紅玉の茶会を、打ち砕け!



 紅玉の茶会を、打ち砕け!#1 エンターザダンジョン



◆1


 少年は怯えていた。そして信じていた。いま少年は……シャルククは洞窟の底に潜んでいる。鍾乳洞の地面は濡れており、彼の半ズボンはお漏らししたようになってしまった。それでも、恐怖の方が大きい。

 頭上にいるのは……カサカサと硬質な音を立てる、サソリの化け物だ。


 サソリの化け物の遥か頭上、崖をよじ登るのは冒険者のクルス。サソリの化け物は、彼を追って崖を上る。ここは縦穴になっており、登攀中にクルスは化け物の襲撃を受けたのだ。

 シャルククはとっさに身を隠す。その判断は正しかった。クルスはわざとザイルを打ち鳴らし、化け物の興味を引く。


 シャルククは岩陰に身を隠しながら化け物の姿を確認する。1メートルはあろうかという大きなサソリ。尻尾は、毒針の場所に、子供の大きさの頭がついている。その無表情の口からは、おぞましい歌声が響いていた。


「人面サソリ。知能は低い。大丈夫」


 クルスの声を、シャルククは信じる。

 人面サソリは、尾の顔から奇妙な歌を歌う。それのせいか、クルスには異常が発生していた。彼は数種の魔法が使えるはずだが、シャルククがいつまで待っても魔法を使う様子は見られない。魔法を封じられている!

 得意の剣も、ザイルを握ったまま下にいるサソリを攻撃することは不可能だ。


 シャルククは助けに行きたかった。応援もしたかった。そのどれもが、状況を悪化させるであろうことを知っていはいる。

 人面サソリは歌声と同時に魔法を展開する。地面の小石がゆっくりと空中に浮遊した。飛礫の呪文だ。このまま加速させた石をぶつける気なのだ。

 ジャリッ……という、砂を踏む音に、シャルククは気づく。歌声に紛れて聞き逃すところだったが、誰かがいる。その正体も見当がついた。さっきから姿を見せていない、もう一人の友達。

 壁を上っていくサソリのすぐ下で、白刃が一閃した。歌声が途切れる。尻尾は綺麗に切られていた。


 思わず歓声を上げたかった。だが、まだ早い。少年はじっと身を潜めて決着がつくのを待つ。サソリの背後に姿を現わしたのは、クルスの仲間の女魔法使い、メイハだ。指には透明化の指輪が光る。魔法が使えなければ、道具を利用するまでだ。

 サソリはガタガタ震え、真っ逆さまに墜落した。

 呪文さえ封じれば、人面サソリはただの大きな虫に過ぎなかった。メイハはてきぱきとサソリを捕まえ、解体していく。クルスも登攀をやめて下に降りてきた。

 陰から飛び出し、クルスの脚に抱きつくシャルクク。


「大丈夫。尾さえ処理すれば、人面サソリはそう強い化け物じゃない」


 クルスとメイハは軽くハイタッチ。そしてサソリを解体し、肝やいくつかの内臓を油紙に包んで背嚢に入れる。

 これらの臓器には、化け物が摂取して蓄積した濃度の高い魔力が詰まっている。そのため、売れば金になるのだ。


「その肉はどうするの? 宝石を見つけるために使うんだよね」


 シャルククは不安そうに言う。


「そう、宝石。お兄さんたちも宝石楽しみだよ」


 目的は小銭稼ぎではない。3人はシャルクク少年が見たという、洞窟の奥の巨大宝石を探しに来たのだ。



◆2



 先日のことである。洞窟に魔力が溜まる前。まだ枯れ果てていて、安全だったころ。シャルクク少年はその洞窟に一人で探検に来た。友達は連れていない。シャルククには一緒に誘って遊べる友達がいなかった。

 どうにかして自慢できるものが欲しい。そう思って探検に来た。

 友達を作るには、自分に価値が必要だと思っていた。シャルククは、自分は喋りも得意ではなく、美少年でもなく、お菓子をプレゼントすることもできない、何の価値もない人間だと思っていた。


(価値は、見つけに行くんだ)


 探検で危険を冒せば、見返りがある気がした。

 洞窟の魔力が高まるであろうことは大人たちの間で話題になっていた。もうすぐ閉鎖され、冒険者に処置してもらうことになる。僅かな残り時間。

 シャルクク少年は思い切って洞窟の闇へ踏み込んだ。その先に、宝石の輝きを見たのだ。確かに!

 大人たちにまず報告することにした。


「あの洞窟の奥には大きな宝石があるんだ!」


「嘘だろう。昔あの洞窟に入ったけれど、そんなものは無かったぞ」


「魔力が高まっているんでしょ、魔力からいろんなものが生まれるって聞いたよ」


 必死に説得するシャルクク。


(自分だけが見つけた、自分の価値だ。これで友達にも自慢できる……きっと、友達もたくさん増える。じゃないと、さびしいよ……僕はやっと自分の価値を見つけられたんだ。お願い、信じて……)


 シャルククの熱意は相当なものだった。

 大人たちはシャルククの熱意に負けて、洞窟を探検することにした。結果は散々だった。何も見つからない。そもそも真っ暗な洞窟の中、シャルククが奥までいけるはずもなく、付近を探しても見つからなかった。

 シャルククは嘘をついたと叱られて、いたずらっ子の烙印を押されてしまった。


 悔しくて、泣いた。夕暮れの街、自宅の前に座ってしくしくと泣く。


「僕は嘘なんかついていないのに……誰も信じてくれない」


「誰もなんて言うなよ」


 隣の家に住むお兄さんが、シャルククの前に立っていた。


「探しに行ってあげるよ。そういうの、得意だし」


 シャルククはぱっと顔を明るくして言う。


「クルス兄ちゃん! ありがとう……僕、このままじゃ……何もない人間になっちゃう。何も価値のない人間に……友達も、できない……」


「大丈夫だ、案内してくれるかい? 詳しい状況を知りたいんだ」


 クルスはシャルククにとって、近所の職業不明の怪しいお兄さんだったが、そのとき初めて冒険者であることを知った。

 冒険者は魔力の濃くなった場所に赴き、生成される宝物を拾うことや魔力を求めて集まってくる化け物を倒すことを仕事とする。

 そして、クルスは正式に冒険者として洞窟を調査することを願い出て、シャルククを調査に同行させることにしたのだ。クルスはシャルククの護衛のために、自腹で友達の冒険者を雇った。

 そうして、3人は洞窟探索を始めて……人面サソリを倒した所であった。



◆3



 人面サソリの死体は放置し、3人は洞窟の縦穴を上り始めた。鍾乳洞はあちこちから雫が垂れていて、ザイルが濡れるので上りにくい。

 メイハはシャルククのために筋力増強の魔法をかけてやった。補充にはお金がかかるが、彼女なりの優しさだ。

 縦穴を上った先は、長い横穴だった。


「だいぶ魔化が進行している」


 クルスは呟き、闇に沈んだ洞窟の奥に魔法をかける。すると、壁が発光し地下道のように明るくなった。この魔法は周囲から魔力を吸収して半永久的に明かりをもたらす。最初に潜った冒険者が設置する魔法だ。

 こういった狭い場所には魔力が集まってくる。すると、魔力が結晶し様々なものが生成される。神が世界を創造した際、万物を生み出したルールが生きている。そして、魔力を求めて様々な化け物がテレポートで集まってくる。魔力は次々と結晶し、化け物に食い尽くされ、枯渇する。静かになる。


 そして、しばらくの休眠期間を取った後、再び魔力が集まり始める。そういうサイクルなのだ。


「普通これだけ魔力濃かったら、もっと化け物集まってきますよね。場を支配している主でもいるのかな」


 メイハの指摘ももっともだった。人面サソリ以外の姿は見えない。そのとき、明かりが一瞬消えて、再び光が戻る。


「え?」


 シャルクク少年は唖然としてしまった。自分の隣にいたはずの、クルスとメイハの姿が影も形も無くなっていたのだ。声を上げて呼んでも、残響音が響くだけ。

 何かが起きたのだ。とりあえず縦穴に戻ってみるが、二人の姿は見えなかった。縦穴の下にいるかは分からないが、今のシャルククにはそこを降りることはできない。


「探さなくちゃ……」


 不安で足が震える。人面サソリの想像をして、頭を振る。シャルクク少年は振り返り、横穴の先を見る。そこはまだ明かりがついておらず、闇に沈んでいた。あの向こうにいるかもしれない。消えた二人か、もしくは人面サソリか。


「お兄さん、助けてよ……」


 心細くなり、呟く。


「いま、ひとりぼっちなんだ……」


 静寂。ぴちゃぴちゃと垂れる雫の音だけが響く。シャルククは必死に自分の悲しい思考を打ち消す。


「ちがう、ひとりぼっちじゃない」


 自分で自分を励ます言葉。


「寂しいからって、僕はお兄さんを忘れたくない」


 闇に向かって、歩き出すシャルクク。その足取りには、勇気があった。


「お兄さんは僕を信じてくれた。なのに、僕はお兄さんを忘れるところだった。僕はお兄さんを信じる。信じてくれたから、僕も信じるんだ」


 そのとき、縦穴の方から足音。何かが縦穴をよじ登っているようだ。それは人間の上る音ではない。カサカサと、硬質なものが這い上る音。


「ひっ……」


 脳裏に人面サソリがよぎる。シャルククは息をのんで、闇に向かってそろそろと歩き出した。



 紅玉の茶会を、打ち砕け!#2 幻惑の茶会



◆1



 背後から差す明かりは次第に弱まっていく。鍾乳洞の、濡れた地面を足音が立たないように急いで逃げる。背後から響くのはカサカサという硬質な音。人間の足音ではない。見つかったら終わりだ。シャルクク少年に戦うすべはない。


(逃げなくちゃ……闇の中にでも、逃げなくちゃ……)


 この先は闇だ。照明の魔法が効力を発揮しているのは遥か背後。薄暗い鍾乳洞の横穴を、そろそろと歩く。水たまりがあちこちにあり、靴の中へ染み込んでいく。雫が首筋に垂れ、悲鳴を上げそうになる。

 そのとき、視線の先で何かが煌めいた。


(あれ……どこかで見たような。これは……)


 煌めく何かへと向かうシャルクク。その輝きは次第に大きくなり、やがて空間を光で満たした。


(宝石だ……やっぱり、宝石はあったんだ)


 たどり着いたのは、輝く宝石で埋め尽くされた空間。宝石のテーブルが中心にあった。そこに陽炎が湧き立ち、ランプに踊る影が現れるように、4人の娘が姿を現わす。

 彼女らはみな、茶器や菓子を持っていて、それをテーブルに並べ始めた。


「誰……?」


 シャルククは尋ねる。娘たちはホホホと笑うだけだ。シャルククは娘たちに促されるまま、テーブルの端に座った。


「ぼうや、かわいいね」


「どこから来たの?」


「髪の毛が、つやつやしているわね」


 娘たちはシャルククを撫でて褒め始めた。レースのような赤い服がひらひら揺れる。宝石のテーブルの上には、5人分の紅茶が並べられる。中央にはお菓子の山。


「自由に食べていいのよ」


 赤い服の娘が促す。シャルククはそこで、背筋に冷たいものを感じた。何かが起こっている。そして、引き返せない線があるはずなのだ。


「お姉さんたち……僕は、あなたたちを信じていいの?」


 何者かよりも先に、シャルククには聞きたいことがあった。


「ええ、信じていいのよ」


「じゃあ、僕のそばにいた、お兄さんお姉さんを探すのを手伝ってほしいんだ。お茶やお菓子よりも、大切なんだよ」


 赤い服の娘たちは何もわかっていないという風に笑うだけだ。


「あたしたちが新しい友達になってあげるのよ。古い友達なんていらないの。貴方を捨てて、去っていく友達なんて忘れてしまいなさい。あたしたちは、貴方のためになんだってするわ」


 それを聞いたシャルククは、固く口を結ぶ。


「ダメだよ、お姉さんたちを信じられないよ。どうして僕のことを信じてくれないのさ。お兄さんたちは僕を信じてくれた。きっと今も僕のことを信じてくれる。そんな思いを僕は裏切れない……どうしてそれを信じてくれないのさ!」


「それはダメよ」

「ダメよ」

「ダメなのよ」


 赤い服の娘たちが一斉に立ち上がり、菓子や紅茶を手にシャルククへとにじり寄る。シャルククは恐怖で声も出ず、床に座り込んでしまった。

 そして……視界にひびが入る。ガラスの割れるような音が……背後から、聞こえた。



◆2



 宝石の茶会は騒然となった。娘たちは一様に険しい顔でシャルクク少年の背後を見る。少年が後ろを振り返ると、宝石の壁面に大きな亀裂が生まれていた。


「ダメよ」

「ダメなのよ」


 赤い服の娘たちはシャルククに手を伸ばす。剣が一閃! 宝石の空間が粉々に砕ける。剣を振るうのは……冒険者のクルスだ。


「間に合ったね」


 クルスは右手を掲げる。宝石の空間は雪の粒ほどまで小さく粉砕され、元の鍾乳洞の姿を現わした。赤服の娘たちはゆらゆらと揺れる。

 シャルククはクルスのもとへ駆け寄る。彼の脚にしっかりと抱きつくシャルクク。後ろからひょっこりと魔法使いのメイハが顔を出した。


「こんな小さい子をたぶらかす悪い子は誰かなぁ~?」


 赤服の娘たちは恐れおののいた。両手で頭を抱えている。彼女たちは抵抗することなく、そのまま壁の模様に溶けるように消えていった。そして、全ては薄暗い鍾乳洞に戻っていた。


「魔法陣の消失を確認……ふーん、鉱石シルフの一種だね。恐らくは紅玉のシルフだ」


 クルスは紅玉のシルフについて説明する。


「紅玉のシルフは、遊び好きな奴らだ。子供とかを誘惑して、人間でなくしてしまう……でも、基本は大人しいから、こうやってこちらが強く出れば引いてくれるんだ」


「僕が見た宝石の正体……これだったんだね」


 シャルククは失望して言った。クルスは鍾乳洞のダンジョンに明かりを灯して、言った。


「宝石があるかないかは、問題じゃないさ。それに、君は言ったね。信じるって」


「聞いていたの?」


「僕らはずっと君の傍にいたさ。手は届かなかったけどね」


 そう言われると、シャルククは照れくさくなる。宝石のぎらぎらした輝きは消え、どこまでも優しい光が包む。クルスは話を続けた。


「信じることができなかったら、きっと魔法陣は破れなかった。それが、魔法陣の綻びだったのさ。きっと、あのシルフたちは信じることを知らなかったんだ」


 3人は洞窟を引き返した。やがてこの洞窟は化け物の巣になるだろう。魔力が高まり、それを餌にする魔力濾過生物が群れるようになる。それを餌にする化け物も集まる。

 もう、宝石の誘惑に惑わされることは無い。シャルククは最後に振り返った。そこには、小さな石ころが落ちていた。


 洞窟の外は、眩しい昼下がりの空だった。雲が沸き立ち、初夏の空を彩る。大冒険だったが、わずかな間の出来事だったらしい。


「帰ってきた、いつもの日々だ」


 宝石なんか見つかっていない昨日に戻ってきた。友達のいない昨日に。

 それでもいいと、シャルクク少年は気付けた。少年は信じることができた。今までの自分を、保つことができた。それだけでも、彼にとって宝石よりも偉大な収穫だった。


「お兄さん、友達でいてくれるよね」


「それを疑うのかい?」


 少年は、少し照れて謝った。



 紅玉の茶会を、打ち砕け!(了)





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