第10話 残り13話
そのミュージシャンと出会ったのは、島での暮らしも少し慣れて来た五月初旬のことだった。私は取材のため、西之表市内にある島一番の繁華街に遠出していた。最初にこの場所に来たときは、ずいぶん寂れた田舎だと感じたが、田園暮らしが長く続いたそのときの私は、大げさに言えば、ニューヨークの摩天楼を初めて目にした東欧移民の気分だった。
その大都会、東町商店街の路上に、ジーンズ姿のストリートミュージシャンの青年が、ギターを激しく掻き鳴らしながら、風変わりな歌をしゃがれ声で叫ぶように歌っていた。すぐ前の地面の上にギターケースを開いて置き、見物人がそこにチップを入れるというビジネスモデルを、わざわざ現金が使えないこの島でやるのは、頭がおかしいのか。
『 この島には、金がないのか
誰もおいらのギターケースに金を入れてくれない
おいらのギターは金が欲しいと泣いている
金がないのにおいらはどうやって生きていけばいいんだ 』
私は関わりたくないので、彼のほうを見ないように、早歩きで前を通り過ぎようとした。しかし、ちょうど私が前に来たとき、歌うのを止めたため、とっさに彼のほうを見て目が合ってしまった。バンダナで長髪をとめ、やや前に飛び出た異様に大きな目が印象的だ。
私は立ち止まり、つい習慣からチップをはずもうと、財布をとりだした。財布の中にはIDカードと免許証、それに各種サービス券しかなかった。財布をだしてなにも与えないのは体裁が悪いので、首都圏のドラッグストアの割引券をギターケースの中にそっと入れ、その場を立ち去ろうとした。すると、
「ちょっと待った」と、その男に呼び止められた。
「何か?」
「こんなゴミ入れやがって。馬鹿にしてるのか?」
有効期限はまだすぎていないが、彼にとって利用価値がなければ、ゴミと言われても仕方がない。それでも、通りすがりの他人にすぎない私の善意をけなすのは失礼だと思う。
「ゴミとは失礼な。三千円の栄養ドリンクが一割引としたら三百円の価値がある。君の技量で三百円も払うんだから、ずいぶんはずんだつもりだけどな」
「俺はそんなこと言ってるんじゃねえ。この割引券を使えるようにするために、どれだけの交通費がかかるのか考えてみろ。どう計算しても三百円じゃ赤字じゃねえか」
「君はどこの出身だ?」
「この島で生まれた。子供の頃、一家で島を出て、最近まで神戸にいたけどな」
「何しにここに来たんだ?」
「歌歌って稼ぐために決まってるじゃねえか」
「現金の使えないこの島で、ストリートミュージシャンは生計がたてられないことくらいはわかりそうなものだが」
「もうたんまり稼いだんだよ」
「どうやって?」
「カネガシマ博のステージに呼ばれて歌った。二曲歌っただけでギャラうん十万円」
そういえば、電子貨幣博の歌と踊りのショーの二番手は地元歌手だった。印象が薄いのでよく覚えてないが、あれは彼だったのだ。
「十分稼いだのなら、昼間っから一円にもならないことしても仕方ないだろう」
「俺は今稼ぐために歌ってるんじゃねえ。TTPに抗議するために歌うんだ」
そのTTPのイベントで荒稼ぎしながら、抗議ソングを歌う心理がよくわからない。基本は反対だが、金額次第では協力するということなのか。
「なぜ反対なんだ?」
「俺も種子島で歌ってくれという話が来たときは、ふるさとのためと思い、喜んで力になると答えたさ。だけど、イベント終えて、いつものようにストリートで歌ってみると、人が集まっても、チップもらえないことに気づいたんだ。これじゃあ全国のストリートミュージシャンは暮らしていけなくなる。だから全国に広がらないように、今この島で反対運動起こしてるのさ」
それならば辻褄はあう。
「反対運動って君一人じゃなにもできないだろう?」
「俺だけじゃねえ。他に大勢仲間がいる」
これは取材する価値がある。私の直感はそうささやいた。
「実は私、この島に取材に来た週刊誌の記者なんだけど、よかったら話詳しくきかせてくれないか。そこの店でトッピでも食べよう」
と、近所にあるとっぴっぴ食堂に誘った。この島に着いたとき、最初に行ったTENなんか導入しないと言い切った店主の店だ。
店に入ると、レジカウンターにはTEN端末があった。店主に尋ねると、自分は反対だったが、TENを入れないなら島から出ていけと周囲から言われて、仕方なく入れたそうだ。
私はとっぴの刺身、彼はとっぴの唐揚げを注文した。
「何人くらい反対しているんでしょうか?」
「数えたことないけど、二、三十人くらいはいると思うよ、たぶん。でもよく考えると十人、いや、五人くらいかな」
彼の名は玉井祐二という。高校卒業後、すぐ上京し、インディーズバンドで活躍していたが、二年で解散。その後、ストリートミュージシャンとして全国を旅する。神戸にいた今年の二月頭にイベントの話が来た。すぐ島に渡り、中種子の中心部、旧空港の近くでアパートを借りて一人暮らしをしている。貯金はまだ残っているが、夕方、近くにある地鶏料理店でバイトをしている。親戚のマンゴー農家の手伝いで小遣いを稼ぐこともある。その小遣いも、少額なのに振り込みということが気にいらない。
彼はインタビュー中に何度も、
「俺もとっぴに生まれてこればよかった」とつぶやいた。
「下手すりゃ唐揚げにされるよ」
「でも、とっぴは金で苦労なんかしない」
「玉井さんも、もう本当は金で苦労しないってわかってるでしょう」
「どういうこと?」
私の質問が彼の気に障ったようで、急に顔つきが険しくなった。 私はそんなことには構わず、
「TTPで、今この島に住んでいれば、貯金ゼロでも、月初めには口座の残高が十万円になる。親戚の手伝いしなくても、なんとか生活できる」
「そんなことくらい知ってる。でも、汗水流して働かないやつが、金だけもらうなんておかしい」
「個人レベルではおかしくても、社会全体で見れば、消費が増え、治安がよくなり、産業も活性化するなどメリットのほうが大きい。そのためのTTPだから」
「怠けてるやつら、ほかっておいていいのか?」
「そのうち強制労働みたいなことさせる予定らしい。だから、今のうちは遠慮なくこの制度を活用すればいい。もらえるものはもらっておけってね」
「もらえるものはもらっておけか」
「もらいたくなくても、貯金が十万切れば、いやでももらうことになる」
「俺は絶対十万切らねえからな」
彼は私のおごりで、とっぴの唐揚げを残さず平らげた。それから、彼と西之表市街地で二時間ほど一緒にすごし、TTPに対する怒りと、この島に対する愚痴をさんざん聞かされた。そのあと私の車でバイト先まで送っていくことになった。私は、彼に案内されるまま車を運転した。
玉井のバイト先「インギー大王」は、オーナー夫婦が経営している。カウンターがなく、テーブル席が七席の、地鶏料理専門店だ。インギー鶏は、火縄銃よろしく種子島に漂着したイギリス船の船員からお礼に譲り受け、そのままこの島で飼育するようになった尾羽がない小振りなニワトリだ。
今この島は、TTPで他からの流入者が一気に増え、どこも飲食店は大忙しだ。インギー大王もバイトの玉井を雇っただけでは人手が足らぬときがあり、高校生の娘さんまで手伝いに回るときがある。橘結依(ゆい)という名前の彼女は、こんな田舎にはもったいないほどチャーミングで、それでまた客が増えてしまうと玉井はいったが、私は期待しなかった。
私と玉井が一緒に店内に入ると、彼女はテーブルを拭いていた。私たちのほうに顔を向けると、
「玉井さん、今日早いね。あれ、お客さん?」と、玉井の連れの私の存在に気づいた。
「ついでだから食べていきなよ」と玉井は私に勧めた。そこで今彼女が拭いたばかりの席に着いた。
「結依ちゃん、俺、来たからもういいよ。勉強しておいで」
「お言葉に甘えるけど、勉強はしないよ」と彼女は言って、奥へと消えていった。
時刻は夕食にはまだ早く、私の他に客は一組だけだった。それで、玉井は私の席のそばで積極的に話しかけてきた。しかし、何を話していたのかさっぱり覚えていない。実は、料理を待つ間、食べている間、勘定をすませて店を出てからも、私の心は上の空だった。
結依の美貌は、田舎にはもったいないという玉井の言葉は本当だった。中肉中背、おさげの黒髪、大きくつぶらな瞳、形のいい鼻筋。清潔感あふれる色白の肌。ほんのちょっと見ただけだったが、それでも私の心をとりこにしてしまった。職業柄、芸能人を間近に見たこともあるが、どんな女優やモデルもここまで私を惹きつけたことはない。
それから毎日、友人の玉井に会うという名目で、その店に通いつめることになった。本当は玉井とは、その日でお別れにするつもりだったが、急遽親友リストに追加した。近くでもないのに自動車をとばして毎日欠かさずに来る律儀な常連客に、彼女は親しく接してくれた。もちろん、玉井の友人ということもあるが、ジャーナリストという職業が珍しいのも影響しているはずだ。
「富樫さん、いつまでこの島にいるの?」
六月には彼女と充分うちとけ、プライベートのこともよく話すようになっていた。その日も、私はいつものように席につくなりインギーセットBを注文した。彼女は私の注文を厨房の父親に伝えると、私の席のテーブルを拭きながら、大きな目を近づけるように、私の顔をのぞき込み、そう聞いてきた。
「移住の条件で、少なくとも三年間はこの島で暮らすことになっている」
「じゃあ、それまでうちに来てくれるんだ」
「できるだけね」
「ところで、幽霊坂って知ってる? 幽霊が出る有名な坂」
私は、彼女の冗談をすぐに見抜いた。
幽霊坂は、中種子町にある下り坂なのに上がりに見える坂のことだ。詳しい説明は省くが、目の錯覚でそう見える。説明しようと思えばできないこともないが、物理と大脳生理学を駆使せねばならず、そのための労力を考えると、幽霊の仕業とでもしておいたほうが楽だ。面倒なので、幽霊がその坂にいることにする。
彼女は、私がよそ者だから知らないとでも思っているのだろう。そこでこう答えた。
「知ってるけど興味ない。実は幽霊坂なんかよりも、いい心霊スポット知ってるんだけど」
「え、どこ?」
というわけで、数日後、私は四輪駆動を彼女の通う高校の校門付近に停め、彼女が出てくるのを待っていた。立場上はサラリーマンでも、私は誰からも監視されず、平日の昼間からぶらぶらとすごすことが多くなった。ノルマさえこなせば、拘束されない自由の身だ。
放課後、チャイムが鳴り響き、早帰りの生徒達が続々と出てくる。校門前は三叉路になっているので、道路の向かい側からは少し距離がある。目を凝らして注意していると、彼女を見つけることができた。私は車を動かし近づいた。
「結依、記者ってこの人のこと?」
「絶対偽物だよ、ユイ、騙されてるんだ」
彼女の左右には同級生がいた。左側は太った小柄な子で、右側は長身で細身だ。
「友だち?」
私は名刺を二人に見せ、結依にきいた。
「そう、優と崎」
太ったほうが優、痩せたほうが崎。
「心霊スポットって、どこ、行くの?」
優がきいた。
「着いてから教えるよ」
結依を助手席、残り二人を後部座席に座らせ、県道七五号まで出て、田舎の景色を眺めながら東に走る。ときどき民家や商店がぽつんとあるくらいで、畑や木々が続いている。
「ねえ、おじさん。いつからサーフィン始めたの?」と崎がきいた。
結依には私のことを、サーフィン好きで自ら種子島勤務を希望したと言ってある。陸サーファーだとばれないように、彼女の友だちにも嘘を吐いた。
「始めたのは君たちと同じくらいから。今はワールドエコノミーって固い雑誌だけど、実は入社して最初にビーチ&クールっていうサーファー専門誌の担当になったんだ。専門的すぎて聞いたことないよね」
「知らない」
「彼女いるの?」と優がきいた。
「いるような、いないような」
一度しか会ってない明美のことが思い浮かんだ。全く連絡が来ないが、私のことをどう思っているのだろうか。
助手席の結依は、何かに思い悩んでいるように無口だった。
「そこ、本当に出るんだよね」崎がきいた。
「僕は信じていないけど、ジャーナリストとしては、実際に行って確かめないと気がすまない」
「一人で行けばいいのに。怖いの?」
「僕は根っからの科学万能主義者で、魑魅魍魎の類は一切信じていない」
島の東側に出ると、今度は県道をそのまま南にむかう。海に近いが、間に樹林などがあるため海は見えず、同じような景色が延々と続く。しばらく進むと左側に海が見えるようになる。ガードレールのすぐ向こうはわずかな岩場と果てしない海。それも長くは続かず、また緑に囲まれる。種子島には山はないが、道は坂が多い。信号機が全くなく、ところどころに、JAの古い建物が眼に付く。左側に熊野湾が現れ、私が借りている家の前を通り過ぎる。そのまましばらく進む。
「さあ、ついた。ここから歩きだ」
私は、熊野海岸のすぐ南にある浜田海岸に車を駐めた。ここも熊野海岸同様、奇岩が多く、夏場は海水浴場としてにぎわう。単なるうたい文句ではなく、本当に砂浜が白くて、しかも広い。波の音が心地よく、沖の岩礁も見ていて綺麗だ。マリンスポーツが盛んで
、今日もサーファーが来ている。
私たち四人は車を降り、砂浜を右の奧へと歩く。目的の大きな岩場を目前にすると、
「なんだ、千座の岩屋なんか、何度でも来たことあるのに」と優がいった。
「優は移住者だから。私みたいな地元の人間はわざわざ来ないよ」と崎がいった。
千座の岩屋(ちくらのいわや)は、中種子町と南種子町の境付近、浜田海岸にある海蝕洞窟で、私の今住んでいる場所からさほど遠くない。私たちはその入り口に来たのだ。狭い入り口をくぐると中は広く、千人座れそうなことがその名の由来だ。奥行は30メートルほどで、海側にも大きな開口部があり、干潮時にはそちらからでも出入りできる。
「今、干潮だから、通り抜けられるよ」
優はそういって、自分から進んでいく。
「実は最近、この中で背の高い男性の幽霊が出るんだって」
と私が言うと、結依と崎は怖がった。普段なんとも思っていない場所でも、いざ心霊スポットと言われたら誰でも恐いはずだ。
洞窟の中に入るとひんやりと涼しい。途中暗くなるが、海岸に向けて大きく口が開いているので、奧へ進むと明るい。いくつかに分岐しているので、私たちは左側を選び、ビーチに向かって歩いていった。私たちの他には、観光客はいないようだ。
「きゃ~」
先を行く優が悲鳴を上げて、私のほうに戻ってきて、そのまま私に抱きついた。
「どうしたんだ?」
「出た」
私は彼女を離そうとしたが、力が強くて離れない。
「誰かいるよ」
私達から少し離れた先を結依が指さした。ビーチに近い右側の壁の前に、人間が立っている。私たちに気づいているのか、こちらを見ているようだ。
「ただの観光客じゃないの?」
崎がいった。
ビーチから差し込む光が、後光のようにその人物を照らしている。おかっぱ頭に、歴史の教科書で見るのと同じ祭服。間違いなく宣教師だ。光源と距離の問題からはっきり見えないが、大きな体格に彫りの深い顔立ちは、外国人に違いない。
私たちは恐る恐るその人物に近づいていった。
「話しかけてみようよ」
私に抱きついたまま優がいった。
「あの……」
彼女が声をかけたそのとき、その宣教師は後ろずさり、壁の中に消えていった。
「消えた!」
崎も私に抱きついてきた。
私たちが恐怖のあまり、その場でたちすくんでいると、
「また、誰か来た」と結依がいった。
彼女の言うとおり、ビーチのほうから人が歩いてくる。近づくと、黒いウエットスーツを来た若い女だとわかった。女性にしては背が高く、濡れた茶髪に豊満な体のラインが目立つ。
明美だった。
「なんで……」
私は宣教師を見たときの十倍は驚いた。
向こうも私を認めると、
「何、女子高生と抱き合ってるの?」と素っ頓狂な声を出した。
「いや、これは」
私は事情を説明した。
「ふ~ん、そうなんだ。悲鳴が聞こえたから、中に入ってみると、あんたがいるじゃないの」
「知り合い?」
結依は明美のことが気になるのか、私に聞いてきた。
「正式な恋人」
明美が答えた。
「本当?」
「まあ、そ、そうだな」
私は仕方なく認めた。
「この子達とどこで知り合ったの?」
「若者のTTPという企画でインタビューする予定でね」と嘘を吐いた。
「へえ」
なんとかごまかせた。
「今日、仕事は?」
「三ヶ月ぶりの休みなんだ」
「なんだ、誘ってくれればよかったのに」と、私は残念そうにいった。
「あんたの存在自体忘れてた」
「恋人のこと忘れるんだ」と崎がいった。
「それより、おなか空いたから、これから晩ご飯いこうよ」
明美がそう言ったが、
「この子達、送っていかないと」
と私はいった。明美を避けているわけではないが、すでに四人でまとまっていたところに、別種の人間が加わるのはあまり好ましくない。
しかし、
「私の家、地鶏料理店なんです」と結依がいうと、
「じゃあ、送ってくついでにそこで食べようよ」となった。
我々五人はそのあと、インギー大王に向かった。結依の店は地元では有名だが、明美ははじめてだったらしく、
「鶏のこと種子弁でインギーって言うの?」と、私に聞いてきた。
「そうらしいよ」
面倒なのでそう答えた。
私は、自分が常連客であることを彼女に黙っていた。そこで、席に着くと、メニューを見て、「え~と」と料理を決めかねているふりをした。
オーダーをすませると、さっそくインタビューだ。といっても店の人間である結依は、手伝いに回るので、近くにいるとき話しかけて対応する。
「ええ、では、これから、種子島の若者のTTPに対する本音に迫ってみたいと思います。実施から三ヶ月目に入りましたが、どうでしょう?」と、私にしてはかしこまって始めた。
優は「どうでしょうって言われても」と返答に詰まり、崎は「ちょっと不便かなって思うときもある」と答えた。
「具体的には?」
「学校に自販機あったけど無くなったし……家の近くに自販機あるけど使えないし……」
「そう、それに」優も友だちの意見に触発されて、
「行ったことないけど、コインランドリーって今使えないんでしょ」
と事実誤認を明かした。四月当初はいろいろと混乱したが、ほとんどの業種はすでにIDカードに対応している。
そんな細かいことはどうでもいい。私は、元々インタビューするつもりもなかったので、
「結論から言って、賛成、反対?」と早くうち切ろうとした。
ここで、明美が口を出した。
「そういう訊き方おかしいよ。そんな単純なものじゃないし、いまさら反対して何になるのさ」
「部外者は黙っていて欲しいけど」
「部外者って、私だってTTPの影響受けてますからね。影響どころか、仕事自体がTTP」
「それなら部外者じゃなくて、むしろ当事者だ」
「へえ、このひと、TTP関連の仕事?」近くで配膳をしていた結依が聞いた。「最近多いね」
「田舎に大型公共事業ができたようなものだからね」と私がいうと
「田舎で悪かったわね」優の気に障ったようだ。
「田舎じゃないよ。ロケットセンターもあるし」崎も反論した。
それから、地元民三人と本土人二人で、種子島が最先端地域なのか、辺境の片田舎なのか、意見が分かれた。
「もう、そろそろ……」
店が混んできて、お開きにしようとしたとき、玉井が出勤してきた。
「ウィース」
片手を上げ私達のほうに挨拶し、そのまま厨房に入っていった。玉井の出現で、インタビューは延長することになった。
私たちがいた席は厨房に近く、玉井と店主の会話が聞こえてきた。
「すいません、大将。おれ、バイトやめたいんですが」
「本土に帰るのか?」
「そうじゃなくて、夏の間、別の仕事したいんです」
「別の仕事?」
「知り合いが海の家はじめるんで、その手伝いしようと思うんです」
それは私にも初耳だった。
「もうすぐ夏休みだから、バイトのほうはなんとかなる。うちとしては問題ないけど、玉井君、もうここにもどれないよ」
「はい、それは仕方ありません」
「人が多くなってるし、観光客も相当みこめるから、海の家も悪くないかも」と明美は分析した。
それからすぐに私と明美、結依の友だち二人は帰ることになった。私達を送り出すとき、結依がこっそり耳打ちした。
「ごめんなさい。二人も余計なの、連れてきちゃって」
それで彼女は無口だったのだ。きっと私とふたりだけでドライブを楽しみたかったのだろう。
家に帰ってから、私も井畑にいった。
「ごめん、二人も余計なの、連れてきちゃって。おかげで彼女の機嫌損ねたみたいでさんざんだよ」
「え? あの太った子がお目当ての子じゃなかったの? なんだてっきりうまくいったと思ったのに」
わかってるくせにそう言われると、嫌みに聞こえる。しかし、結果は失敗だったものの、彼の協力に対し、私は感謝の意を込めて褒め讃えた。
「幽霊なのに服が着れるってすごいよ。宣教師姿似合ってたし」
「あれ、鉄砲祭りの行列で使ったコスチュームだから、かなり本格的だろう?」
「本物の宣教師に見えたよ」
翌日の夕方も、私は結依の店に行き、玉井にこういった。
「海の家なら暑苦しい君に向いてると思うよ。糞暑い夏に地鶏なんか焼いてたら、本当に炎が出るかもしれないからな」
すると、「海の家でも地鶏焼くんだよ」と彼はいった。
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