第21話 扶桑国の龍神



 久能シオンは、身体を木の根に貫かれながら、鋭い視線で目の前の敵を見据えた。


 狩衣姿の女。

 しかしそいつは、敵などと呼ぶのもおこがましいほど、次元の違う相手だ。


「お主の『竜』。姿を見たら、だいたい察しがついてきたぞ」


 八重コトヨは、面白いパズルでも解くように、シオンの魔法を解説していく。


「北欧の世界樹の名前を冠したのは、元となる要素を薄めて、扱いやすくするためじゃな? しかし、まったく無関係のものを紐付けたところで、意味はない。すなわち、世界樹――神樹という要素は、変わらぬと見える」


 コトヨは、周囲に散らばった木の破片へと目を落とす。

 それは、久能シオンが作り出し、そしてコトヨによって砕かれたものである。

 観察をするような鋭い瞳は、形而下にあるものを丁寧に紐解いていく。


「神聖な木というのは世界中に存在する。しかし、世界そのものとなるとそう数はない。その中でも、儂にとって身近なものは、『扶桑ふそうくに』じゃ。もとは中華の伝承じゃが、その対象はこの日本――この土地こそが、扶桑の木であるとする考え方がある。さて。日の本の国における竜神伝承と言えば、限られてくるのう」


「ぐ――ぅ」


「そなたの竜は、樹木を操る。しかし、樹木そのものの竜神伝承は寡聞にして知らぬ。何処かにはあるかもしれぬが、儂は聞いたこともないのう。――では、視点を変えてみようか。竜とはそもそも、信仰の対象である。では、何を信仰している? 樹木が成長するには、大地の恵みが必要じゃ。つまり、そなたの竜はと考えたほうが分かりやすい。土地神としての竜――すなわち、土地を恵む対価として、生贄を欲する竜神の伝承。、といったところじゃろう」


 見事なまでに、丸裸にされた。


 久能シオンが身に宿す竜の名前は、『扶桑国ふそうのくに龍神りゅうじん』。各地に点在する昔話としての人身御供伝承。その、人柱たちの恩讐を身に宿している。

 神格そのものを扱うだけの力がないため、シオンはその龍神を、西洋の悪竜へと解釈を変え、そして世界樹の信仰によって性質を変化させていた。


 しかし、こうまでもばっちりと見透かされるとは。


「は、ぁ――、さすがは、本元。自国のことは、お見通しといったところですか」

「ほう。その様子じゃと、そろそろ儂の正体にも察しがついているようじゃな」


 鳥居に縫い付けられたシオンに、八重コトヨは悠然とした態度で近づく。


「しかし、まだ確信には至っていない。否、信じられないと言った方が、正確かの?」

「は――ぁ。はぁ」


 その姿を見ながら、シオンは思い返す。


 狩衣に烏帽子という姿。

 出会った時、釣りをしていた。

 大事な決定のほとんどを、彼女が代わりに行なった。

 彼女も言霊を使った。

 そして――葛城かつらぎぬしという名称。


 そして、八重コトヨという名前。


 要素だけつなげていくと、正体はほぼ確定しているが、しかし一つだけ解せない点がある。


「……ぁ、ぐ。あなた、人間じゃ、ないんですか」

「かか。それは疑問に思うじゃろうな。そう、見た通り、儂は『』としてここにおる」

「なら……なんで」

「ふむ、ならば、それも含めてゲームをしようじゃないか」


 コトヨが腕を一振りすると、シオンの身体を貫いていた木の根が引いていく。

 代わりに、二人の周囲に、細いつるのようなものが張っていく。


 蔦葛のツル。

 それらは、コトヨとシオンの身体をつたい、締め付けるようにまとわる。


「そうじゃのう。ウィザードリィ・ゲームに、確か『ワイズマンズレポート』と言う種目があったじゃろう? 主宰が謎掛けをし、参加者が謎解きをする。そういった競技だったかの」

「……それが、どうしたって、言うんです」

「儂とお主だけで、別のゲームをしようと提案しておるのじゃ」


 コトヨは周囲を見渡しながら、状況を楽しむように言う。


「この空間は、うつから放たれたかくでの。霊子庭園とも違う。観戦者からも見えん虚数空間よ。無論、仲間の助けも期待するでない」

「つまり、僕一人でアンタを倒せって、ことか……」

「そうじゃ。しかし、力の差は、はっきりとわかったじゃろう?」


 わかりきった事実を突きつけるように、コトヨは言う。


「なにせお主は、儂が『何をしたか』すらも認識できなかった。なにやら『言霊封じ』の策でも使っていたようじゃが、効くはずもない。こればかりは、次元が違う話じゃから仕方がないがのう。『何かをした』ことを察しただけでも上等じゃ」


 だからこそ、まともに戦っても、勝負にならない。

 八重コトヨにとって、シオンは羽虫同然である。羽虫では、人間には敵わない。


「じゃから、ゲームを提案する。ルールは簡単じゃ。これから儂が出す問題に対して、儂を納得させる答えを出せればお主の勝ちじゃ」


 簡単じゃろう? と。軽い調子で言ってくれる。


「お主は、好きに儂に質問をして良い。ただし、質問をひとつする度に、そのツタは、お主の身体を締め付けるから、質問は計画的にすることじゃ」

「……それで。肝心の、問題はなんだよ」


 もはや、敬語を使う必要はない。

 彼女の正体が本当に想像通りなら、とんでもない不敬であるが、そんなことを気にする余裕はすでになかった。

 今は、気持ちを強く持たなければきっと折れてしまう。


 そんなシオンの様子が面白いのか、コトヨは可笑しそうに笑う。


「そう焦るでない。くく、存外余裕が無いのう、シオン坊」


 軽口を叩きながら、八重コトヨは、その『問題』を口にした。




「【】」




「ゲーム名はそうじゃのう……」


 にやりと、顔を歪めながら彼女は言った。


 ワイズマンズレポート。


 ゲーム名『言霊の幸わう国』



 ※ ※ ※


 大地を揺るがすような衝撃と、強烈な破壊音が響く。


 ガラスが割れる音と、コンクリが砕ける音。爆音とともに、天高くそびえる摩天楼は、無残に傾き、まもなく倒壊する。


 崩れ落ちるビルの合間から、人影が飛び出した。


 両手に合計四本の小太刀を持った、スーツ姿の女性。デイム・トゥルクは、瓦解するビルの破片を蹴りながら、すぐ隣のビルへと飛び移る。


 その後を、複数の鬼たちが追いすがる。


「ふ――はっ」


 トゥルクは、中空で反転しながら、手の中に持つ小太刀を連続で投擲する。それらは、身動きの取れない鬼たちを見事に迎撃していた。


 対面のビルの屋上に降り立ったトゥルクは、倒壊するビルを見据える。

 そこから、雲に乗った石鎚ホウキが姿を表した。


「『オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ』」


 石鎚ホウキは、大威徳明王のマントラを唱え、自信の呪力を強化する。

 彼の周囲に四体の鬼が召喚される。それらは人魂となってトゥルクを襲撃する。


 それを見て、トゥルクは手に大斧を握ると、思いっきり地面を叩きつけた。


「――せいっ!」


 屋上のコンクリートを叩き割り、落下するようにビルの中に入る。

 屋内に侵入したトゥルクは、迫り来る人魂を避けながら、乱暴に大斧を振り回す。


 狭くはないビルの中を、トゥルクは敏捷を最大限にあげて、縦横無尽に駆け巡る。

 移動速度のための敏捷と、大斧を握るための筋力を保つため、現在のトゥルクは、耐久と魔法力が最低ランクにまで下落している。そんな状態で、敵の追撃を避けながら、彼女は建物を破壊して回る。


 新装のビルが、瞬く間に廃墟の様相を見せる。


 トドメとばかりに、トゥルクは主柱となる部分に『スキュア』の一撃を加えて大打撃を与え、倒壊する直前にビルから飛び出した。


 そのスピードに追いつけないホウキの使い魔たちは、倒壊するビルに巻き込まれて消滅する。

 そしてまた、トゥルクは別のビルの屋上へと降り立った。


 ――とにかく、派手な戦闘をするようにと、トゥルクは立ちまわっていた。


 久能シオンが立てた作戦において、最悪のパターンと提示されたのが、まさにこの状況だった。


 トゥルクが単独でホウキと相対する場合、高確率で使い魔の【】による子供化を受けることになる。

 体力に余力のある状態ならば、すぐに無力化することはないが、それでも最終的にジリ貧となり押し負けるのは目に見えている。


 この戦いにおいて、トゥルクに求められているのは、ホウキを引きつけることである。

 そのため、とにかく派手に立ち回り、分断された仲間へと自分の居場所を知らせる。窮地に陥っている仲間ならば、合流すれば作戦の幅は広がるし、逆に合流するとまずい戦いならば、引き離すことが出来る。


 これは、ファントムとしての膂力を存分に発揮できる、トゥルクにしか出来ない役割だ。


 自身の『虚偽』の因子の力が次第に弱まっているのを感じながら、トゥルクはビルの屋上から、今しがた破壊したビルを見下ろす。


 そこから、同じように雲に乗ったホウキが飛び出てくる。

 しかし、次の手は、これまでとは違った。


「『ノウマク サンマンダ バザラダン カン』!」


 唱えるは不動明王のマントラ。

 大日如来の化身としての力を得たホウキは、雲から跳び上がると、自ら錫杖を振りかぶり、トゥルクへと叩きつける。


 それをトゥルクは、耐久のステータスを上昇させ、薙刀で受け止める。

 二体のファントムの激突により、ビル全体に激しい衝撃が走り、巨大なヒビが入る。


 つばぜり合いながら、トゥルクは軽口を叩く。


「随分と接近戦にこだわりますね、破戒僧。いえ、大天狗――っ!」

「はっ! 俺の正体を知ったんだな。だったら分かるだろうが、どうも指示を出すだけってのは性に合わなくてね。戦はやっぱり、自分で戦わなきゃ面白くねえだろうがよ!」


 全身から霊力を吹き出しながら、ホウキは最大出力で錫杖を押し切った。

 トゥルクの身体が吹き飛ばされる。


「ぐ、――この」

「『ノウマク サラバタタギャテイビャク――』」


 ホウキがマントラを唱え始める。

 それは、これまでとは比較にならないほど長く、そして同時に強力な呪力を発していた。


 火界呪かかいじゅ

 不動明王による、火焔にて全てを浄化する最大呪術。


「『――サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン』!」


 ホウキの周囲から、ちりちりと赤い風が吹き荒れる。

 それらは地獄の業火となり、周囲を巻き込みながら外敵を燃やし尽くす。さながら、炎でできた台風だった。


「この、なんてデタラメ!」


 全てのステータスを敏捷に振って、トゥルクは駆け出す。


 しかし、火の勢いは収まるどころか更に威力を増し、ビル全体を覆わんばかりの規模にまで燃え上がった。

 熱量もとどまるところを知らず、コンクリートすらも蒸発を始めるほどの温度へと上がっていく。


 これは――避けられない。

 ならばと、トゥルクはポーンのコマを握り、アクティブスキルを起動させる。


「――『サクリファイス』!」


 起動させるのは、この戦いで使う予定のない『天衣無縫』の因子。

 アクティブスキル『サクリファイス』は、自身の因子一つを機能停止にする代わりに、受けるダメージの95パーセントをカットするというスキルである。

 回避不能の大ダメージを受けるときのためのスキルで、これまで使ったことがなかった。今回は、持久戦を前提とした戦いなので、シオンに薦められて登録したのだ。


 トゥルクの中から、『天衣無縫』の要素が停止するのを感じる。

 元々、体力が1割以下にならないとまともに機能しない因子なので問題はないが、それでもかすかな違和感は残る。


 激しい炎に包まれ、最大ダメージの5パーセント分のダメージが体を襲う。それだけでも、トゥルクの体力はごっそりと削られた。

 全身を覆う火傷に、トゥルクはよろける。


 ビルは炎上焼失し、外殻のみを残して消し炭になった。

 灰の上に落下したトゥルクは、かろうじて受け身を取ると、すぐさま身構える。


「動きが鈍ってきたな。人形」


 上空から、声とともにホウキが降ってくる。

 手には錫杖。もはや本来の用途など忘れられ、槍のように突き出される。


「ぐ、この――」


 それを、鉤爪を創り出してなんとか受け流す。


 地面を転がるようにしながら、トゥルクは必死で応戦する。

 ホウキは、そんな敵の姿に手心を加えることなく、錫杖と、使い魔、両方を駆使して畳み掛ける。


「くぅ――は、ぁ!」


 なんとか立ち上がって姿勢を整えても、防戦一方であることに変わりはない。

 錫杖をはじき、鬼の斧を避け、鎌鼬の刃を叩き、人魂を潰す。


 すでに、トゥルクの腹には穴が空き、腕はズタズタの血だらけだった。足は炭化していて、立っているのが不思議なほどだ。『虚偽』の因子が力を失うのを待つまでもなく、トゥルクは敗北するだろう。


 そのさなか、彼女が思い出したのは、主人の事だった。


 草上ノキア。

 気ままで、眠たがりで、わがままで。

 けれどどこか、臆病なところがある、可愛らしい主。


「か――、は。こん、の」


 落ちそうになる意識をすんでのところで繋ぎ止める。

 この戦いにおいて、トゥルクにできることは少ない。

 そんな限られた役目を、最後まで果たさずにどうするという――ッ!


「負け、ない……あたし、はっ!」


 血反吐を吐き、頭からも血を流し、目を真っ赤に染めながら――奇術人形の神霊は、おのが意思を全力で刃に乗せた。


 しかし――気合とは裏腹に、その腕から、ガクリと力が抜けた。

 槍の重さに、腕が耐えられなくなった。


「く、この」


 すぐさま得物を鉤爪に変えるが、それも満足に振るえているとは言いがたい。

 どんどん身体から力が抜けていく。『虚偽』の因子はすでに限界で、いつ子供に戻ってもおかしくない。


 負ける。

 また、役目を果たせずに、負けられない戦いに、負ける。

 そんなの――嫌だ。


「動け、動け! まだだ! まだあたしは、負けられない。まだ、あたしは何も成していない!」


 次第に下がっていくステータスを、気合だけで持ちこたえさせる。しかし、そんなものは所詮悪あがきにすぎない。


 からん、と。

 ついに、最も軽量な小太刀すらも、トゥルクの手からこぼれ落ちた。


「ち。時間切れか。つまらない幕切れだな」


 錫杖を肩に乗せて、ホウキは膝をつくトゥルクを冷ややかに見下ろす。


 ――ああ、わたくしは、負けるのですね。


 あの悔しさを、また味わうのかと、半ば諦めに似た気持ちを抱いた。

 その時だった。



「『万華鏡・鏡迷宮かがみのもりにまよいこめ』!」



 二人の周囲を、無数の鏡が覆い尽くした。


「ぐ、なに!?」


 突如として身動きがとれなくなったホウキは、慌てて身体に呪力を張り巡らせる。

 魔法力と神秘性のランクがそれぞれBであるホウキですら、その拘束を解くのに苦労する。


 ――その正式名は、『万華鏡・鏡迷宮カレイドスコープ・ミラーラビリンス


 鏡に映った存在に対する行動制限を施すアクティブスキル。鏡のファントム・七塚ミラの、奥の手といえるスキルである。


 ホウキとトゥルクの前に、小柄な少女が現れる。


 彼女の周囲には、六枚の鏡が浮遊している。

 初期状態から一枚減っているのは、ここに来るまでの間に、彼女もまた、死地を抜けたのだろう。


「トゥーちゃん。助けに来たよ」


 七塚ミラは、厳しい瞳で石鎚ホウキを見据えながら、トゥルクへと言った。



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