第11話 虚偽を暴く言の葉


「は――ぁ。おい、扱いが酷いぜ、クソガキ」


 空中に、白い雲に乗る石鎚ホウキの姿があった。


 蘇った石鎚ホウキは、ボロボロだった。

 トゥルクに受けた傷は、治りかけてはいるものの、ほとんどがまだ傷跡を残している状態だった。先ほど受けた致命傷である胸の傷も、血を流しているが、生存できるギリギリで保っている。


 そんな死に体でありながらも、石鎚ホウキは今、霊子庭園に存在していた。


「純粋にしのぎ負けたんだから、素直に負けを認めろよ。たく、死にかけで呼び戻される身にもなってみやがれ」

「お言葉ですが、ホウキさん。あなたの本来の戦い方は、近接戦ではなく使役戦でしょう。全力を出さずに敗北して、納得できると思いますか?」

「あー、はいはい。わーったわーった。まったく、負けず嫌いなんだから」


 彼はそう言うと、左腕に巻いていた経典を広げる。


「もう手抜きはしねぇよ。――『當願衆生 十方一切』」

「ぐ、させない!」


 トゥルクは錫杖が身体に刺さったまま跳び上がると、まだ残っているスパイダーウェブを蹴りあげ、加速してホウキに迫る。


「『邪魔外道 魍魎鬼神 毒獣毒龍 毒蟲之類 聞錫杖聲 催伏毒害 発菩提心』」


 九条錫杖の六条目を唱えながら、ホウキは乗っている雲を操り、トゥルクの攻撃を避ける。


「『具修万行 速證菩提』」


 呪文を唱え終わったホウキは、経典を大きくはためかせながら、二つの名前を叫ぶ。


「征け。『善童鬼ぜんどうき』『妙童鬼みょうどうき』」


 トゥルクが第二撃を加えようとした瞬間、ホウキの目の前に、二対の鬼が現れる。

 それらは、姿形こそ人の形をしているが、本質は異なる怪異。肉体を異形へと作り変え、人を喰らい、人に仇なす鬼神である。


 赤い鬼と青い鬼。

 剛健な赤い鬼は手に鉄斧を持ち、痩身の青い鬼は水瓶を抱えてホウキのそばに立ち、向かってきたトゥルクを迎え撃つ。


 赤い鬼の鉄斧が、トゥルクの鉤爪を弾き飛ばす。

 続けて、青い鬼は水瓶の中の水を振るい、それらは礫となってトゥルクを襲う。


「ぐ、がは」


 地面に叩き落とされたトゥルクは、呻きながらすぐに立ち上がろうとする。

 そこを、閃光のような刃によって身体を貫かれた。


「――ごぼっ」


 トゥルクの口元から、血が溢れる。

 その鋭い閃光は、スーツに穴を穿ち、肉体を貫通していた。

 一本の鋭い刃は、トゥルクの身体を突き抜けた後、地面に突き刺さって、すぐにその姿をの姿に変える。


 ホウキは右手に管を構えながら、その姿を見下ろす。


「そいつは『管狐くだぎつね』だ。そして今度は、こいつを見舞うぜ」


 よろけるトゥルクに、立て続けに攻撃が見舞われる。

 それは、幾迅もの風――鎌鼬かまいたちだった。

 身体を武具に変えた鎌鼬が、四方からトゥルクの身体を切り刻む。防御など間に合わない。あまりにも物量に差がありすぎるので、耐久を上げて耐えることしか出来なかった。


「トゥルク! 『キュア!』」


 ノキアは魔力を直接送り込むことで、即興の回復魔法をかける。

 続けて、メインデバイスを利用して、トゥルクの援護のための術式を組む。


「バース――」

「【】」


 ノキアが腕に巻いたデバイスをトゥルクへ向けようとした時に、ノリトが厳かに発言した。

 それとともに、ノキアの腕の感覚が全くなくなり、ストンと落ちた。持ち上げることも出来ず、だらりと力なく下ろすことしか出来ない。


「なっ!?」

「させませんよ、ノキアお姉さん」


 悠然と立つ天知ノリトは、にこりと笑いながらそう言う。


「く、ノリトくん!」


 感覚のない右腕を無視して、ノキアは一歩を踏みだそうとする。


 そこに、赤い鬼が降ってきた。


 鉄斧を振り下ろそうとする赤い鬼の姿に、ノキアはすぐに反応できない。

 ノキアの対応が遅いのではなく、赤い鬼の動きが素早いのだ。

 それはもはや、ファントムそのものであり、ただの使い魔に出せる力の域を超えていた。


 なすすべもなく打ち倒されるかと、そう思った時だった。


「――『キャスリング』!」


 猛攻を受けていたトゥルクが、その場から無理やり離脱して、スキルを発動した。

 キャスリング。

 自身と主人の立ち位置を入れ替えるパッシブスキル。


 ノキアとトゥルクの立ち位置が変わる。

 赤い鬼の前に現れたトゥルクは、満身創痍の状態であるが、それでもなんとか、手に同じ鉄斧を創り出して応戦する。


 トゥルクが居た場所に現れたノキアは、すぐさま安全圏に退避し、魔力で網の結界を張る。

 その間も、右腕は全く感覚が戻らず、魔力も全く通らない。右腕の手首にデバイスを巻いている関係上、メインデバイスでの魔法行使はほとんど封じられたようなものだ。


 トゥルクへと指示を出そうとするが、もはやそう言った場面ではなくなっていた。


 状況は絶望的だった。


 トゥルクが赤い鬼を弾き飛ばしたかと思えば、後ろからは青い鬼が迫る。

 それだけではない。

 どこから湧いてきたのか、鎌鼬や管狐、それに天狗と言った様々な怪異たちが、トゥルクへと猛攻を行なっている。


 恐るべきは、その使い魔の数である。


 使い魔等を使役するファントムというのは例がないわけではないが、この数は異常だった。それも、一体一体が低ランクのファントムと同等レベルの霊格を持っているのである。本来ならば、魔力を供給する側である魔法士の負担がとんでもないはずである。


 それを、石鎚ホウキだけでなく、魔力の大本である天知ノリトですらも、平然とした顔で使役している。

 消費さえ考えなければ、集団戦が行えるメリットは語るまでもないだろう。


 本来トゥルクは、多数対一での戦いを想定されたファントムである。こういった戦闘はむしろ得意なはずなのだが、今は傷が深く、万全のコンディションでないのと、相手の能力が未知数であることが合わさり、防戦を余儀なくされている。

 息をつく間もなく、体勢を立て直す隙もない。

 ただ嬲られるだけのトゥルクにできることは、耐久のステータスを上げて必死に堪えることだけだった。


 しかし、彼女の目は、まだ死んでいない。


(まだ――勝機はあります)


 絶え間ない攻撃。

 少しでも集中を切らせれば、その瞬間に霊子体を維持できなくなるだろう。そんなジリ貧の状態で、それでもトゥルクは、一瞬に賭けた。


 複数の使い魔が入り乱れ、交互に攻撃してくるからこそ生まれる、一瞬の隙。


(――今!)


 本来ならば問題にもならない空白の瞬間に、トゥルクは自身に刻まれた、とっておきの切り札を開放した。


「――『スウィンドル』!」


 トゥルクの全身から魔力の奔流が起きた。

 一体どこにそれだけの魔力が残っていたのかと言うくらいに、彼女は残された力を開放する。

 そして次の瞬間。


 トゥルクを襲っていた使い魔たちが、一


 その傷の一つ一つは、トゥルクが負ったものと全く同じだった。

 これまで蓄積されたダメージを全て相手にも与える術式。


 彼女の、


 それは、『十字架』の因子が持つ、『ステイルメイト』というスキルだった。


 ――もし今すぐに、トゥルクのステータス画面を見れば、その変化に驚くことになるだろう。

 彼女は普段は、因子六つのミドルランクとして紹介されている。

 しかし、今のトゥルクは、因子七つの、ハイランクになっていた。


 因子『騎士ナイト』『傭兵ポーン』『騎兵ルーク』『天衣無縫クイーン』『冠ミトラビショップ』『十字架キング』『プレイヤー』


 彼女が元々持っていた、六つ目の因子である『虚偽』の因子。

 先ほどの『スィンドル』というパッシブスキルは、その虚偽の因子に隠された二つの因子を表に出す効果がある。


十字架キング

『プレイヤー』


 トゥルクの持つ原始は、世の中を偽り続けたとある逸話を元にしている。

 それを再現した結果、本性を隠すという強力なスキルへと昇華されていた。


 ミドルランクとハイランクの差は大きい。

 ファントムは所有因子が七つを超えると、とたんに制御が難しくなると言われている。因子同士のバランスをとるのが難しく、下手をすると暴走しかねないのだ。故に、それを扱えることは、生半可な実力でないことを意味する。


「さあ――勝負はここからです」


 全力を開放したトゥルクに、ホウキが操る使い魔たちが襲いかかる。

 傷を負わせたとはいえ、トゥルクがそうであるように、まだ致命傷ではないのだ。しかし、互いにあと少しで倒れそうであるのは同じである。

 四方八方から、同時に襲い掛かってくる無数の使い魔たちを、トゥルクは見据える。


「『プロモーション』――」


 唱えるは、女王の名。


「――『クイーン』!」


 自身の体力が一割以下になった時にのみ可能となる、最強のコマへの昇格プロモーション


 制限時間内において、顕在性と神秘性以外の全ステータスをAランクにするという、奥の手中の奥の手である。


 トゥルクは腕を一振りするだけで、襲いかかる使い魔たちをいっぺんになぎ払う。粉微塵になった使い魔たちは、霊子の塵となって虚空へと消滅していく。

 その姿は、まさしく天衣無縫に盤上を駆け巡る女王のものであった。

 現在の彼女ならば、たとえ竜の神霊であろうと対等に戦えるであろう。


 圧倒的な力を見せつけたトゥルクは、すぐさま上空へと跳び上がり、雲の上に座する石鎚ホウキへと迫る。


 時間はない。

 この最強状態は、時間制限がある。

 残された一割の体力がなくなるまでの僅かな間に、勝負を決める必要がある。


 手を広げる。

 そこに握られているのはポーンのコマ。これまで、ステータスを変動させる度に、様々な武器へと変化させてきた、彼女の唯一無二の武装。


 そして、同時に『天衣無縫』の因子を元にしたアクティブスキルを発動させる。


「『エイトクイーン』!」


 ポーンのコマが姿を変える。

 空中に、トゥルクに従うように、八つの武器が現れた。


 大剣

 大刀

 大斧

 大槍

 大弓

 大槌

 大鎌

 大爪


 彼女の持つ武具の内、特に巨大で強大なものを連続召喚し、一斉に打ち込むという大技。その一つ一つが必殺のものであり、一度振るえば並のファントムならば粉微塵になるだろう。


 振り下ろされる巨大武器の嵐に、さしものホウキも無事では済まない。

 そう、思われた。

「そんなハリボテいくら掲げても、無駄だよ、人形の娘」


 ホウキは向かってくる脅威を、冷めた目で見下ろしながら、一枚の呪符を取り出す。召喚符。これまで幾体もの使い魔を召喚してきながら、なお最後まで取っておいた切り札を、ここで出してきた。


「現れよ『葛城の主』」


 ホウキが召喚したのは、一人の使い魔だった。

 それは小柄な人影だった。


 神事に用いる青摺の衣を纏い、顔は白い布で隠してある。服の間からかすかに見える手足は、枯れ木のように細く、全く生気を感じない。

 亡霊か幽鬼と言われてもおかしくないほどに、その存在感は希薄だ。


 その人影は、不自然なまでにゆったりと、意識の間を縫うようにして、攻撃中のトゥルクの目の前へと浮遊した。



 時が止まったような気がした。



 無数の大武器の嵐が、今にもホウキへと突き立てられようとしているのに、その小柄な使い魔だけは、時の狭間を行き来しているような、不気味さがあった。


 白い布に隠された顔を、ヌッと、トゥルクの顔面に近づける。


 そして、一言。


 たった【】で、


 全てを切り崩した。




「【】」




「な――ん」


 ギョッと、トゥルクの表情が驚愕に染まる。


 その唇が、何かを必死で紡ごうとする。

 しかし、それはなされなかった。


 彼女の身体が、


 ぴっちりと着こなしていたスーツのみをそのままにして、身体の大きさが十歳未満の幼子のものに変わる。

 それとともに、彼女の全身を包んでいた圧倒的な膂力が、一気に霧散する。襲いかかる巨大武具たちは、制御を失い、たやすく崩れ落ちて破壊される。


 トゥルクの小さな身体が中を舞う。


 そこに、二体の鬼が、刃を向けてきた。


「あ、ぁ――」


 その幼い身体が切り刻まれる寸前において、彼女は主人に対して謝罪の言葉を残した。


「申し訳、ございません。お嬢様」


 柔らかい肉に巨大な刃が突き立てられる。

 傷口からあふれる血しぶきは、霊子の粒子となってキラキラと輝きながら消滅していく。


 そして、デイム・トゥルクは敗北した。


「さて」


 消滅の様子を眺めてから、天知ノリトは静かに対戦相手へと視線をやる。


 そこには、自身のファントムの消滅を見送る少女の姿があった。

 右腕を力なくだらりと下げ、膝をつき、呆然としている。その瞳には、もはや戦意はなく、すがるように宙を見ている。


 ここに、勝敗は決した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る