減衰世界物語

@rikumo

女騎士ハラミを焼く

#1 戦うのは嫌だ


◆1


 戦うのは嫌だ。女騎士のセリマはいつもそう感じていた。薄暗く、冷え切った廊下。きしむ鎧と足音。壁の隙間から夕日が差し、反対側の壁に光のスポットを作る。

 どこからか男の悲鳴。突入が始まったのだ。抜刀と同時に目的の部屋に突入。湿気のある部屋。燃える暖炉。

 ターゲットの男は暖炉の前で、ちょうど火かき棒を抜いたところだった。鋏のペンダントが彼の胸元に揺れる。ファッションではないだろう。何らかの魔法物品だ。火かき棒を構えて後ずさる男。ベッドには半裸の女。

 女が悲鳴を上げた。どこかで怒号が聞こえる。セリマは兜の下で唇を舐めた。


 セリマは女騎士だ。騎士であるからには魔法物品であるアーティファクトを回収する仕事がある。そして仲間や上司の騎士と共に盗賊団のアジトに強襲した。

 セリマは戦いが嫌いだ。一番太刀の長身。火かき棒の男を前にして、心臓が弾けそうになり、喉の奥に血の味がする。鼻がむずむずする。

 反射神経倍増の呪文は高価な呪文だ。今回は惜しげもなく使う。火かき棒が怖いわけではない。半裸の女が枕の下に手を入れたからだ。

 鎧に組み込まれたシリンダーの呼応を感じる。シリンダーのガラス片をこすったような音。空気が振動する。一気に踏み込む! まるで瞬間移動のような突進!

 セリマは半裸の女を一瞥した。拳銃を構える半裸の女。すぐさまセリマはミサイルプロテクションの呪文を構築する。効果時間は90秒。シリンダーの冷却時間に180秒。

 盗賊の男は冷静さを欠いている。でたらめに振り回される火かき棒。優先順位を組み立てる。薪が爆ぜる音。

 銃声と同時に、弦が切れたような不愉快な音が響いた。ミサイルプロテクションが銃弾を跳ね飛ばしたのだ。

 セリマは女へ肉薄しタックルをしかけた。手から拳銃を弾き飛ばす。半裸の女はそこで戦意を失った。背後に気配。振り返ると、火かき棒を振りかぶり男が飛び掛かる。

 逃げればいいのに、白旗を上げればいいのに、無意味にも抵抗する。


「どうして戦いが好きなんだ」


 セリマは無意識に呟いていた。剣を振るい、火かき棒を跳ね飛ばす。男は胸の鋏を握る。魔力を帯びた品……アーティファクトか! その効果は多岐にわたり、何が起こるか分からない。

 しかし、アーティファクトが発動しても何も状況は変化しない。セリマはそのまま男を組み伏せる!


「なぜ発動しない」

「得体のしれないものに頼るからだ」


 反射神経倍増の魔法が切れる。切れ目なく、金縛りの魔法を唱え拘束するセリマ。建物のあちこちから制圧のテレパシーが届く。

 深く息を吐いた。戦いは終わりだ。そこで直感的な不安感を覚えた。顔を上げるセリマ。誰かがいる。

 ベッドの陰に隠れて、もう一人の女がいたのだ。金縛りの魔法は冷却中だ。あと200秒は使えない。息をのむ。

 女は拳銃を構えていた。男を組み伏せたまま固まるセリマ。銃声!


 セリマは目を閉じなかった。奇妙な現象を目にする。銃弾が空中で砕け散ったのだ。不愉快な音を立てて空気が振動する。

 同時に剣の切っ先が折れ、跳ね飛ばされた。女の目の前に突き刺さる。悲鳴。ミサイルプロテクションを確かめる。

 それはとっくの昔に切れていたはずだった。


◆2


 野営地に焚火が燃える。鎧を下ろし、自衛用の小剣を提げた騎士たちが、草を刈った地面に腰を下ろし歓談する。

 肉が焼ける匂い。騎士たちは山羊を解体し、それぞれ肉を切り取って焚火であぶっていた。炎の照り返しがセリマの顔を照らす。

 セリマの属する騎士団は30人程度の、小規模な騎士団だ。セリマは肉を皿に切り分け、皆に配っていた。

 別にセリマが世話焼きなわけではなく、持ち回りなだけだ。戦果を挙げた勇敢な騎士は雑用から外されることが多い。セリマは相手した盗賊が少なかっただけだ。

 今回は20人も盗賊を切り殺した騎士がいた。彼は金の口ひげを撫でて、青いストライプのマントを翻した。

「今回の盗賊団壊滅の報酬はかなりのものだ! アーティファクトの戦果も多い。皆、遠慮せずに肉を食えよ!」

 セリマは一切れも肉を食えていない。生臭い匂いは嗅ぎ飽きた。

 さっきから不要な皿を回収しては洗い場に持っていき、また皿に生肉を取り分けて配るのみ。

 それに気づいた金ひげのエリートが、わざわざ彼女の隣にやってきてやってきて偉そうなことを言う。


「なんたる無様。肉を食えるように努力しろ。お前は頭がいいんだからできるはずだ」


「ハイハイ。頑張りますよ」


 生返事をしてさっさと作業を終える。十分なくらい働いた。生臭い匂いを嗅ぎすぎてすっかり食欲がない。どうせ自分の分の肉は無い。

 騎士団の野営テントに休みに行くと、武器庫に明かりが灯っていた。覗くと、セリマの折れた剣を見ている若い技師がいる。

 若い技師はアーティファクトの分析を担当する騎士団員だ。青白い痩せた顔を綻ばせ、興味深そうに言う。


「銃弾が当たったわけじゃない。何らかの過負荷だ。バリア上のプロテクションに引っかかった奴と似ている。この鋏の正体だ」


 技師が持つのはセリマの手に入れた鋏。技師は鋏を撫でながら陶酔した声で言う。


「かなり複雑なプロテクションを構築するために、想像もつかない構造に挑戦している……最高だ」


「がらくただよ。バリアが危なすぎる。腕が吹っ飛んだらどうするんだ」


 セリマはうなだれる。肉もなければ剣もない。ガラクタだけがある。


「僕のクロスボウをあげるよ。装備を更新して古いのが余ったんだ。愛用しててさ、いいもんだよ」


 技師は倉庫からずっしりとしたクロスボウを抱えてきた。傷が多く古いが、優しく落ち着きのある色をしている。まるで古くから家にある椅子のような落ち着き。

 どうして戦わなければ生きていけないんだろう。自問の果てに答えが出ず、セリマはため息をつく。

 戦場を思い出す。セリマは必死に泥水の地面を這いずり回っている。剣は折れ、掴んだのはゴミ同然のがらくた。

 喉に血の味を思い浮かべる。生臭い匂い。まるで生肉のようなルール。

 技師のクロスボウは、そんな乾いたセリマの心に初夏の風のような潤いを与えてくれた。


「はぁ、まだ戦わなくちゃいけないか」


「戦っている君が好きだよ」


 不健康そうな技師は、心をくすぐることを言う。受け取ったクロスボウは、ずっしりと重く確かな信頼感があった。


◆3


 翌日の騎士団は悲惨の一言だった。そこらじゅうでうめき声。消毒液の匂いが立ち込める。寒空の下寝転ぶ団員たち。テントでの感染を防ぐためだ。

 肉に当たったのだ。不衛生な野外で肉を捌くので、よくあることだった。

 寒風吹き付ける野外とは打って変わって、医療器具のためにお湯を沸かす蒸し暑いテントの中。肉を食わなかったため感染を免れたセリマは、やはり雑用に追われていた。

 布団にくるまって野外に転がされている仲間のために、湯たんぽを用意しているのだ。同じく感染しなかった技師も手伝う。

 技師はわざと聞こえる声で独り言を言う。


「ああ、困ったなぁ。新しい仕事が来てるのに、誰も行けないなんて」


「私に行ってほしそうね」


 セリマは不愉快な消毒液の匂いに顔をしかめた。


「手柄になるよ、肉を食うチャンスだ。奪われることは無い」


 現在この地方を悩ます災厄。肉が足りない理由。それは、邪悪な存在に家畜が襲われているせいである。招かれざる客が1か月前現れたのだ。

 湯たんぽを配った後、セリマは技師に連れられて会議用のテントにやってきた。地図を広げる。一帯は遊牧地帯だ。

 技師は白黒写真を三枚机に置いた。


「下調べは進んでいた。肉を食らう鎧らしいよ」


 写真に写っていたのは不気味な肉塊。人型はかろうじてしているが、背中には大きな瘤のようなものが膨らんでいる。手足も丸太のように太い。こいつが家畜を食っているという。


「できるかな? ン?」


 技師は期待する瞳でセリマを見る。会議室は冷え切っており、居心地の悪さもあってセリマは身震いする。イラッとしないでもない。

 技師は前線に出ない。実際戦いを強いられるのはセリマなのだ。

 セリマは深くため息をつく。


「やるしかないでしょ、勝てばいいんでしょ。私も雑用ばっかで許される立場じゃないし。戦えばいいんでしょ、この」


 言い放って、資料を丁寧に掴み会議室を出る。後に続く技師。やたら嬉しそうな笑顔を背中に感じる。


「やっと戦ってくれるんだね」


「戦いは嫌」


 即答するセリマ。テントを出ると、寒風が吹きつけてくる。一度だけ振り返って笑顔の技師を睨んだ。技師は前線に出ずに、クロスボウで援護射撃するだけの仕事だ。


「人を矢面に立たせといて、よくそんな嬉しそうにできるね」


「僕は僕の戦場で戦っているさ。そして君の戦場で戦う君は美しいよ」


「言ってろ」


 再び武器庫。技師のお下がりのクロスボウを構える。初めて構えたにしては、妙になじむような感覚。いい品だ。


「肉を食うためなの、仕方なくやってるの」


 クロスボウの弦を張り、発射を確かめる。心地よい発射音。なるほど、彼の戦場もなかなかのようだ。

 戦いは嫌だけど、我慢すれば自分も肉が手に入る。彼もそうなのだろうか。セリマは自問する。クロスボウのやけに美しい姿からはそうは感じなかった。



#2 肉の暴力


◆1


 灰土地域北部、雪の積もる山並みが月明かりに照らされている。静かな月夜は家畜の悲鳴によって打ち砕かれた。

 乾燥した風に血の匂いが乗る。生臭い死の匂いだ。悲鳴は一瞬で途切れ、肉を引きずる音が続く。そして骨のくだける音。

 彼は静かで、冷酷だった。彼の全身を覆う分厚い肉の鎧。肉は脈打ち、まるでそれ自体が生きているように振舞う。

 実際この鎧……アーティファクトは生きているのだ。所持者の姿は分厚い肉に隠され見えない。生臭い息が頭部の換気口から噴出した。家畜を咀嚼する音。

 この戦場にセリマはいた。ただ、セリマはここを自分の戦場としては選ばない。玄武岩が点在するツンドラの平原で、岩陰に隠れて観察するセリマ。

 隠密の呪文で身の回りの音を消す。クロスボウは背中に背負い、いつもの板金鎧ではなくソフトレザーの革鎧。

 流石に月明かりでは見えるものも見えない。夜視の望遠鏡を騎士団から借りてある。遠くから肉鎧を観察し特徴を探る。

 どうやら肉と同化し筋力を強化しているようだ。家畜を一撃で殴り殺していた。足は速く、接近戦は禁物。肉は分厚く、まともな攻撃は通りそうにない。


(どうやら遠距離武器は持っていないみたい。つくづく役に立たない鋏ね)


 セリマの首にかかった鋏のペンダントは申し訳なさの欠片も見せない。今日はここで離脱することにする。

 対策もなしに襲い掛かるのは無謀だ。準備は絶対に必要である。

 セリマは馬を走らせて再び騎士団の野営地に戻った。相変わらず病人が並べられている。目指すテントは騎士団の資料室だ。

 資料室は馬車がそのまま図書室になっている。本の匂いで外の消毒液の匂いが和らぐ。明かりを探していると背後から光が差した。


「おかえり」


 そこにいたのは例の若い技師だった。空中に浮かぶ光球に薄布が被せてある。光源の呪文。


「生体装備についての資料を探しに来た」


「ここと……ここ。この本もだな」


「詳しいのね」


 技師は得意げに笑った。


「暇さえあればここに籠って読書さ。知識も訓練が必要なんだ」


 セリマは負けたような気分になる。彼は彼の戦場でひたむきに戦っているのだ。


「必死になるのは見苦しくて嫌だ」


 3冊の本を開いて読み始めるセリマ。技師は隣に座って該当ページを開いてあげる。


「本気になってくれたんだね、嬉しいよ」


「違う」


 セリマは光源を掴んで技師にぶつけた。バウンドして再び空中に静止する光源。


「できるだけ楽して勝ちたい。戦いは嫌いなんだ。戦いを短く、安易にするためには努力を惜しまない」


 例えば銃撃戦に備え、ミサイルプロテクションを訓練しておく。そんな感じだ。

 しばらく本を読み漁った後、本を閉じて背筋を伸ばすセリマ。


「ちょっと協力してくれないか?」


「僕は弱いよ。クロスボウだって、発射間隔は騎士団最低」


「違う、沢に行くんだ」


「沢って……水の流れる?」


 セリマは悪童のように笑う。


「他に何がある、沢は沢だ」


◆2


 灰土地域北部には広大な湿原があり、雪はあまり積もらない。火山灰の土壌に養分は少なく、コケや小さな草が生えるのみだ。霧が立ち込めている。さらさらと水の音。

 セリマたちは夜勤を終えた朝から昼まで寝て、午後この湿原へとやってきた。冬らしく動物の影は見えない。

 セリマには秘策があった。肉の鎧の特性。金属の鎧と違い、柔軟性があり物理的な衝撃に強い反面、毒に弱い。生きているからだ。その弱点を突く。つまり毒を採取しに来たのだ。並の毒では無理だ。


「クロスボウのボルトに毒を塗って、皮膚の下に撃ち込む。それで死ぬか、動きが鈍くなる。それでわたしの勝ち。どう?」


 ブーツが湿原にめり込んで靴下までずぶぬれになった技師に向かって、得意そうに言うセリマ。


「で、毒はどこに?」


「石の隙間にいるはず」


「今の時期だと冬眠しているんだ。結構珍しい生き物だから、頑張って探そう」


 セリマは技師に特徴を伝える。そうして二人で湿原の沢を漁った。石を動かす。水は身を切るように冷たい。霧が次第に濃くなっていく。風が無いのが救いだった。

 日没までには見つけたいが、なかなか見つからず3時間が経とうとしていた。辺りはすでに薄暗い。石をいくつもひっくり返す。目的の生き物は見つからない。

 しばらく動いていたので背中にじっとりと汗がにじむ。けれども、手先や足先はずぶぬれで引き裂かれたように痛い。

 腰も足も疲れてきた頃、不意に技師が話を振ってきた。


「頑張っているね。こんなに頑張って辛い思いをするくらいなら、一思いに戦いに飛び込んだ方がトータルでの不快は変わらないと思わない?」


 セリマは何も分かっていない技師に光源の玉があったらぶつけたかった。


「それはそれ、これはこれ」


 技師は納得いかないようだ。何故この若者は自分にここまで戦いを期待するのだろう、セリマはそう思う。余計なお世話だとも思う。


「どうして沢を漁るのは頑張れるのに、戦いは頑張れないんだい?」


「勝ち負けだ」


 セリマは意地になって重い石を持ち上げる。


「わたしは勝ち負けが苦しい。どうせなら絶対に勝ちたい。でも、戦いに飛び込んだら僅かでも負ける可能性が存在するんだ。沢なら、一日中探して見つからなくても負けじゃない。また探しに行けばいい」


 重い石の下にも、探し物はいない。


「勝つとか負けるとかって何なんでしょう。勝ったら、何が変わるんでしょう。負けたら、何を失うんでしょう」


 どうやらこの若い技師は生意気にも自分に説教しているようだ、とセリマは思った。しかし、確かにその答えはすぐには出てこなかった。

 セリマは疲れ果てて、大きな石に腰かけて息を吐いた。太陽が湿原の果てに沈んでいくのが見える。気まぐれに、傍の石を片手で拾い上げる。


「決まってるだろう、肉が食えるんだよ、勝者は」


 その石の下にいたのは、探し求めていた……極彩色のカエルだった。


◆3


 月明かりの下、ツンドラの荒野を家畜の行商が行く。先頭をゆったりと進むのは2頭立ての馬車。交易路は東西に長く延び、人類帝国によって綺麗に整備されている。

 縄で引かれる山羊の群れは大人しい。各地でよく見られる光景だ。とくに、家畜が殺され需要が高まっている今なら。

 セリマは夜の闇に紛れ、ひとの歩く速度で行く行商を遠くから並走していた。待ち伏せをするのだ。行商の警備には逃げるように言っている。

 セリマは、肉鎧が肉を食う間無防備になることを知っていた。そこをクロスボウで狙う、安全で確実な作戦。

 月が高く上り、行商は夜の行進をやめた。道端に停車し夜営を始める。金に目がくらんで、夜更けまで道を急いでいるように見えるだろう。

 行商の警備はかがり火をたき、夜襲に備えている。セリマは十分な量の暗視の魔法を持ってきた。クロスボウのボルトも抜かりはない。

 準備がすべて整ったときにすべきことは決まっている。待つ。ただ待つことだ。夜風は恐ろしいほど冷え込み、身体の震えが止まらない。

 手をすり合わせて息をかける。月が厚い雲に隠れた。闇が濃くなり、かがり火の夜営地がぼんやりと浮かび上がった。


(戦っている君が好きだよ)


 不意に技師の言葉を思い出す。戦いは嫌いだ。みっともないし、血なまぐさいし、涙と汗と鼻水まみれだ。どこに好きになる要素があるんだ。


(寒さならいつまでも耐えられる。こっちの方が好きだ)


 セリマはコートの襟を立てる。夜風が強くなってきた。

 あの若い技師は負けても好きでいてくれるんだろうか。あいつは勝ち負けについて言っていた。勝ち負けって何だろう。あいつが変なこと言うから、勝ち負けの定義が揺らいでしまった……セリマは寒さを紛らわすために、気晴らしで考え事に耽っていく。

 セリマは肉を信じていた。勝てば肉が食える。だからがんばる。勝利を求める。ここで騎士団の惨状について思い出す。肉なんか腹いっぱい食べて苦しい思いをしても、食あたりを起こすだけじゃないか。


(どうしよう。肉の価値観まで揺らいできた)


(何が変わるんだろう。食べれる自分、食べれない自分。勝てる自分、負ける自分。そこにどんな差があるんだろう。何を得て、何を失うんだろう。本当に掴むべきものってなんだ?)


 セリマの価値観が揺らいでいく。

 風の音にかき消される足音。気づかないセリマ。彼女は深く考え込んでいた。視線はのんきに鳴いている家畜の方へ。


(いいよなぁ、山羊は気楽で。草さえ食べてれば幸せなんだから)


 しばらく時間が経過した。セリマは状況の変化を確認しようとする。

 セリマは気まぐれに生命探知の呪文を起動した。もしかしたら近くに来ていたりして……そんな気まぐれだった。しかし、生命探知はセリマの後ろに大きな影を映していた! 思わず振り返って、彼女は絶句する。

 その瞬間、強い風が止まった。



#3 肉の死闘


◆1


 無防備なセリマの背後に立っていたのは、標的の肉鎧だった。セリマの喉の奥に血の匂いが沸き上がる。肉鎧は腕を振りかぶる!


(勝てるか? いや、逃げられ……)


 自分の装備を一瞬で思い出す。隠密用のソフトレザーアーマー。


(クロスボウは間に合うか? ナイフを抜くか?)


 考えるより早く手が動く。思わずクロスボウで盾をしていた。肉鎧の巨岩のような拳をまともに受け、粉砕されるクロスボウ。


「ぐぁっ」


 セリマは衝撃で跳ね飛ばされた。異常を察知した山羊たちの心細い悲鳴が酷く間抜けに響いている。

 息の塊を吐き、目の焦点を合わせる。転がった先の地面で、素早く状況を確認した。毒を塗ったクロスボウのボルトは背中にある。クロスボウはもう無い。

 もつれる脚で立ち上がり、息を切らして逃げるセリマ。衝撃はまだ脳内を反響して意識を朦朧とさせる。

 軽快に走る足音。肉鎧は足が速いことを思い出したが、その情報はあまりにも非情なだけだった。腕を掴まれて、引き倒されるセリマ。

 目の前にはスンスンと匂いを嗅ぐ鼻。どうやら匂いも感知できるらしい。情報不足だった。こちらの待ち伏せは完全に風に乗った匂いによって察知されていた。

 意識はいまだに混濁している。がむしゃらに拳をぶつけるが、びくともしない。背中からボルトを抜き、腕に突き立てる。

 分厚い皮膚だ。毒さえ……毒さえ通れば勝ち目があるかもしれない。しかし傷は浅い。それでも、何度も突き立てる。肉鎧は全く効いていないようで、笑っている。

 浅い傷では毒が浸透するまで時間がかかる。しかし毒も負けてはいない。本来は巨大な獣すら倒す毒だ。ゆっくり毒が回っていく。ようやく、ボルトに毒が塗られていたことに肉鎧が気づいたようだ。すさまじい力が急速に弱まる。

 セリマは息をつく。軽鎧の下は、気持ち悪い汗にまみれていた。

 肉鎧はと言うと、少し痺れた程度だ。セリマはこのまま死に至ってほしいと期待したが、現実は肉鎧の生体活動にほとんど影響を与えていなかった。

 弱まった力でも、屈強な男くらいの腕力はある。ゆっくり腕を締め上げられ、殴られるセリマ。

 巨大な拳で殴られる。耐えるしかない。鼻血と鼻水が噴出し、口の中に血の味が広がる。鏡で見たら、酷く不細工になってしまっただろう。口が切れる。走馬灯のように記憶がめぐる。


(戦っている君が好きだよ)


 技師の言葉。実際は腫れ上がって鼻水と鼻血で汚れている顔だ。こんな顔でも好きになってくれるだろうか。戦っている自分を好きになってくれるだろうか。そして……負けてしまう自分を、好いてくれるだろうか。セリマは酷く冷静に考えていた。

 死んだらかっこ悪い。生きていてもかっこ悪い。金髭のエリートの言葉を思い出す。


「なんたる無様。肉を食えるように努力しろ。お前は頭がいいんだからできるはずだ」


(結局、見返すことはできないのか)


 そんなの、かっこ悪い。


(いやだ……私は、戦いたい)


◆2


 肉鎧に組み伏せられるセリマ。体重と腕力で、セリマの逃げる道などない。死を覚悟する。めまいがする。肉鎧はゆっくりとセリマの首を絞める。肉鎧の力が戻っていくのが分かった。解毒システムが存在するらしい。もう、終わりだ。


(なんて馬鹿なんだろう、なんてみっともないんだろう。負けたら死だ。それ以外の何物でもない。これで終わりだ。結局最後までかっこよくもないし、好かれることもなかった。さよなら)


 セリマが抵抗をやめて、目を閉じた。そのとき。

 衝撃が一閃。重い音がした。肉鎧が悲鳴を上げて、セリマの首から手を放す。腫れた瞼をゆっくり開けるセリマ。

 その眼には、肩に突き刺さっているクロスボウのボルトが見えた。青いストライプの矢羽。不愉快な叫び声をあげて身をよじる肉鎧。


(ダメだ、全く効いていない)


 肉鎧は痛みに怒りを震わせているが、致命傷には程遠い。毒無しでは、クロスボウも無意味だ。誰か来てくれたようだが、毒矢を届ける位置にその味方はいない。

 肩に手を回して、クロスボウのボルトを引き抜く肉鎧。血が噴き出すこともない。傷口はすぐにふさがったようだ。


(頭がいいんだからできるはずだ)


 思い出すのは金髭のエリートのセリフ。諦めに染まった脳内に怒りの生命力が灯る。

 目の前で引き抜いたボルトを折る肉鎧。醜く膨れ上がったその顔は、勝ち誇った嫌らしい笑みだった。再び首に手を持ってくる。そしてさっきよりも強い力で締め上げる。抵抗するセリマの手に、何かが当たる。鋏のペンダントだ。一つのアイディア。鋏の欠陥を思い出した。

 セリマは血の混ざった唾を飛ばして叫んだ。


「頼む! もう一度撃ってくれ!」


 声を張り上げる。叫ぶ。力の限り、叫ぶ!


「頼む!」


 肉鎧の力はどんどん強くなる。もうすぐ叫べなくなるだろう。


「効いてないぞ!」


 見知った声が返る。


「いいから……ぐっ」


 首が締まった。もうこれ以上は叫べない。息が止まり、顔が赤くなっていく。はやく……はやく。両手で鋏の……アーティファクトを握る。魔力の流れを意識する。意識が遠くなっていく。


(お前は頭がいいんだからできるはずだ)


 思い出す言葉。クロスボウの発射を待つ。


(戦っている君が好きだよ)


 そんなことも言われた。肉鎧を腫れ上がった眼で睨み返す。身長は3メートルはあるだろうか、肩が膨れ上がっている。十分だ。


(いいか、私はお前に思い知らせてやる。私は頭が良くて、誰よりも強い騎士だ。肉に当たることだってない。そして……戦っている姿が……美しいんだ!)


 月明かりの下、クロスボウの発射音。風はなく、その音は天高く響いた。


◆3


 鋏のアーティファクトは挑戦的な構造をしたバリア発生機能を持つ。飛来物に対し、強力な結界を発生させて、粉砕することで防御する。

 普通だったら弾き飛ばせばいいだろう。しかし、作者はそうは思わなかったはずだ。それこそが作者の戦場だったというべきだ。

 飛来したクロスボウのボルトは、鋏の展開したバリアに干渉して空中に静止し、一瞬にして破砕された。その力……空間のひずみはアーティファクトの周囲半径1メートルの範囲に半球状に発生した。そう、肉鎧を完全に巻き込んだ形で、強力なひずみが発生したのだ。

 骨の折れる音。皮膚が引き裂かれる音。肉鎧は絶叫した。体中の皮膚が裂けて霧のように鮮血が噴出する。たまらず締めていた手を放し悶絶する。

 セリマはせき込み、大きく息を吸った後、肉鎧の下から這いだした。そしてそのまま逃げる、逃げる、逃げる。


「大丈夫か」


 げっそりとした青い顔の金髭エリートが駆け寄ってきた。手にはクロスボウ。セリマは抱きつき、荒く呼吸を繰り返す。


「もう大丈夫、大丈夫だから……」


 背後で肉鎧がわめいているのをどこか遠くに聞いていた。まだ死んではいない。

 肉鎧はいまだ健在であった。折れた骨、裂けた肉を驚異的な治癒能力で回復させているようだ。丸くなってうめき声を上げながら、安静にしている。

 奴は冷静だ。いま戦っても回復が遅れるだけだ。治癒に全力を出し、復讐心と怒りの心をなだめているようだ。


「毒矢がある。援護頼む!」


「ハハッ、了解だ。半病人だからな、外れても恨むなよ」


「エリートなんでしょ、百発百中って、信じてるから」


 短い会話を交わし、毒矢のボルトを渡す。そして、腰の小剣を抜いた。正直肉鎧を切り裂けるとは思えない。

 顔面は血まみれで、鼻は潰れている。


「美しいだろう」


 セリマは全力で治癒に専念している肉鎧に向かって話しかける。後方では金髭がボルトの装填作業を急いでいる。


「こんな醜くなってもな、美しいと言ってくれるひとがいるんだ」


 闇の中、その声を聴いて手を振った影が見えた。クロスボウを持っている。そのシルエットは新型のそれだ。その人物の影は、闇の中でも分かるほど不健康そうな痩せぎすだった。

 いや、一人ではない。続々と騎士団の面子が遠巻きに肉鎧を包囲し始めたのだ。


「一人で肉を食おうとするなよ、俺たちにも分けろよ」


 誰かが言った。


「やれやれ、また私の分の肉は無しか」


 今ではそれが……そのセリフを言うのが、とても心地よかった。


(肉が食えなくても私は美しく生きれる。生かされたんだ、何か、とても大きな力に……)


 セリマは騎士団の面々に向かって宣言した。


「ご存じの通り私はほぼ丸腰だ。手柄はお前たちにくれてやる! それでもかまわないさ。お前ら、こんなおいしい肉を前にして、半病人だからって躊躇するなよ!」


 雄叫びと共に、クロスボウのボルトが、動けない肉鎧に向かって殺到した!



#4 肉が食える


◆1


 戦いは嫌いだ。みっともないし、血なまぐさいし、涙と汗と鼻水まみれだ。セリマは今でもそう思う。

 それが、セリマが戦いを避ける理由にはもうならないだろう。セリマは、ひとつの答えを得ていた。月明かりの荒野で、風の止んだ夜に。


「射撃やめ!」

 金髭のエリートが号令をかける。肉鎧にはクロスボウのボルトがハリネズミのように突き刺さり、かなりの損害を与えたようだ。傷口から血があふれ出し、肉鎧は決断を迫られていた。金髭の毒矢も刺さっているだろう。


 回復を上回るダメージを受け続けるのなら、安静にして回復に専念しても削り殺されるだけだ。肉鎧はゆっくりと立ち上がり、闘志の燃える目で騎士団を眺めた。


「俺がやる」


「大丈夫かよ、手助けするぜ」


「仲間外れはよせよ」


 メイスを持った怪力自慢の騎士三人が前に出る。


 セリマが加勢しようとすると、騎士は手を掲げて制止した。彼らは鈍く光るチェインメイルに、どんぐりのような兜を被っている。ソフトレザーの軽鎧な自分の姿を思い出し、セリマは照れて後ろに下がった。


「拳に気を付けろ、チェインメイルは衝撃を吸収しない」


 騎士の誰かが言った。

 肉鎧は丸太のような足を素早く動かし、3人の騎士を翻弄する。3人の騎士も負けじと、魔法を展開し肉鎧の動きに対応する。

 モスルート式の鎧組み込みシリンダーに蓄積された魔法が3人の身体能力をアシストする。強敵に手段は惜しまない。

 内臓機能凍結の呪文。一時的に胃腸の働きを停止させて、病気を忘れさせる。反射神経倍増の呪文によって、狼のように地を駆ける。夜視の呪文で、肉鎧の挙動を正確に追う。どれも消耗品で、補充に金がかかるが、3人はそれを惜しまなかった。


「うちの美人を殴った代償、払ってもらうぜ」


「よしてよ、こんなの治癒の魔法で全部直るじゃない」


「君に自信を取り戻してほしかった」


 金髭がいつの間にか後ろに立っていた。


「君が騎士として真に誇りを持ってもらうために……少し重荷を背負わせすぎたようだ。すまなかった。君に仕事を振らなければ、こんな怪我せずに……」


「じゃ、何で許そうかな~」


 セリマはどこか他人事のように言う。

 肉鎧の動きが明らかに鈍る。毒矢が効いてきたのだ。2人の騎士が牽制し、1人が攻撃に専念する。骨のくだける音、肉の潰れる音。


「流石、強いね。我が騎士団は」


「俺たちは最強だ。病気は丁度いいハンデだ」


「もちろん、お前もその最強の一人だ」


「……何もしてないけどね」


「皆それぞれ、自分の戦場で精いっぱい戦っている。結果がどうであれ、お前が自分の戦場で精いっぱい戦ったことはよく分かっているつもりだ」


 セリマは鼻血まみれの顔で笑う。


「最近そんなこと考えたの」


 騎士の一人が肉鎧に馬乗りになり、分厚い肉の装甲を剥がしにかかる。絶叫して抵抗する肉鎧。2人の騎士が、それを援護する。

 セリマはぽつりと呟いた。


「ま、肉が食えるんなら全部許してやりますか」


 騎士が鎧の中から中身の老人を引きずり出し、その首に短剣を突き刺した。


◆2


 偽の交易のために用意した家畜は売っても良かったが、肉鎧の報酬が意外と多かったため、捌いて焼き肉にすることになった。

 肉鎧は5つの村にわたって大きな被害を出しており、それらの村が積み立てた賞金はかなりのものであった。

 前回の焼き肉宴では酷い目にあったので、騎士団は仕切り直しということで再び盛大な肉の宴を催した。荒野に火が焚きあげられ、夜空を照らす。肉の焼ける、香ばしい匂い。セリマもまた、そこにいた。

 相変わらず、肉を捌いたり生肉を供したりしている。


「おーい、セリマ」


 呼ぶ声に気付いて行ってみると、3人の騎士が焼けた肉を大量に皿に盛っている。全部ハラミだ。


「お前、治癒のために養分が必要なんだろう、肉食え、肉。ハラミだ」


「いいよ、雑用で。それが私の戦場だ」


「俺からもハラミだ」


「ハラミは全部お前にやるって決めたんだ」


 次々と騎士が集まってきて、セリマのさらに焼けたハラミを盛っていく。肉の匂いを嗅ぐと、セリマは腹が鳴るのを抑えきれなかった。顔を赤くする。

 誰かの姿がさっきから見えないと思い、人の輪から抜け出して肉をもって近くを歩く。すると、そこに探していた人が二人もいた。

 げっそりとした顔の金髭と、彼を看病する不健康そうな若い技師。セリマに気付き、金髭は恥ずかしそうにする。


「何してんの」


「食あたりが悪化しただけだ。気にするな……」


 それを聞いたセリマは、にんまりと笑って彼の隣に腰を下ろした。そして猛然とハラミを食い始める。


「いやぁ、うまいなぁ! ハラミ! うまい!」


 金髭のエリートはやれやれといった表情で自分のクロスボウの整備をする。そのボルトには、矢羽に青いストライプの模様。

 それを見たセリマは、食べるのをやめてふっと笑う。


「ありがと」


 それを聞いた金髭は、これ以上ないドヤ顔でセリマを見る。セリマはムカついて金髭を小突く。金髭は病んでいる癖に、偉そうなことを言う。


「いいか、人間の価値は焼き肉をどれだけ食ったかでは決まらないのだ」


「私もそう思うよ」


 セリマは自分の持っている焼き肉の皿を、不健康そうな技師に押し付ける。戸惑う技師。

「食いなさいよ、あんたも戦ったんでしょ」


「えっ、いいのかい」


 セリマは笑って言う。


「私はもっとハラミを焼かなくちゃ」



――女騎士ハラミを焼く(了)


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