ゴリラ爆発


#1 ゴリラのワクワク感



◆1



 ゴリラの目から放たれたビームを受けた騎士が、思わず落馬した。


「ゴリラ……パワーです!」


 先頭を行くのは一騎の騎馬。それを追いかける、無数の馬上の騎士。先頭を行く青年は騎士団に追いかけられていた。その脇腹にはゴリラを抱える。

 正確には、ゴリラの置物だ。乾燥した荒野の枯れ草を踏み、砂埃を上げて追いかけっこは続く。青年は時折後ろを振り返り、ゴリラを掲げる。するとビームが発せられ、追ってくる騎士は麻痺して落馬する。致命傷にはならない。すぐ、ふらふらと立ち上がる。

 そもそも追っ手の馬は巨大爬虫類で落馬の怪我も望めない。


「くそっ、ゴリラを渡しやがれ!」


「渡せって言われて渡すやつがいるんですか!」


 追っ手はこのゴリラの置物を狙っている。若者がせっかく手に入れたゴリラの置物をだ。騎士団はごろつきの集まりだ。何でも力で手に入れる。

 追いかける側の、錆びた鉄兜を被った男が声を張り上げる。


「別動隊を警戒しろ! ミサイルプロテクションは抜かりないな?」


「応!」


 言葉通り、追いかける騎士の塊の後方からクロスボウの騎兵がいくつも現れ、射撃戦となる。先を行く若者は囮だったのだ。

 ミサイルプロテクション……飛来物防護の魔法によって、ボルトは全て弾かれる。しかし魔法は無敵ではない。集中の途切れる場面が必ず来る。

 双方は名乗りを上げる。


「我々はペンネ騎士団! ゴリラを渡してもらうぞ!」


「我々はザリガニ騎士団! 降りかかる火の粉は払うのみ!」


 クロスボウの騎兵の先頭、金髭の男が声を上げる。


「我らザリガニ騎士団は……」


 それに全員で応える!


「中原最強!」


「馬鹿言え、俺たちペンネ騎士団だって中原最強だ!」


 錆びた鉄兜の騎士が口を挟む。

 そのとき、稲妻が弾けるような音が彼の言葉を打ち消した。一体の人馬が魔法を帯びて猛然と突っ込んできたのだ。

 一番太刀の長身、身長180センチはあろうかという女騎士がペンネ騎士団の騎馬を次々と後方から弾き飛ばして先頭の若者の隣で止まる。

 それだけで、ペンネ騎士団の陣営は崩れてしまった。慌てて隊列を整えて、一目散に逃げだす。元からまともに戦うつもりはない。何度も戦いを挑み、ザリガニ騎士団が消耗するのを待っているのだ。魔法や道具を使わせる作戦。


「また来るぜ!」


 捨て台詞だけが最後に聞こえた。


「ペンネ騎士団といえば、確かに中原でも名の知れた騎士団だ。伝統じゃあ羊皮紙騎士団の方が上だけど、実力じゃそれ以上っても言うな」


 ザリガニ騎士団の一人が、そう呟いた。


「そんなに凄いのかね、このゴリラは」


 金髭が自慢の髭を撫でながら言う。

 荒野の青空にはのんきに猛禽が弧を描いて飛んでいた。本当はザリガニ騎士団もバカンスに行こうとのんきに南下していたのだ。

 バカンスの理由も、ペンネ騎士団に狙われる理由も……すべては古道具屋の店先で買ったゴリラの置物のせいだった。



◆2



 灰土地域中原の都市群の一つに、火焔都市群というものがある。火焔気球の街を中心として発展した都市群である。

 火焔気球から東へ行った先に、火焔ヒマワリの街という中規模の都市があった。ここは商業の街で、様々な交易品や盗品が売りさばかれる。

 火焔都市群に特徴的な、金属のガス管が張り巡らされた街。店先に並ぶのは、多種多様な魔法物品。ガスの輸出で栄える火焔都市群は、その資産で世界中の魔法物品を買い集め、さらに遠くへと輸出する。

 古道具屋では中古の魔法物品も人気だ。お手ごろな値段で手に入る。


「そこのお兄さん! いいのあるよ!」


 店主のおっさんの大声にビビッて、その青年は飛び上がった。青年の名はバルメル。ザリガニ騎士団の騎士である。

 視線を古道具屋の方へ向けると、珍妙なゴリラの置物がこちらを睨んでいる。再びビビるバルメル。


「兄さん! 買いだよ! 一点もの! ゴリラだよ!」


「ひえぇ」


 気弱なバルメルに向かってマシンガントークを繰り出す店主。店先のゴリラの目が点滅する。


「い、いらないよ……」


「絶対後悔するって!」


「そう言われると欲しくなる……!」


 気づけば、バルメルはゴリラを買っていた。


「こんなはずじゃなかったのに……でも、見れば見るほど、こいつ、いいぞ……!」


 買った途端愛着がわくのもよくある話である。バルメルはゴリラの置物の目を見つめる。ゴリラは真っすぐに見返してくる。


「やはりいものだ!」


 街外れの騎士団野営地に帰ったときの反応は、塩味といったところだった。皆一様に渋い顔をしてゴリラの置物を見る。


「みんな、どうしちゃったんだよ……ほら、凄いでしょ。カラカラの荒野に野営したからって態度もカラカラかい……」


「だって、ゴリラだぜ」


 こういった魔法物品の鑑定は、ザリガニ騎士団の場合、技師が担当することになっている。不健康そうな、青白い顔の痩せた技師がクマの深い目をこすりゴリラを鑑定する。


「これは……たいして役に立ちそうもないね……ゴミっぽいよ」


「でも……でも、ゴリラだよ。きっと凄いものだよ」


「効能はなんだ?」


「動かしてみてよ」


「知らずに買ったのか」


 技師が魔力の流れを操作すると、ゴリラの目が光った。傍に立っていた長身の女騎士に目から放たれたビームが命中し、「ぎゃっ」と悲鳴を上げる女騎士。


「大丈夫? 致死量じゃないことは分かってたけど」


「あうえおえ」


 女騎士は痺れているようで、舌が回らない。技師は肩をすくめて、ため息一つ。


「武器としても大したことは無いし、そもそも持って戦うには重すぎる。ゴミだね、これは」


「そんな、せっかく買ったのに!」


 酷く悲しそうな顔をするバルメル。


「おにょれー!」


 怒る女騎士に向かって、ゴリラの目から次々とビームが発射される!


「ひぎゃぁ」


「まずい、制御不能だ」


 慌ててゴリラを破壊しようとする技師。近くにあった金づちを手に、振り下ろすが……ゴリラには傷一つつかなかった。



◆3



 ザリガニ騎士団の朝は早い。今日は特別に早い。なぜなら、暴走したゴリラの置物が走り回り、そこらじゅうでビームを発射していたからだ。


「てめーゆっくり寝させろ!」


「捕まえるんだ!」


「ダメだ、速い!」


 夜も明けないうちから大捕り物。

 毎朝こうだ。走り回って、ビーム乱射。浴びた騎士は痺れて起こされる。気の済むまで嫌がらせした後、ゴリラは静かになる。

 破壊しようとしても無駄だった。捨てても、歩いて追いかけてくる。どうやら所有者と認められてしまったらしい。


「全く、ゴミだと分かっていて売りつけたんだ。悪い店主だよ」


 不健康そうな技師は、寝不足でいつもより顔色が青い。気弱なバルメルは恐る恐る言う。


「あのう……ゴミではないんです……凄い商品なんです、きっと……」


「信じているのかい、バルメル。君は騙されやすいね」


 枕を抱えて、三角の帽子をかぶった金髭のエリート騎士が彼らの元へやってきた。


「しょうがない。神に捧げてしまおう。それなら破壊不可能でも追放できる」


 野営地の中心に簡易祭壇を作り、全員が荒野に腰を下ろして朝日を浴びつつ事の次第を見守る。

 神々は捧げものを祭壇から受け付けており、それはどんなゴミでも……冒涜的だったり、汚物だったり以外なら大抵受け入れてくれる。それは神々の力となり、お返しに何かを貰える時もある。


「こっちはゴミを処分できる。おまけに何か貰える。win-winだ」


「意味が違くね!?」


 今回は戦いの神ルーンノアに祈ることにした。この男神とのコンタクトは、過去何回か行っており、今回も頼むことにする。


「よぉし、祭壇にゴリラを固定したな!」


「早くしてくれぇ、もう持たねぇ! こいつ力が強すぎる!」


 祭壇が光り、神からのコメント。


「うーん、イラネ」


 受け取りを拒否されて途方に暮れるザリガニ騎士団であったが、一人真面目に対処法を考えている者がいた。

 夜、騎士団の野営地の一角、幌馬車が止まっている。この中にはたくさんの本や書類が詰まっている。騎士団の資料室だ。

 女騎士は騎士団の取引先リストを見ていた。

 バルメルは一人帳簿を見ている彼女の元を訪ねた。


「あのぅ……どうしたんでしょうか」


「困ったときはコネに頼るに限る。ここなんかどうだ? ここから南に火焔水鏡の街がある。知っているだろう、大きな湖のあるリゾート地だ」


「リゾート地?」


「そうだ、そこに大きな会社がある。グランガダル廃棄物処理社の大きな支店がな。設備も凄いぞ。大抵のものは破壊してくれる」


「えっ、すごい……じゃあ、そこでゴリラを破壊してもらいましょう……」


 バルメルはとうとう諦めた。正直、これほどの迷惑になるとは思っていなかった。バルメルは酷く落ち込んで、力なく座った。


「僕はみんなが喜ぶと……いいものを見つけたって、言ってくれることを期待したのに、こんなことになっちゃった……本当に、馬鹿だよ」


「いいんじゃない? バカンスの口実にはなったしさ!」


 長身の女騎士は、そう笑ってくれた。



#2 追撃のゴリラ



◆1



 南の街、火焔水鏡の街でゴリラを処分できる。しかもバカンスも楽しめる。そうと決まったら話は早かった。野営地を畳み、全員で隊列を組み南下するザリガニ騎士団。

 じりじりと太陽が照らす不毛の荒野。草木ひとつ生えていない。ガスのパイプラインだけが南北に伸びている。

 不可解なのは、ペンネ騎士団の襲撃だ。彼らは旅立った後すぐ、ザリガニ騎士団を襲撃した。どうやら、ゴリラの置物を狙っているらしい。何の価値もないと思われるものに、彼らは異様に執着していた。

 すでに襲撃は3回を数えた。長期戦になる。


「はぁ……どこで知ったんでしょう」


 バルメルの呟きに、金髭の騎士が乗っかった。


「恐らく購入先だろう。小銭を握らせればすぐ話す。吾輩たちはこの辺では名の知れた騎士団だからな。足がつくのはすぐだったろう」


「探し当てたときには売れていたパターンですか」


 馬車の中にぎゅうぎゅうになって、バルメルや、技師や、金髭のエリートがゴリラを囲む。敵意を見せなければゴリラも大人しいものだ。


「このゴリラには秘密があるはずだねぇ、多分、僕の知らない何かが……この世は知らないことばかりだよ」


 技師がゴリラを撫でながら言う。

 技師は根っからの魔法物品おたくで、ゴリラの謎に好奇心が高まってしまったようだ。金髭はというと火焔水鏡の観光本を見て楽しんでいる。


「お前はきっと凄いんだ……凄いゴリラだよ……」


 バルメルも恵比須顔でゴリラを撫でる。資料に挟まっていた会社のパンフレットを見る技師。


「みろよ、この潤沢な設備! 古今東西の分析器が勢ぞろいだ。田舎騎士の三流技師にとっちゃあ、見学できるだけでも儲けもんだよ。ここならゴリラの全てが分かる……恐らく、ペンネ騎士団が狙う理由もね」


 一行は楽しそうにバカンスの予定について夢を膨らませた。草木も生えない灰色の荒野の向こうに、水と緑の溢れる場所がある。

 ザリガニ騎士団はいつもそうやって旅していた。バカンスに飽きたら荒野で戦いに明け暮れ、サソリを炙って食べる。またバカンスが恋しくなる。

 やがて荒野の西に巨大な太陽が沈むころ、一行は荒野の真ん中で夜営をすることを決めた。馬車を集めて円陣を組み、あちこちに篝火を焚きあげる。長身と太っちょと背の低い3人の騎士が、暇を持て余したのか、トカゲを捕まえて篝火で焼いて食べていた。

 ぼんやりとそれを見るバルメル。


「ガハハ、ウマイゾ」


 爛々と目を光らせる3人の騎士。彼らは騎士団の突撃騎兵で、この騎士団の中でも指折りの猛士だ。バルメルは引きつった笑顔で答える。


「い、いいよ……ほら、岩塩とか振った方がいいんじゃない? 人間っぽい食べ物になるしさ……」


 やがて野営地の真ん中に火が焚かれ、騎士団は輪になって保存食の粉がゆを食べた。そしてみんなで歌を歌う。


「俺たち最強! ザリガニ騎士団……向かうとこ敵なし! 俺たち行くとこ、剣の嵐だ! 気を付けろ! ザリガニの鋏は……容赦はしない!」


 楽しく、楽しく夜は更けていった。



◆2



 次の日の朝。遮るものの無い荒野に、朝日の強烈な光がじりじりと照り付ける。バルメルは馬車の中から景色を見ていた。大型獣の白骨死体が見える。一気に気分が消耗する。バカンスまでは遠い。

 灰色の幾分か薄くなった道を、馬車が大量に隊列を組んで進む。

 朝の会議で聞いたところによると今日の夕方前には火焔水鏡の街に着けるらしい。いつものように、外壁の外にキャンプして物資だけを調達する。

 通常なら硬い荒野に寝るところだが、火焔水鏡の外周には森が存在している。それもまた、楽しみなことだった。

 そのとき、後方から砂埃を巻き上げてやってくる巨大な影。ザリガニ騎士団の見張りが叫ぶ。


「パネぇ、奴ら戦車を持ってきやがった!」


 戦車。古代エシエドール帝国が開発した蒸気式装甲戦闘車である。強大な砲と分厚い装甲、馬車よりも早い機動力!


「散開! 魔術展開、照準撹乱用意!」


「応! 照準撹乱、展開!」


 馬車が道から外れて散らばり、各自狙われないように魔法で防御を開始する。どれほど強力な大砲でも、当たらなければ花火と同じだ。しかし、魔法はいつまでも持たない。


「祈れ、当たったら一等賞だ!」


 もちろんなすすべなくやられるようでは中原最強は自称できない。金髭のエリート騎士がアーティファクトのクロスボウを掲げる。ボルトは装填されていないが、これで正解である。

 発射音! すると魔力のボルトが迸り、戦車の履帯を破損させる! たまらず急停車する戦車。

 騎馬で隊列に並走していた長身の女騎士が、後方に向かっていく。彼女一人で戦車を壊すわけではない。彼女は大砲の照準を引き付けるために囮として向かったのだ。

 隊列を遠くに運ぶ間、数人の騎士が殿に展開し戦車の相手をする。整備する暇を与えてはいけない。戦車は馬車よりも早い。

 戦車はと言うと、完全に孤立していた。ペンネ騎士団は扱い方も知らなかったのだろう、随伴歩兵は遠くに取り残され、包囲された戦車に近づけなくなっていた。


「やっぱ、ザリガニ騎士団中原最強!」


 大砲に当たらないよう散開して、戦車に敵を近づけないようにするザリガニ騎士団。

 こちらに魔法がある限り、戦車の大砲はある程度無力化できる。重要なのは、破壊した履帯を交換させないことだ。戦車の質量、戦車の速度、戦車の装甲で突撃されたら対処できる魔法などほぼないのだ。

 戦車の蓋を開けて外に出ようとする戦車兵。ボルトが近くに当たる。慌てて戻る戦車兵。

 すでに馬車の隊列は戦場から離脱していた。後に残ったのは、長身の女騎士と、三人の猛士と、数人の騎士。彼らは騎馬のまま戦車の周囲を包囲している。

 居残り組は短距離テレパスで意思疎通可能だが、馬車の隊列とは距離が離れて通信が困難になる。それでも、彼らには信頼感があった。

 一方、馬車に残った金髭、不健康な技師、そしてバルメルは火焔水鏡の街へ急ぐ。一刻も早く、ゴリラの謎を解かなければならない。

 ペンネ騎士団も馬鹿ではない。別動隊を迂回させて馬車を追撃する者たちがいるはずなのだ。



◆3



 馬車の隊列は猛スピードで荒野を駆ける。追っ手の速度には勝てないことは分かっているが、それでもできる限り飛ばした。

 びゅんびゅんと景色が流れていく。灰色の岩だらけの荒野に、だんだんと緑の草木が増えていく。もうすぐだ。


「ごめん……こんなゴリラに巻き込んで」


 バルメルは自分の責任を痛感する。しかし、金髭のエリートは笑い飛ばしてくれた。


「いいじゃないか。吾輩たちは戦士であり、騎士である。戦いこそ、我らの住処。戦場こそ、我らの安寧の場所。トラブル、諍い、どんとこいだ」


 金髭はクロスボウを点検する。金髭が残らなかったのには理由がある。アーティファクトのクロスボウは戦車を破壊する火力を持つが、連続発射に耐えられない。


「ゴリラに巻き込まれて何が起こった? 戦いはいつものこと。でも、バカンスは……いつものことじゃない。嬉しいよ」


 荒野の景色が塗り替わっていく。いつも見ていた灰色の大地が、次第に緑豊かな草原へと変わっていく。遠くに、森も見える。

 金髭は続ける。


「いつも同じものを買う、同じ飯を食う、同じ場所にいる。それもいいが、たまには変化も求めたくなる」


 荒野のガタガタの路面が、街に近づいて整備されたセラミックプレートの街道へと変わっていく。森の奥に……いくつもの塔が見える!


「たまには馬鹿なもの買って、変なもん食って、バカンスに行くのである。そういう生き方こそ……荒野に住まうものの生き方である。楽しいだろう」


「そうだね……忘れていたよ。僕も、誇り高きザリガニ騎士団の一人、荒野に住まう騎士の一人でもある」


 馬車の中で、クロスボウを構えるバルメル。蛇のレリーフの刻まれたそれは、愛用の武器。狙うは後方。滑るように追いかける騎馬兵がいくつも見える。


「僕は……蚤の心臓で……獅子の眼を狙う」


 クロスボウの発射音。牽制だ。追っ手の騎馬がゆらゆらと揺れて、それを躱す。


「ははっ、楽しいや」


「それでこそ、ザリガニ騎士団! 何故ならば、我らザリガニ騎士団は……」


 馬車の全員が、にやりと笑う。


「中原最強!」


 今頃戦車を引き付けるために残った部隊は苦戦しているだろう。補給もなく、援軍もなく、戦車という強大な敵を相手にしている。

 でもきっとウジウジ悩む必要はないのだ。余計な気遣いも必要なく、彼らは戦いを楽しんでいる。後で酒やごちそうを振舞えば、喜んでくれるだろう。

 街が見えたと思ったら一瞬だった。街の大通りに馬車を止めて、ゴリラを抱えて馬を走らせる。ペンネ騎士団の目的はゴリラだ。馬車には目もくれないでゴリラを追う。

 バルメルはゴリラを抱えて、金髭と、技師だけを連れていく。他の仲間には援護してもらう。

 目的の廃棄物処理社が見えてくる。追っ手は馬を乗り捨て、短距離テレポートを連続使用してこちらの距離を詰めてきた。手段を惜しまず本気で来ている。街の自警団は動き出しているのだろうか。間に合うか、どうか……しかし、事態は意外な方向へと転がり始めていた。



#3 ゴリラバカンス



◆1



 ザリガニ騎士団も、ペンネ騎士団もいなくなった、火焔ヒマワリの街。正確に言えば、一部の団員は常駐している。今日もペンネ騎士団の従者が買い物の手配をしていた。

 まだ若い娘だが、てきぱきと仕事をこなす。仲間が帰ってきたときに準備が整っているように。

 若い娘は商店街をぶらついていた。右手には買い物メモ。しかし、目の前の魅力的な製品を見ていると、つい買いたくなってしまう。ちょうど古道具屋の店先に、高価な掘り出し物が並んでいたりするのだ。

 娘はその商品に目を奪われた。嫌な予感がする。


「親父さん、これって……」


「おう、目が高い! これはな……」


 商品の説明を聞いて、血の気が引く思いがした。それを購入し、急いで魔法店を探す。長距離テレパスの呪文を買わなければならない。この際金は後だ。


「はやく知らせなくちゃ……」


 一方、荒野のど真ん中に立ち往生した戦車。ザリガニ騎士団の防御魔法は尽き、明らかに不利な状況となっていた。

 ザリガニ騎士団の面々は遠巻きに戦車を監視する。しかし、包囲の輪が広がると、進入路も増えるということだ。日は沈もうとしていた。


「いい加減戦車を捨てて投降しろ!」


 長身の女騎士が告げるが、返ってきたのは砲弾だった。慌てて逃げる女騎士。轟音、土埃。

 あれほど照り付けていた太陽も、今は寒々としていた。風が強くなる。


「これ以上は無理だな……ん?」


 戦車の蓋が開き、白旗が上がる。拡声器で中から声が響く。


「状況が変わった。もう貴様らは追わない、狙わない、奪わない! だから戦車だけでも回収させてくれ! 呪いの契約をしてもいい!」


 長身の女騎士と、3人の猛士は物陰で顔を見合わせる。

 呪いの契約は神々への誓約の元結ばれ、反故にするときついペナルティが課せられる。そのため、法の無い荒野では最も一般的な契約の手段であった。

 15日分の不戦契約を交わし、戦車を修理して、ペンネ騎士団はすごすごと去っていった。ぽかんとした顔で見送るザリガニ騎士団。

 一方街でも、急に追手の追撃が止んだと思うと、ボルトでの矢文が飛んでくる。


「ひぇぇ、どうしたんだろう……」


 バルメルが文面を読み上げる。


「ゴリラは勘違いでした。我々の狙っている商品とは違いました。ゴメンネ」


「まじかよ……」


「結局ゴリラは何だったんだろう」


 不健康そうな技師は、ゴリラを小突いて言う。明らかに疲労の色が濃い表情だ!


「手紙によると……ただの……ゴミだそうで……」


 バルメルは泣きそうな声で言う。金髭はにやりと笑って肩をすくめた。

 通行人は、がやがや騒ぐ。ザリガニ騎士団だけが、恥ずかしい思いをして道端に立ちすくんでいた。ゴリラの置物は、そんな彼らの心境を知るわけもなくガタガタと震え、空に向かってビームを乱射する。

 金髭は大声で笑った。


「ハハハ! 悪いのは全部ゴリラだ、それでいいじゃないか!」



◆2



 火焔水鏡の街、大きな湖の湖畔に、グランガダル廃棄物処理社の火焔水鏡支店はそびえたっていた。ちょとしたスタジアムほどの大きさの建物に、塔が4つもたっている。

 ザリガニ騎士団の面子が、その前に揃う。一同気まずい表情だ。特にバルメルは死んだような顔だ。

 金髭のエリート騎士とバルメルが代表して受付に向かう。


「電信で予約していたザリガニ騎士団ですが……」


「アーティファクト分析でございますね。係りの者が伺います。どうぞこちらへ」


 赤と青のストライプの制服を着た受付嬢に案内され、すぐさまゴリラの分析が始まる。分析結果はあっけないほど簡単に出てきた。


「これ……ゴミっぽいんですけど、本当にゴミですか?」


「マジでゴミですね、これ」


「はい……すみません……」


 肩を落とすバルメル。


「必要ないなら爆破処理していいですね? 爆破場へどうぞ」


 巨大な夕日が湖に沈む。爆破場はそんな見晴らしのいい野外に会った。バルメルは肩を落とす。


「はぁ、ゴミを買って、いらない騒ぎを起こして、処理にだってお金がかかる……最悪だ……どうしよう」


「まぁ、ちょっとは給料から引かせてもらうがな」


 金髭は笑い飛ばす。


「まぁ、楽しかったさ」


 バルメルはゴリラの最後を見届ける。高性能侵蝕爆弾を括り付けられ、悲しそうに佇むゴリラの置物。

 騎士団の皆は最後を見届けようと、周りに集まっている。


 そして、ゴリラが爆発した。跡形もなく、木っ端みじんに。


 騎士団の誰かが、フフッと笑った。ゴリラが爆発したのだ。そのあまりにもあっけない姿に、また一人、また一人と吹き出す。そして、騎士団の皆は爆発したように笑った。


「あーっはっはっは!」


「ゴリラ、爆発しやがったぜ!」


 バルメルも涙を一つ零して、笑った。そしてザリガニ騎士団の皆は会社を出て、湖畔に集まり、砂地の岸辺に横になって夕日を浴びていた。じりじり照り付けるわけでもない、あたたかな夕日だった。


「サイコーかよ」


 誰かが言った。


「ああ、サイコーだったな」


 また、誰かが言った。


「ウオオー! サイコーだー!」


 3人の猛士が雄たけびを上げて湖に飛び込んでいく。他の団員も、次々と飛び込んでいく! 長身の女騎士含め、女性陣はあきれて砂地に座っている。


「バカンスだな」


 金髭が呟いた。


「いいんでしょうか……」


 バルメルは金髭の隣に座って、暮れる夕日を見ていた。金髭は彼の肩を叩く。


「いいんだよ、なぜなら……」


 その次のセリフを察し、女騎士が繋げる。


「我ら、ザリガニ騎士団は!」


「我ら、ザリガニ騎士団は、中原最強!」


 そうして、高く拳を掲げる騎士団員。バルメルは最後に笑って、自分も湖へ飛び込んだ。リゾートは荒野に潤いを与える。また彼らは荒野へと行くだろう。戦いを求めて!



 ゴリラ爆発(了)



【用語解説】



【ゴリラ】

森林に生息する大型獣。人間に似ており、かなり体格がいい。灰土地域南部の森林に生息するグレイゴリラ、翡翠台地に生息するジェイドゴリラ、暗黒大陸にもカオスゴリラという亜種が確認されている。争いは好まず、温厚なため、森林開発もあり生息数は激減している


【火焔ヒマワリの街】

火焔気球の街から荒野を東に行った先の都市。都市国家であり、国家元首には火焔気球の巫女を象徴的に据えて、実権は魔法使いによる議会が握る。痩せて乾燥した荒野が広がり農業は無いが、ガスのパイプラインを管理しそこそこにマネーで潤っている


【猟兵狂戦士の《ルーンノア》】

赤髪でルビーの目をした狂戦士の男神。勇ましい青年、または赤毛の狼の姿で顕現する。魔法使いの殺害を至上の喜びとし、魔法使いを殺した信者に喜んで褒美を与える。魔法文明の支配する灰土地域では、彼は自分の主張を曲げて戦いの神として居座っている


【恵比寿】

釣りの聖人メレシエッキを、日本語に訳したもの。メレシエッキは太っちょの釣り人で、座って釣りをしすぎて両足が腐ってしまったという伝説がある。笑顔の絶えない、誰も傷つけない聖者であった。後に神と崇められ、全ての釣り人の信仰を受ける


【クロスボウ】

ボルト(クロスボウの矢)を射出する機械弓。世界中で広く普及している飛び道具。地方によっては連弩が採用されていたりする。シリンダーが内蔵されており、魔法巻きという手法で手軽にボルトを装填できるため、騎兵でも扱える便利な武器。飛来物の防護の魔法が天敵


【塔】

魔法使い用の生産設備。塔の構造は大地から湧き出す魔力を集中させ、濃い魔力密度を生み出すようにできている。一歩間違えばダンジョンだが、魔法使いの管理下にあるうちは、いくつもの大型魔法物品を稼働させる魔法工場として安全に機能する。たまに暴走する


【テレパスの呪文】

言葉を交わさずに意思疎通を行う魔法。交信をする二人の距離が近いほど、簡易で、安い呪文になる。複数人に対して交信する広域テレパスはかなりの難易度。脳内イメージなども送れる。傍受する呪文もあるため、重要なことは送らないか、暗号化する必要がある


【グランガダル廃棄物処理社】

帝都の主要ギルドの一つ。この世にはまともな方法で破壊できないやっかいなものが多いが、それらを分析し、破壊することを業務とする。帝都のゴミ処理業務も請け負っている。赤と青の2色の服を着ているので、非常に目立つ。火炎放射器をよく振り回す


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