アンブレイカブルなオレを殺したいガールフレンズ

荒城 醍醐

第1話 サヨナラ日常

 仮定の話をしようか。


 普通ならオレなんかがとてもお近づきになれそうにない、おしとやかな美少女クラスメイトがいるとする。

 仮定の話なんだから、おもいっきり美少女を想像しようじゃないか。多分、想像し過ぎって事にはならないはずだから。

 腰まで伸ばしたストレートの黒髪を控えめなリボンで頭の上でまとめて、風にサラサラとなびかせる文学系少女風外見だ。小顔で色白、黒目勝ちな瞳は常時うるうるしてるように見えるし、ピンクの唇はぷるぷるといつも水分を貯えている。出るとこは人並み以上に出て、くびれてるところは古風なデザインの制服越しでもちゃんとくびれてるのがわかる。声は意外にハスキーだ。いつもほとんど聞き取れないくらいの小さな声でしかしゃべらない。

 名前は、そうだな、仮称『柏木マリサ』ってことでどうだろう。

 入学式からこっち二ヶ月あまりになるが、教室や校内で妙に度々彼女と目線が合い、そのたびにマリサが恥ずかしそうに目を伏せるとしたら、これはさすがにもう、彼女がオレをしょっちゅう見てる、つまり、オレに気があるんじゃないかと疑ったりしてもいいんじゃないか?

 彼女がこっちを見てるとき、オレの後ろにいつもイケメンが立っているってわけでもないし、彼女の目が悪いってことでもないらしい。彼女のかわいいペットとオレがそっくりだっていうケースを疑ってみるべきだというヤツがいるかもしれないが、オレは犬似でもネコ似でもない。

 あ、そうかそうか、ひょっとしてオレ自身がモデルみたいなイケメンなんじゃないかと思ったかな? それともサッカー部のエースストライカーか学園一の秀才? あいにくどれにもあてはまらないぜ、自慢じゃないが。

 容姿は、まあ親を恨むほどじゃないし、先日の校内マラソンじゃあクラスで九番だった。この高校に受かったんだから頭も捨てたもんじゃない。だが、いわゆる一般受けして女に惚れられるような要素は持ち合わせちゃいない。人に誇れることといったら、保育園から現在に至るまで、ずっと皆勤賞の丈夫な身体くらいのものだ。そんなものにあこがれる女の子なんて聞いたこと無いね。つまり、ミーハーなファンがついたりするような男じゃないってことだ、残念ながら。

 だから、彼女はうわついた嗜好でオレを見てるわけじゃないってことになり、これはもう、運命の赤い糸か前世の因縁か、なにか超次元的な奇跡が彼女とオレの間にはたらいているとしか考えられない。理由はともあれ、彼女はオレに本気なんだ、うん、うん。


 ほら! また目が合っちまった。

 金曜の放課後の教室。のんびり帰り支度しているのは部活のない十数人のみ。部活がある連中は上級生より遅参せぬようにと教室をとうの昔に飛び出している。

 一方、どこの部にも所属していないオレは、ヲタッキーな学友達とゲームの美少女キャラの落とし方の話をダラダラと続けて、帰りそうでなかなか帰らないでいる。

 そんなオレを待っているかのように、マリサはカバンに教科書やノートをゆっくり入れて、なにやらかわいいカバーをつけた文庫本を開いたり閉じたりしながら、チラチラとこちらを見ている。下校時間をオレに合わせようという下手な工作中だってことだな。

 いじらしいじゃないか。

 ここは、困っている彼女のために、どーでもいい学友とのくだらない話を切り上げて、下校してやるのが男ってもんだよな。

 というわけで二次元美少女攻略話から抜け出し、「また来週」と学友どもに手を振って、教室を出て行くと、案の定マリサにも動きがあった。

 開け閉めを繰り返していた文庫本をカバンにしまって、マリサが席から立ち上がるところが視界のすみをよぎる。露骨に見ないようにしてそのまま廊下を歩いていくと、後ろで彼女が教室を出る気配がする。

 ふふーん、彼女にとって今日はいよいよオレへの告白タイムなんだろうか。

 ふたりっきりになったら、声を掛けてくるつもりかな? でも、あの蚊が鳴くような声では、よほど近づかないと聞こえないぞ。

 う~ん、こちらが後方に聴覚を集中して聞き逃さないようにしてやらなくちゃな。なにせ、あの可憐な乙女が、勇気を振り絞って一大決心で告白しようっていうんだから、しっかり受け止めてやらなくちゃね。

 学校を出てしばらくは、ガードレールと歩道つきの道がつづく。このへんは人通りもまあまああり、告白ポイントにはなりそうにない。彼女は二十メートルほど離れて後ろを付いてくるようだ。

「こらこら少年。こんな時間から家に帰ってごろごろするだけかい?」

 うしろに神経を集中していたら、突然横から呼びかけられた。

 頭の上から降ってきたのかと疑いたくなるようなカン高いアニメ声。うしろに神経を集中していたオレの横にいつの間にか並んでいた女子高生が音源だ。

 これでもかというほどぱっちりした大きな目と、赤髪と呼んでも良いほどの天然茶髪のポニーテール。マリサさえいなければクラス一番の美少女と言われたはずのレベル。彼女はクラス委員の倉西ミクだ。

 なぜか入学式の日にオレに話しかけてきて、瞬く間に押しかけ『ガールフレンド』になってしまった彼女は、登下校で絡んできたり、土日に「ヒマだ」「ほかに誘う相手がいない」と言っては映画や買い物の誘いの電話をしてきたりする。今日も、先に帰っていたはずが、なぜかオレの下校路に来てるわけだ。

 「好きだ」とか告白されたわけじゃないし、デートといっても手とかつなぐわけじゃなく、単に『連れ』としてあちこち行っているだけではあるが、それなりの美少女が、ほかの男じゃなくオレを『連れ』に選んでいる状況は、悪い気はしない。彼女と街を歩くと、ナンパ野郎どもの羨望のまなざしや、歯ぎしりや舌打ちが聞えそうな悔しそうな表情を向けられる。その状況は、はっきりいって心地よい。

 もしもマリサさえいなければ、オレは倉西と充実した高校生活を送るラッキーな男子になっていたかもしれない。倉西で手を打つことができれば、どれだけ幸運であっただろうか。実際、中学までは、倉西レベルの女の子がオレのことをかまってくれる、なんて可能性はゼロだった。こういう女子高生とふたりでデート、なんていうのは夢のまた夢だったんだが。

 しかし、現実には、マリサがいたわけで、マリサの前では倉西は単にまとわり付いてくる小五月蝿い女ということになってしまった。まあ、悪い気はしないので映画や買い物には付き合ってやっているわけだが。

 贅沢だって? だって考えてみてくれ、倉西は例えるならファミレスの一番高いメニューだ。普通は自腹を切って頼めないような『ごちそう』で、それが目の前に並べられていて、食べたきゃ食べられる据え膳状態だよ、確かに。

 これだけなら、迷わず箸をつけちゃうところだろうな。

 問題は、すぐ見えるところで本格的な三ツ星レストランのディナーが調理されていて、今にも目の前の食卓に並びそうな状態だってことだ。

 それがマリサだ。

 三ツ星のディナーを食べるには、ファミレスのごちそうはスルーするしかないじゃないか? ファミレスのごちそうで満腹になったら、三ツ星のディナーを食いっ逸れるんだぞ?

 そりゃあ、三ツ星のディナーがオレのテーブルに来なかった場合、ファミレスのディナーも食えなくなるかもしれないが、それでもぐっと我慢する価値があると思わないか?

 う~ん。倉西が横にいると、今日の『告白イベント』は発生しそうにないな。テーブルの上はファミレスのごちそうで埋まってしまって、三ツ星ディナーの置き場がない。

「あんまりひっつくなよ。誤解されるだろ」

「な~にを誤解されるっていうのかな? だ~れに誤解されるのを心配してるのかな? ちゃんとご希望どおり、クラスではベタベタしてないじゃん」

 倉西は逆にひっついてくる。ひょっとして、マリサがオレをつけていることを知っていて、見せ付けようとしてるんじゃないだろうか。腕をからめてくると、二の腕にやわらかいふくらみが当たってるんだが、おかまいなしのようだ。これもわざとか?

 かわいそうに、オレに惚れても無駄なんだぜ。オレはおまえレベルでは妥協しないことにしたんだ。

 ちらりと後方を向くと、マリサと目が合って彼女がとっさに顔を伏せた。

 罪な男だぜ、オレって。


 と、悦に入っていたこのときが、多分オレの人生のピークだったんだな。


 交差点で左に曲がって住宅街の道に入ったときに、オレは人生のピークから転げ落ち始めた。

 前方に、ヤンキーっぽい男がふたり立ち話してるのが見えたが、それ以外にはずっと先まで人も車も通ってない。裏通りに入ったとはいえ、こんなにひと気がないのは不思議な状況だ、と、このときは思わなかった。

 倉西はオレの横をくっついて歩いていて、いろいろ話しかけてくる。こっちはうしろのマリサに神経を集中しているので、倉西の話には適当に「ああ」とか「うん」とか言ってるだけだ。倉西は帰り道でオレを見つけると、いつもオレんちまでついて来るんだよな。ってか、こいつの家はどこなんだ?

 まあ、いい。後ろのマリサは、交差点をこっちに曲がってきた。彼女の家こそどこにあるかが問題だ。いつもはいっしょになったことないから、たぶんこっちじゃないはずだ。今日はやっぱりオレを追ってきてる。

 こりゃあ彼女は今日、一大決心しているとしか考えられない。

 倉西さえいなければ・・・・・・。

 いっそ倉西を無視してUターンしてマリサのところへ歩み寄り、こっちから声を掛けてやろうか。ファミレスのごちそうにはどうせ箸をつけないんだから、いっそちゃぶ台をひっくり返してしまうっていうのもいいかもしれない。

 意を決して立ち止まって、振り返ろうとしたときだった。オレがまったく注意を向けていなかった方向、『前方』から野太い声がした。

「うおぉぉぉりゃぁぁぁぁあ!!」

「消し飛べぇぇぇぇぇええ!!」

 ヤンキーっぽい男ふたりがかかってくる。

 その手には・・・・・・剣?!

 日本刀や木刀じゃない。西洋の昔の両刃剣だ。あきらかに銃刀法違反、刃渡り百二十センチくらいの剣を両手に持って、一人目の坊主頭は頭上に振り上げ、すぐあとに続く長髪のヤンキーは切っ先をアスファルトに擦るように低く構えて走ってくる。

 今風の服装にはおよそ似つかわしくない持ち物だ。二人とも恐ろしい気迫をこっちに向けながら・・・・・・これが殺気ってやつか?! オレに向かって・・・・・・いや! 違う! 視線の先はオレじゃなく、隣に居る倉西だ。

 剣を受け止めて防ぐような得物を持たないオレは、その場で固まってしまっていた。オレの横に向かって、坊主頭の剣が振り下ろされる。倉西が居るあたりで剣が風切り音を立てる。

 倉西が切られた!

 オレはそう思った。

 百分の数秒遅れで横を振り向いたオレの目には、そこに居たはずの倉西の身体は映らず、剣を振り下ろした坊主頭が、走ってきた勢いで駆け抜ける姿が見えた。

 倉西は、二メートルほど離れたところで倒立していた。いや、静止してるんじゃない。バク転してるんだ。残像を残しながら、後方にはじけるように飛んでいく。

 二人目の男が、その倉西がバク転していく方向へ走って行き、彼女めがけて下段の構えから剣を擦り上げた。

 倉西の身体はさらにスピードを上げてもう一回転バク転してさらに遠くに飛び去った。

 着地した倉西は、オレから十メートル近く離れた車道上にいて、オレとの間に剣を持った二人の男が割り込んでいた。

 男達はオレを攻撃対象にしていないようだ。狙いは倉西だけ?

 それよりも、彼女のあの動きは何だ?

 まるで体操選手が床運動のフィニッシュで見せる助走つきの連続技のようなスピード。街中で剣を振り回す男達も驚きだが、それを避けた彼女の動きもサプライズだった。

 そして、オレの視界の右隅で、もっと驚くことが起こっていた。

 マリサがこっちに走ってくる。

 制服のスカートの裾を激しく跳ね上げながら、長い髪を波打たせ、右手に持ったカバンの中に左手を突っ込んで、

「でぃやぁぁぁあっ!」

っと叫びながら引き抜いた。

 その手には、男達と同じ刃渡り百二十センチほどの両刃剣が握られている。

 通学カバンは対角線でもせいぜい六十センチ。あんな剣が入っているはずがない。いったいどうやったらあんなものが出てくるんだ?

 おまけにマリサがあんなに大きな声を出していることも、スカートの裾が乱れるのもおかまいなしの走りっぷりも、なにもかも信じられない光景だった。

 彼女の攻撃の矛先は剣を持った二人組だった。

 坊主頭の男を横になぎ払う。

 男の右腕と首が同時に身体から切り離されるところが見えた。

 血しぶきとともに首と腕が宙に飛ぶ・・・・・・前に、男の身体が--首と腕も含めて--かき消すように消えた。

 男が持っていた剣と、主を失った服だけが残り、その場に落ちた。

 男が消えたことに目を奪われていたオレの視界の隅で、マリサが長髪の男に切りかかっていた。

 男は両手で持った剣でマリサの剣を受け止めた。

 左手一本で剣を振るうマリサの方が、力で押し込んでいた。男は剣を顔の寸前でかろうじて押しとどめている。

 マリサが空いている右手でこぶしを作った。男を殴るつもりだ。

 彼女が右手を振りかぶった瞬間、男の後ろに倉西が飛びつき、まるで親の肩たたきをするように、両手で男の両肩を後ろから叩いた--ように見えたが、事実は違っていた。

 男の肩から離れた倉西の両手には、真っ黒い刃のナイフが握られていて、男の両肩に刃の根元まで突き刺さっていた。

 男の腕の力が抜け、マリサの左腕の力に押し切られて倒れる。

 男の身体は痙攣している。

 マリサと倉西が男を冷徹なまなざしで見下ろしている。

 倉西の両手のナイフは、刃が光って目立つことがないように黒くしてあるようだ。その黒い刃から男の血が滴り落ちている。

 痙攣する男の胸に、マリサが剣を両手に持ち替えて、グサリ! と真上からつきたてる。

 男の身体がビクンと反ったかと思うと、坊主頭同様に身体が消えてしまった。倉西のナイフから滴っていた血も消えてなくなった。倉西の足元の血の跡も消え、ふたりの女子高生の制服に飛び散っていた細かい返り血のしみも消えた。

 男の剣と、一度は血だらけになったはずの衣服だけが、男が倒れたポーズのまま地面に残った。


 ほとんど一瞬のできごとだった。男達は、まるではじめから居なかったかのように生命の痕跡を残さず消えてしまった。風で飛ばされた洗濯物のように、男たちの衣服が落ちている。

 マリサが地面に突き立てた自分の剣を服から抜き、倉西が両手に持ったナイフを同時にくるりと回して逆手から順手に持ち直している姿が、今さっき起きたことが夢じゃないことの証だった。

「な、な、な、なんだぁ?! こりゃあ?!」

 みっともない叫びを上げたのはオレだった。

 さっきまで表情豊かにオレにまとわり付いていた倉西は、別人のように無表情で、ナイフをスカートの腰のあたりにしまった。マリサはなにかに毒づきながら、走ってくる途中で投げ捨てたカバンを拾いにもどり、拾ったカバンに自分の剣と男たちの剣、合計三本をマジックのように差し込んで収めた。男たちの衣服はそのまま置いておかれた。

「ついに来たわね、やつら」

 倉西はオレを無視してマリサと話しているようだ。

 このふたりがクラスで話しているところは見たことが無い。だが、倉西の話し方は、昔からの友人と話すときのそれだった。

「遅すぎだよ。待たせやがって。おかげで・・・・・・」

 マリサは男のような言葉遣いでそう言いながらオレをにらみつけて、こっちに向かってくる。

「この野郎を見張ってる間、何度も何度も目が合っちまって。あ~! 気持ち悪い!」

 え? 何言ってるんだ? マリサは。

「もう、こいつの前で芝居してる必要はねぇんだろ? それにしても、気色の悪い目つきでじろじろ見やがって」

 到底、女の子とは思えない汚い言葉遣いで、オレの前までやってきて、一メートルほどのところで立ち止まり、オレのほうをゴミでも見るような目で・・・・・・これが本当に、あのマリサか?

 マリサの右足が上がった。

 不覚にも、オレはスカートの中が見えそうになったことに意識がいってしまった。だが、次の瞬間、オレの視界を覆ったのは、マリサの右足の裏だった。

 マリサはオレの顔を踏みつけるように蹴りつけたのだ。足が上がったかと思うや否や、オレの顔面に蹴りが命中していた。すさまじいスピードと破壊力だった。オレの頭は後ろのコンクリートのブロック塀に後頭部をめり込ませ、まさに壁向きに踏みつけられていた。

 マリサの右足がオレの顔面を離れて下ろされる際、割れたブロックのかけらがパラパラ地面に落ちる音を聞いた。目を開けたとき、すでにマリサの足は地面に戻っていて、スカートの裾もひざの上にあった。

 なんとかオレが体勢を立て直すと、ブロック塀にめり込んでいた頭がボコリと抜けるのを感じた。

「あれ?」

 オレは自分の後頭部と顔面を手のひらでさすって確かめた。

 コンクリートのブロック塀にめり込むほど蹴られたにもかかわらず、オレの頭蓋骨は無事だったし、顔面も陥没しておらず、鼻血すら出ていない。顔面と後頭部はヒリヒリしていたが、大怪我ではない。せいぜい、鼻の頭が赤くなった程度だろう。

「説明が必要なのよね」

 倉西が腕組みしてオレを面倒そうに見ていた。感情がある分、さっきの無表情よりマシだ。

「あんたがやりなよ」

 そう言い捨てたマリサはもう、こっちを見てさえいなかった。


 おそらく、近くて人目につかないからという理由だけで、説明はオレの家でされることになった。

「・・・・・・ただいま」

 美少女クラスメイトをふたりも連れて帰ってきたわけだが、オレのテンションは下がりっぱなしだ。連れのふたりはニコリともしない。オレが「上がれよ」と言うまでも無く、ずかずかと上がりこんでくるし。

「おかえりなさい」

 家の奥からは、エプロン姿の富子さんが出てくる。

 富子さんは、うちの住みこみのお手伝いさんだ。かーちゃんは仕事が忙しくて家を空けがちで、オレが高校に入学してからこっち、家事は彼女がしてくれてる。まだ二十歳になったばかりのグラマーで和風な美女だ。

 最初にお手伝いさんの話をかーちゃんから聞いたときには、名前に「子」がつくから、四、五十代のおばさんが来るのかと思ったら、来たのは彼女だった。

 彼女を毎日見ているせいで、女性に対する目が肥えたオレは、並の女の子じゃ満足できなくなっちまったんだと思う。

「あら」

 富子さんは、オレの連れのふたりを見て、そうひとこと言っただけで、驚いた様子もなければ追求もしない。いったい何だと思ったのだろう。三角関係の修羅場だとでも思ったのかもしれないな。

 二階のオレの部屋に三人で上がると、オレは自分のベッドに腰掛けた。ガラステーブルの向こう側に、倉西とマリサが正座した。二人はだまってこっちを見てる。無表情な冷めた視線だ。

 トントントン、とドアをノックして、富子さんがジュースを持って入ってきた。

 ふたりは、富子さんが来ると思ってだまって待っていたのだろうか。話を聞かれないように。

 倉西の説明とやらは、富子さんが階下に戻ってから始まるのだろうか。

 そんなふうに予測していたのだが、富子さんはジュースをテーブルの上に三つ置いて、お盆を胸の前に抱えると、なんと、そのまんま倉西の横に座ってしまった。

 富子さんはいつもの笑顔でこっちを見てる。そこに座ることがあたりまえだというふうに、誰にも断ろうとしない。

「じゃ、さっさと説明しちゃいましょうか」

 富子さんとマリサにはさまれて中央になった倉西が喋りだした。

「お、おい! ちょっと待てよ! なんで富子さんいるのに話を始めちゃうんだよ!」

 オレだけがあわてていた。三人は顔を見合わせていた。中央の倉西は左右のふたりを見て、それからオレに向き直って、また話しはじめた。

「だって、わたしたちの話をしなきゃいけないでしょ?」

 あ、そうなのか。

 この三人の共通点――高校入学と同時にオレに近づいてきた女性、ってことだ。

 つまり、高校入学とともに、オレの周囲の美女率が妙に上がってきたな、とよろこんでいたのは、実は仕組まれたものだったわけだ。

 この説明とやらが、オレの家で行なわれるのも、必然ってことか。

「つまり、わたしたちはあんたを守るためにこの世界に来てるってこと」

 倉西はそう言うと、黙ってしまった。

 それっきりしゃべらない。

「終わりかよ!」

「あ、やっぱ簡単すぎた?」

 なんで、ツッコミが必要なんだ?

「えっと。じゃあ、疑問に答えるから何か言ってみる?」

「なんだよそれ。疑問、おおアリに決まってんだろ」

「たとえば?」

「マリサのスリーサイズとか」

 バン!

 間髪を入れずオレの顔に飛んできたのはマリサのカバンだった。

 いかん、いかん。いつもの倉西とのデート中の会話のノリになってしまってた。

「いてぇなあ」

と反射的に言うと

「天罰だ」

と真顔でマリサが言った。

 冗談が通じないのか? こいつ。

「わかった。すまん。まじめに質問するから。あの剣を持ったヤンキーは何なんだよ」

「あいつらは、わたしたちの世界『ガミエン』から来たワルモノ」

 回答役は倉西だ。

「ワルモノって、じゃあ自分らは正義の味方だって言うんだな?」

「オフコース」

 やっぱりいつものデートでの会話のノリだ。こいつは、基本変わんねぇ。あれが素だったんだな。

「やつら、なんで消えたんだ?」

「死んじゃったから」

 そりゃあ、首飛ばされたり、あんだけ刺されたりしたら死ぬだろうけど。

「なんで残んないんだよ、死体とか」

「こっちの世界に来られるのは魂だけなの。身体は仮なわけ。仮の身体が死ぬと、魂はあっちの世界に残した本当の身体に戻り、魂を失った仮の身体は消えちゃうわけ」

 魂が実在するのか、とか、質量保存の法則はどうなったのか、とかツッコミどころは満載だが、とりあえず答えになっているから、次行こう。

「このカバンから剣が出てきたのは・・・・・・」

と、投げつけられたマリサのカバンを開けてみると、教科書やノートといっしょに、剣の柄が入っている。一本分だけだ。死人から奪ったほかの二本の柄は見当たらない。自分の剣以外は柄まで消しちゃってるってことなのかな。

「・・・・・・これか?」

 見えてる柄をつかんで引っ張り出すと、見えていなかった刃がついてくる。途中まで引き出し、どういう現象か把握したので元に戻す。

「なるほど・・・・・・っつ~か、あり得ないだろ、これ」

 現象は把握できても、何が起こってるのか理解はできないだろ。

「つまりね、その剣とカバンは魔法つきなの」

「魔法?」

 ここ、納得しとくところか? 剣と魔法の世界からきたわけか? こいつら。

「わたしら、魂だけでこっち来てるから、剣とかもこっちで入手しなきゃ、ってとこなんだけど、魔法使える仲間もこっちに来てるからね。魔法のアイテムがあったりするわけ」

「仲間って・・・・・・何の? 正義の味方のか?」

「そうね」

 話を聞いてるこっちも、頭を切り替える必要があるようだ。RPGかなにかのファンタジーのノリが必要なんだな、つまり。

「おまえ、さっきの身の軽さとかって、シーフとかってやつなんじゃねぇの? つまり盗賊だろ? 泥棒が正義の味方か?」

「あのね、ゲームに浸かりすぎなんじゃない。わたしを『盗賊』なんていう怪しげなカテゴリーに入れてもらいたくないわ。ゲームで言うなら『ニンジャ』とかのほうが近いかもね」

 ニンジャもじゅうぶん怪しげだぞ。

「マリサや富子さんもか?」

「マリッサは、そうねぇ、剣士っていうより戦士かな?」横にいるマリサを振り返る「あんた、剣抜いてても盾で殴ったり蹴ったりが多いものね」

 マリサと視線を合わせ、楽しそうに倉西が言った。

「悪かったな」

 やはりマリサは言葉が汚い。悲しいかな、これが素らしい。

「で、トミックさんは、僧兵っていうのが一番近いかな。神に仕える身だけど、兵隊さんなの」

 富子さんはそこでにっこり微笑んだ。兵隊さんって紹介されたとこで笑われたら、逆に怖いんですけど。

「へーそう・・・・・・って、マリッサとかトミックっていうのが本名?」

「そうよ。わたしはクラニス」

 こっちでの名前は本名に似せてあるのか?

「なんでおまえだけ苗字なんだよ」

「音が近い適当な名前がなかったからよ。だからあんたには苗字で呼ばせてたでしょ」

 それでデートのとき名前で呼んだら「いつもどおり倉西って呼んでよ」って言ってたのか。そういえば、マリサはクラスの自己紹介のとき「マリサと呼んでください」と言っていたし、富子さんのときはかーちゃんが「今日から富子さんが来るから」ってオレに言ったっけ。本名に近い名で呼ばれるようにしてたってことか?

「それじゃあ、一番肝心な話。おまえたちにとってオレは何者で、なんでねらわれたり守られたりしてるんだ?」

「ふむ、もっともな疑問だね。あんたは、その~、我が国アテヴィアを守護する竜王の息子で、新たなる希望ってわけ」

 話はとんでもないところへ向かって吹っ飛んでいくようだった。

「竜王は傷ついていて力を失っているから、代替わりに対する期待が増してるのよね。一方で隣国バイルーにとっては面白くないことなわけだ。バイルーでは、最近クーデターがあってね。国王から権力を奪って新たな独裁者となった宰相カシュームは我が国を敵視していて、竜王の代替わりを妨害しようとしているわけ」

「竜……王……?」

 オレ、人間だよな。ま、ここはスルーしないと話が進まないとこか?

「で、妨害っていうなら、なんであの剣持ったヤンキーはオレに切りつけなかったんだ?」

「やつらの目的は、あんたを殺させないことだからだよ」

 え? 耳がおかしくなったかな?

「コロサセナイコト?」

 三人はオレのリピートに対し、なにも悪びれたとこなくこっちを見ている。まるで、何を不思議がっているんだ、とでも言いたげな様子だ。

「そう」

「え? じゃあ何か? おまえらがオレを守る目的は……」

「うん、あんたを然るべきときに殺すために守ってるんだよ」



         《第2話へつづく》

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