第三十六章 アルカナ・メディアナの目的

 ロイドは、敵対したはずのジェームズ・オニールが自分の意識層を解放し、彼に見せているので、その事をいぶかしく思ったが、ジェームズに二心がないのは明白だったので、更に困惑してしまった。

「一体、お前は何を企んでいるんだ? 一度味方に思わせて俺達を陥れ、その上でまた協力して欲しいとは……」

 ロイドはガラス玉のような目を細め、ジェームズを睨んだ。ジェームズは苦笑いして、

「それはメディアナの目をあざむくためだ。一度は君達を殺そうとしてみせないと、奴の信頼を得られなかったからだ。そして、もう一つの理由は……」

 ロイドはジェームズが思わせぶりに言葉を切ったので、ムッとした。

「焦らすな。とっとと言え」

 するとジェームズはフッと笑い、

「君を精神測定サイコメトリー能力で眠らせ、秘めたる力を覚醒させるためだ」

 その言葉にロイドは目を見開いた。

「では、俺が意識を回復した時に力が増えたり強くなっていたのは、お前のお陰だというのか?」

 しかし、ジェームズは首を横に振り、

「いや、そうではない。確証があった訳ではないのだ。以前、部下にしていた連中に同じ方法を試したら、能力が開発されたので、あるいはと思ってやってみただけだ。能力が覚醒したのは、君自身の才能キャパシティだと思う」

 ロイドはその答えに不満なのか、腕組みをして、

おだててもお前に協力するとは限らないぞ。お前は自分の意識層をさらしてみせたが、お前が何を考えているのかまではわかっていない。全面的に信用するには欠片ピースが足りないぞ」

 ロイドの指摘にジェームズは再び苦笑いして、

「その通りだな。確かに君達には全貌を明らかにする必要があるな」

 ジェームズは先程からビルの屋上一帯に強力な保護幕シールドを展開していたが、それを更に強化した。そして、

「君自身の意識層もシールドを展開して、外部の者が覗けないようにして欲しい」

 ロイドは腕組みを解き、サイコメトリーを応用して、ジェームズのシールドに重ねるように自分のシールドを展開し、外部からの覗き見や盗聴を遮断した。

「ここまでする必要があるという事は、おまえ以上の異能者サイキックが存在するという事だな?」

 ロイドは周囲を見渡しながら言った。ジェームズは頷いて、

「そういう事だ」

「一体誰だ、そのサイキックは?」

 ロイドはまた目を細めて尋ねた。ジェームズは辺りを憚るように、

「アルカナ・メディアナ自身だ」

 声を低くして言った。ロイドの目がもう一度見開かれた。

「何だと!? 奴自身が、サイキックだというのか?」

 ロイドはにわかには信じ難いと思い、問い質した。ジェームズは大きく頷いて、

「そうだ。それも、私はもちろん、君すら全く及びもつかないようなレベルのね」

 ロイドは呆然としてしまった。彼は以前、メディアナの船に乗り込み、メディアナの影武者を仕留めた事がある。その時には、メディアナが用心深いのだと思っただけだった。だが、ジェームズが言うように、メディアナ自身が優れたサイキックだとしたら、自分が如何に無謀な事をしたのかを思い知らされたのだ。

「メディアナの船は、時々消息を絶つ事があるだろう?」 

 ジェームズは遠くを見つめて不意に違う事を話し始めた。ロイドは眉をひそめて、

「それがどうした?」

 ジェームズはロイドを見て、

「あれはメディアナが船ごと異空間に移動しているからだ」

 ロイドは息を呑んだ。彼もまた、瞬間物体移動アポーツ能力を持つので、移動させる物体の容積が大きい程、能力が高くないと成功しないのを理解している。

(あの客船を力で移動させている? しかも、異空間にだと……?)

 ロイドにはメディアナの能力がどれ程のものなのか、想像もつかなかった。しばらく、沈黙が辺りを支配した。

「それ程の能力者に信用されたのに、それを反古にして敵対する理由は何だ?」

 ロイドが口を開いた。ジェームズは再び遠くに視線を向け、

「私の妻と子供を殺されたからだ。二人の仇を討つためなら、全世界を敵に回しても差し支えない」

「なるほどな」

 ロイドはフッと笑った。ジェームズはロイドに目を戻し、

「これで少しは私を信用してくれたか、ハロルド・チャンドラー?」

 するとロイドは、

「ロイドでいい。その名は母の死と共に捨てた」

「そうか。わかったよ、ロイド」

 ジェームズもフッと笑った。そして真顔に戻り、

「メディアナの目的は、全世界に存在する主だったサイキックを自分の配下とし、世界各国に暗殺者として送り込み、世界を経済だけではなく、政治的にも支配しようというものだ」

 ロイドは無言のまま、ジェームズを見ている。ジェームズは続けた。

「そして、そのために自分に従わないサイキックを再教育、あるいは殲滅するために第一次異能者狩りが欧州で行われた。君も知っての通りだ」

 ロイドは彼の仲間が数多く死んで行ったのを思い出し、左右の拳を握りしめた。

「奴がカスミに執着するのは、彼女の能力が怖いからなのか?」

 ロイドが尋ねた。ジェームズは小さく頷き、

「それもあるが、かすみさんを手に入れたい理由はもう一つある」

 ロイドはメディアナの考えている事が見えた気がした。

「後継者、か?」

 ロイドの闘気が高まるのをジェームズは感じた。

「そうだ。奴はかすみさんに自分の子供を産ませるつもりだ」

「外道め」

 ロイドが吐き捨てるように呟くと、ジェームズは、

「奴は今までたくさんの女性に自分の子を産ませて来た。だが、一人として奴の能力を受け継ぐ子は産まれなかったようだ。だから、奴は、相手の女性にもサイキックがいいと考えたようだ。それも何度か試されてはいるのだが、満足のいく結果が得られていないらしい」

 ロイドは、生まれて来た子供達のその後が見えたので、歯軋りした。

「人体実験に使ったのか?」

 人間のする事ではない。ロイドの怒りは今にも爆発しそうだ。ジェームズは目を伏せて、

「そのようだ。私も詳しくは知らないのだが、サイコメトリーの実験の道具にされたり、アポーツの試験に使われたりしたと思われる」

 メディアナを生かしておく理由はどこにもない。ロイドは決意を新たにした。

「メディアナの能力は想像を絶しており、とても勝機はない。だが、かすみさんが能力を全て覚醒させれば、可能性が出て来る」

 ジェームズは目を上げてロイドを見た。ロイドもジェームズを見た。

「俺もそう思う。お前や俺ではメディアナに擦り傷一つ負わせられないだろうが、カスミならできる」

 ロイドは何度か見たかすみの秘められた力の発現を思い起こしていた。

「だから、協力して欲しい、ロイド」

 ジェームズはロイドに詰め寄って言った。ロイドはまた目をガラス玉のようにして、

「その前にお前は彼女達に詫びなければならない。到底許してもらえないような事をしたのだから、無理かも知れないがな」

 ジェームズは苦笑いして、

「ああ、そうだな。取り分け、治子にはすまない事をしたと思っている。戦いに勝利したら、好きなようにしてもらって構わない」

 ロイドはそれには応じずにジェームズに背を向け、

「長話をしていると、あの爺さんに気取られるな。行くぞ」

 そう言うと、フッと瞬間移動した。ジェームズは深く長い溜息を吐いた。

(何とかなりそうだよ)

 彼はスラックスのポケットからペンダントを取り出し、蓋を開いて中を見た。そこには彼の妻と子供の笑顔の写真が入っていた。

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