 ワイズマンズレポート


 ワイズマンズレポート。


 謎解きをメインとした魔法士同士の勝負で、出題側と回答側に分かれる。そのゲーム形式は多岐にわたるが、クリア条件を満たせば回答側の勝ち、条件を満たせず回答側が敗北条件を満たした場合は出題側の負け、というのが基本的なルールだ。


 例えば今回は、八重コトヨが出題側。久能シオンが回答側である。



○ゲーム名『言霊の幸わう国』

 問題『天知ノリトの正体と、言霊とは何か。お主の考えで答えよ』


 勝利条件『八重コトヨの納得する答えを提出する』

 敗北条件『八重コトヨの納得出来ない答えを提出する』


 ルール

・回答側は出題側に質問をすることが出来る。

・出題側は、質問が直接答えにならない限り、答えなければならない。

・質問をひとつするごとに、回答側は蔦葛による拘束が強くなる。

・回答は一度のみ。



 ゲーム形式としては、ワイズマンズレポートとして認められる要素を満たしているが、肝心の勝利条件がひどすぎる。


「……こんな酷い勝利条件、運営に提出しても認められないぞ。絶対に怒られる」

「かかか! そりゃすまなんだ。ここでは儂がルールじゃ。許せ」


 あっさりと言い放つその様子は、憎たらしい。

 どちらにしろ、ここで文句を言ったところで始まらない。チャンスをもらえただけマシだと、そう思うべきだろう。


「じゃあ。質問だ」

「よいぞ。認めよう」

「……『正体』といっても、漠然としすぎている。その定義を教えて欲しい」

「ふむ、ポロリとヒントでもこぼれないかと思っておるな。そうは乗らんぞ」


 ケラケラと笑いながら、コトヨは言う。


「『正体』という言葉の定義そのままじゃ。それで十分ヒントになる」

「……」


 シオンの身体をまとうツタが、少し窮屈になる。細いもので圧迫される痛みに、顔をしかめる。なるほど、これが強くなっていけば、やがて絶命して、霊子体が解除されるだろう。


 それを意識しながら、シオンは考える。

 正体という言葉の定義。

 正しい姿――つまり、何かが隠されている。


 天知ノリトという存在は、天知家の秘蔵っ子という話だ。その詳細は謎に包まれている。

 今回、直接相対することで、彼が高度な言霊の使い手であることは分かったが、それだけだ。


 つまり、彼がそれほどの【】を使えるだけの理由がある。


「次の質問。天知ノリトの正体と、言霊は密接な関係があるのか?」

「ある。故に、この出題じゃ」


 今度は真顔だった。

 同時に、シオンは首が締まるのを感じた。

 すぅっと、血の気が引いていく。頭に血が回らないのは困る。焦燥感を覚えながら、シオンは必死で思考を回転させる。


 そんな必死な様子を、八重コトヨはニヤニヤと笑いながら見つめている。


「のんびり考えておるようじゃがの。シオン坊よ」

「……なん、だよ」


 今は余計なことを考えるだけの余裕が無い。

 すでに息は苦しく、身体がかすかに痺れ始めている。

 目がチカチカする中、なんとか八重コトヨの姿に焦点を合わせる。彼女は、試すような笑みと共に、その事実を口にした。


「あまりのんびりしていると、ノキア嬢が危険かもしれんぞ?」

「――――」


 もしかしたら、ただのブラフなのかもしれない。

 しかし、現状において、シオンが八重コトヨと対峙している以上、ノキアがノリトの相手をしている可能性は十分に高い。

 そして、それを指して、コトヨは「危険」と言った。


「そう、か」


 ならば、危惧していた『可能性』は、向こうもきっちり意識しているということ。

 シオンの眼の色が変わる。

 目標となる地点を見据え、シオンは静かに心を燃やす。


「質問」

「おうさ」


 大きく息を吸い、一息に、シオンは質問を畳み掛ける。


「天知ノリトは自分の正体を知っているのか?」

「具体的には知らんが、言霊の意味は知っているな」


「質問。それは、『言霊の幸わう国』という名称の意味であるか?」

「残念じゃが、その質問には答えられない」


「質問。天知家初代は、神代の人間か?」

「む、……そうじゃな。それは、答えられない」


「質問。神咒宗家は、神代から続く血族であるというのは本当か」

「それは答えられない」


「しつ、もん――」

「お、おい、シオン坊?」


 拘束が強まり、意識が飛びかけるが、それを気合で繋ぎ止める。

 シオンの自殺まがいの行動に、意外にもコトヨが動揺を見せる。

 その様子を気分よく思いながら、シオンは拘束が強まるのも気にせずに、質問をぶつける。


「天知家の直系血族は、途絶えたことがないか?」

「……それは、答えられん」

「質問。天知ノリトは人間であるか?」

「そうだ。人間だ」

「質問。では、天知、のり……」


 拘束が強くなりすぎて、息ができなくなる。

 まずいと思いながら、シオンは体中に魔力を張り巡らせる。そこを通り道として、大地のマナを取り込み、首のあたりを防御する。マナを取り込んだことによって出血が起きるが、窒息するよりはマシだ。


「が、はぁっ。はぁ、は」


 こんなものは応急処置でしかない。すぐにまた、首は締まるだろう。

 それだけではなく、身体はすでに限界まで締め付けられ、うっ血していた。あと少しで皮膚を切り裂き、血が吹き出しそうである。

 そんな状態でも、構わずに、シオンは質問を向ける。


「は、ぁ。質問、だ。天知ノリトは、人間以外の、何かではないか?」

「坊主よ。それ以上は」

「うる、さい! いいから答えろよ、『』。こんなの、なんてことない。のに比べたら、どうってことないだろ? なぁ、売国奴!」


 彼女にとって意味のある罵倒をありったけぶつけながら、シオンは挑発する。

 それに、コトヨは顔から表情を消した。


「……吠えるのう。いいじゃろう、後悔するなよ、人の子よ」


 表情とともに、感情や気配すらも消滅する。

 人間らしさというものを全て剥ぎ取り、能面のような様子で、彼女は答える。


「挑発に答えられず残念じゃが、その質問は答えられない」

「なら……これは。どうだ」


 おそらく、これが限界だ。

 血反吐を吐きそうになりながら、シオンはまっすぐに、神話へと挑む。


「質問、天知ノリトは、、同じレベルで言霊を扱えるか?」

じゃ。アヤツの言霊は、日本以外じゃと力が弱まる」

「そう――か」


 首がしまる。

 身体が締め付けられる。皮膚が切れ、血がにじむ。すでに頭には血が足りない。酸素が上手く供給されない。気が遠くなる。体力以前に、人間の身体的な問題で、死にかける。


 それでも。

 一手だけ、こちらが勝った。


「回答」


 肺にありったけの空気を取り込んで、シオンは一息に言い切った。


「天知ノリトは現人神あらひとがみ。言霊の幸わう国とは日本のことであり、転じて天知ノリトのこと。『言霊』とは『祝詞しゅくし』、すなわち『祝詞のりと』。天知ノリトの言葉こそが『言霊』である――」


 シオンは正面を見据える。

 ふてぶてしくもこちらを見下ろす神格に、己の全てを突きつけるように。


「――そうだろう? 事代主神ことしろぬしのかみ!」


 瞬間、空間がはぜた。

 お社だった風景は一変し、高層ビルの立ち並ぶ都会の情景へと移り変わる。


 シオンの身体を拘束していた蔦葛も、いつの間にか消え失せていた。体中に走るひも状の鬱血の跡と、息苦しさだけが、先程までの拘束を証明していた。


 急に呼吸が楽になったため、シオンは咳き込む。

 そんな彼を見下ろしながら、八重コトヨは一言。


「【】」


 その【】と共に、シオンの身体の怪我が治っていく。

 カニングフォークによって傷ついた右腕すらも、動かないが形だけは元に戻っていた。


「応急処置じゃ。さすがに魔力は戻らんし、その右腕は、今は元通りとはいかん」

「……どういうつもりですか」

「言うたじゃろう。納得する答えを出せば、お主の勝ちじゃと」


 微かに顔を微笑ませながら、彼女は言う。


「よもや、あのような力技をかけられるとは思わんかったがのう。思った以上に早く回答されて、儂の威厳も形無しじゃ。まあ、儂の名前まで出されたら、認めるしかあるまいて」

「……」

「行くが良い。儂は敗北じゃ。居ないものとして扱うが良い」


 決着はついた。


 佇むコトヨに対して、シオンは一礼すると、脇目もふらず駆け出した。


 その姿を見送りながら、コトヨはそっと、一言。


「それにしても、『代理人』に、『売国奴』とは。人間風情が、ずいぶんとえげつないことを云うてくれるものよ」


 そうして、八重コトヨは、自ら霊子体を消滅させた。





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