第三十八章 ロイド VS マイク

 不敵な笑みを浮かべ、自信満々のマイク・ワトソンに対し、ロイドは全く感情を顔に出さないでいた。

(ワトソンの瞬間移動の速さはどんな攻撃も到達できないかも知れない)

 手塚治子は千里眼クレヤボヤンスの能力でワトソンの意識の中を覗き見て思った。

(だけど、ロイドさんがそんな事をわかっていないはずがない)

 治子はロイドの心を見ようとしたが、彼の保護幕シールドの向こうを透視する事はできなかった。

「俺はお前の心を覗き見る事はできない。だが、お前が俺を攻撃しようとした瞬間、交わす事が可能だ。だから、お前は決して俺には勝てない」

 マイクはロイドを挑発するように言った。だが、ロイドは、

「という事は、お前も俺に勝てないという事だな、クズ?」

 ガラス玉のように感情が見えない目を細めて言い返した。マイクはムッとしたが、

「俺を感情的にさせて、集中力をぐつもりだろうが、そんな単純な手には引っかからないよ」

 すぐに笑みを浮かべてみせる。ロイドはそれでも、

「では、試してみるか、クズ?」

 言うや否や、念動力サイコキネシスを発動させ、地面をえぐりながら、マイクに向かわせた。

「遅くて話にならないな」 

 マイクは肩を竦めて瞬間移動し、ロイドの背後に立った。

「してやったりと思っているのか、ハロルド? 違うぜ」

 マイクは頭上に現れたサイコキネシスの波動を再び瞬間移動して交わした。だが、ロイドの攻撃は終わらない。マイクは次に浜辺に現れたが、その足元からサイコキネシスの波動が出現したのだ。しかし、

「無駄だよ、ハロルド。追いかけっこには自信があるぜ」

 マイクはまたしても瞬間移動し、今度は島の中央にあるやや小高くなった丘の上に現れた。ロイドのサイコキネシスは、次はマイクの目の前に現れた。

「まだ続けるのか? 疲れているんじゃないのか、ハロルド?」

 マイクは哀れむような目でロイドを見てから、また瞬間移動した。

(ロイドさんは何をしようとしているのだろうか?)

 治子にはロイドの策がわからない。彼女は呆然と戦いを見ている片橋留美子に目を向けて、

「留美子、貴女は同じサイコキネシスを使う異能者サイキックとして、どう思う?」

 留美子はその問いかけにハッとして治子を見た。

「ロイドさんは私と違って、瞬間物体移動アポーツも使えるし、精神測定サイコメトリーも使えますから、いくらでも攻撃の方法があると思うんですけど、ワトソンが速過ぎるから、どうなのかなって……」

 留美子は繰り返されている追いかけっこに目を向けた。

「確かにね。あの速さがある限り、攻撃を当てるのが至難の業っていう気がするわね」

 治子は楕円形の黒縁眼鏡を右手の人差し指でクイッと上げて言った。

(ジェームズのお陰で覚醒したロイドさんはどれほどの強さなのかしら?)

 治子にはそちらの方に興味があった。

「うんざりだな、ハロルド。こんな事をいつまで続けるつもりだよ!?」

 マイクが声を荒らげて言い、不意に治子の近くに移動して来た。慌てて逃げようとする治子を羽交い締めにして、

「さて、これならどうする、ハロルド? この女ごと俺をぶっ殺すか?」

 嬉しそうに笑うと、ロイドを見た。しかし、ロイドは、

「それがどうした? 俺にはその女が死のうが生きようが関係ないぞ、クズ?」

 治子はギクッとしたが、その次の瞬間、

『俺を信じろ、ハルコ』

 ロイドの声が頭の中で響いた。

(どういう事?)

 治子は狼狽うろたえた表情でロイドを見た。

「治子さん!」

 二人のやり取りを知らない留美子が仰天して叫んだ。

「ほお? 言ったな、ハロルド? なら、やってみせろよ。できもしねえくせにでかい口を叩くんじゃねえよ!」

 マイクはやや唇を震わせながらも、何とか大見得を切った。

(奴は絶対にこの女を殺せはしない! 大丈夫だ!)

 マイクはロイドの情け容赦のない性格を知っているが、それでも、道明寺かすみの友人である治子の命を奪う事はしないと考えていた。

「お祈りはいいのか、クズ? 貴様のような奴には、祈る対象などないか?」

 ロイドは目を細めて問いかけた。マイクは、

「祈る必要なんかねえよ。お前にはこの女を殺す事なんかできないんだからな!」

 マイクは万に一つの可能性を考慮して、ロイドの攻撃が自分に届くようだったら、すぐに回避しようと思っていた。

「では、いくぞ」

 ロイドの周囲の空間が歪み始めた。留美子はそれを見て震えてしまった。

(何、あれは? あんな力をぶつけられたら、治子さんは……?)

 留美子は泣きそうな顔で治子を見やった。すると何故か治子は自分の方を見て小さく頷いた。

(え? どういう事?)

 精神的な異能の力がない留美子であったが、治子とは以心伝心に近い心の交流がある。そのため、治子の意図する事がわかった。そして、同じように小さく頷き返した。

(治子さんとロイドさんを信じよう)

 留美子は両手の指を組み合わせ、どこにいるのかわからない神に祈った。

(おい、本気か? あれほどの力をこの女にぶつければ、細胞ごと消滅しちまうぞ)

 マイクは、それ故にロイドは攻撃を仕掛けて来ないと判断した。

(ハッタリだ。俺をビビらせて、その隙を突くつもりだ。そうはいくか)

 彼はニヤリとして、治子をより強く締め上げた。

「く……」

 マイクの両手が頭を強く押したので、治子は呻き声をあげた。

「では、死ね、クズ。その女と共にな」

 ロイドは溜めていた力を一気に解放し、放った。波動が地面を抉り、空気を斬り裂いて二人に迫る。

「な、な!」

 マイクは驚愕していた。

(このヤロウ、本当に女を殺しちまう気か? 狂ってる。やっぱりおかしい!)

 だが、恐怖のあまり、集中力が削がれてしまい、瞬間移動ができない。

「畜生!」

 悔しさで叫んだ時、治子の数センチ手前でその波動がかき消すようになくなってしまった。

「え?」

 マイクの拘束が緩み、治子が逃げ出した次の瞬間、マイクの前に忽然と波動が出現した。

「ぐげええ!」

 逃げ遅れたマイクは、全ての指を波動に吸い込まれて砕かれてしまった。

「ぐうう!」

 涙目になりながらも、マイクは瞬間移動し、波動から逃れて、丘の上に出た。

「どうした? 攻撃が当たったぞ、クズ? 口先だけだな、貴様は」

 ロイドは目を更に細めて挑発した。マイクはギリギリと歯軋りをして、

「ふざけやがって! この俺を愚弄した罪は必ず償わせてやるからな!」

 捨て台詞を吐くと、瞬間移動で逃亡した。治子と留美子は抱き合って無事を喜んだ。治子はフロックコートの襟を直しているロイドを見て、

「ありがとうございます、ロイドさん。さっきの力は、あの小藤弘が使った次元ポケットですね?」

 ロイドは治子を見て、

「外道には外道の力で騙すのが一番だからな」

 そう言うと歩み寄り、

「帰るぞ、カスミの家に」

 治子と留美子の肩に手をかけて、一緒に無人島から消えた。


 国際テロリストにして、最高のサイキックでもあるアルカナ・メディアナを乗せた客船は日本の領海ぎりぎりで停泊していた。

(ガイア、いや、ジェームズはやはり裏切ったか。そして、クロノスも役には立たないようだな)

 メディアナは寛いでいたソファから立ち上がり、侍らせていた半裸の美女達を下がらせた。

(かすみが目覚める前にケリを着けるしかないようだな。結末は最初から見えているのだがな、ジェームズ、そして、ハロルド?)

 彼は狡猾な笑みを口元に浮かべ、手にしていたグラスのワインを蒸発させてしまった。

「久しぶりに少しは力を使ってみるかな?」

 そして今度は子供のように楽しそうに笑った。

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