第9話 お嬢様と騎士
月に一度の、検診の日がやってきた。
本来ならば、リハビリも兼ねて月に何度か通う必要があるのだが、今月はウィザードリィ・ゲームの準備で忙しかったため、検査の日まで一度も顔を出さなかった。
肉体のメンテナンス自体は問題なく終わった。
成長期が終わりさえすれば、シオンの検査は経過観察だけになる。それまでは、人工臓器などの検査は欠かせない。
ひと通り検査が終わった後、彼はいつも通りアヤネの見舞いに行く。
病室の前にたどり着くと、壁に背をかけて待つ飛燕の姿があった。
「ふむ、ようやく登場か」
どことなくホッとした空気を発しながら、彼はシオンに向き直る。
「悪いニュースを教えてやろう。お姫様は大層機嫌が悪い。せいぜいご機嫌取りをするんだな」
「……あまり聞きたくなかったな。それは」
まあ、予想はしていたことだ。
普段から、シオンの前では機嫌がいい時はないに等しいが、今日はそれがより一層ひどいだろうと予想していた。
なにせ、この一ヶ月、一回も顔を出していない。
そのことは、彼女の苛立ちを買うだろうとは想像にかたくなかった。
肩をすくめる飛燕に、シオンはため息を一つつく。
覚悟を決めて、シオンは病室をノックする。
「アヤ。入るぞ」
返事はない。
十秒だけ待って、拒否の言葉がないのを確認する。
扉を開けると、雑多な様子の病室が目に入った。
衣服が散乱し、ベッドのシーツが無造作に捨て置かれている。
その上には、数字が書きなぐられた紙が撒き散らされており、足の踏み場もない様子だった。乱雑に置かれた本は開きっぱなしで、書き損じたノートは破られるはしから床に捨て置かれている。
とにかく雑然とした光景が広がっていた。
その中央で、ペタンと床に座り込んでいるアヤネの姿があった。
衣服は着崩され、ほとんど布一枚と言った様子だ。そんな危うげな姿で、彼女は胡乱な目をシオンに向ける。
「あ、アヤ?」
これは予想外だった。
いつものようにベッドの上で本でも読んでいるものだと思ったら、何かの作業中のようだ。
その偏執的な雰囲気は、かつて魔法に耽溺していた頃の彼女を思いだす。
「……ああ。アンタか」
どす黒く濁った、敵意むき出しの目が向けられる。
今までの経験から、彼女の刺々しい態度には慣れっこだと思っていたが、今日のアヤネは一味違った。
ゾクリと背筋が凍るような眼光に、思わず身を震わせる。
シオンの姿を見とめたアヤネは、肩からずり落ちた病衣を着直しながら、淡々と言う。
「よくもまあ、私の前に顔を出すことが出来たね。なに? 今日は暇ができたの? そうでしょうね。忙しいシオンは、私みたいな落伍者の相手をする時間なんてないものね」
「…………」
これはまずい、とシオンは思う。
刺々しいだけならまだしも、饒舌なのはまずい。
飛燕の言うとおり、かなり虫の居所が悪いらしい。なまじ言葉が通じる分、感情に逃げることが出来ないので危険だ。
「その。悪い、あんまり顔を見せなくて」
「ん? 何を言ってるの? 別に私は、シオンの顔なんて見たくないんだけど。それとも何かな。私を憐れみに来るのが日課にでもなってるの? ああ、そうだよね。誰だって、自分よりも下の人間を見たら安心するもんね」
「な、なあ。アヤ」
「バディとの関係はどう? シオン」
急に、彼女の声色が平坦なものに変わった。
眼光も、先程までの鋭さは鳴りを潜め、真っ暗な空洞がシオンを見つめている。
その変わりように、思わず金縛りにあったように動けなくなる。
「……知ってた、のか」
かろうじて出たその言葉に、アヤネは鼻を鳴らして言い捨てる。
「ふん。まるで、知られたらまずいみたいな言い方じゃない」
「そんなつもりはない。今日は、その報告も兼ねてのつもりだった」
言い訳がましくなるのを感じながら、シオンは言った。
それに対して、アヤネはただ、黒瞳の視線を向ける。
黒く昏い、仄暗い瞳が、シオンを飲み込むように見つめる。アヤネの表情は、まるでポッカリと穴が開いたように、無表情。
なぜだか、緊張してしまった。
目の前の、つんけんした態度でいながら、実際はもろく壊れやすい少女を前に、どう扱っていいのか戸惑う。
シオンは慎重に言葉を発する。
「ウィザードリィ・ゲームに出ることにした。今の僕じゃ、まともな戦いができるとは思っていないけれども、それでも、手助けくらいはできると思ってる」
「……その、契約ファントムが、ゲームをやりたいって言ってるんだ」
「ああ」
頷く。
この四年間、ずっとくすぶっていた思いを振り払うように、強く、意志を込めて。
本当は、こんな宣言は必要ないのかもしれない。
けれども、かつてのバディに対しては、言っておきたかった。
「それで、そんなことを私に報告して、シオンはどうしたいの?」
「別に、どうもしない。ただ、アヤには知っていて欲しかったんだ。昔のようには行かないけれど、惰性じゃなくて、本気で取り組もうって決めたことを」
「……ふぅん」
シオンの宣言に、彼女は顔をそむける。
「そう」
そして、傍らにおいてあった本とペンを手に取ると、読書を始めた。
いや、途中でメモをとるかのように紙に何かを記しているので、学習しているのだろうか。そんな風に作業をしながら、彼女は一言。
「なら、頑張りなさいな」
と、だけ、つぶやいた。
それ以上、彼女は言葉を口にする気はないようだった。
その背中は、『勝手にすれば』と言っているように見える。苛立ちは収まっていないようだが、その機嫌の悪さを、シオンにぶつけるつもりはないらしい。
彼女の背に向けて、「じゃあ」とだけ声をかけて、シオンは病室を出る。
病室の外では、いつも通り、飛燕がくつくつと笑い声をあげていた。
「何時の世も、女の嫉妬というのは恐ろしいものだ。アレくらいになると、可愛らしいとも言っていられない。触れば火傷しそうな危うさがある。最も、傍から見る分には良い肴であるが」
「……やっぱり、嫉妬か?」
「そうでなくて何だという」
何をわかりきったことを、と。飛燕は呆れた顔を向ける。
それに対して、弁解混じりにシオンは言う。
「アヤが、まだ僕のことをそう思ってくれているとは、思えなくてさ」
「それはいくらなんでも過小評価がすぎるな、少年。アレにとって君は、いつだって最優先だというのに。いい意味でも、悪い意味でもな」
夫婦げんかは犬も食わんよ、と。飛燕はぼやくように言う。
本当に、そんな生易しいもので済むのだろうか、とシオンは思う。
自分とアヤネの複雑な感情は、どうしてもそう言った簡単な言葉で割り切れるとは思えなかった。
けれどいつか。
そんな簡単な言葉で、収められるような関係になれればと、思うことが出来た。
※ ※
インターハイ予選が始まっていた。
一年生の中で、ファントムとのバディ契約を持っている魔法士は、総勢二十七名だった。彼らにはインハイの予選に参加する資格が与えられるが、必ず一種類以上は出場しなければならないという縛りがあった。
夏に行われる競技のうち、シオン達バディが参加できるのは以下の五つだ。
・
・
・
・
・
五競技七種目。
この中から、参加競技を決めていくことになる。
唯一、マギクスアーツだけは、事前に出されたレーティングを元に予選が組まれるため、一年生では参加できない。
参加可能な種目こそ七種目あるが、日程の関係で、最大でも五種目までしか参加できない。どれを狙っていくかが、鍵となる。
その中でも、ワイズマンレポートとドルイドリドルは、シオンにとって狙い目としている競技だった。
ダンジョン攻略競技『ドルイドリドル』
試合形式は多人数参加型と、一対一の二種類がある。
用意された迷宮を、とにかく先に解決してしまった方の勝ちという、大雑把なルールだ。
迷宮というのは、霊子災害によって発生した人を取り込む現象のことを指すのだが、それを擬似的に作り出し、謎解きによって解呪するというのがこのゲームの本質だ。
迷宮の種類に応じて、『脱出型』と『解呪型』の二種目がある。
脱出型が集団戦で、解呪型が一対一となる。
無論、現実に発生する迷宮に比べて難易度は低いので、見どころとしては、いかに他のプレイヤーよりも早く謎を解いてゴールに辿り着くかという駆け引きにある。
妨害あり、戦闘ありというルールでありながら、単純なバトルではないため、玄人好みの競技と言われている。
シオンが参加を決めたのは、『脱出型』の方だった。
予選で用意された舞台は、ひと世代前の学校を模した建物だった。
四階建ての三棟建ての校舎で、それぞれの教室に召喚されたバディたちは、校舎に用意された謎を解いて脱出をしなければいけない。
試合が開始して十分で、シオンはダンジョンに仕掛けられた魔法式の原典に当たりをつける。
そこら中に仕掛けられているトラップやモンスターは、『十戒』に背くような要素をモチーフにしており、それを解き明かすごとに、十の災いがプレイヤーを襲ってくる。
他のプレイヤーがモンスターとの戦闘や、プレイヤー同士の抗争に奮戦している中、シオンとミラの二人は、最速の動きで一つ一つのトラップを解呪していく。
今回は、一つのアクティブスキルを重点的に使用していた。
『
光の誘導により、自身を限りなく透明に見せるアクティブスキルで、ミラいわく『
このスキルを使えば、周囲のプレイヤーに極力見つからずに、隠密行動を図ることができる。
ちなみに、スキルの名前を決めるときに一悶着あった。
「だからお前のネーミングセンスは何なんだ」
「シオンにセンスのことは言われたくないんだよ」
むー、と二人してしばらく言い争っていたのだが、登録名はプログラムの関係もあってシオンの考えたほうで統一し、呼び方をそれぞれが勝手にするという方向性で決定した。
フィールドを駆けながら、襲ってくるトラップや、他のプレイヤーの妨害をミラが反射していく。
真正面からの戦闘でない場合、ミラの持つ反射の能力はかなり有用な能力と言えた。
全ての攻撃をいなし、流し、ごまかして、二人は敵同士を潰させ合いながら、最速でゴールに到達することが出来た。
他の参加者のほとんどが直接戦闘で潰し合っている中、ほぼ無傷で二人は試合を終了させた。
「やった! また勝ったよ!」
飛びついてきて感激を言葉にするミラに対して、シオンは試合を振り返りながらつぶやく。
「やっぱり、この方向性だな」
なるだけ直接戦闘は避け、策と搦め手が通用する場を作り出す。それさえできれば、サポート型であるミラの能力で十分に戦える。
表面上はクールにしながらも、確かな手応えを感じてグッと手のひらを握る。
これで、少なくとも今回のインターハイにおいて、『ドルイドリドル』に関しては出場権を獲得することが出来た。
※ ※
バトルロイヤル競技である『メイガスサバイバー』には、二つの種目がある。
『ポイント争奪戦』
『サバイバル戦』
前者は、それぞれのプレイヤーが契約したファントムにポイントが付けられており、ファントムを倒すことでポイントを取得できる、というものだ。
最終的にそのポイントの高さによって勝敗が決する。
後者はもっとわかりやすく、プレイヤーが霊子体を維持できなければ負けというルールだ。
肝心なのは、ファントムがやられても敗北にはならないという点にある。
ポイント戦は、ファントムを倒す競技。
サバイバル戦は、魔法士を倒す競技、ということだ。
ミラが直接戦闘に向かないということもあって、ポイント戦よりもサバイバル戦の方が戦略は広がると考えたシオンは、『メイガスサバイバー』のポイント戦は見送っていた。
ポイント戦の予選。
クラスメイトである草上ノキアは、こちらの方に参加していた。
「ノキアちゃん、大丈夫かな?」
予選を見学に来たハルノは、オロオロと落ち着かない様子で競技場を見下ろしている。
そんな彼女に、レオが不安を笑い飛ばすように言う。
「あいつ、実力だけは実技科でもおかしくないから、大丈夫だろ。心配なんていらねぇよ」
「うん、そうだけど……」
わずかに言いよどんで、ハルノが言った。
「ノキアちゃん、本気、出してくれるかな?」
「……あー、そっちの心配か」
三人の間に苦笑いが浮かぶ。
学校の授業などを見ていても、草上ノキアという少女の一番の問題は、そのむらっけにある。
とにかく面倒くさがりで眠たがりの彼女は、まずもって真面目に授業を受けようとしないし、やることなすこと、全てが投げやりだ。
必ず一種目以上は予選に出場するという、学校側の決め事に従って参加こそしているが、嫌々参加している以上、真面目に取り組むとも思えない。
そんな心配をよそに、試合が開始される。
フィールドは、樹海と表現するしかない、緑に覆われた土地だった。
自身の何倍もの高さの木々に覆われた、薄暗いステージ。
三キロ四方のフィールドで、都合二十人のプレイヤーと、そのファントムたちが、試合開始とともに動き出す。
その中でただ一人、草上ノキアだけは初期位置で仁王立ちして、動こうともしない。
「ちょ、あいつ何やってんだ」
思わずといった様子で、レオが画面を見ながら言った。口にこそ出さなかったが、シオンとハルノも同じ気持ちである。
そんな三人をよそに、フィールドでは戦況が刻一刻と変化する。
木々の間を縫うようにしてぶつかり合うファントムたちの激しい戦闘と、それをサポートする魔法士たちの動き。
互いの全力をぶつけあう戦いが、あちこちで繰り広げられる。
その渦中にいながら、ノキアは近くの大木に背を預けて、微動だにせずにいた。
その全身からはやる気の無さがほとばしっており、一人だけ場違いにしか見えなかった。
やはりというべきか。
そんな彼女を絶好のカモと思ったのか、とあるファントムがノキアに向かって襲いかかる。
メイガスサバイバーのポイント戦において、魔法士がポイントの貯蓄の役割を持っている。
自身のファントムが敵を倒した時、そのポイントは、プレイヤーである魔法士に与えられる。
霊子体が維持できなくなることが敗北条件ではあるが、ポイント争奪の場合、プレイヤーかファントムのどちらかが残っていれば、参加資格は残る。
ただし、魔法士が先に負けた場合、ポイントの加算ができなくなるため、ファントム自身の初期ポイントだけが成績となるのだ。
故に、試合の立ち上がりで、プレイヤーを狙うのは戦略としてありではあった。
ファントムの持つ大槍がノキアに突き立てられようと迫る。
しかし――その大槍は、すんでのところで弾き上げられた。
「お嬢様、少しは身構えてください」
スーツ姿の麗人であるデイム・トゥルクは、そんな苦言を漏らしながら、手に持った刀剣を振るって襲い来るファントムを押し返す。
そんな彼女に、ノキアは片目をあけて言う。
「必要ないさ。私には君がいる」
「その評価は光栄ではありますが、いくらなんでも横着なのでは?」
「信頼と言いなよ。物は言いようさ」
ノキアは肩をすくめながら、悠然としてトゥルクに指示を出す。
「全力でやってもらって構わないよ。魔力の心配はしなくていい。私が許す。だから、思う存分、君の性能を見せてくれ」
「了解いたしました。では、参ります!」
そう宣言した後、トゥルクの姿が掻き消えた。
移動による風圧で、周囲に砂埃が舞う。
目のも止まらぬ速度で動き出したトゥルクが、次に人の目に止まった時には、すでにファントムを一体仕留めていた。
「が、ぁ……」
トゥルクの持つ槍に貫かれたファントムは、信じられないといった表情で彼女を見下ろしている。
それに対して、トゥルクは無造作に槍を抜くと、すぐさま姿をかき消す。
彼女のステータスを事前に知っている人からすると、その速度はあまりにも馬鹿げていた。
並のファントムですら、視認することも難しい、神速の動き。
それによって、あっさりと二体のファントムが犠牲となった。
速度では敵わないと悟ったのだろう。
とあるファントムは、全身を硬化させて、音速に近い速度のトゥルクを迎え撃とうとする。
最大まであげられた耐久値。
如何にトゥルクが素早くとも、相応の膂力と武器の力がなければ、その身体を破壊するのは難しいはずだ。
それに、トゥルクは一旦動くのをやめて構え直す。
「――『プロモーション』」
先ほどまで手に持っていた槍はなくなり、代わりに大剣が握られていた。
実用性があるとは思えない、無骨で巨大な、鉄の塊のような大剣だ。
持ち上げるのでも一苦労するであろう巨大な剣を、トゥルクは軽々と持ち上げる。
そして――ただ、振り下ろした。
衝撃波巻き起こり、周囲を蹂躙する。
まるで隕石が落下したかのような衝撃が撒き散らされる。その膂力に、周囲の誰もが目を見開き、驚愕の表情を見せる。
全身を硬化させたファントムも、その一撃には耐えることが出来なかった。
その傷口は、斬るというよりは叩き潰されると言った様子で、無残な姿を見せた後、霊子体を霧散させる。
トゥルクは大剣を手放す。
「――『プロモーション』」
新たにその手には、弓と矢が握られている。
彼女は高い木の枝に飛び乗ると、弓を構える。
狙いを定めるのは数秒。
ほとんど無造作に構え、そのまま二キロ先にいるファントムへと矢を射る。二度、三度と狙撃を受けたファントムは、たまらないと逃げ出す。
遠くから狙っていた敵すらも、あっさりと撃退してみせた。
トゥルクはその戦果を、なんの感動もない目で、冷静に見つめている。
トゥルクが弓矢をおろした時、下で動きがあった。
ノキアに迫る影があったのだ
魔法士の一人が、ノキアと直接戦闘を行おうと迫っていた。
ポイント戦において、プレイヤーが他のプレイヤーを倒した場合、そのポイントは全て倒した側に移譲される。
トゥルクはすでに四体のファントムを倒しているので、そのポイントを狙うプレイヤーが居てもおかしくはない。
その魔法士は、そばに二体の狼を召喚する。
影で作られた狼は、闇に紛れるようにしてノキアを喰らわんと襲いかかる。
それでもノキアは、つまらなそうに目を閉じて、微動だにしない。
獲った、と敵の魔法士は思ったことだろう。
――だが、甘い。
草上ノキアの契約したファントムは、彼女の家が用意した隠し球である。
例えどんなに主にやる気がなかろうと、ファントム一人で事足りるように、調整されている。
自身の主が襲われるところを見たトゥルクは、冷静に足場を確認する。
とんとん、と足で強度を確認する。木の上で、足場は小さいが安定した枝を確認した後、彼女は小さく、こうつぶやいた。
「――『キャスリング』」
次の瞬間。
ノキアとトゥルクの姿が入れ替わった。
先ほどまでトゥルクが居た枝の上に、ノキアが現れ、そして――ノキアが居た位置に、トゥルクが姿を現す。
「はぁあああ!!!」
襲いかかる影の狼を、トゥルクは手に持った大槍で一掃した。
続けて、その槍を細い投げやりに変化させると、間髪入れずに投擲する。
そこまでの動きには、全くと言っていいほど無駄がない。呼吸する間もないくらいの短い間に反撃をくらい、相手の魔法士は、あっさりとその身体に槍を受けた。
「では、お嬢様」
木の枝に腰掛けているノキアに向けて、トゥルクは何でもないように言う。
「あとしばし、お待ちください」
「うん、まどろんでるから頑張って」
ひらひらと木の上で手を振るノキアに、トゥルクは頭を下げてまた姿をかき消す。
五分後、勝負は圧倒的な結果で幕を下ろした。
※ ※
「あー、疲れた疲れた」
大きく伸びをするノキアと、そばで粛々と従うトゥルクの二人が、控室から戻ってくる。
ハルノとレオが興奮したように彼女を出迎える。
ミラも、ひたすら「すごい!」を繰り返しながらトゥルクの周りをグルグルと回っていて、トゥルクのいつも冷静な顔を困らせていた。
褒められるのがくすぐったいのか、ノキアは仏頂面で言う。
「別に、私の実力じゃないさ。トゥルクが強いんだ」
「いえ。そんなことはありませんお嬢様。貴女の魔力供給があったからこそ、わたくしは全力をつくすことが出来ました」
既まじめそうな顔で、トゥルクはそうノキアを褒め称える。
高ランクのファントムになればなるほど、行動の魔力消費は大きくなる。無駄を少なくしたり、その消費を管理するのも契約した魔法士の役割だ。
ノキアは面倒くさがりだが、それゆえに極端な消耗を嫌う。その辺りの調整は、むしろ率先して行っているのだろう。
先ほどの試合を見ていて、シオンは一つの考えを口にする。
「チェス、か?」
「……ご明察」
苦笑を漏らして、ノキアは言う。
「全てCっていうステータスは本当だよ。ただ、ステータス変化のスキルなんて、珍しくもないだろう?」
スキル作成の際、瞬間的にステータスを底上げさせるようにアクティブスキルを作るのは一つの定石だ。
しかし、トゥルクの場合は、全てのステータスが変化していた。
戦い方によって、ステータスを変化させる。
それが、デイム・トゥルクというミドルランクファントムの戦い方なのだ。
みなまで言うな、というノキアの視線に、シオンは了解して口を閉じる。
ただ、強力なライバルを前に、より一層緊張感が増すのだった。
インターハイ予選。
中盤戦へとさしかかろうとしていた。
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